そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥

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アレクサンテリ視点

29.旅行の計画

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 皇太后である母とユリウスとのお茶会にレイシーと行った日から、わたしは執務を少しずつ側近のユリウス、シリル、テオ、それに宰相の叔父のカイエタンに振り分けていた。
 最初は引継ぎがあって、その説明もしなければいけないので、仕事が何倍にも膨れ上がって、忙しかったが、引継ぎが終わってしまえば、わたしの執務は相当減って楽になった。
 この調子ならば、長期の休みが取れそうだった。

 その件に関して、わたしはユリウスとシリルとテオと叔父のカイエタンに相談した。

「休みが取れるのならば、旅行に行ってみたいと思っている。どうだろうか?」

 反対されるかもしれないと思っていたが、ユリウスもシリルもテオも叔父も、賛成してくれた。

「皇帝陛下もたまにはお休みになるのがよろしいかと思います」
「皇帝陛下しかできない執務は、その間止めていても構わないでしょう」
「帝都の外れの皇帝陛下の別荘に行かれてはいかがですか? わたしが護衛をします」

 テオに至っては、護衛まで申し出てくれた。
 側近の中でもテオは非常に武術に優れている。そばにいてくれれば心強いし、急な執務が入ったときでもテオと一緒ならば対応できるので旅行についてきてくれるのはありがたかった。

「ゆっくりと三泊四日くらいの日程で行かれたらよろしいのではないでしょうか? すぐに手配しましょう」

 叔父は一番乗り気で、わたしの休暇と別荘の手配をしてくれた。
 レイシーとの初めての旅行は、楽しいものになりそうだ。

 執務が少なくなってお茶の時間には抜けられるようになったので、皇帝宮に戻ってレイシーとお茶をするようにもなった。
 玄関ホールでわたしを迎えてくれるレイシーを思わず抱き締めてしまう。

「おかえりなさいませ、アレクサンテリ陛下」
「ただいま、レイシー」

 もう習慣になっている挨拶も、わたしたちにとっては大事なものだ。
 レイシーの華奢で細い体を抱き締めていると、レイシーが戸惑っている様子なので、わたしは離れがたく思いながらもそっとレイシーを開放した。

「レイシーが愛しくてつい抱き締めてしまった。嫌ではなかったかな?」
「嬉しいですが、少し恥ずかしいです」
「レイシーは恥ずかしがり屋だな」

 抱き締められることを嬉しいと思ってくれることがわたしの心に響く。
 わたしはレイシーに愛されているし、レイシーもわたしを愛してくれている。わたしはレイシーを抱き締める許しを得ているし、レイシーは抱き締められることに納得している。
 恥ずかしさはあるかもしれないが、使用人は空気のようなものなので、いないように扱ってくれて構わなかった。
 小さな子爵家で少ない使用人と暮らしていたレイシーにとっては、使用人一人一人が家族のようで、そんな風にすぐには思えないのだろう。

 着替えてからお茶室に行けば、レイシーが小さな箱を開けて、中に入っているラペルピンを見せてくれた。
 ラベンダー色の造花で作られたラペルピンは、初めて作ったとは思えない見事な出来だった。

「これ、わたくしが初めて作った造花です。アレクサンテリ陛下とお揃いにしたくて、ラペルピンにしました」
「きれいなラベンダー色だ。レイシーの色だね。とても嬉しいよ」

 「ありがとう、レイシー」と言いつつ箱を受け取ると、レイシーはもう一つ持っていた箱も開けた。そこには同じラベンダー色の造花で作ってあるコサージュが入っていた。

「わたくしはコサージュ、アレクサンテリ陛下はラペルピンです」
「お揃いで身につけよう。レイシーが作ってくれたラペルピン。使うのがもったいないが、世界中に自慢したい気持ちだ」
「そんな、大袈裟です」
「大袈裟ではない。レイシーの作ってくれたものだから、みんなに見てほしい。いや、誰にも見せずに大事に保管してもおきたい」

