かーくんとゆーちゃん

秋月真鳥

文字の大きさ
6 / 30

6.ゆーちゃんのお店で

しおりを挟む
 朝から店の仕込みに行くために、寛は早起きをする。
 元々寛は毎朝アラームもかけていないのに時間通りに起きて、寮生活でも僕を起こしてくれていた。

 僕が大学を出てライターの仕事を始めてからは、夜遅くまで仕事をしている場合があるので、朝には声をかけてくれるようになった。

「かーくん、平気か? 変なのに憑りつかれてないか?」

 僕も特に寝起きが悪いわけではないが、起きられない理由のほとんどが体の上にひとではない変な生き物が乗っていたりするためなので、寛は毎朝確認してくれるのだ。
 もぞもぞとベッドから起き上がり、僕は軽く手を上げる。首を回して、肩を回して、何の異常もないことを確かめる。

「何もなかったみたい。平気だと思う」
「それならよかった。まだ寝てるか?」
「朝ご飯ある?」
「あるよ」

 呆れた様子の寛だが、きっちりと僕の朝ご飯は作ってくれている。
 寛の作る朝ご飯は、海苔巻きと味噌汁だ。海苔巻きの中には必ず卵と高菜は入っていて、他にスパムが入っていることも、サケフレークが入っていることもある。

 小料理店に就職してすぐの寛が、太巻きを巻くための練習で作ってくれていたのだが、それだと僕も朝から食べられるので、すっかりと朝ご飯は海苔巻きになってしまった。

 まだ暖かさの残るご飯で巻かれた海苔巻きと、お出汁のいい香りがする味噌汁をいただく。みそ汁の具は豆腐と海苔に刻んだ大葉が入っていて海苔の磯の香りと大葉の香りが鼻に抜けていく。

「ゆーちゃんのご飯、美味しいな」
「プロだから当然だ」

 そう言いながら、寛が嬉しそうな顔をしているのが分かる。
 食べるのが遅くても、寛は僕が食べ終わるまでお茶を飲みながら食卓から離れなかった。

「いい鯵が入ったって、女将さんから連絡が入ってた。今日の昼はアジフライかな」
「アジフライ!? 行く!」

 食べ終えて食器をシンクに運んでいると、寛から言われて、僕は目を輝かせた。

 僕はどちらかと言えば肉よりも魚が好きな方だ。
 アジフライは特に僕の好物である。鯵や鯖、青魚が好きなのだ。

 昼ご飯も行くと約束して、僕は寛を送り出した。

 もう少し寝ようかとベッドに向かおうとして、僕ははっとして洗面所に向かう。
 まだ顔も洗っていなかった。
 顔を洗って歯を磨いていると、頭がすっきりして、目が覚めて来る。

 ノートパソコンを畳んでいるので何とか場所を空けた机の上にタロットクロスを広げて、タロットカードを混ぜる。
 逆位置がないタロットカードだと言われているが、僕は構わずにこのタロットカードをタロットクロスの上でぐるぐると混ぜて、逆位置も出るようにしていた。

 叔母は逆位置のないままで使っているようだが、僕は逆位置がある方が読みやすい気がしていたのだ。

 三枚カードを並べるスプレッドで見てみる。
 一枚目が過去、二枚目が現在、三枚目が未来で見る、スリーカードというスプレッドだ。

 一枚目はカップの九の正位置だ。
 意味は、願望。
 念願が叶うという意味がある。

「ずっと行きたかった遊園地に行けたことかな。ゆーちゃんと一緒で楽しかったなぁ」

 思い出すと本当に楽しかった気分が戻ってくる。
 寛と一緒にいるのは全く構えなくてよかったし、新幹線もバスも全部連れて行ってもらえて、間違わずに乗れて、行きも帰りも楽だった。
 遊園地のキャラクターのカチューシャもつけられて、周囲からは視線が痛かった気がするけれど、とても楽しかった。
 着ぐるみのアクターさんもたくさん見られてよかった。

