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アレクサンテリ視点
28.ガーネとセシルの約束を今
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母とユリウスとのお茶会は続いていた。
母もユリウスももう遠慮なくレイシーに話しかけている。
「皇帝陛下とレイシー殿下は仲睦まじいことで」
「安心なさってください。結婚を待ってもらっているだけで、わたしには愛しい婚約者がいます。妃殿下に心を奪われるようなことはありません」
わたしが水面下でディアン子爵家の陞爵を考えていることとか、レイシーが皇后として認められるように画策していることとか、ユリウスも母も気付いているだろうから、下手なことは言われたくない。
監視するつもりで視線を向ければ、レイシーは気付いていないようで、ユリウスに話しかけていた。
「ユリウス様は、何歳のころからアレクサンテリ陛下のおそばにいたのですか?」
「五歳のときに、七歳の皇帝陛下の遊び相手に選ばれました。皇帝陛下とは従兄弟同士なので、幼いころから交流がありましたが、六歳のときに皇帝陛下は前皇帝陛下を失われて、逃げ延びた先で助けてくれた大切な方も亡くなったということで、とても落ち込んでおられました」
ユリウスがわたしの遊び相手として選ばれたときには、わたしはもう生きながら死んでいるような状態だった。幼馴染とはいえユリウスに心許したことはないし、仲良くした思い出もない。それでもユリウスはずっとわたしに忠義を尽くしてくれていた。
「皇帝陛下とは共に学んだ学友でもあります。他にシリル・ロセル殿とテオ・グランディ殿も皇帝陛下が幼いときからの遊び相手で、今は側近になっています」
「他にもおられるのですね」
「シリル殿は侯爵家次男、グランディ殿は侯爵家次男で、二人とも皇宮で皇帝陛下と共に執務を行っています」
ユリウスが妙なことを口走らないように警戒は続けているが、レイシーはそんなことよりもわたしの幼少期に興味があるようだ。
「これまでは皇帝陛下がお一人で仕事をこなすことが多かったのですが、これからはわたしたちにも振り分けてくださるでしょう。妃殿下が皇帝陛下に進言してくださったおかげです」
礼を言うユリウスに、「余計なことは言うなよ」という意味を込めて視線を送ってから、わたしはレイシーに話しかける。
「レイシー、ユリウスとばかり話していないで、わたしと話してくれないのかな?」
「すみません、アレクサンテリ陛下。アレクサンテリ陛下の小さいころのことを聞きたかったので」
「それはわたしに直接聞けばよくないかな?」
「ご本人が思っていることと、周囲が見てきたことは違いますからね」
レイシーはレイシーで、ユリウスと話したそうにしている。
そこにつけ込むようにユリウスが話し出す。
「皇帝陛下はとても優秀で、なんでもこなせましたが、趣味もなく、楽しみというものを持ったことがないお方でした。それが、二十二歳のときに急に刺繍の収集を始められまして」
「ユリウス、余計なことは言わなくていい」
ダメだ。
レイシーの刺繍した品を全部買い占めていたことをレイシーに思い出させてしまう。
皇帝が買い占めることで値段を上げて、レイシーを少しでも援助できればいいと思ったのもあったが、単純にセシルを思い出させる刺繍を他人の手に渡したくなくて、独り占めしたかった気持ちがあるのがバレてしまうかもしれない。
ユリウスを黙らせると、レイシーの疑問はわたしの方に向いた。
「アレクサンテリ陛下、買い集めていて布はどうされたのですか?」
「大切にしまってある」
「え? 使っていないのですか?」
「レイシーの刺繍した布を、誰かに与えることはできなかった。わたしが身に着けられるものは加工させたが、それ以外のものはしまってある」
刺繍されたハンカチは使っていたし、布もわたしが使えるものは加工させていたが、それ以外は全部取ってある。明らかに男性用ではない刺繍もあって、使うのを躊躇うものもあったのだが、それを誰かに譲る選択肢はなかった。
その布に関してレイシーが申し出てくれる。
