かーくんとゆーちゃん

秋月真鳥

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27.僕のサイン会

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「メープル先生、お願いします」

 書店の店員さんに声をかけられて、僕はちらりと寛の方を見た。寛は拳を握って僕を応援してくれる姿勢を見せる。
 頷いて、僕は書店の廊下を歩き始めた。

 一応、スーツは着てきたけれど、大学の入学式で作ってもらった紺色のスーツで、隣りの男の子の両親のお葬式に行ったときもこれを着ていた。
 僕はこれしかスーツを持っていないのだ。
 ネクタイもちゃんと結べているか分からない。
 ネットで見て様になるようにはしたけれど、何か間違っているようでドキドキしてしまう。

 マスクを着けたままで会場に入ると、既に最初の十人のお客さんが来ていた。
 僕はアクリル板の衝立の向こうに座って挨拶をした。

「今日はよろしくお願いします。メープルシュガーです」

 どんな反応が返ってくるか心臓がバクバクと鳴っている。
 お客さんは呆れて帰ってしまうかもしれない。

「初めまして、メープルシュガー先生だと思ってました」

 一人の女性が声を上げた。

「マスクチャームの葡萄みたいになってるビーズ、SNSのお写真で拝見しました。叔母様に作っていただいたのですよね? それ、私も買いました!」

 見てくださいとばかりにアクリル板の向こうからマスクチャームを見せて来る女性に、他の女性も和やかな雰囲気になっている。

「メープルシュガー先生の作品は本当に私たちの癒しだから」
「性別何て関係ありません」
「メープルシュガー先生の作品を読むために、今月も社畜頑張ってます」

 口々に好意的な言葉が出てきて、僕は驚いていた。
 礼儀正しく、ソーシャルディスタンスで距離を取って並んで、お客さんがアクリル板の下に空いた穴からサインされた本を受け取っていく。
 名前を入れて欲しいというお客さんには、そのように注文に答える。

 次の十人が入って来ても結果は同じだった。

「メープルシュガー先生の御本が読めるなら、性別なんて些細なことです」
「健康に気を付けて、長く書いて行ってくださいね」

 健康を気遣われるほどだった。
 拍子抜けしている僕が気付いたのは、三番目の十人組が入ってきたところだった。

 やたらと眩いひとがいて、僕の膝の上に乗っていた猫又が、上位のものに服従するようにお腹を見せて寝っ転がっている。

「滝川先生……それに、ちぃちゃん?」
「え? あ、あの、人違いでは?」
「僕がちぃちゃんを見間違えると思ってるの? 滝川先生は相変わらずすごいの連れてるし」

 この前は玄武とグリフォンだったが、今度は不死鳥とフェンリルを連れている気がする。あまりに眩すぎてよく見えないので分からないのだ。

「前の二匹はどうなったんですか?」
「千早さんと力を合わせて帰ってもらいました」
「今回はなんでこんなところまで」

 滝川先生は本州に住んでいるようだからまだ近い気もするのだが、叔母は九州に住んでいる。わざわざここまで来るのは大変だっただろう。

「すっぽんを持ち主の元に返したら、ここでの公演が当たっちゃって、チケットが手に入ったんですよ」
「遠征の話をしてたら、滝川さんの担当さんから、かーくんがサイン会をするって聞いて」
「急いで整理券を手に入れたんですよね。ファンです。サインください!」
「ひぇ!?」

 玄武のことは、相変わらず「すっぽん」と呼んでいるし、僕よりもずっと重鎮のはずなのに僕に「ファンです」と言ってサインを求めて来る滝川先生。叔母も僕の本にサインを求めて来ている。

「『ちぃちゃんへ』って書いてよね」
「僕のサインが欲しい?」
「欲しい」

 断言されてしまった。
 仕方がないので滝川先生の本と叔母の本にもサインをする。本を手渡すと二人は、「これから観劇だから、頑張ってね」と言って立ち去って行った。

 次の十人も問題なくサインが終わり、最後の十人になる。
 最後の十人の中には男性も混じっていた。

「メープルシュガー先生は男性だった! ずっと男性なのにこんな甘いロマンスを好きっておかしいと思って来たけど、メープルシュガー先生も男性だった! 救われた思いです。ずっとファンです」

 男性から熱く語られて、僕は自分が男性だということを公表してよかったと心から思った。

 これまで男性はこんな甘いロマンスを読まない、書かないと偏見を持たれていた気がする。そのせいで僕もずっと自分の性別を公にしなかった。
 こうやって男性だと僕が公表することで、僕の作品を読んでいる男性読者の方が救われることがあるのかもしれない。
 それを考えれば、今回のサイン会はとても大きな意味を持っていた。

