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三章 王子と母の思い出
14.続・母上の話
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「母上は、優しい方だったという思いでがあるな」
次に語ってくれたのはエリアス兄上だった。
「おやつの時間には、私やヒルダ姉上に、自分の分も食べさせるような方だった」
「私は小さくて母上のことはあまり覚えていないのですよね」
「エルランドは母上の膝の上が好きで、母上がエドを妊娠してお腹が大きくなっても、お膝に乗りたいと泣いていたよ」
「それは私が四歳のときの話ではないですか? 四歳の子どもならば仕方ないでしょう」
「その通りだな」
恥ずかしい過去を話されてエルランド兄上は顔を赤らめている。
僕はそんなエルランド兄上を見るのも初めてで、何となく新しい顔が見られたようで嬉しくなってしまう。
「庭を散歩するのが好きだったな。私とヒルダ姉上と小さなエルランドを連れて、毎日のように庭を歩き回っていた」
「母上は庭が好きだったのですね」
「特に春の庭が好きで、桜やチューリップが咲くのを楽しみにしていたよ」
母上は春の庭で桜やチューリップを見ていた。
話を聞くとこれまであまり興味のなかった桜やチューリップを、これからはよく見てみようという気になる。
「食事はあまり召し上がらない方だったな」
「普通の食事が合わなかったからでしょうか?」
「今考えるとそうだったのだろうなと思う。もっと早く魔族の食べるものから毒素が抜けて、人間の食べるものが魔族の害にならないようにする技術が開発されて欲しかったな」
今となってはどうしようもないが、魔族の食べ物から毒素を抜いて、人間の食べるものは魔族が食べられるようにするアルマスの開発した技術が、もっと早くに確立されていれば、母上も食べるのを我慢せずにいられたかもしれない。
それを考えると、胸が詰まるような気分になる。
「エドにはもっと母上の話をしてやらねばならなかった。エドは母上を知らぬままに育ってしまったのだな。私たちの配慮がエドを寂しくさせていたのか」
「僕は母上のことを知らなくても、父上とヒルダ姉上とエリアス兄上とエルランド兄上が可愛がってくれました。僕は幸せでしたよ」
「これからはエドに母上の話をしてやろう。エリアスもエルランドも覚えていることを話してやっておくれ」
父上は後悔しているようだが、僕は自分が守られていたことを自覚しているし、それが父上とヒルダ姉上とエリアス兄上とエルランド兄上の愛だったと理解している。
「母上と雪の庭を歩いたのを覚えている。私が寒いというと、母上は『魔族の国の冬はもっと厳しいのですよ。いつかエルランドも連れて行ってあげましょう』と言っていた。だから、私は魔族の国に留学したのかもしれない」
母上が亡くなったとき、エルランド兄上は四歳だったはずだ。その頃の記憶を大事に覚えていたのだろう。
エルランド兄上は母上との約束を守るように、今、魔族の国に留学している。冬休みで帰って来ているが、冬休みが終わったらまた魔族の国に行くのだ。
「美味しいお茶菓子だった。ご馳走様」
「ロヴィーサ嬢、ありがとうございました」
「とても美味しかったです」
お茶の時間が終わって、父上とエリアス兄上とエルランド兄上にお礼を言われて、ロヴィーサ嬢が深く頭を下げている。
「作らせていただき光栄でした」
「夕食も期待している」
「お口に合うものを作れるように努力いたします」
父上に言われて、ロヴィーサ嬢は謙虚に答えていた。
一度客間に入った僕は、爺やに向き直った。
爺やは僕について来てくれている。
「爺や、母上のことを話して」
「どんなお話が聞きたいのですかな?」