「その布、わたくしに加工させてくださいませんか?」
「何を作ってくれるのかな?」
「アレクサンテリ陛下が使えるような大小の袋に仕立てます。袋だったら、柄などを気にしなくてもいいでしょう」
「それは嬉しいな。レイシーの刺繍を持ち歩けるのだね」
買い占めていたことをレイシーから咎められなかったし、レイシーの刺繍した布を加工してくれるとまで言ってくれた。
わたしはレイシーの温かい気持ちに触れて幸せな気分になる。
レイシーはもっと話したそうにしていたが、見上げてきたレイシーに頷くと、レイシーはわたしの手に手を重ねて立ち上がってくれた。
「母上、ユリウス、今日はこれで失礼します」
「またお茶を致しましょうね、レイシー殿下」
「本日はご一緒できて光栄でした、妃殿下」
「ありがとうございました、皇太后陛下、ユリウス様」
挨拶をして、わたしはレイシーと一緒に皇帝宮に戻ったのだった。
その数日後、レイシーが朝食で食堂にやってきて、わたしに言った。
「おはよう、ガーネくん」
「レイシー?」
「あ!? 失礼いたしました、アレクサンテリ陛下」
「ガーネ」と呼ばれて驚いてしまったが、セシルに呼ばれたようで、もういないセシルを思い出してわたしはレイシーの中に確かにセシルの記憶があるのだと実感する。
「ガーネでも構わないのに。おはよう、お姉ちゃん」
「もう、言わないでください。夢を見たので感覚がおかしくなってしまったのです」
悪戯っぽく返せば、レイシーが顔を赤くしている。
わたしはレイシーに聞いてみたいことを口にした。
「セシルの夢は頻繁に見るのかな?」
「夢を見ないで眠る日はありますが、夢を見て眠る日は大抵、セシルの夢を見ています」
「今日はどんな夢を見たのか教えてくれる?」
セシルの記憶は十六年分ある。
それを全部夢に見ているというのならば、かなりの時間のはずだ。
レイシーは夢を見る日は大抵セシルの夢を見ていると答えた。今日の夢は何だったのだろう。
「ガーネくんと町に両親と買い物に行ったときの夢でした。セシルが布のお店に刺繍をした布や小物を売りに行っていたら、ガーネくんが拗ねてしまって」
「その日のことは覚えている。セシルはわたしのことを『弟』と紹介したのだ」
「お嫌でしたか?」
「わたしはセシルと結婚するつもりだったから、弟のように思われていると認めるのはショックだったな」
その日のことは、わたしもはっきり覚えていた。
町に出ていったセシルは、六歳のわたしを連れていた。わたしはセシルに弟だと紹介されてショックを受けた。
そのときにはわたしはセシルのことが好きで、将来結婚したいと思っていたのだ。
十歳の年の差があったから、結婚できないと思われていた六歳のわたし。
それが今はレイシーより十歳年上になっている。
「今は逆だな」
「そうですね。アレクサンテリ陛下の方が十歳年上で、わたくしの方が年下ですね」
確認すると、セシルが成人したときには自分は「おばさん」だと言っていたのを思い出してしまった。
つい、レイシーに聞いてしまう。
「わたしは、『おじさん』だろうか?」
「そんなことはありません。アレクサンテリ陛下はお若いですよ」
「わたしと結婚するのは嫌ではない?」
「嫌ではないです。最初は驚いていましたが、今では結婚できることが嬉しいです」
レイシーは十九歳で、わたしは二十八歳だから正確には今は九歳差なのだが、レイシーにどう思われているかは気になるところだった。
レイシーがわたしをおじさんと思っていないことを知って安心する。
「アレクサンテリ陛下はとてもお美しいです。『おじさん』なんかじゃないです」
「セシルもわたしと同じ年になっても、『おばさん』になどならなかったのに。まぁ、今はレイシーがそばにいてくれるから、構わないか」
もうセシルの話を口にしても、胸が弾き絞られるように痛むことはない。まだ悲しみはあるし、セシルのことを忘れられないが、レイシーがセシルを過去にしてくれた。セシルの死を乗り越えさせてくれた。
「ずっとおそばにいます」
レイシーの言葉にわたしは微笑みを浮かべる。
――大きくなったら、ぼくのおよめさんになってくれる?
