末っ子王子は貧乏令嬢を見初める ~御令嬢は実は凄腕冒険者でした~

秋月真鳥

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五章 十六歳の性教育

30.僕の十七歳の誕生日とキス

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 居間のテーブルの上には手記が広げられている。
 ロヴィーサ嬢はクラース殿からその手記の説明を受けていた。

「まず、小鍋に酒と味醂を入れて沸騰させるのですね」
「アルコールを飛ばさないといけないからね」
「マグロをそぎ切りにして、大葉は細切りにするのですね」
「マグロは食べやすい大きさにした方がいい」
「酒と味醂が冷めたら、醤油を混ぜて、マグロを漬けると」
「一時間ほど冷蔵庫で漬けたら、刻み海苔と大葉と一緒にご飯の上に乗せるんだ」

 聞いているだけで美味しそうなメニューである。
 ロヴィーサ嬢は僕のために、クラース殿の力を借りてお誕生日のレシピを考えてくれているのだ。
 僕はお誕生日に向けて目標があった。

「ロヴィーサ嬢、父上とエリアス兄上とエルランド兄上に会いに行ってきます」
「はい。行ってらっしゃいませ」

 父上とエリアス兄上とエルランド兄上に相談するために、僕はその場を離れる。僕のお誕生日のレシピを相談しているロヴィーサ嬢とクラース殿のそばにずっといるのも気まずい気がしたのだ。

 王城まで魔法石で飛んで、僕は王家のものだけが使える私室で父上とエリアス兄上とエルランド兄上に向き合っていた。僕の真剣な気配に、父上もエリアス兄上もエルランド兄上も、僕が話し出すのを待っている。

「どうすれば、キスができますか?」

 単刀直入に聞いた僕に、父上とエリアス兄上とエルランド兄上がお茶を吹いて咽た。

「父上、エリアス兄上、エルランド兄上、僕は真剣なのです!」

 主張する僕に、ユリウス義兄上がふっと微笑んで隣りに座る。

「エドヴァルド殿下はロヴィーサ嬢とキスをなさりたい。その話は以前もしていましたよね」
「そうなのです。でも全然成功しなくて」
「どのような状況でキスをしようと考えているのですか?」

 柔らかな口調のユリウス義兄上に、僕は前にキスをしそうになった状況を思い出してみた。

「ロヴィーサ嬢の隣りのソファに座っていて、ロヴィーサ嬢の肩を抱き寄せたら、ロヴィーサ嬢が目を伏せました。そこで僕がキスをしようとしたのですが、ロヴィーサ嬢が僕の胸を押したのです」
「嫌がられたのですか?」
「そうではないと思います。思いたいです。爺やが、いたのです」
「なるほど」

 じっくりと話を聞いてくれるユリウス義兄上に、僕はすっかり心許していた。ユリウス義兄上はこういう話をするとぎこちなく真面目になってしまう父上やエリアス兄上やエルランド兄上よりも話しやすかった。

「まずは、人払いをするのです」
「人払いですね」
「その時点で、ロヴィーサ様は聡明な方なので、エドヴァルド殿下の考えに気付くと思います」
「気付かれてしまったら、逃げられるのでは!?」
「抱き寄せて目を伏せたのだったら、エドヴァルド殿下は嫌われていません。ロヴィーサ様は恥ずかしかっただけなのでしょう」
「そうですか?」
「優しく手に触れて、目を見て愛を囁くのです」

 こんな風にロヴィーサ嬢の口説き方を丁寧に教えてくれる方がいただろうか。僕はすっかりユリウス義兄上を信頼していた。

「抱き寄せて、頬に手を添えて、目を閉じてくれるかを見定めるのです。嫌がっている素振りを少しでもされたら、その日は諦めましょう」
「分かりました! ユリウス義兄上、ありがとうございます!」

 元気よく僕がお礼を言うと、父上もエリアス兄上もエルランド兄上も安心した表情になっている。

「ユリウス殿、よくエドに教えてくれた」
「私からは話しにくかった。ユリウス、ありがとう」
「ユリウス義兄上、ありがとうございます」

 僕はそういう感覚は薄いようだが、家族からこういう質問をされると答えにくいもののようだ。ユリウス義兄上がいてくれてよかったと僕も思っていたし、父上もエリアス兄上もエルランド兄上も思っているだろう。

 ユリウス義兄上の言葉を胸に刻んで僕はミエト家に帰った。
 なかなかチャンスというものは訪れないもので、僕のお誕生日になってしまった。
 お誕生日にはロヴィーサ嬢がご馳走を作ってくれる。今年はクラース殿の指導があるので、僕はとても楽しみにしていた。
 王家のテーブルに並んだのは、小さな器に盛られた丼だった。

「一口丼にしてみました。マグロの漬け丼、サーモンとアボカドの丼、マグロのとろろ丼、マグロとアボカドの丼、ローストビーフ丼、角煮丼。どれもレンゲで一口で食べられます」

