千早さんと滝川さん

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
4 / 32
本編

4.スピリチュアルなんて信じてないのに

しおりを挟む
 勾玉ビーズと呼ばれる四ミリくらいの縦長丸いビーズの上の方に穴が空いていて、下は膨らんでいるデザインのものを前に、私は唸っていた。
 丸カンは無事に通ったのだがここからが勝負だ。

「五個、三個、一個で組み立ててみよう」

 一番上に五個、二段目に三個、一番下は一個で組み立てるが、形が不格好で気に入らない。
 ここからが私の本領を発揮する場面なのだ。

「四個、三個、一個にしてみるか?」

 一番上のビーズを一個外しても、どこかバランスが悪い。その理由を私は手の中の小さな作品を見て考えていた。

「分かった。四個のビーズの真ん中、二個ずつのところに三個との繋ぎパーツを入れて、三個の方は二個と一個の間に一個との繋ぎパーツを入れる!」

 回答が出て、私はビーズを組み立て直す。
 出来上がったのは葡萄のような勾玉ビーズが組み立てられたパーツだった。
 そのパーツの上に繋ぎのパーツを入れて、その上にとっておきのチェコビーズの雫型のものを下げる。

「可愛い! 私、天才じゃない!? え、最高に可愛くない!?」

 自我絶賛状態の私は、出来上がった作品を下げた状態で写真を撮ってSNSにアップしていた。そのSNSには滝川さんも登録している。

 デザインが決まったので、次々と色違いを作っていっていると、SNSの通知音が鳴る。作業中はタブレット端末は見られないので我慢しているが、五個目を作り終えて一息つくと、私はテーブルの端のタブレット立てに立ててあるタブレット端末を見た。

 SNSのアプリを開くと、様々な方からハートがついていた。フォロワーさんもいるし、フォロワー外の方もいる。

「『可愛いですね、新作ですか』だって。そうですよー」

 コメントに喜びながら返信をしていくと、滝川さんからのハートが飛んできた。
 滝川さんも新作を見てくれたようだ。
 感想が聞きたくてメッセージアプリを開いたのと、滝川さんからのメッセージが届いたのは同時だった。

『あの葡萄っぽいチャーム、ものすごく可愛いですね!』
『そうでしょう? 私天才だと思いません!』
『千早さんは天才ですよ! 最高です』
「やったー!」

 チャットでやり取りをして、私はガッツポーズをとる。滝川さんは私のSNSも細かくチェックしてくれていて、反応をよくくれる。
 小説の宣伝とアクセサリーの宣伝が混在するアカウントだが、フォロワーさんも百人程度はいてくれて、その中でアクセサリーを通販で買ってくれる方もいた。

 タブレット端末を横に置いたまま作業を再開すると、滝川さんからメッセージが入ってくる。

『三月も終わりになってしまったんですけど、今更ながら、バレンタインチョコレート交換しません?』
「え? なにそれ! 素敵!」

 口に出して言ってから、私はすぐにチャットにも入力する。
 滝川さんは続けてチャット入力していた。

『交流小説の二人が行ったお店で、チョコレート買っちゃったんですよ』
『えー! それは食べたい!』
『そう思って、バレンタインチョコレート交換会を提案しました』

 友チョコを交換するなんて初めてだ。

 高校生のときは女子校だったのだが、校則が厳しくてチョコレートなんて持ち込めなかった。中学生のときに髪をベリーショートにして演劇で男役をやっていたので、違うクラスの女の子からチョコレートをもらったことはあるが、それは友チョコではない。

 大学時代は演劇サークルの仲間はいたが、ものすごく親しいというわけではなかった。
 バレンタインデーは過ぎてしまったけれど、友チョコを交換できるのはとても嬉しい。

『私もチョコレートを探しておきます』

 返事をして作業に戻ったはいいのだが、私の頭はチョコレートのことでいっぱいだった。結果として丸カンを落としてしまうし、パーツは飛ばすし、大変なことになる。

 ため息をついて私はメッセージアプリを開いた。

 こういうときに頼りになるのが、大学時代からの親友だった。
 彼女はおしゃれで、可愛くて、美味しいものや可愛いものの情報をよく知っている。

『お久しぶり! お願いがあるんだけど』
『なになに?』
『通販で売ってないようなチョコレートってないかな?』

 そうなのだ、今のご時世、通販を使えばどこのチョコレートでも簡単に手に入れられてしまう。滝川さんの家で通販できるようなチョコレートを贈るのは私の矜持が許さない。

『千早氏の家の近くじゃなかったっけ?』

 彼女が送って来た住所は確かに私の住んでいる場所に近いところだった。

『この店は通販はしてないし、地元限定だよ』
『ありがとう! お礼をするよ!』
『そこのチョコでお願い』

 メッセージのやり取りが終わると、教えてもらった店のSNSを見て店内の様子や商品を確認する。
 美味しそうなチョコレートがたくさん並んでいる。
 私はその店に行くことにした。