――ガーネくんが大きくなっても気持ちが変わらなければね。
セシルとの約束は果たせなかったが、レイシーとは順調に結婚に向かって進んでいる。
「アレクサンテリ陛下のお嫁さんになってあげますね」
「嬉しいよ、レイシー」
「ガーネ」だったころのわたしの台詞を繰り返すようにレイシーが言うのに、わたしは心から幸せを感じていた。
母もユリウスももう遠慮なくレイシーに話しかけている。
「皇帝陛下とレイシー殿下は仲睦まじいことで」
「安心なさってください。結婚を待ってもらっているだけで、わたしには愛しい婚約者がいます。妃殿下に心を奪われるようなことはありません」
わたしが水面下でディアン子爵家の陞爵を考えていることとか、レイシーが皇后として認められるように画策していることとか、ユリウスも母も気付いているだろうから、下手なことは言われたくない。
監視するつもりで視線を向ければ、レイシーは気付いていないようで、ユリウスに話しかけていた。
「ユリウス様は、何歳のころからアレクサンテリ陛下のおそばにいたのですか?」
「五歳のときに、七歳の皇帝陛下の遊び相手に選ばれました。皇帝陛下とは従兄弟同士なので、幼いころから交流がありましたが、六歳のときに皇帝陛下は前皇帝陛下を失われて、逃げ延びた先で助けてくれた大切な方も亡くなったということで、とても落ち込んでおられました」
ユリウスがわたしの遊び相手として選ばれたときには、わたしはもう生きながら死んでいるような状態だった。幼馴染とはいえユリウスに心許したことはないし、仲良くした思い出もない。それでもユリウスはずっとわたしに忠義を尽くしてくれていた。
「皇帝陛下とは共に学んだ学友でもあります。他にシリル・ロセル殿とテオ・グランディ殿も皇帝陛下が幼いときからの遊び相手で、今は側近になっています」
「他にもおられるのですね」
「シリル殿は侯爵家次男、グランディ殿は侯爵家次男で、二人とも皇宮で皇帝陛下と共に執務を行っています」
ユリウスが妙なことを口走らないように警戒は続けているが、レイシーはそんなことよりもわたしの幼少期に興味があるようだ。
「これまでは皇帝陛下がお一人で仕事をこなすことが多かったのですが、これからはわたしたちにも振り分けてくださるでしょう。妃殿下が皇帝陛下に進言してくださったおかげです」
礼を言うユリウスに、「余計なことは言うなよ」という意味を込めて視線を送ってから、わたしはレイシーに話しかける。
「レイシー、ユリウスとばかり話していないで、わたしと話してくれないのかな?」
「すみません、アレクサンテリ陛下。アレクサンテリ陛下の小さいころのことを聞きたかったので」
「それはわたしに直接聞けばよくないかな?」
「ご本人が思っていることと、周囲が見てきたことは違いますからね」
レイシーはレイシーで、ユリウスと話したそうにしている。
そこにつけ込むようにユリウスが話し出す。
「皇帝陛下はとても優秀で、なんでもこなせましたが、趣味もなく、楽しみというものを持ったことがないお方でした。それが、二十二歳のときに急に刺繍の収集を始められまして」
「ユリウス、余計なことは言わなくていい」
ダメだ。
レイシーの刺繍した品を全部買い占めていたことをレイシーに思い出させてしまう。
皇帝が買い占めることで値段を上げて、レイシーを少しでも援助できればいいと思ったのもあったが、単純にセシルを思い出させる刺繍を他人の手に渡したくなくて、独り占めしたかった気持ちがあるのがバレてしまうかもしれない。
ユリウスを黙らせると、レイシーの疑問はわたしの方に向いた。
「アレクサンテリ陛下、買い集めていて布はどうされたのですか?」
「大切にしまってある」
「え? 使っていないのですか?」
「レイシーの刺繍した布を、誰かに与えることはできなかった。わたしが身に着けられるものは加工させたが、それ以外のものはしまってある」
刺繍されたハンカチは使っていたし、布もわたしが使えるものは加工させていたが、それ以外は全部取ってある。明らかに男性用ではない刺繍もあって、使うのを躊躇うものもあったのだが、それを誰かに譲る選択肢はなかった。
その布に関してレイシーが申し出てくれる。
