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一章 勇者と聖女と妖精種
27.国王陛下からの使者
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魔王がこの国と改めて和平を結ぶという報せは国中に広まり、国はお祭り状態だった。今回の和平条約はこれまでのものよりもずっと詳しい内容で、魔王と魔族はこの国に決して手を出さないという条件が盛り込まれていた。その条件の代わりに魔王が要求したことが朱雀と青慈と紫音の生活に関わって来た。
「あなたがたが、魔王を倒し、この国を危機から救ってくださった勇者様と聖女様と山の賢者様ですね」
国王からの使いに、朱雀は困惑を隠しきれなかった。ようやく平和が訪れたので、青慈と紫音に美味しいものを食べさせて、甘やかして可愛がって育てようと思っていた矢先だったのだ。
「私たちに何の用ですか?」
「魔王はこの国と和平を結ぶ条件に、『勇者と聖女と山の賢者を魔王の領域に来させないこと』と言ってきました。あなた方がいればこの国は安泰なのです」
「どういう意味ですか?」
「王都に素晴らしいお屋敷を用意します。毎日の暮らしに困らないように保証も致します。国を守った英雄として、今後も王都で魔王に睨みをきかせ続けて欲しいのです」
国王からの使者の言葉に、朱雀はとても了承する気持ちになれなかった。それは実質上の監禁ではないだろうか。魔王と対抗させるためだけに青慈と紫音の自由を奪って王都の屋敷に閉じ込める。贅沢な暮らしができるかもしれないが、青慈と紫音がそれを望んでいるかは分からない。
「青慈、紫音、このひとたちがね……」
「このひとたち、おとうさんをこまらせてるの? えい! する?」
「落ち着いて。まだしなくていいから。このひとたちが、王様のいる都に私たちが引っ越すように言っているんだよ」
「やーの!」
「紫音は嫌? 青慈は?」
「おれは、ざっかやさんのこと、いっしょのがっこうにいくんでしょう? ひっこしたら、ちがうがっこうになっちゃうよ」
「わたち、おやま、すち!」
青慈は雑貨屋の娘と息子と同じ学校に行くつもりでいるし、紫音はお山が好きで引っ越すつもりはない。朱雀にしても国王や貴族に利用されて、ぜいたくな暮らしの代わりに監禁されるような状況は望ましくなかった。
「お断りします。私たちはこの山で幸せに暮らしています」
「国王陛下の命令なのです」
「命令と言っても……」
絶対に断ると朱雀が言おうとしたとき、後方でばぎゃっという音がした。庭で邪魔になっている大きな石を紫音が叩き割ったのだ。横で砕けた石を青慈が蹴りで粉々にしている。その様子を国王からの使者たちも見ていた。
「あれが聖女様のお力……」
「勇者様は本当にお強かった」
「とにかく、私たちの返事はこれです!」
割れて粉々になった大きな石をかき集めて、朱雀は使者に渡した。それが国王に対して、勇者と聖女の力を示す脅しになると理解して。
無理やりに言うことを聞かせるつもりならば、王都も王城も粉々にしてやる。
朱雀の思いは伝わったようだった。数日後にまた国王からの使者が来た。
「勇者様と聖女様はこの場所に住んでいても、充分魔族に対しての抑止力があると国王様は判断されました」
「この場所で暮らしてください。住む場所を変えるときには、王城に知らせをください」
使者が納得してくれたので、朱雀は安心して山の中での暮らしを続けることができるようになった。青慈と紫音は毎日大根と人参を連れて、兎の白と一緒に外を走り回っている。雨が降っている日には、濡れ縁で兎の白を柵から出して、おままごとをしたり、濡れ縁の端にみんなで座って雨粒を見ていたりする。小さな青慈の隣りに鎧を着た大根が座って、大根の横にドレスを着た人参が座って、人参の横に紫音が座って、紫音の横には兎の白が大人しく体を起こしてきょろきょろと周囲を見ている。
「ちめたっ!」
「しおんちゃん、あしをだしたらぬれちゃう」
