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二重奏 (デュオ)
二重奏 (デュオ) 1
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小学校を卒業する年に、卒業式のスーツを作るという響と薫に、青藍と真朱は本気で遠慮をした。
「中学の入学式は制服やから、小学校の卒業式しか着られへんのは、さすがにもったいないわ」
「スーツは嬉しいんやけど、頻繁に着るもんやないからな」
親戚の結婚式とか、法事とか、そういうものには今までは着ていく機会がないわけでもないが、そもそも親戚付き合いのない青藍と真朱は、小学校のときでもスーツは特別なお出かけのときくらいで、ほとんど着なかった。中学になれば、尚更、そういう場面でも制服で構わなくなる。
「僕たちにとっては、青藍くんと真朱くんに作るのは、お祝いのつもりでもあるし、僕たちにできる唯一のことでもあるし、させてほしいんだけどなぁ」
「そうですね、では、妥協案として、新しい着物を仕立てるというのはどうですか?」
着物ならば、普段三味線の練習で着ているものの他に、良いものを仕立てれば三味線の発表会のときに着られる。その妥協案には、真朱も青藍も大賛成だった。
「新しい着物の生地は、俺のは薫さんが選んでくれる?」
「全然、スーツ作るのが唯一できることとかやないで。響さんは俺にいっぱいしてくれとる」
「良い子に育って」と感激する響もその案には賛成したようで、着物の生地を全員で見に行く日が決められた。
叔母から連絡が入ったのは、響と薫が青藍と真朱の着物を仕立てている、小学校の卒業式の前のことだった。遠野の祖父の容体がかなり悪いということで、響と薫が青藍と真朱を連れて行くと、年上の従兄と叔母が病室の前に立っていた。
「随分前から、うちらのことも分からへんようになって、今夜が峠やて」
「なんで、もっと早くに知らせてくれなかったんですか」
責める口調の響を、叔母がちらりと一瞥する。顔立ちは青藍にどことなく似ているが、雰囲気は冷徹なものだった。
「新しいお教室に通ってはるってお話でしたし、そちらさんはそちらさんで、お忙しいんやないかと思いまして」
「青藍さんと真朱さんのお祖父様でしょう? 孫に知らせられないようなことがあったんじゃないのですか?」
冷ややかな眼差しには、同じく冷ややかに返す薫に、叔母が決まり悪そうに目を逸らす従兄の肩に手をやった。押し出されて、アルファ二人と『上位オメガ』の薫と、オメガとはいえ立派な体躯の響の視線に晒される従兄は、消え失せそうに肩身を狭くしていた。
「遠野の家は、この子が継ぎます。うちが祖父の面倒も見てたんやさかい、当然のことでしょう?」
年下の真朱よりも才能がないと断じられ、アルファであるとも思えない従兄が、遠野の家を継がされるのは、完全に叔母の意志であり、本人は居心地が悪そうにしている。
「お祖父様が危篤というときに話すことではないでしょう」
窘める口調の響の前に、青藍が立った。小学六年生で背も伸びた青藍は、まだ2メートル近い響と響よりも40センチは背が低かったが、叔母とは目線の合う背丈になっていた。
「家のことも、全部、あんさんの好きなようにしたらええ。俺らにはもう関係のない話や」
「せいちゃん……お祖父ちゃんに会わせてもらえへんの?」
三味線の才能については、祖父に何度か褒められた覚えのある真朱。その後で叔母の嫌がらせや従兄の嫌な視線が待っていたとしても、祖父は純粋に才能を評価してくれていた。
その才能しか見ていない姿勢が、音楽家の家としては成功を導いたのだろうが、兄である父ばかり優遇して、才能のなかった妹の叔母を冷遇したせいで今の状況が作られていることを、真朱も気付いてはいるのだろう。けれど、祖父も肉親には変わりないし、会いたい気持ちが青藍にも分からなくはなかった。
「好きにしたらええ」
もう興味はないとばかりに逃げ出す叔母に、青藍が若干威嚇を込めた視線を向けなかったわけではない。病室ではチューブに繋がれた祖父がいて、その枕元に椅子を寄せて祖母が泣きながら座っていた。
「真朱ちゃん、青藍ちゃん、お祖父ちゃんの手ぇ、握ってやって?」
「お祖父ちゃん、真朱やで。薫さんと響さんに、新しいお教室連れてってもらって、三味線は続けとる」
「お祖母ちゃん、お久しぶりです。お祖父ちゃん、青藍です」