「その布、わたくしに加工させてくださいませんか?」
「何を作ってくれるのかな?」
「アレクサンテリ陛下が使えるような大小の袋に仕立てます。袋だったら、柄などを気にしなくてもいいでしょう」
「それは嬉しいな。レイシーの刺繍を持ち歩けるのだね」
買い占めていたことをレイシーから咎められなかったし、レイシーの刺繍した布を加工してくれるとまで言ってくれた。
わたしはレイシーの温かい気持ちに触れて幸せな気分になる。
レイシーはもっと話したそうにしていたが、見上げてきたレイシーに頷くと、レイシーはわたしの手に手を重ねて立ち上がってくれた。
「母上、ユリウス、今日はこれで失礼します」
「またお茶を致しましょうね、レイシー殿下」
「本日はご一緒できて光栄でした、妃殿下」
「ありがとうございました、皇太后陛下、ユリウス様」
挨拶をして、わたしはレイシーと一緒に皇帝宮に戻ったのだった。
その数日後、レイシーが朝食で食堂にやってきて、わたしに言った。
「おはよう、ガーネくん」
「レイシー?」
「あ!? 失礼いたしました、アレクサンテリ陛下」
「ガーネ」と呼ばれて驚いてしまったが、セシルに呼ばれたようで、もういないセシルを思い出してわたしはレイシーの中に確かにセシルの記憶があるのだと実感する。
「ガーネでも構わないのに。おはよう、お姉ちゃん」
「もう、言わないでください。夢を見たので感覚がおかしくなってしまったのです」
悪戯っぽく返せば、レイシーが顔を赤くしている。
わたしはレイシーに聞いてみたいことを口にした。
「セシルの夢は頻繁に見るのかな?」
「夢を見ないで眠る日はありますが、夢を見て眠る日は大抵、セシルの夢を見ています」
「今日はどんな夢を見たのか教えてくれる?」
セシルの記憶は十六年分ある。
それを全部夢に見ているというのならば、かなりの時間のはずだ。
レイシーは夢を見る日は大抵セシルの夢を見ていると答えた。今日の夢は何だったのだろう。
「ガーネくんと町に両親と買い物に行ったときの夢でした。セシルが布のお店に刺繍をした布や小物を売りに行っていたら、ガーネくんが拗ねてしまって」
「その日のことは覚えている。セシルはわたしのことを『弟』と紹介したのだ」
「お嫌でしたか?」
「わたしはセシルと結婚するつもりだったから、弟のように思われていると認めるのはショックだったな」
その日のことは、わたしもはっきり覚えていた。
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「今は逆だな」
「そうですね。アレクサンテリ陛下の方が十歳年上で、わたくしの方が年下ですね」
確認すると、セシルが成人したときには自分は「おばさん」だと言っていたのを思い出してしまった。
つい、レイシーに聞いてしまう。
「わたしは、『おじさん』だろうか?」
「そんなことはありません。アレクサンテリ陛下はお若いですよ」
「わたしと結婚するのは嫌ではない?」
「嫌ではないです。最初は驚いていましたが、今では結婚できることが嬉しいです」
レイシーは十九歳で、わたしは二十八歳だから正確には今は九歳差なのだが、レイシーにどう思われているかは気になるところだった。
レイシーがわたしをおじさんと思っていないことを知って安心する。
「アレクサンテリ陛下はとてもお美しいです。『おじさん』なんかじゃないです」
「セシルもわたしと同じ年になっても、『おばさん』になどならなかったのに。まぁ、今はレイシーがそばにいてくれるから、構わないか」
もうセシルの話を口にしても、胸が弾き絞られるように痛むことはない。まだ悲しみはあるし、セシルのことを忘れられないが、レイシーがセシルを過去にしてくれた。セシルの死を乗り越えさせてくれた。
「ずっとおそばにいます」
レイシーの言葉にわたしは微笑みを浮かべる。
――大きくなったら、ぼくのおよめさんになってくれる?
――ガーネくんが大きくなっても気持ちが変わらなければね。
セシルとの約束は果たせなかったが、レイシーとは順調に結婚に向かって進んでいる。
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