 サイン会が終わってから控室に戻ると、寛は本を読みながら僕を待っていてくれた。その本が、今日発売の上下巻の本で、寛にそっと聞く。

「ど、どうかな?」
「荒唐無稽だけど、面白いんじゃないか?」
「そう?」
「妖が集う店なんてあり得ないだろうけどな」

 寛はそう言っているけれど、寛の店こそそんな店なのだと僕は言うことができなかった。

 サイン会が終わって、書店さんにお礼を言って、僕は鈴木さんと編集部のお偉いさんと遅い昼食に行くことになった。
 そのときに僕は寛も連れて行っていいようにお願いしておいた。

「僕の大事な幼馴染で、健康管理してくれる相手なんです」

 料理を作って寛は僕の健康を維持してくれる。ダイエットするときには協力してくれて、筋トレも一緒にやってくれる。

「シェアハウスで一緒に暮らしてる、大事な親友なんです」

 僕の言葉に、鈴木さんもお偉いさんも寛の同席を拒まなかった。

 お高そうな中華のお店で密かな打ち上げをする。
 お偉いさんは相変わらず額に目があるのを隠していなかったが、その目は僕にだけ見えていて、寛にも鈴木さんにも見えていないようだった。

 メニューを手に寛がうずうずしているのが分かる。

「注文してもいいですか?」
「どうぞ。好きなものを頼んでください」

 お偉いさんに言われて、僕は寛を見る。寛は次々と頼んでいった。
 棒棒鶏、クラゲの酢の物、春巻き、空心菜の炒め物、酢豚、青椒肉絲、おこげのあんかけ……。

 次々と運ばれて来る料理を、寛が味を確かめるように食べている。僕もお皿にとって食べる。お偉いさんと鈴木さんは少し遠慮しているようだった。

 二十六歳の食べ盛りの男二人でほとんど食べてしまったが、お偉いさんも鈴木さんも笑顔でそれを見守ってくれていた。

「メープル先生が男性だって分かったことで、プラスになることがいっぱいですよ。これまで肩身の狭い思いをして隠れていた男性読者さんも、出て来ることができます」
「今回のサイン会は大成功でしたね」

 鈴木さんとお偉いさんに言われて、僕は嬉しくなる。
 寛の方を見ると、「大丈夫だっただろ?」と言われた。

 お昼ご飯を食べると、僕と寛は帰らなければいけない時間になっていた。
 新幹線の駅までは、お偉いさんが車で送ってくれた。
 妖怪も免許を取れるのだと、僕は妙に感心していた。

 新幹線に乗ると、寛の膝の上に不動明王が座って、不動明王の膝の上に猫又が座る。猫又は撫でられて心地よさそうにしている。

「これから、僕はどうしていけばいいんだろう」

 前の座席についているテーブルを出して、タロットクロスを広げ、タロットカードを混ぜていると、タロットが一枚落ちた。
 ペンタクルのナイトの正位置だ。
 意味は、現実性。
 今取り組んでいることを最後までやり遂げられるという意味がある。

「これは、もしかして、行きの新幹線で見えなかったカードなのかな?」

 僕が呟くと、猫又が『なぅん』と答える。
 『あなたの努力はちゃんと認められる。そんなことは見なくても分かっていたから、必要なかったのよ。だから最後のカードは見えなかった』という猫又の説明に、僕は納得するところがあった。

 占いに頼るのもいいが、たまには実力で勝負しろ、現実を見れば未来は分かっているという意味でも、あのときは三枚目の未来のカードが落ちて分からなくなってしまったのかもしれない。

「これからも占いには頼るつもりだけど、僕は占いは統計学と心理学としか思ってないからね」

 スピリチュアルなことは信じていないよと言えば、猫又が笑った気がした。

「そういえば、かーくんの叔母さんと尊敬する先生も来てたんだって?」
「そうなんだよ。びっくりしちゃった」
「それだけかーくんが愛されてるんだな」

 あのときは驚いてお礼も言えなかったけれど、叔母と滝川先生には今度お礼を言っておこう。整理券を買ってくれたのも、苦労しなかったわけではないだろう。

 こうして僕のサイン会は終わった。
 サイン会以後、作家のメープルシュガーは男性だということが広まったが、それは悪い方向ではなく、むしろ、好意的に捉えられていた。

 可愛いものが好きな僕はSNSの方向性も変えなかったし、サイン会に来たのは偽物でメープルシュガーが女性だとまだ信じている読者さんもいないわけではないとは聞いた。

 でも、ほとんどの読者さんは「性別など関係ない! 作品に惚れたのだ!」というスタンスで、僕はそのことに救われていた。
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