可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十二章 奏歌くんとの十二年目

11.美鳥さんと真月さんの決意

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「あ、デマですね」

 劇場に入って美鳥さんと真月さんの楽屋を訪ねた私と百合に、美鳥さんはあっさりと答えた。緊張していただけに私の身体から力が抜けていく。
 これまで他の先輩たちが退団しても、後輩が退団することになっても、こんな感情は抱いたことはなかったが、美鳥さんと真月さんは私にとっては大事な役者仲間になっていた。いなくなることが考えられない。

「海瑠さんと百合さんが、来年の春公演で退団するなら、退団も考えるって答えたんですけど、大前提を切り取られて書かれちゃいましたね」
「本当にこういう雑誌はあてにならないですよね」

 美鳥さんと真月さんのあっさりとした態度に私は座り込みそうになっていた。楽屋の椅子に座らせてもらうと、美鳥さんがペットボトルのお茶を差し出してくれる。有難くいただいて飲むと少し落ち着いてくる。

「美鳥さんは結局、いつ退団するつもりなの?」
「それは、こっちが聞きたいです。海瑠さんと百合さんはいつ退団するんですか?」

 逆に問いかけられて、私は百合を見た。

「私は海瑠が退団するときに退団するつもりよ」

 百合の答えもあっさりとしている。

「私は、再来年の春公演まで務めあげて退団しようかと思ってるわ」

 来年のクリスマスの特別公演まで舞台に上がって退団しようと考えていたのだが、奏歌くんの強い要望に応じて私は再来年の春公演を最後に退団しようと決めていた。私の一番のファンの奏歌くんが、自分の結婚が遅くなっても、イギリス行きの手続きを私が忙しくてできなくても、春公演までは待つと言ってくれているのだから、それをやり遂げないわけにはいかない。
 私の返答に百合が美鳥さんを見る。

「私は海瑠と一緒に再来年の春公演で退団するわ」
「私も海瑠さんと百合さんと一緒に退団します」
「それだと、美鳥さんにトップスターを譲れないのは分かってる?」
「トップスターになりたい気持ちがないわけじゃありません。劇団に入ったときからの夢でもありますし。それでも、舞台に必要ではない役者はいないように、私は二番手としての役目があります。その役目を最後まで全うしたいんです」

 永遠の二番手と言われていた時期は、私にもあった。同期の喜咲さんが男役トップスターになったときには、喜咲さんのせいで男役トップスターにはなれないのだと言わせたがる取材陣に辟易したものだ。
 美鳥さんが永遠の二番手のままに劇団を退団してしまうのはとても惜しいが、それでも美鳥さんが二番手という位置に意味を見出して、役目を全うしたいのならば応援するしかない。

「私も海瑠さんと百合さんと美鳥さんがいなくなるなら、退団を考えてたんですけどね」

 真月さんの言葉に私と百合と美鳥さんの視線が集まる。

「これだけすごい三人が退団した後に、劇団を引っ張っていく男役は誰なんだろうって考えたら、私しかいないわけじゃないですか。私は百合さんと海瑠さんと美鳥さんが安心して退団できるように、劇団に残ります」

 真月さんは真月さんできっちりと心を決めていた。頼りになる仲間が私を支えてくれている。私の退団後も真月さんは劇団を支えていこうと考えている。

「一時期、真月さんは退団を考えていたから、変わったよね」
「海瑠さんと百合さんと美鳥さんの後ろを追い駆けていくうちに、自分ができることを考えるようになったんです。ファンの皆様のため、劇団のため、そして、何より自分が悔いが残らないために、どう行動すればいいか、ずっと考えていたんです」

 私とやっちゃんの噂を流して劇団を騒然とさせた過去のある真月さんだが、あのときに退団しようと考えていた彼女とは全く違う。今の真月さんは信頼できる劇団男役の三番手だった。真月さんがいなければどの公演も成功していないだろう。それだけ真月さんはかけがえのない団員になっていた。