「爺やは、どんな母上を知っているの?」
問いかけると爺やが目を細める。
「王女時代のお母上はとても物静かな方でした。本を読むのが好きで、騒がしいことは苦手で、舞踏会にもできるだけ出たくないと仰っておりました。結婚もする気はないと仰っていたのに、国王陛下と出会ってからは、ずっと国王陛下の話ばかりしておりました」
爺やは王女時代の母上を知っている貴重な人物だった。
「爺やと母上はなんでそんなに親しいの?」
「私はお母上の乳母の息子で、お母上とは乳兄弟なのです」
爺やは母上の乳母の息子だった。
王族の乳母には身分の明らかな女性が選ばれる。
「私の母が私を産んですぐにお母上がお生まれになって、私の母が乳母に選ばれたのです。国王陛下とお妃様は、私の母がお母上にお乳をあげるだけでなく、私にも上げられるように一緒に育てることを許したのです」
「爺やと母上は、そんな小さな頃からの知り合いだったの!?」
「そうです。私はお母上と一緒に家庭教師から勉強を習い、お母上と一緒に高等学校に通いました」
母上にとって、生まれたときから決まっている学友みたいなものだったのだ、爺やは。
「結婚するときも私は当然、お母上について行くように命じられました。お母上が亡くなられてからは、エドヴァルド殿下のお世話をさせていただいております」
「全く知らなかったよ。母上は爺やと繋がりが深かったんだね」
爺やが母上の乳兄弟で、ずっと一緒にいたことなど知らなかった。初めて聞く話が今日はたくさんで、僕は胸がいっぱいになっていた。
母上は確かに魔族の国で育って、この国に嫁いできて、僕を産むまで生きていた。その証を見たような気になっていた。
晩ご飯の準備にロヴィーサ嬢が厨房に入ったので、僕もそれに同行した。
ロヴィーサ嬢はイクラと蟹とウニを用意している。
ご飯の上にイクラと蟹とウニを盛り付けて、海鮮丼の出来上がりだ。
それだけではなく、蟹の味噌汁とひじきの煮物も添えてある。お漬物もロヴィーサ嬢が漬けたものだった。
出来上がった海鮮丼が王族の食事のテーブルに並べられる。
ロヴィーサ嬢が食べ方を教える。
「お醤油を少し垂らしてお召し上がりください。ワサビも用意してあります。少しお醤油に溶かしてつけると、ぴりりとして美味しいですが、苦手な方もいるので、試してみてください」
「これは蟹とイクラか」
「蟹とイクラなどどこから手に入れるのですか?」
「魔窟に水の溜まった階層があります。そこにいる鮭からイクラは取れます。蟹も湿った階層に生息しています」
「これは魔窟で取れたものなのですね」
「毒素を抜く処理はしてありますので、ご安心してお召し上がりください」
エリアス兄上の疑問にも、エルランド兄上の感嘆の声にも、ロヴィーサ嬢は控えめにそれでいてはっきりと答える。
食べ始めた父上とエリアス兄上とエルランド兄上の表情が輝いているのが分かる。
僕はワサビは苦手なので使わずに、お醤油だけかけて食べ始めた。
プチプチのイクラ。濃厚なウニ。旨味たっぷりの蟹。
どれも美味しくて箸が止まらない。
味噌汁も蟹のお出汁がよく出ていて美味しかった。
食べ終わると、ロヴィーサ嬢がデザートを出してくれる。
デザートは白玉善哉だった。
「この黒い汁はなんだ?」
「餡子です。小豆という豆を煮て作ります」
「中に入っている白いものはなんですか?」
「白玉団子です。白玉粉という餅粉の一種で作ります。もちもちして美味しいですよ」
「温かいデザートなのですね」
「はい。甘いので、たくあんを食べると、よく合いますよ」
たくあんの添えられた白玉善哉を食べる。善哉の甘さを、たくあんが中和して、どれだけでも食べられてしまいそうだ。
「お代りはありますか?」
「ありますよ、エド殿下」
「お願いします」