「たのちいよ」
「もう、おれもあしをだしたくなっちゃうよー」
雨粒に足を濡らして遊んでいる紫音と青慈の姿に和みながらも、朱雀は藍と杏と緑とお茶をしていた。魔王が自分たちの領域から出ないことを誓ってから、街も平和になったようだった。
「漁師の網や、猟師の罠を狙う魔族も、もうこの国には現れていないって聞いたわ」
「妖精種も攫われたという話は聞かないね」
「青慈と紫音と朱雀さんのおかげね」
「私はほとんど何もしてないよ」
杏と緑と話しながら、朱雀は魔族の赤と緑と黄色と青の鮮やかな布を纏った四人組のことを思い出していた。国王の使者や国王からの報せで知ったのだが、あの四人組は魔王の部下の四天王だったようなのだ。それを殴り倒した紫音が、止めを刺そうとするのを藍は止めた。
「あのとき、どうして藍さんは紫音を止めたんだ?」
「紫音の手を汚すまでもない相手だと思ったからよ。可愛い紫音の小さなお手手が汚れるなんて嫌だったわ。朱雀さんもそうじゃないの?」
問いかけられて朱雀もそうだったと思い出す。青慈は頑なに魔王の股間のブツをもぎたがっていたが、それを朱雀は止めた。魔王への憐憫の情は全くなかったが、単純に青慈の手をそんなもので汚したくはなかったのだ。
勇者と聖女として生まれたけれど、魔王を退けるという偉業を成し遂げた後で、青慈と紫音はただの子どもに戻って幸せに暮らして欲しい。まだ二人とも5歳と3歳なのだから、たくさん遊んで、たくさん学んで成長していってほしい。
明るい未来のある青慈と紫音に、魔王と四天王の股間のブツをもぎとって殺した過去などという染みはつけたくなかった。
「そういえば、魔王、不能になったらしいわよ」
「え? 不能に!?」
「青慈に股間を狙われて、あれ以来使い物にならなくなったんですって」
どこから情報を仕入れて来るのか分からないが、杏はこういう噂をよく知っている。魔王が性的に不能になったのであれば、今後他の魔族や妖精種が性的に搾取されて、力を奪われることもないだろう。
「青慈のおかげだな」
「おれ、すごい?」
「青慈はすごかったよ。私のことも、藍さんのことも助けてくれた」
「わたちは?」
「紫音も偉かった。二人とも、本当にありがとう」
改めてお礼を言えば青慈も紫音も誇らし気に胸を張って喜んでいる。
その足が雨でびしょ濡れになっているのに気付いた藍が、二人の手を取った。
「軽くお湯を浴びて着替えましょう」
「はーい! あいさん」
「あいたん、わたち、つる!」
「紫音、自分で着替えてみるの?」
「うん、つる!」
自分で着替えをしたい紫音に藍はきっと手を貸しながらも、できるだけ自分でできるようにしてくれるのだろう。青慈もそうやって育てられていつの間にか自分の服も靴も全部自分で着脱できるようになっていた。
「杏さんと緑さんは、ずっとここで働くつもりなのかな?」
「もう少し調合を学ばせてもらおうと思ってるわ」
「調合を学んだら、杏さんと貯めたお金で薬屋を開こうって話をしているの」
「畑も欲しいから、この家の隣りにお店兼家を建てさせてもらっていいかしら?」
「この山に立てるつもりか?」
確かにこの山には土地が大量にあるし、朱雀以外の一家が住んでいるわけではない。杏と緑が朱雀の家の隣りに薬屋を建てて、住居も建てるのならば、朱雀は当然応援するつもりだった。
いつか離れていくと思っていた杏と緑も、この山に残ってくれるようだ。
「柵を拡張して、私の家と杏さんと緑さんの店と住居と庭を一緒に囲むようにしようか」
「それだったら、畑仕事のときには青慈と紫音に会えるわね」
「青慈と紫音と白も今の庭の広さじゃ足りなくなってくるから、広くなってちょうどいいかもしれないわ」
朱雀の家と庭を囲む柵を広げて、同じ敷地内に店と住居を建てることに、杏と緑は賛成してくれた。二人とも遠く離れることはないし、一緒に過ごしたいときには隣りの家に呼びに行けばいい。
それならば紫音と青慈も寂しくはないだろう。
「おとうさん、おなかすいたよ!」
「わたち、おじぎりたべたい!」