枯れ木のような手を握ると濁った目を僅かに開いた祖父が、青藍と真朱を認識していたかは分からない。その二日後に祖父は亡くなり、お葬式には注文して仕上がっていた中学の制服で青藍と真朱は出た。
「あれが遠野の家を追い出された子たち……」
「アルファなら、あの子たちが継ぐのが……」
聞こえてくる親戚の声は無視して焼香を上げて、青藍と真朱は響と薫に連れられて火葬場まで行った。幼すぎて両親が亡くなったときのことは覚えていないが、焼かれたお骨を拾うのは初めてで、怯む真朱に青藍は手を合わせて、お骨を拾って骨壺に入れた。薫に付き添われて、真朱もお骨を拾っていた。
「ひとって死んだらどうなるんやろ」
帰りの車の中でぽつりと漏らした真朱の言葉に、青藍がそっけなく答える。
「死んだら終わりやろ。生きてこそや」
「せやけど……」
「死んでも、覚えてるひとがいる間は、そのひとの心の中に残るっていうのをよく言うけど、それって生きてるひとの話で、死んだひとがどうなるかは、死んでみないと分からないよね」
死んでみて戻ってきたひとはいないけど。
真剣に言う響が可愛くて、青藍は笑ってしまう。
「家のこと、本当に良かったんですか?」
話題を変えた薫に、もしもここで下手なことを言えば、どんな手を使っても薫は遠野の三味線の家元を取り返しそうな気がして、真朱が慌てる。
「ええんや。俺はせいちゃんと二人でやっていくつもりやったからな」
「双子のデュオの三味線弾きは珍しいから、きっと売れるで。響さんと薫さん、左団扇で暮らさせたる」
「僕たちのことはいいよ」
「それは素敵ですね。二人が成功したら、私も誇らしいですよ」
冗談を真に受けてしまう響は可愛く、余裕の表情で受け流す薫は色っぽい。
祖父の危篤の見舞いのときに、祖母の調子も悪そうだと勘付いてはいたが、祖母も真朱と青藍が中学に入学する直前に亡くなってしまった。
「何度か連絡は取ってみたんだけど、叔母さんが繋いでくれなくて」
「お祖父様にも、お祖母様にも、小学校の入学式の写真や運動会の写真を送っていたのですが、渡っていたかどうか……」
最期の頃に祖父は叔母のことも従兄のことも分からなくなっていたというから、その時期に叔母が家元を従兄に継がせると了承させたのだろう。そうであっても、青藍にも真朱にも、もう関係のない話だった。
「遠野やのうて、敷島になってもええんやし」
「僕たちの養子になりたいってこと?」
響と結婚したら敷島になれると口には出さなかったつもりだが、願望が口に出ていて、青藍は慌てた。養子と養父は性的な虐待を疑われるので、法律で結婚できないことになっている。
「よ、養子やなくて……それくらい、俺はここが好きやってことや。養子には、なりたくない」
「養子、あかんの?」
「真朱、後で教えたる」
誤魔化して側で聞いていた真朱を部屋に引きずって行って、養子と養父が結婚できないことを説明すると、真朱は顔色を変える。
「養子はあかん! 絶対ダメや!」
「せやろ? でも、俺が薫さんの養子で、真朱が響さんの養子やったら、構わへんのか」
よく考えれば響と薫は夫婦ではなく、双子の兄弟である。二人の養子になる必要はなく、青藍は大好きな響の養子でなければ、真朱は大好きな薫の養子でなければ、結婚はできる。
「養子、ありかもしれへん」
「なんか、お前が響さんの息子やってのも、ちょっと腹立つけど、なしやないな」
鬱陶しい叔母の執着や、遠野の親戚関係と手を切れるのならば、恋愛感情は青藍は響、真朱は薫にあるとしても、家族としては青藍は薫を、真朱は響を間違いなく愛して、信頼していた。
大人になってから親戚に、アルファだからと家元を継ぐ面倒な争いに担ぎ上げられたくない。そもそも、家元を継ぐ継がないの才能の争いで、父と叔母の確執が生まれたのだから、二度とそんなことはしたくない。自分の子どもたちにもそんな人生は歩んでほしくない。
「俺、響さんやったら、お父ちゃんでも構わへん」
「遠野の争いに巻き込まれたくないんや。そういうので利用するのは、申し訳ない気ぃするけど……」
二人で決めてから、真朱が響に、青藍が薫に申し込めば、二人は喜んで受け入れてくれた。
「僕たちで真朱くんと青藍くんが、嫌な大人の争いに巻き込まれないなら、利用でもなんでもしてくれていいよ」
「青藍さんが私の息子ですか。大歓迎ですよ」
海外では養子を取るのはよくあることなので、響と薫の両親も、結婚を拒み続ける二人が孫など期待できないと思われていたのか、その報告を喜んだという。