お腹いっぱい海鮮丼を食べたはずなのに、僕は白玉善哉もお代わりして食べていた。
母上の話もエリアス兄上とエルランド兄上だけでなく、爺やからも聞けて、お腹も胸もいっぱいになる一日だった。
次に語ってくれたのはエリアス兄上だった。
「おやつの時間には、私やヒルダ姉上に、自分の分も食べさせるような方だった」
「私は小さくて母上のことはあまり覚えていないのですよね」
「エルランドは母上の膝の上が好きで、母上がエドを妊娠してお腹が大きくなっても、お膝に乗りたいと泣いていたよ」
「それは私が四歳のときの話ではないですか? 四歳の子どもならば仕方ないでしょう」
「その通りだな」
恥ずかしい過去を話されてエルランド兄上は顔を赤らめている。
僕はそんなエルランド兄上を見るのも初めてで、何となく新しい顔が見られたようで嬉しくなってしまう。
「庭を散歩するのが好きだったな。私とヒルダ姉上と小さなエルランドを連れて、毎日のように庭を歩き回っていた」
「母上は庭が好きだったのですね」
「特に春の庭が好きで、桜やチューリップが咲くのを楽しみにしていたよ」
母上は春の庭で桜やチューリップを見ていた。
話を聞くとこれまであまり興味のなかった桜やチューリップを、これからはよく見てみようという気になる。
「食事はあまり召し上がらない方だったな」
「普通の食事が合わなかったからでしょうか?」
「今考えるとそうだったのだろうなと思う。もっと早く魔族の食べるものから毒素が抜けて、人間の食べるものが魔族の害にならないようにする技術が開発されて欲しかったな」
今となってはどうしようもないが、魔族の食べ物から毒素を抜いて、人間の食べるものは魔族が食べられるようにするアルマスの開発した技術が、もっと早くに確立されていれば、母上も食べるのを我慢せずにいられたかもしれない。
それを考えると、胸が詰まるような気分になる。
「エドにはもっと母上の話をしてやらねばならなかった。エドは母上を知らぬままに育ってしまったのだな。私たちの配慮がエドを寂しくさせていたのか」
「僕は母上のことを知らなくても、父上とヒルダ姉上とエリアス兄上とエルランド兄上が可愛がってくれました。僕は幸せでしたよ」
「これからはエドに母上の話をしてやろう。エリアスもエルランドも覚えていることを話してやっておくれ」
父上は後悔しているようだが、僕は自分が守られていたことを自覚しているし、それが父上とヒルダ姉上とエリアス兄上とエルランド兄上の愛だったと理解している。
「母上と雪の庭を歩いたのを覚えている。私が寒いというと、母上は『魔族の国の冬はもっと厳しいのですよ。いつかエルランドも連れて行ってあげましょう』と言っていた。だから、私は魔族の国に留学したのかもしれない」
母上が亡くなったとき、エルランド兄上は四歳だったはずだ。その頃の記憶を大事に覚えていたのだろう。
エルランド兄上は母上との約束を守るように、今、魔族の国に留学している。冬休みで帰って来ているが、冬休みが終わったらまた魔族の国に行くのだ。
「美味しいお茶菓子だった。ご馳走様」
「ロヴィーサ嬢、ありがとうございました」
「とても美味しかったです」
お茶の時間が終わって、父上とエリアス兄上とエルランド兄上にお礼を言われて、ロヴィーサ嬢が深く頭を下げている。
「作らせていただき光栄でした」
「夕食も期待している」
「お口に合うものを作れるように努力いたします」
父上に言われて、ロヴィーサ嬢は謙虚に答えていた。
一度客間に入った僕は、爺やに向き直った。
爺やは僕について来てくれている。
「爺や、母上のことを話して」
「どんなお話が聞きたいのですかな?」
「爺やは、どんな母上を知っているの?」
問いかけると爺やが目を細める。
