双子のカルテット

秋月真鳥

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後日談

小夜曲 序

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 15歳の誕生日の夜に、薫は真朱と、響は青藍と体を交わして番になった。
 いずれそうなるだろうと薫としては予期していた結果だったが、響の方は全く無自覚のままに青藍をフェロモンで守るようなことをしていたので、小さい頃から可愛がって育てた子が恋人で、将来は結婚相手になるということに動揺は隠せていなかった。
 翌朝には肌の色の濃い響には目立たないが、肌の色の血管が透けるほど白い薫ははっきりとうなじに歯型があって、それにお互い気付いて響は大いに気まずい思いをしてしまった。奥手で性的なことには乙女のような響を、あまり恥ずかしがらせず、円滑に二組の恋人が同じ屋根の下で暮らすためには、早急な部屋替えが必要だと薫は判断した。
 二階の奥の響の部屋の隣りの薫の部屋に青藍が移って、薫は一階の子ども部屋の隣りで書斎代わりに使っていた部屋を片付けて暮らすことにした。

「高校受験の時期ですから、そろそろ部屋を分けないといけないと考えていたところなんですよね」
「薫さんがお隣りの部屋かぁ。なんか、嬉しいなぁ」

 体も大きくなってきているし、二人とも同じ部屋では狭くなってくる頃なので、響をできるだけ刺激しないように部屋替えを進めて、真朱は部屋を移らずに、青藍と薫だけが部屋を引っ越した。
 その荷物を片付けを真朱が手伝ってくれていると、悲鳴が上がって薫は本棚に並べていた本を置いてそちらの方に行った。ハンガーの服をクローゼットにかけてくれるようにお願いしたのだが、それが終わって真朱はタンスの中に服を片付けてくれようとしていたようだった。

「か、かおるしゃんに、言われんでも、気の利く子やって思われたかってん……で、でも、こ、これ……」

 仕立て屋テーラーである薫は、自分で気に入って買ったものや作ったものは長く使い、あまり衣服を捨てる習慣がない。それは、それを作るためにかけられた手間をつい考えてしまうからなのだが、前が透け透けのレースで後ろが紐のようになった下着や、お揃いのブラジャー、ガーターベルトにストッキングのセットなどを見つけて、ぺろんと手に持った真朱は、鼻から鼻血を垂らしていた。
 興奮すると出る体質なのか、小さい頃も薫がアルファを追い払うために使ったフェロモンで当てられて鼻血を出していた真朱。如何わしい下着を握り締めて、ぷるぷると顔を真っ赤にして震えているのは可愛いが、鼻血はティッシュで押さえてやる。

「薫さんの過去に嫉妬するのは意味ないて分かってるけど、でも、でも、でもでもでもでも、こんなエロいの着て他の男とシてたとか想像しただけで、無理や! めっちゃ嫉妬する」
「分かりました、それは捨てましょうね」

 それらが「着けてほしい」とプレゼントされたものだと知れば、更に真朱を傷付けるかもしれないと、薫はあっさりとビニール袋にそれらを包んでごみ袋に入れてしまった。
 捨ててしまってもぷくんと膨れた、まだあどけなさの残る真朱の丸い頬が可愛くて、指先で突く。

「俺も、見たかった……」
「良いですよ。真朱さんのお好みのものを着て差し上げましょうね」
「え!? ええの!?」

 顔を赤くして不機嫌顔だった真朱が、ぱっと嬉しそうな顔になる。こういう素直で分かりやすいところが、薫には可愛くて堪らない。屈服させたいのとは全く違う、可愛すぎて自分に夢中にさせたくなる気持ちなど、薫にとっては初めてのものだった。

「休憩しましょうね」

 本棚とクローゼットがほとんど片付いたところで、薫は真朱を膝の上に乗せて、椅子に座った。デスクの上には、デザインにも使う薫のパソコンが乗っている。
 大きくなって膝の上に乗せていると作業はしにくくなったが、まだ重くて困るということもない痩せた真朱を背中から抱き締めるようにしながら、マウスを操作して、薫が開いたのは下着の通販のサイトだった。
 男性用のサイズで女性のように華やかなレースが使われた下着を売っているサイトが、世の男性の嗜好に合わせて存在するのだ。華やかな下着に鼻血を出さないように鼻を押さえた真朱が、一緒にページを見ながら、下着を選ぶ。

「お肌の色が白いから、薫さんはペールブルー……いや、純白もええなぁ」
「刺繍の入ったものもありますよ」

 散々悩んで、真朱が選んだのはネモフィラの花と蝶をモチーフにしたブラジャーと下着のセットに、ガーターベルトとストッキングだった。サプライズでと薫は鮮やかな青いハイヒールも注文に加えておいた。

「薫さん、部屋にひと箱残ってたで……わぁ、お邪魔しました」

 選び終えたところで薫の荷物を持ってきた青藍が、膝の上に真朱を乗せている薫に驚いて段ボール箱を落として部屋から出て行こうとするのを、薫は止めた。

「青藍さん、ちょっと、イケないこと、しちゃいませんか?」
「な、なんや?」

 警戒しつつ近付いてきた青藍も、大人びているとはいえやはり年頃の男の子である。サイトの中身を目にすれば、顔を真っ赤にして薫に「ええの?」と確認をする。響に着せるつもりなのだろうが、こんなものを中学生の青藍が買えるわけがないから、薫の入れ知恵だとはばれないはずがなかった。それを承知の上で、真朱にだけ良い思いをさせるわけにはいかないし、何より、あの奥手の響が無意識に誘っていたのである、薫が面白がっていないわけもなかった。