 立食パーティーでも食べやすい丼をロヴィーサ嬢は考えてくれたのだ。どれも美味しそうで僕はテーブルから目が離せない。

「エドヴァルド、お誕生日おめでとう。もう十七歳か。来年にはロヴィーサ嬢との結婚式だな」
「ダミアーン伯父上、お越しいただきありがとうございます。僕は来年が待ちきれません」
「ロヴィーサ嬢も同じ気持ちじゃないのかな?」

 悪戯っぽく笑うダミアーン伯父上に、ロヴィーサ嬢が頬を染めている。
 エリアス兄上に壇上に呼ばれて、僕はエリアス兄上の隣りに立った。

「本日は我が弟、エドヴァルドのために集まっていただきありがとう。エドヴァルドも十七歳。夏休みが終われば高等学校最後の年になる。存分に学び、健康に過ごして欲しいと思っている。これからもエドヴァルドのことをよろしく頼む」
「私の誕生日にお越しいただき誠にありがとうございます。高等学校最後の年、立派な成績を修めて研究課程に行けるように努力していきたいと思います。今後とも皆様のお力添えをよろしくおねがいします」

 僕が生きていけているのは僕一人の力ではない。
 隣国で僕の過去をヒルダ姉上と父上とエルランド兄上と話して、ますますそう実感した。
 僕はたくさんのひとに生かされている。
 それを忘れないようにしたいと強く思った。

 壇上から降りると、アルマスとヘンリッキが挨拶に来てくれる。

「エドヴァルド殿下、お誕生日おめでとうございます」
「来年の今頃は、ロヴィーサ嬢との結婚式ですね」
「独身時代最後の一年を共に楽しく過ごしましょう」

 アルマスにもヘンリッキにも、僕が後一年を待ちきれないのは見透かされている気がしていた。
 王家のテーブルに行って、一口丼を選んでいると、セシーリア嬢から声をかけられた。

「エドヴァルド殿下、おめでとうございます。ロヴィーサ様は今年は色んな丼にしたのですね」
「ありがとうございます。ロヴィーサ嬢の料理は全部美味しいから、どれを食べるか迷います」
「新しい丼もあるのではないですか? わたくし、これは見たことありません」
「これは、マグロの漬け丼とロヴィーサ嬢は言っていた気がします。これを食べてみます」
「きっと美味しいと思いますよ」

 セシーリア嬢にもお誕生日を祝われただけでなく、どの丼を食べるかを決める手伝いをしてもらってしまった。
 僕は今日の主催なので、ゆっくり食べている暇はなかったが、気になる丼は帰ってからロヴィーサ嬢がまた作ってくれるだろう。
 とりあえずマグロの漬け丼を食べる。しっかりと味の染みたマグロと大葉の香りがよく合って美味しい。

 それからまた僕は貴族たちに囲まれて挨拶を受けることになった。

 パーティーが終わってから、エルランド兄上がセシーリア嬢と一緒にロヴィーサ嬢のところに来ていた。

「マグロの漬け丼、エルランド殿下がとても美味しかったと仰っていて」
「本当に美味しかったです」
「ロヴィーサ様、今度作り方を教えてくださいね」
「はい、セシーリア様。マグロを捕まえるところから始めましょうね」

 ロヴィーサ嬢とセシーリア嬢は約束をしていた。

 ミエト家に帰ると、僕は咳払いをした。

「爺や、席を外してくれるかな?」
「はい、エドヴァルド殿下」

 何事か察した爺やが部屋を出て行く。
 これで人払いはできた。
 次はロヴィーサ嬢の手に触れるのだ。
 ロヴィーサ嬢の手に手を重ねると、ロヴィーサ嬢が恥ずかし気に目を伏せる。

 これはいい感じなのではないだろうか?

「ロヴィーサ嬢、料理もとても美味しくて、素晴らしい誕生日でした。ロヴィーサ嬢の愛情あってのことです」
「エド殿下に喜んでいただけて嬉しいですわ」
「ロヴィーサ嬢、僕はロヴィーサ嬢と結婚するのが待ちきれません」
「わたくしも気持ちは同じです。来年のお誕生日が楽しみですね」

 会話が弾んでしまった。
 これは愛の囁きとは少し違う気がする。
 急いで気持ちを切り替えて、僕はロヴィーサ嬢の肩を抱く。

「ロヴィーサ嬢、愛しています」
「わたくしも、エド殿下をお慕いしております」

 これだ!
 これが愛の囁きだ。
 今のところ成功している気がする。

 ユリウス義兄上に言われた通りに、じっとロヴィーサ嬢の海より深い青い目を見詰める。ロヴィーサ嬢は目を伏せている。長い黒い睫毛が頬に影を落とす。
 そっと頬に手を触れると、ロヴィーサ嬢は抵抗しなかった。

 そのまま、僕はロヴィーサ嬢の唇に唇を重ねる。

 キスができた!

 もう一度したかったけれど、何度もすると嫌がられるかもしれないので、静かに体を離して、僕はロヴィーサ嬢の手を取る。

「ロヴィーサ嬢、愛しています。何度言っても足りないくらいです」
「エド殿下、わたくしもです」

 遂に僕はロヴィーサ嬢とキスができた。
 ガッツポーズをしそうになるのをぐっと抑えて、僕は天井を仰ぎ見た。
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