可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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五章 奏歌くんとの五年目

10.さくらの暗示

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 華村先輩の退団のディナーショーで私は華村先輩の相手役としてドレスを着て歌った。声は低めだが女性パートも歌えるし、女役もやるのでそんなに違和感はないだろうと思っていたが、華村先輩にはっきりと言われてしまった。

「海瑠ちゃん、大きいんだよ」
「え!?」

 私は小さな可愛い子猫ちゃん。
 今は奏歌くんよりも背が高いけれど、いつか奏歌くんよりも小さくなる、かもしれない。
 そんな夢を抱いていた私に華村先輩は現実を突き付けた。

「ヒール履いてなくてもこれだからね。喜咲ちゃんが大きくて良かったね」

 次のトップスターの喜咲さんは私より背が高く180センチある。肩幅も確りしているので理想の男役と言われていた。私の身長は176センチ。劇団にはそれよりもずっと高い女性もいるし、女役トップの百合も166センチでヒールを履くとこれまでのトップスターだった男役よりも大きくなることがあったので、こんなものなのではないかと思い込んでいた。

「私も女性の中では大きい方ですからね」

 なんと!
 百合が大きい方なら私は何なのだろう。
 ディナーショーを終えて部屋に戻って私は猫の姿で鏡の前に立った。洗面所の鏡は台の上に乗らなければ見えないので、台の上に飛び乗る。
 小さな頭、ひょろりと長い体と尻尾、丸い耳。

「子猫ちゃんだもん……」

 誰に何と言われようと、私は自分が可愛い子猫ちゃんであるという認識を変えるつもりはなかった。
 翌日の休みに美歌さんに誘われて奏歌くんと海香の家に行くと、海香はリビングのテーブルにパソコンを持ち出して結んだ髪の頭をがりがりと搔きながら脚本を書いていた。近くのベビーベッドでさくらが寝ている。

「あら、白菜」
「本当だ、白菜だ」

 さくらは白菜になっていた。

「可愛いおくるみでしょう? 冬になるからしっかり密封できる、良いおくるみを探してたのよ」

 白菜のおくるみに包まれてすやすやと眠っているさくら。ちょっとシュールだが可愛いことには変わりない。美歌さんが近付くとさくらがカッと目を見開いた。

「うぁー! うぇー!」

 抱っこを求める甘え泣きに美歌さんがくすくすと笑いながらさくらを抱き上げる。抱き上げられてさくらはすぐに泣き止み、誇らしげな良いお顔を見せた。

「完全に美歌さんをロックオンしてるわね」
「恐ろしい」

 海香と私で言っていると、白菜のおくるみの中のさくらが形を変える。
 みゃーみゃーと鳴く小さな猫の姿になったさくらに、美歌さんが目を丸くしていた。

「この猫、なんだっけ?」
「ミヌエットだ! そう、私もミヌエットなんだわ」

 ペルシャとマンチカンを交配させたというミヌエットという脚の短い可愛らしい子猫。これが私の正しい姿なのだと主張すると、海香が妙な顔をしている。

「認めなさい、あんた、黒豹よ」
「違うよ。私はさくらの叔母だから、さくらと同じミヌエットなのよ」

 私の理想とする姿がそこにあった。
 私はきっとこんな風になるはずだったのだ。それがちょっとだけ大きくなってしまっただけで、本当はミヌエットなのだ。
 奏歌くんが「黒豹……そっか、み、ミヌエットなんだね」と言っている。奏歌くんは私の味方のようだ。

「奏歌くんは私の背が高いの、どう思う?」

 華村先輩と百合に言われたことを気にしている私が問いかけると、奏歌くんのハニーブラウンのお目目がきらきらと輝く。

「かっこいい!」
「私が?」
「うん。海瑠さんのダンス、すらっとした長い脚が綺麗に動いて、ものすごくかっこいいんだ! 海瑠さんが背が高いの、僕、すごくかっこいいと思う!」

 私はかっこよかった。
 可愛い子猫でありたいけれど、かっこいい男役でもありたい。奏歌くんはそのどちらの私も認めてくれるようで嬉しくなる。

「奏歌くん、大好き」
「うん、僕も海瑠さん大好き。僕が海瑠さんより大きくなれなくても、ずっと好き」

 そういう可能性も何度も考えた。
 美歌さんややっちゃんは背が高い方だが、真里さんが小柄で、奏歌くんは真里さんに顔がそっくりだから身長も似てしまうのではないかと考えたことがある。私よりも大きくならなくても、奏歌くんは可愛いので全く問題はないのだが、奏歌くんの方がどう思っているかは気になっていた。
 それも奏歌くんははっきりと自分が私よりも大きくなれなくても私のことが好きだと言ってくれている。
 私は最高の運命に巡り合えたのかもしれない。
 感動していると、海香が疲れた様子で呟く。