「そろそろお昼ご飯の時間だね。紫音、おにぎりが食べたいの?」
「たきこみごはんの、おじぎり!」
炊き込みご飯のおにぎりを要求する紫音に、朱雀は「了解」と答えて台所の方に行く。お昼ご飯を食べ終わっても雨は降り続いていた。
「あなたがたが、魔王を倒し、この国を危機から救ってくださった勇者様と聖女様と山の賢者様ですね」
国王からの使いに、朱雀は困惑を隠しきれなかった。ようやく平和が訪れたので、青慈と紫音に美味しいものを食べさせて、甘やかして可愛がって育てようと思っていた矢先だったのだ。
「私たちに何の用ですか?」
「魔王はこの国と和平を結ぶ条件に、『勇者と聖女と山の賢者を魔王の領域に来させないこと』と言ってきました。あなた方がいればこの国は安泰なのです」
「どういう意味ですか?」
「王都に素晴らしいお屋敷を用意します。毎日の暮らしに困らないように保証も致します。国を守った英雄として、今後も王都で魔王に睨みをきかせ続けて欲しいのです」
国王からの使者の言葉に、朱雀はとても了承する気持ちになれなかった。それは実質上の監禁ではないだろうか。魔王と対抗させるためだけに青慈と紫音の自由を奪って王都の屋敷に閉じ込める。贅沢な暮らしができるかもしれないが、青慈と紫音がそれを望んでいるかは分からない。
「青慈、紫音、このひとたちがね……」
「このひとたち、おとうさんをこまらせてるの? えい! する?」
「落ち着いて。まだしなくていいから。このひとたちが、王様のいる都に私たちが引っ越すように言っているんだよ」
「やーの!」
「紫音は嫌? 青慈は?」
「おれは、ざっかやさんのこと、いっしょのがっこうにいくんでしょう? ひっこしたら、ちがうがっこうになっちゃうよ」
「わたち、おやま、すち!」
青慈は雑貨屋の娘と息子と同じ学校に行くつもりでいるし、紫音はお山が好きで引っ越すつもりはない。朱雀にしても国王や貴族に利用されて、ぜいたくな暮らしの代わりに監禁されるような状況は望ましくなかった。
「お断りします。私たちはこの山で幸せに暮らしています」
「国王陛下の命令なのです」
「命令と言っても……」
絶対に断ると朱雀が言おうとしたとき、後方でばぎゃっという音がした。庭で邪魔になっている大きな石を紫音が叩き割ったのだ。横で砕けた石を青慈が蹴りで粉々にしている。その様子を国王からの使者たちも見ていた。
「あれが聖女様のお力……」
「勇者様は本当にお強かった」
「とにかく、私たちの返事はこれです!」
割れて粉々になった大きな石をかき集めて、朱雀は使者に渡した。それが国王に対して、勇者と聖女の力を示す脅しになると理解して。
無理やりに言うことを聞かせるつもりならば、王都も王城も粉々にしてやる。
朱雀の思いは伝わったようだった。数日後にまた国王からの使者が来た。
「勇者様と聖女様はこの場所に住んでいても、充分魔族に対しての抑止力があると国王様は判断されました」
「この場所で暮らしてください。住む場所を変えるときには、王城に知らせをください」
使者が納得してくれたので、朱雀は安心して山の中での暮らしを続けることができるようになった。青慈と紫音は毎日大根と人参を連れて、兎の白と一緒に外を走り回っている。雨が降っている日には、濡れ縁で兎の白を柵から出して、おままごとをしたり、濡れ縁の端にみんなで座って雨粒を見ていたりする。小さな青慈の隣りに鎧を着た大根が座って、大根の横にドレスを着た人参が座って、人参の横に紫音が座って、紫音の横には兎の白が大人しく体を起こしてきょろきょろと周囲を見ている。
「ちめたっ!」
「しおんちゃん、あしをだしたらぬれちゃう」
「たのちいよ」
「もう、おれもあしをだしたくなっちゃうよー」
雨粒に足を濡らして遊んでいる紫音と青慈の姿に和みながらも、朱雀は藍と杏と緑とお茶をしていた。魔王が自分たちの領域から出ないことを誓ってから、街も平和になったようだった。
「漁師の網や、猟師の罠を狙う魔族も、もうこの国には現れていないって聞いたわ」