書類を整えて、青藍と真朱は、敷島の名字で中学に入学した。
「中学の入学式は制服やから、小学校の卒業式しか着られへんのは、さすがにもったいないわ」
「スーツは嬉しいんやけど、頻繁に着るもんやないからな」
親戚の結婚式とか、法事とか、そういうものには今までは着ていく機会がないわけでもないが、そもそも親戚付き合いのない青藍と真朱は、小学校のときでもスーツは特別なお出かけのときくらいで、ほとんど着なかった。中学になれば、尚更、そういう場面でも制服で構わなくなる。
「僕たちにとっては、青藍くんと真朱くんに作るのは、お祝いのつもりでもあるし、僕たちにできる唯一のことでもあるし、させてほしいんだけどなぁ」
「そうですね、では、妥協案として、新しい着物を仕立てるというのはどうですか?」
着物ならば、普段三味線の練習で着ているものの他に、良いものを仕立てれば三味線の発表会のときに着られる。その妥協案には、真朱も青藍も大賛成だった。
「新しい着物の生地は、俺のは薫さんが選んでくれる?」
「全然、スーツ作るのが唯一できることとかやないで。響さんは俺にいっぱいしてくれとる」
「良い子に育って」と感激する響もその案には賛成したようで、着物の生地を全員で見に行く日が決められた。
叔母から連絡が入ったのは、響と薫が青藍と真朱の着物を仕立てている、小学校の卒業式の前のことだった。遠野の祖父の容体がかなり悪いということで、響と薫が青藍と真朱を連れて行くと、年上の従兄と叔母が病室の前に立っていた。
「随分前から、うちらのことも分からへんようになって、今夜が峠やて」
「なんで、もっと早くに知らせてくれなかったんですか」
責める口調の響を、叔母がちらりと一瞥する。顔立ちは青藍にどことなく似ているが、雰囲気は冷徹なものだった。
「新しいお教室に通ってはるってお話でしたし、そちらさんはそちらさんで、お忙しいんやないかと思いまして」
「青藍さんと真朱さんのお祖父様でしょう? 孫に知らせられないようなことがあったんじゃないのですか?」
冷ややかな眼差しには、同じく冷ややかに返す薫に、叔母が決まり悪そうに目を逸らす従兄の肩に手をやった。押し出されて、アルファ二人と『上位オメガ』の薫と、オメガとはいえ立派な体躯の響の視線に晒される従兄は、消え失せそうに肩身を狭くしていた。
「遠野の家は、この子が継ぎます。うちが祖父の面倒も見てたんやさかい、当然のことでしょう?」
年下の真朱よりも才能がないと断じられ、アルファであるとも思えない従兄が、遠野の家を継がされるのは、完全に叔母の意志であり、本人は居心地が悪そうにしている。
「お祖父様が危篤というときに話すことではないでしょう」
窘める口調の響の前に、青藍が立った。小学六年生で背も伸びた青藍は、まだ2メートル近い響と響よりも40センチは背が低かったが、叔母とは目線の合う背丈になっていた。
「家のことも、全部、あんさんの好きなようにしたらええ。俺らにはもう関係のない話や」
「せいちゃん……お祖父ちゃんに会わせてもらえへんの?」
三味線の才能については、祖父に何度か褒められた覚えのある真朱。その後で叔母の嫌がらせや従兄の嫌な視線が待っていたとしても、祖父は純粋に才能を評価してくれていた。
その才能しか見ていない姿勢が、音楽家の家としては成功を導いたのだろうが、兄である父ばかり優遇して、才能のなかった妹の叔母を冷遇したせいで今の状況が作られていることを、真朱も気付いてはいるのだろう。けれど、祖父も肉親には変わりないし、会いたい気持ちが青藍にも分からなくはなかった。
「好きにしたらええ」
もう興味はないとばかりに逃げ出す叔母に、青藍が若干威嚇を込めた視線を向けなかったわけではない。病室ではチューブに繋がれた祖父がいて、その枕元に椅子を寄せて祖母が泣きながら座っていた。
「真朱ちゃん、青藍ちゃん、お祖父ちゃんの手ぇ、握ってやって?」
「お祖父ちゃん、真朱やで。薫さんと響さんに、新しいお教室連れてってもらって、三味線は続けとる」
「お祖母ちゃん、お久しぶりです。お祖父ちゃん、青藍です」
枯れ木のような手を握ると濁った目を僅かに開いた祖父が、青藍と真朱を認識していたかは分からない。その二日後に祖父は亡くなり、お葬式には注文して仕上がっていた中学の制服で青藍と真朱は出た。
「あれが遠野の家を追い出された子たち……」