 使うのがもったいないが、世界中に自慢したい。みんなに見せたいが、誰にも見せずに大事に保管しておきたい。
 矛盾することを言うわたしに、レイシーがおかしかったのか声を出して笑っていた。

 皇帝宮に来たころには緊張していて、表情も動作もぎこちなかったレイシー。
 今は自然に笑ってくれることが嬉しい。
 わたしはレイシーに旅行のことを伝えようと口を開いた。

「レイシーが進言してくれたように、執務を側近たちに振り分けることにした。わたしはなにを意固地になっていたのだろうね。わたし一人でしなければいけない、それが一番楽だと思い込んでいた」
「アレクサンテリ陛下……」
「任せたら、側近たちがこんなにも優秀だったことを知ったよ。何かがあってわたしが数日休んでも、皇宮内は問題なくなりそうだ。それで、レイシーに提案したい」
「なんでしょう?」
「帝都の外れに皇帝の別荘があるのだ。美しい湖の近くなのだが、そこに行かないか?」

 レイシーが皇帝宮に連れて来られて三か月以上経つ。その期間、レイシーは一度も皇宮の敷地内から出ていない。
 領地でも学園でも自由にしていたはずのレイシーを閉じ込めるようなことをして、自由を奪っていたことを反省していると、レイシーが紫色の目を輝かせている。

「行ってもいいのでしょうか?」
「レイシーは行きたくないのかな?」
「わたくし、妃教育もありますし、結婚式の衣装や造花作りもあります」
「それは数日休んでも構わないのではないかな。レイシーにも息抜きが必要だろう」

 わたしも忙しかったが、レイシーも忙しかった。
 レイシーにも休みが必要だし、わたしにも休みが必要だった。

「なにより、わたしは皇帝になってから十年間、一度も休みを取っていない。愛するレイシーと共に休暇を取りたいと思っているのだが、レイシーは気乗りがしないかな?」
「そんなことないです! 行きたいです!」

 皇帝になってからわたしは一度も休みをとっていない。それをレイシーに告げると、勢いよく「行きたい」と返ってきた。
 レイシーも旅行に興味を持ってくれて嬉しい。

「分かりました。行かせていただきます」
「ありがとう、レイシー。最高の休暇になりそうだよ」

 喜びのままにレイシーを抱き締めると、レイシーも嬉しそうにしているので、わたしは安堵する。
 少しだけでもレイシーに触れる許可が出て、レイシーとの距離が縮まっている気がする。

「いつから旅行に行きますか? 何日くらいの予定ですか?」
「一週間後に出発予定だ。旅行は四泊五日。移動に半日かかるけれど、座り心地のいい馬車で行くのでそれほど疲れないと思うよ」
「別荘にはピアノはありますか?」
「あるよ。父上が母上のピアノを毎日聞きたがっていたからね」

 レイシーがピアノのことを気にしているのは、新しい家庭教師のモンレイユ夫人に何か言われたのだろうか。
 わたしはレイシーに確認してみる。

「モンレイユ夫人の妃教育はどうかな?」
「とても勉強になっています。わたくし、ピアノを習うお金を節約するために、自己流で弾いていたのですが、モンレイユ夫人が基礎から教えてくれて、音楽とはこんなにも心躍るものだったかと初めて知りました」

 新しい知識もレイシーは喜びを持って受け入れているようだった。
 妃教育も順調に進んでいると聞いているし、レイシーは学ぶことに意欲的なのだろう。
 妙なプライドを持たない分、レイシーはラヴァル夫人の妃教育も、モンレイユ夫人の妃教育も快く受け入れている雰囲気だった。
 これならばレイシーが皇后として立派に皇帝を支える存在になれることは間違いない。

「旅行には裁縫セットも持って行っていいですか?」
「もちろん、レイシーの持って行きたいものは全部持って行っていいよ」

 許可などとる必要はないのに、聞いてくるレイシーにわたしは答える。
 どこであろうともレイシーが縫物をしたいという気持ちを止めなくていい。レイシーは好きなことを続けてほしいと願っていた。
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