「王女時代のお母上はとても物静かな方でした。本を読むのが好きで、騒がしいことは苦手で、舞踏会にもできるだけ出たくないと仰っておりました。結婚もする気はないと仰っていたのに、国王陛下と出会ってからは、ずっと国王陛下の話ばかりしておりました」
爺やは王女時代の母上を知っている貴重な人物だった。
「爺やと母上はなんでそんなに親しいの?」
「私はお母上の乳母の息子で、お母上とは乳兄弟なのです」
爺やは母上の乳母の息子だった。
王族の乳母には身分の明らかな女性が選ばれる。
「私の母が私を産んですぐにお母上がお生まれになって、私の母が乳母に選ばれたのです。国王陛下とお妃様は、私の母がお母上にお乳をあげるだけでなく、私にも上げられるように一緒に育てることを許したのです」
「爺やと母上は、そんな小さな頃からの知り合いだったの!?」
「そうです。私はお母上と一緒に家庭教師から勉強を習い、お母上と一緒に高等学校に通いました」
母上にとって、生まれたときから決まっている学友みたいなものだったのだ、爺やは。
「結婚するときも私は当然、お母上について行くように命じられました。お母上が亡くなられてからは、エドヴァルド殿下のお世話をさせていただいております」
「全く知らなかったよ。母上は爺やと繋がりが深かったんだね」
爺やが母上の乳兄弟で、ずっと一緒にいたことなど知らなかった。初めて聞く話が今日はたくさんで、僕は胸がいっぱいになっていた。
母上は確かに魔族の国で育って、この国に嫁いできて、僕を産むまで生きていた。その証を見たような気になっていた。
晩ご飯の準備にロヴィーサ嬢が厨房に入ったので、僕もそれに同行した。
ロヴィーサ嬢はイクラと蟹とウニを用意している。
ご飯の上にイクラと蟹とウニを盛り付けて、海鮮丼の出来上がりだ。
それだけではなく、蟹の味噌汁とひじきの煮物も添えてある。お漬物もロヴィーサ嬢が漬けたものだった。
出来上がった海鮮丼が王族の食事のテーブルに並べられる。
ロヴィーサ嬢が食べ方を教える。
「お醤油を少し垂らしてお召し上がりください。ワサビも用意してあります。少しお醤油に溶かしてつけると、ぴりりとして美味しいですが、苦手な方もいるので、試してみてください」
「これは蟹とイクラか」
「蟹とイクラなどどこから手に入れるのですか?」
「魔窟に水の溜まった階層があります。そこにいる鮭からイクラは取れます。蟹も湿った階層に生息しています」
「これは魔窟で取れたものなのですね」
「毒素を抜く処理はしてありますので、ご安心してお召し上がりください」
エリアス兄上の疑問にも、エルランド兄上の感嘆の声にも、ロヴィーサ嬢は控えめにそれでいてはっきりと答える。
食べ始めた父上とエリアス兄上とエルランド兄上の表情が輝いているのが分かる。
僕はワサビは苦手なので使わずに、お醤油だけかけて食べ始めた。
プチプチのイクラ。濃厚なウニ。旨味たっぷりの蟹。
どれも美味しくて箸が止まらない。
味噌汁も蟹のお出汁がよく出ていて美味しかった。
食べ終わると、ロヴィーサ嬢がデザートを出してくれる。
デザートは白玉善哉だった。
「この黒い汁はなんだ?」
「餡子です。小豆という豆を煮て作ります」
「中に入っている白いものはなんですか?」
「白玉団子です。白玉粉という餅粉の一種で作ります。もちもちして美味しいですよ」
「温かいデザートなのですね」
「はい。甘いので、たくあんを食べると、よく合いますよ」
たくあんの添えられた白玉善哉を食べる。善哉の甘さを、たくあんが中和して、どれだけでも食べられてしまいそうだ。
「お代りはありますか?」
「ありますよ、エド殿下」
「お願いします」
お腹いっぱい海鮮丼を食べたはずなのに、僕は白玉善哉もお代わりして食べていた。
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