「さくら、その調子で猫の姿と人間の姿を制御できないのよ」

 そのせいでさくらを保育園に預けることができなくて、海香は困っているのだという。そこで呼ばれたのが美歌さんと奏歌くんだった。

「暗示をかけてしまって良いんですか?」
「そうじゃないと、人間社会では暮らせないでしょう」

 美歌さんが確認して抱っこしているさくらの目を覗き込む。子猫特有の青い目をしているさくらは、美歌さんに見つめられて、人間の姿に戻った。人間の姿のさくらは黒髪に黒い目の私とよく似た色彩と顔立ちをしている。

「奏歌、言い聞かせてあげて」
「さくらちゃんは、人間。可愛い子猫ちゃんになるのは、お家でだけ」

 何か覚えがあるような光景だ。
 私も小さな頃にこんな風に言われたような気がする。

――海瑠は可愛い子猫ちゃん。小さな可愛い子猫ちゃん。誰も傷付けないで

 耳の中に残っているのは父の声だろうか。
 既視感を覚えながらさくらに話しかける奏歌くんの目が赤く光っているのを見つめていると、美歌さんがさくらの額にキスをした。

「さくらちゃんは、私たちの前でだけ、可愛い小さな子猫ちゃん。それ以外は、人間よ」
「う……」

 小さく唸ったさくらはぎゅっと美歌さんに縋り付いて、顔をごしごしと美歌さんの胸に擦り付けていた。

「これで保育園に入れられるー! 美歌さん、奏歌くん、ありがとう!」

 吸血鬼の暗示の能力を使わなければいけないくらい、さくらはワーキャットとしての力が強い。
 海香が話してくれる。

「ワーキャットと犬の獣人のハーフだからか、分からないけど、さくらは力が強い気がするのよね」

 海香や宙夢さんが言い聞かせて暗示をかけようとしても弾いてしまうくらいにまだ生後半年のさくらの能力は高い。さくらが強いことは美歌さんを守るためにも有難いことだったが、吸血鬼同士の間に産まれた血の濃い奏歌くんの暗示でないと受け入れないというのも、かなりのものだ。
 海香も宙夢さんもこれから子育てに困るかもしれない。そういうときに奏歌くんの力を借りなければいけないかもしれない。
 奏歌くんの存在があって本当に良かったと思う私だった。
 美歌さんに許可を取って、さくらの元に残る美歌さんと別れて私は奏歌くんとマンションの部屋に行った。
 フランスから帰ってから忙しくてまだ奏歌くんは私の部屋に来られていなかった。
 おやつを途中で買って部屋に行くと、奏歌くんが手を洗って鳥籠のソファに折り畳み式のテーブルを持ち込んで座った。ミルクティーを淹れて、おやつをお皿に乗せて私も鳥籠のソファに座る。
 今日のおやつはエクレアだった。

「本場のエクレアとどう違うのかな」
「このエクレアはチョコレートじゃなくて、キャラメルソースなんだって」

 話しながらクリームの入ったエクレアを食べてミルクティーを飲む。
 食べ終わると私は折り畳みのテーブルとお皿とマグカップを片付けて、奏歌くんの膝の上に頭を乗せた。

「海瑠さん?」
「あ、違った」

 人間の姿のままで頭を乗せてしまったが、間違ったことに気付いてすぐに猫の姿になる。

「海瑠さん、ミヌエットじゃなくてもいいんだよ」
「え?」
「ミヌエットじゃなくても、僕にとって海瑠さんは可愛い猫ちゃんだからね」

 男前なことを言って私を撫でてくれる奏歌くんに胸がときめく。
 ミヌエットになりたいと思っていたが、私のままでいいと奏歌くんは言ってくれる。

「私は奏歌くんの可愛い子猫ちゃん」
「うん、子猫ちゃん」

 撫でる手を止めて奏歌くんが私の頭頂部にキスをする。そのまま匂いを嗅ぐように息を吸い込まれて、私は目を閉じた。

「海瑠さん、いい匂い」
「運命のひとだから?」
「そうかもしれない」

 いつも奏歌くんには私が甘くていい匂いがしていると言われている。奏歌くんにとって美味しい血を上げられる存在である自分が少し誇らしかった。
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