 次の日にスプリングコートを着てその店までバスで行って、店の近くで降りた私は店まで歩く。
 店の入り口の手指の消毒も、画面に顔を映しての検温も、店の中の人数制限も、気にはならない。
 そもそも私は花粉症だからマスクをつけて生活するのが普通で、マスク生活も快適に送っていた。

 店の中に入ると目に飛び込んできたのはピンク色のルビーチョコだった。確か希少なピンク色のカカオ豆を使っているチョコレートで、ピンク色だが苺を混ぜているとかそういうことではないと聞いたことがある。

「これにしよう」

 一目でルビーチョコが気に入ってしまって、私はそれを籠に入れて、友人のおれいにもそれを買って、更に可愛い箱に入ったチョコレートも買った。
 これでバレンタインチョコレート交換会は完璧だ。

 宅配便を頼んでチョコレートは速やかに送った。この前の国宝の刀と槍を見に行ったときのクリアファイルを送るつもりだったから、準備はできていたのだ。
 ついでにお気に入りで買った甘いプリンの香りの紅茶も入れておいた。

 チョコレートを送った翌日に、滝川さんから私にチョコレートが届いた。

「開封の儀をします」
『それじゃ、私も開封の儀を』

 映像付きの通話で話しながら、飲み物を用意してお互いに荷物を開封する。私の荷物も最近の宅配便は早いのでもう滝川さんの元についていた。
 段ボール箱を開けるとお茶とチョコレートが入っている。チョコレートだけでなくハーブティーも入っていた。

『千早さん、普段は紅茶ばかりだから、たまにはハーブティーもどうかと思って』
「嬉しいです。私は、うちのキャラと滝川さんのキャラが、『ピンクなのにイチゴ味じゃない』って言いそうだなって思って」
『えー、これイチゴ味じゃないんだ。食べるの楽しみ!』

 話す滝川さんの肩で薄っすらと見える鶏さんが涎を垂らしている気がする。
 鶏さんも食べたいのだろうか。

「滝川さんの鶏さん、食べたそうですよ」
『え? これは私が千早さんからもらったからダメです』
「あ、拗ねた顔してる」

 私はスピリチュアルなんて信じてなかったのに、滝川さんの肩に鶏さんが見えるのが日常となりつつある。
 これでいいのだろうかなんて真顔になるが、そのときふわりと私の膝が暖かくなった気がした。
 目を凝らしてみると、耳の尖った猫が私の膝の上に座っている。

 私は猫なんて飼っていない。
 それなのに、薄っすらと透ける猫が私の膝の上にいる。

「私の膝の上に猫がいるんですけど」
『どんな猫?』

 猫好きの滝川さんは興味津々だ。

「体は大きくないけど、豹かチーターみたいな柄で、耳が大きくてピンと尖ってます」
『それ、猫でないのでは?』

 言われて私は机の上を片付けてタロットクロスを広げた。

「猫じゃないんですか?」

 カードを捲ると吊るし人のカードで、『そんなわけないじゃないの。子猫ちゃんよ』と言われた気がする。

「子猫ちゃんだって言ってる気がします」
『子猫ちゃんは自分で子猫ちゃんと言わないと思います』
「えー、それじゃ猫じゃないのかなぁ?」

 またカードを捲ると、悪魔のカードで『あのひとは、私を分かっていないんだわ! 私は子猫ちゃんなの』と答えられる。
 もうタロットカードと捲ると頭に声が聞こえてくるのも慣れてしまった。

「やっぱり子猫ちゃんだって言い張ってますよ」
『それじゃ、子猫ちゃんなのかなぁ? 豹とかじゃないんですかね』
「本人……本猫は子猫だと供述しています」

 話していると、ふわりと滝川さんの端末の前を通り過ぎたものがあった。
 鶏さんが飛んでいる。しかも光を放ちながら。

「滝川さんの鶏さん、飛んでます! しかも光ってる!」
『それは鶏ではないのでは?』

 言われてカードを捲ると、女教皇のカードで『しっかりして! 私は鶏です』と答えられている気がする。

「鶏だって言ってますけど」
『それじゃ、鶏なのかなぁ?』
「でも、光って飛んでるんです。平等院鳳凰堂の鳳凰みたいに」
『なにそれ!? 私も見たい!』

 残念ながら滝川さんにその光景を見せることはできなかったけれど、滝川さんに何か起きているのは確かなようだった。
しおりを挟む

処理中です...