 写真の資料を思い返しても、楽しさが胸に浮かんでくる。

 二枚目のカードはソードの七の逆位置だった。
 意味は、裏切り。
 この場合は逆位置なので、警戒していることが功を奏して最悪の事態を切り抜けられると出ている。

「これはもしかすると、人間じゃない案件かな?」

 ひとではないものが関わっているかもしれないと、警戒しなければいけない事案が起こりそうな予感がしている。
 これは早めに寛の店に行った方がいい気がする。

 三枚目のカードを捲ると、ワンドの八の逆位置だった。
 意味は、急展開。
 正位置ならばいい方向に向かうのだが、逆位置だと行き詰まりを感じる暗示がある。

「次の話は難航しそうかなぁ……アドバイスカード引いておこう」

 アドバイスに一枚カードを引くと、ワンドのキングが正位置で出て来た。
 意味は、豪胆。
 頼りになるひとという意味もあるから、寛のことだと分かる。

「ゆーちゃんに助けてもらうか」

 タロットカードを纏めて、僕は着替えて出かける準備をした。
 タロットカードはポーチに入れて、タロットクロスは丸めて、ノートパソコンもバッグに入れる。

 玄関でよれた革靴をはいて鍵をかけて出かけようとすると、階段の近くに黒い影が立っていた。

『うまそうなやつが来た……』

 悲鳴を上げてはいけない。
 こういうやつは自分が見えていると分かると行動が早くなるのだ。

 早く部屋を出てよかった。
 この黒い影は僕の部屋に向かって来ていたようだ。

 足早に逃げるように階段を降りて行って、小走りに寛のお店まで行く。
 まだ閉店の看板が出ていたが、引き戸を開いて中に飛び込むと、カウンターの中で掃除をしていた寛と目が合った。

「どうした、かーくん?」
「出た!」
「分かった。落ち着いて」

 カウンターから出て来てくれる寛に、僕は震えながら待っていると、僕の後ろから襲い掛かろうとする影を後ろから掴んだ誰かがいた。
 振り返ると、かなり大柄の僕よりも更に巨体の男性が立っている。

 着物姿で古臭い格好をしている男性は、赤い顔をしていた。

 人間ではない気がするのだが、男性は寛にも見えているようだ。

「まだ準備中なんですよ、すみません」
「そうか。いい店のようだな」
「ありがとうございます。十一時からランチが始まるのでよろしくお願いします。今日はアジフライですよ」
「あじふらい……よく分からんがうまそうだな」

 普通に会話を交わしているが、僕には着物の男性は人間ではないように見えている。寛にはどう見えているんだろう。
 巨体の男性が店を出て行ってから、僕は寛に近付いた。

「今のひと、僕を追い駆けて来た化け物を掴んで握り潰したよ」
「俺と同じ力のあるひとだったのかな?」
「寛にはあのひと、どう見えていた?」

 僕の問いかけに寛が首を傾げる。

「年季の入った着物を着てるし、身体はデカいなと思ったけど、普通のおっさんじゃなかったか?」

 そうだったのか。
 僕には頭に角が生えているように見えた気がするのだが。

 それでも、僕に危害は加えて来なかったから、それはそれでよかったのだろう。

 開店前だったが、僕はカウンターに座らせてもらって、パソコンを開いた。
 カウンターの中では寛が掃除をして、包丁を研いでいる。
 僕はパソコンで次の小説のプロットを書いていた。

 出来上がったプロットを提出したところで、寛が僕に声をかける。

「テーブル席に移ってくれるか? そろそろ開店だ」
「集中して作業できたよ。ありがとう」

 気付かない間にお茶を出してくれているし、そのお茶を僕は自然に飲んでいるから寛はすごい。

 二人用のテーブル席に座ってパソコンを片付けていると、寛がアジフライ定食を作ってくれる。
 揚げたてのアジフライに手作りのタルタルソースが添えてある。塩昆布で和えたキャベツが添えてあって、ご飯と味噌汁もついている。

 この店のタルタルソースは、和風なのでピクルスの代わりにラッキョウが刻んであって、それが卵とマヨネーズと絶妙に合っていてとても美味しいのだ。
 たっぷりとタルタルソースを乗せて、アジフライにさくりと齧りつく。
 じゅわっと熱い汁が溢れ出て、口いっぱいに広がる。

「刺身にもできる鯵を使ったからな。うまいだろ?」
「ものすごく美味しい!」

 笑顔で言えば、お客さんが入ってくる。
 忙しく働く寛とは話せなくなったが、巨体の男性が来ているのに気付いて、僕はそれが気になっていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

神楽坂gimmick

涼寺みすゞ
恋愛
明治26年、欧州視察を終え帰国した司法官僚 近衛惟前の耳に飛び込んできたのは、学友でもあり親戚にあたる久我侯爵家の跡取り 久我光雅負傷の連絡。 侯爵家のスキャンダルを収めるべく、奔走する羽目になり…… 若者が広げた夢の大風呂敷と、初恋の行方は?

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

処理中です...