「妖精種も攫われたという話は聞かないね」
「青慈と紫音と朱雀さんのおかげね」
「私はほとんど何もしてないよ」
杏と緑と話しながら、朱雀は魔族の赤と緑と黄色と青の鮮やかな布を纏った四人組のことを思い出していた。国王の使者や国王からの報せで知ったのだが、あの四人組は魔王の部下の四天王だったようなのだ。それを殴り倒した紫音が、止めを刺そうとするのを藍は止めた。
「あのとき、どうして藍さんは紫音を止めたんだ?」
「紫音の手を汚すまでもない相手だと思ったからよ。可愛い紫音の小さなお手手が汚れるなんて嫌だったわ。朱雀さんもそうじゃないの?」
問いかけられて朱雀もそうだったと思い出す。青慈は頑なに魔王の股間のブツをもぎたがっていたが、それを朱雀は止めた。魔王への憐憫の情は全くなかったが、単純に青慈の手をそんなもので汚したくはなかったのだ。
勇者と聖女として生まれたけれど、魔王を退けるという偉業を成し遂げた後で、青慈と紫音はただの子どもに戻って幸せに暮らして欲しい。まだ二人とも5歳と3歳なのだから、たくさん遊んで、たくさん学んで成長していってほしい。
明るい未来のある青慈と紫音に、魔王と四天王の股間のブツをもぎとって殺した過去などという染みはつけたくなかった。
「そういえば、魔王、不能になったらしいわよ」
「え? 不能に!?」
「青慈に股間を狙われて、あれ以来使い物にならなくなったんですって」
どこから情報を仕入れて来るのか分からないが、杏はこういう噂をよく知っている。魔王が性的に不能になったのであれば、今後他の魔族や妖精種が性的に搾取されて、力を奪われることもないだろう。
「青慈のおかげだな」
「おれ、すごい?」
「青慈はすごかったよ。私のことも、藍さんのことも助けてくれた」
「わたちは?」
「紫音も偉かった。二人とも、本当にありがとう」
改めてお礼を言えば青慈も紫音も誇らし気に胸を張って喜んでいる。
その足が雨でびしょ濡れになっているのに気付いた藍が、二人の手を取った。
「軽くお湯を浴びて着替えましょう」
「はーい! あいさん」
「あいたん、わたち、つる!」
「紫音、自分で着替えてみるの?」
「うん、つる!」
自分で着替えをしたい紫音に藍はきっと手を貸しながらも、できるだけ自分でできるようにしてくれるのだろう。青慈もそうやって育てられていつの間にか自分の服も靴も全部自分で着脱できるようになっていた。
「杏さんと緑さんは、ずっとここで働くつもりなのかな?」
「もう少し調合を学ばせてもらおうと思ってるわ」
「調合を学んだら、杏さんと貯めたお金で薬屋を開こうって話をしているの」
「畑も欲しいから、この家の隣りにお店兼家を建てさせてもらっていいかしら?」
「この山に立てるつもりか?」
確かにこの山には土地が大量にあるし、朱雀以外の一家が住んでいるわけではない。杏と緑が朱雀の家の隣りに薬屋を建てて、住居も建てるのならば、朱雀は当然応援するつもりだった。
いつか離れていくと思っていた杏と緑も、この山に残ってくれるようだ。
「柵を拡張して、私の家と杏さんと緑さんの店と住居と庭を一緒に囲むようにしようか」
「それだったら、畑仕事のときには青慈と紫音に会えるわね」
「青慈と紫音と白も今の庭の広さじゃ足りなくなってくるから、広くなってちょうどいいかもしれないわ」
朱雀の家と庭を囲む柵を広げて、同じ敷地内に店と住居を建てることに、杏と緑は賛成してくれた。二人とも遠く離れることはないし、一緒に過ごしたいときには隣りの家に呼びに行けばいい。
それならば紫音と青慈も寂しくはないだろう。
「おとうさん、おなかすいたよ!」
「わたち、おじぎりたべたい!」
「そろそろお昼ご飯の時間だね。紫音、おにぎりが食べたいの?」
「たきこみごはんの、おじぎり!」
炊き込みご飯のおにぎりを要求する紫音に、朱雀は「了解」と答えて台所の方に行く。お昼ご飯を食べ終わっても雨は降り続いていた。
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