「悪い父親だと責められるでしょうねぇ。あぁ、楽しみ」
「薫さんて、響さんにはドエスやな」
「響にだけじゃないですよ?」

 笑顔で言いながら、薫は青藍に心ゆくまで下着を選ばせて、それも注文しておいた。確りと選んで注文した後で、青藍が不安顔になる。

「響さん、怒らへんやろか」

 誕生日の翌日に、響と青藍、薫と真朱が番になった後で、敷島家では真剣な会議が開かれていた。まだ青藍と真朱は15歳になったばかりだし、響が真朱の、薫が青藍の正式な保護者である。二人とも国籍をフランスにも持っていて、フランスでは確かに15歳から合意があれば性行為は合法だが、敷島家の人間が暮らしているのは日本である。

「受験が終わるまでは、そういう行為は控えた方がいいと思うんだ」

 大人として、保護者として、18歳の年の差のある身として、響が口にしたのは当然のことなのだろうが、薫には理解の及ばないところだった。建前としてそうしなければいけない意味は分かるのだが、実際にオメガとして快楽に溺れることを薫は謳歌している。

「逆効果だと思います。行きずりのオメガの発情期に遊べというのと、番であって将来を誓い合った相手と体を交わすのは全く意味が違います。むしろ、我慢大会をする方が真朱さんや青藍さんは勉強に身が入らないだろうし、響は自覚がないかもしれませんが、あなたもオメガですから抱いて欲しくてたまらなくなりますよ?」
「薫ちゃん! 僕を淫乱みたいに言うのはやめてよね。良識ある大人だし、抑制剤も使うから、僕はそんな風にはならない」

 表情を厳しくして宣言する響に、薫が眉を顰める。

「あなたは、自分が『上位オメガ』とも気付かないで、無意識に青藍さんを誘うようなことをしていたのですよ、何が良識ある大人ですか」
「僕が、薫ちゃんと同じ……?」
「双子ですから、同じでもおかしくはないでしょう」

 やれやれとため息を吐く薫と、ショックで立ち尽くす響の間に、真朱と青藍が入る。

「俺をずっと誘ってくれてたんや、嬉しぃなぁ」
「いや……あの、ごめんね、青藍くん?」
「謝ることないで。俺はめっちゃ嬉しい。響さん、大好きや」

 ぎゅっと抱き付く青藍とは対照的に、真朱は半泣きの顔になっている。

「せっかく両想いになったのに、薫さんとイイコトしたらあかんの?」
「響が勝手に言っているだけです。この際、この問題は、不可侵ということで、私は真朱さんと決めます。響は青藍さんと決めなさい」

 泣き出しそうな真朱の手を取って、薫はソファに招いた。膝の上に抱き上げると、すんすんと洟を啜っていた真朱が薫を見つめる。

「薫さんは発情期ヒートを操れるから、いつがシたいとかは、別にあらへんの?」
「響が不定期に発情期が来ますよね。双子だからでしょうか、同じ時期に引きずられて煽られることはあります」
「そんとき以外は、俺とシたくない?」
「勉学に支障をきたしたらいけないので、テスト期間中は禁止で、それ以外は二週間に一度、休みの前日くらいなら構わないのではないでしょうか」

 休みの日でも、真朱は三味線の稽古があったりする。その日を除いて、テスト期間や学校行事などを鑑みれば、やはり月に一度くらいになってしまいそうだった。

「月に一回はできる……キスや抱っこは、してくれはるんやろ?」
「もちろんですよ」

 甘く微笑んで薫は真朱の前髪を掻き上げて額にキスをした。
 ショックを受けている響の前で、しばらく待っていた青藍は、おずおずと問いかけた。

「俺と、するのは嫌? 響さんが嫌やったら、俺は我慢するけど」
「そ、そんなんじゃなくて……青藍くんの受験の妨げにはなりたくない」
「響さんの発情期でも、あかん?」

 その問いかけに、響は答えに詰まったようだった。しばらく考えた後で、意を決したように口を開く。

「本当に僕が『上位オメガ』だったら、薫ちゃんみたいに自在に発情期を操って青藍くんを誘ってしまうし、発情期ではしたなくねだるのは、自分が変わってしまうみたいで、ちょっと怖いし、恥ずかしい」
「構へんで。発情期の響さん、めっちゃ色っぽいし、普段からめっちゃええ匂いして、そばにおるのになんもできへん方が、俺はきついと思う」

 響さんがしたいときに合わせる。
 物わかり良く青藍は答えたのだった。
 それが部屋を交換する前の話で、その後でどうなっているかは、薫には分からないが、この下着がいい方向に使われても、拗れてしまっても、それはそれで面白いと思うあたり、薫は青藍の言う通り「ドエス」なのかもしれない。
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