「こういうデマを書く雑誌の取材には応じないでくださいね」
「あまりにもしつこいから、一言だけ答えたんだけど、こんな風に書かれるなんて思わなかったんですって」

 真月さんに注意されて美鳥さんが苦笑していた。
 美鳥さんの退団の噂もデマだと分かって私は安心して公演に取り組むことができた。
 千秋楽の日には、奏歌くんは映画館でのライブビューイングのチケットを取って見てくれているらしい。その日がDVDの撮影の日でもあるので、私は特に気合を入れていた。
 雪乃ちゃん演じる依頼人に鼻の下を伸ばして、相棒兼恋人を演じる百合に耳を引っ張られる。雪乃ちゃんにスケベ心を出して、百合にひっぱたかれて相棒を解消するとまで言われてしまう。

「もう限界よ! あんたとは終わりだからね」
「俺だってお前のことが邪魔だと思ってたんだよ」

 素直になれずに口から出た言葉に、百合の目から涙が零れて、そのまま百合が走り去る。手を伸ばしたが百合を掴むことができずに、私は後悔を歌に乗せて苦悩する。
 正直、ミュージカルを演じているときには疑問に思わないのだが、後で見てみると、「歌ってないで追いかけて謝りなさいよ」と思ってしまう。こういうことを言うと奏歌くんに怒られるのだが、どうしてもミュージカルというのは「なんでここで歌い出すの?」と疑問に思うことが多いのだ。
 舞台の上ではその辺の疑問は吹き飛んでいるので、演じ切って、カーテンコールまで終えてから、千秋楽の挨拶をする。
 千秋楽の日には、この公演までで退団する役者の発表と挨拶もあった。ここに美鳥さんと真月さんが混じっていないことを幸運に思いながらも、私よりもずっと年下の劇団員が退団していくのを見ると悲しくなってしまう。
 私や百合のように長く続けられる劇団員はほんの一握りで、ほとんどが十年もしない間に退団してしまう。長く続けられるのは余程才能があるか、演劇に入れ込んでいるかのどちらかなのだ。
 私に才能があるのかは分からないが、演劇に入れ込んでいるのは間違いない。舞台の上で生きて死ねれば本望だと思っていた。
 その考えも奏歌くんと出会ってから少し変わって、奏歌くんと一緒に舞台を降りても生きていく覚悟をしているが、それでも、海外に行った先で舞台に立てるならば立ちたいとは考えていた。
 退団者を送り出して、千秋楽の公演は終わった。
 秋公演が終わるとすぐにクリスマスの特別公演の稽古が始まる。秋公演からクリスマスの特別公演までの期間は短いので、稽古期間も限られて来るのだ。
 かえでのお誕生日に海香のところに行ったときに海香がソファで倒れていたのは、クリスマスの特別公演の脚本を書いていたからだろう。

「海瑠、聞いた? 今回はショー形式だって」
「どういうこと?」
「クリスマスの特別公演が、一つのショーとして纏まっているのよ」

 これまでは過去の演目から歌やダンスを切り取って、男役の群舞や女役のダンスも入れて、私と百合の演目を入れた年もあったが、様々な演目の組み合わせになっていたクリスマスの特別公演。それが、今年は一つのショーになるらしい。
 どんなショーなのか配られた脚本を見てみると、世界中を旅する様子を歌とダンスで表現するものだった。フランスのパリから始まって、ヨーロッパを回り、南米に行き、アジアを回って帰ってくる。
 様々な国の衣装とアクセサリーが揃えられて、ダンスと歌を彩る。

「あ、アクセサリーデザイン、夜宮茉優ってある」
「知ってる子?」
「奏歌くんの家に引き取られた女の子で、今はイギリスにいるの」

 百合は茉優ちゃんのことを知らなかったのか、それとも忘れていたのか聞いて来たので答えると「あぁ、聞いたことある!」と言っていた。ポスターは撮った写真をやっちゃんに送って監修してもらう手はずになっていた。
 茉優ちゃんとやっちゃんがイギリスに行ってしまったら、全く繋がりがなくなるようで寂しかったが、ちゃんとこういうところで繋がっていられる。
 そのことに私は安堵していた。
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