「アルファなら、あの子たちが継ぐのが……」
聞こえてくる親戚の声は無視して焼香を上げて、青藍と真朱は響と薫に連れられて火葬場まで行った。幼すぎて両親が亡くなったときのことは覚えていないが、焼かれたお骨を拾うのは初めてで、怯む真朱に青藍は手を合わせて、お骨を拾って骨壺に入れた。薫に付き添われて、真朱もお骨を拾っていた。
「ひとって死んだらどうなるんやろ」
帰りの車の中でぽつりと漏らした真朱の言葉に、青藍がそっけなく答える。
「死んだら終わりやろ。生きてこそや」
「せやけど……」
「死んでも、覚えてるひとがいる間は、そのひとの心の中に残るっていうのをよく言うけど、それって生きてるひとの話で、死んだひとがどうなるかは、死んでみないと分からないよね」
死んでみて戻ってきたひとはいないけど。
真剣に言う響が可愛くて、青藍は笑ってしまう。
「家のこと、本当に良かったんですか?」
話題を変えた薫に、もしもここで下手なことを言えば、どんな手を使っても薫は遠野の三味線の家元を取り返しそうな気がして、真朱が慌てる。
「ええんや。俺はせいちゃんと二人でやっていくつもりやったからな」
「双子のデュオの三味線弾きは珍しいから、きっと売れるで。響さんと薫さん、左団扇で暮らさせたる」
「僕たちのことはいいよ」
「それは素敵ですね。二人が成功したら、私も誇らしいですよ」
冗談を真に受けてしまう響は可愛く、余裕の表情で受け流す薫は色っぽい。
祖父の危篤の見舞いのときに、祖母の調子も悪そうだと勘付いてはいたが、祖母も真朱と青藍が中学に入学する直前に亡くなってしまった。
「何度か連絡は取ってみたんだけど、叔母さんが繋いでくれなくて」
「お祖父様にも、お祖母様にも、小学校の入学式の写真や運動会の写真を送っていたのですが、渡っていたかどうか……」
最期の頃に祖父は叔母のことも従兄のことも分からなくなっていたというから、その時期に叔母が家元を従兄に継がせると了承させたのだろう。そうであっても、青藍にも真朱にも、もう関係のない話だった。
「遠野やのうて、敷島になってもええんやし」
「僕たちの養子になりたいってこと?」
響と結婚したら敷島になれると口には出さなかったつもりだが、願望が口に出ていて、青藍は慌てた。養子と養父は性的な虐待を疑われるので、法律で結婚できないことになっている。
「よ、養子やなくて……それくらい、俺はここが好きやってことや。養子には、なりたくない」
「養子、あかんの?」
「真朱、後で教えたる」
誤魔化して側で聞いていた真朱を部屋に引きずって行って、養子と養父が結婚できないことを説明すると、真朱は顔色を変える。
「養子はあかん! 絶対ダメや!」
「せやろ? でも、俺が薫さんの養子で、真朱が響さんの養子やったら、構わへんのか」
よく考えれば響と薫は夫婦ではなく、双子の兄弟である。二人の養子になる必要はなく、青藍は大好きな響の養子でなければ、真朱は大好きな薫の養子でなければ、結婚はできる。
「養子、ありかもしれへん」
「なんか、お前が響さんの息子やってのも、ちょっと腹立つけど、なしやないな」
鬱陶しい叔母の執着や、遠野の親戚関係と手を切れるのならば、恋愛感情は青藍は響、真朱は薫にあるとしても、家族としては青藍は薫を、真朱は響を間違いなく愛して、信頼していた。
大人になってから親戚に、アルファだからと家元を継ぐ面倒な争いに担ぎ上げられたくない。そもそも、家元を継ぐ継がないの才能の争いで、父と叔母の確執が生まれたのだから、二度とそんなことはしたくない。自分の子どもたちにもそんな人生は歩んでほしくない。
「俺、響さんやったら、お父ちゃんでも構わへん」
「遠野の争いに巻き込まれたくないんや。そういうので利用するのは、申し訳ない気ぃするけど……」
二人で決めてから、真朱が響に、青藍が薫に申し込めば、二人は喜んで受け入れてくれた。
「僕たちで真朱くんと青藍くんが、嫌な大人の争いに巻き込まれないなら、利用でもなんでもしてくれていいよ」
「青藍さんが私の息子ですか。大歓迎ですよ」
海外では養子を取るのはよくあることなので、響と薫の両親も、結婚を拒み続ける二人が孫など期待できないと思われていたのか、その報告を喜んだという。
書類を整えて、青藍と真朱は、敷島の名字で中学に入学した。
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