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本編
12.格好が付かない休日
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結果として、休日は大失敗だった。
ルーブル美術館には長蛇の列で中に入るまでに三時間近くかかって、次の行程が押していたので中を見るのは三十分くらいしか時間が取れなかった。
モン・サン・ミシェルまでの道は長く遠い。
列車とバスを乗り継いで往復四時間かかる。
それを考えると早く出なければいけなかったのだが、日が悪かった。
鉄道とバス会社のストライキが起きて、リシャールはアリスターと共にパリから出られなくなってしまったのだ。
フランスのストライキは急に起きる。
賃金や報酬、労働条件、人員採用の方針など、会社に納得できないことがあったときには、フランスの労働組合は容赦なくストライキを決行する。
そのストライキで困るものがいればいるほど、ストライキを会社は治めようとするので、社会に影響を与えれば与えるほどストライキは成功すると言われている。
「ごめんね、アリスター。僕、モン・サン・ミシェルは無理みたいだ」
最高の休日にしたかった。
前日にはアリスターと初めて体を交わした。
「初めてなんだ。笑わないでくれ」
そんなことを言ったアリスターをリシャールは優しく導いた。アリスターを導きつつ抱かれてリシャールは満たされたし、アリスターにもそうであってほしかった。
そんなロマンチックな夜を過ごした翌日がこれである。
「凱旋門なら行けるんじゃないか?」
「予約してみるよ」
凱旋門の予約サイトを開いて予約しようとしたら、今日はデモで封鎖されていると出ている。
格好良くアリスターをエスコートして最高の休日を過ごすつもりだったリシャールは、それもできなくて肩を落とした。
「デモみたいなんだ。封鎖されてて、入れない。ごめんね、せっかく素晴らしい休日にしようと思ったのに」
「デモもストライキもリシャールのせいじゃないだろう。俺はフランス語が分からないから、外食もできなかったんだ。近くのカフェでいいから、何か一緒に食べよう。リシャールは飲み物だけでもいいからさ」
「ありがとう、アリスター。君は優しいんだね。今日はチートデーにしてしまって、明日からもう一度体重制限を頑張ることにするよ」
近くのカフェに入ってアリスターに飲みたいものを聞くと、アリスターが少し考えている。
「ローファットミルクの入ったカフェラテを飲みたいかな」
「わかったよ。僕はアメリカーノにしようかな」
カフェラテはカプチーノをベースにしたミルク入りのコーヒーだ。正確な作り方はたっぷりのミルクにカプチーノを一杯入れるだけ。アメリカーノはカプチーノをお湯で薄めたものだ。
リシャールがフランス語で注文するとアリスターはそれをじっと見ている。小さなころからフランス語を習ってきて、フランスでも活動していたリシャールにとってはフランス語は第二の母国語の気分なのだが、英語圏で育っているアリスターは英語だけで苦労したことはないのだろう。
眺めのいいテラス席は別料金がかかるのでそれも支払ってテラス席に座ると、アリスターが熱いカフェラテを吹き冷まして飲んでいた。そういう仕草一つとってもアリスターは可愛いし格好いい。
リシャールもアメリカーノを飲んでいると、アリスターが聞いてきた。
「リシャールは外国語はフランス語を専攻してたのか?」
「僕は外国語はイタリア語だよ。フランス語は、小さなころから両親に習わされてた」
「俺はフランス語だったんだけど、実際に喋るとなると忘れてて全然喋れないし、現地の喋りは早すぎて何を言っているか分からない」
情けないと呟くアリスターにリシャールはそんなことはないと即座に答えた。
「言葉は慣れだからアリスターが悪いんじゃないよ。アリスターは大学も出てるんだよね。僕は高校卒業後、モデルに専念したから、アリスターの知識とか、仕事をすごく尊敬してるよ」
「俺の仕事は、犯人の残していったものを鑑定するくらいだぞ?」
「そんなの、僕はできないもの。ストーカーがマンションの前に立っていたとき、僕は血の気が引いたよ。そのときにアリスターは僕を保護しに来てくれたじゃないか。すごく嬉しかったし、救われた」
正直な気持ちを口にするとアリスターが照れたようにカフェラテのカップを持ち上げて顔を隠そうとする。アメリカーノを一口飲んでリシャールはアリスターに問いかけた。
「お昼ご飯はどうする? モン・サン・ミシェルで遅めのお昼にするつもりだったんだけど……」
あのふわふわのスフレオムレツをアリスターと一緒に食べたかった。
考えると残念でならないが、アリスターは優しくストライキはリシャールのせいではないと言ってくれた。
エスコートすると思っていた手前、格好が付かなくて落ち込むリシャールにアリスターは気にしていないと答えてくれたのだ。
「フランスと言えばクロワッサンだろ? クロワッサンのサンドイッチが食べたいな」
「そんなものでいいの?」
「リシャールはフランスによく来てるかもしれないけど、俺は初めてなんだよ。フランスらしいものを食べたい」
初めてなんだ。笑わないでくれ。
初めてという言葉に夜の気配を感じ取って、ぞくりとしたリシャールだが、アリスターはそんな気は全くないようでクロワッサンのサンドイッチに気持ちが向いている。今すぐにでも連れて帰ってキスをして抱き締めたい気持ちを抑えて、リシャールはアメリカーノを飲んだ。
飲み終わったカップをテーブルの上に置いて、リシャールとアリスターは店を出た。
クロワッサンのサンドイッチならば美味しい場所を知っている。テイクアウトだが、近くの公園で食べればいいだろう。
リシャールがアリスターをテイクアウトのお店に連れて行くと、アリスターはサンドイッチの中身に悩んでいるようだった。
「ポテトと卵もいいし、ハムとチーズも食べたい」
「どっちとも食べちゃったら?」
「リシャールはどうするんだ?」
「僕はチーズとトマトにしようかと思ってる」
「あー、それも美味そうだな」
悩んでアリスターはポテトと卵、ハムとチーズの二種類を買って、リシャールはチーズとトマトのクロワッサンのサンドイッチを買った。全部リシャールのカードで支払ったが、アリスターは何も言わなかった。
ついでにペットボトルの水を買って、それも持って公園に行く。
昼時なので公園には散歩に来ているひとたちや、ランチを食べるひとたちがいた。
ベンチが埋まっていたので、階段に腰かけてリシャールとアリスターはクロワッサンのサンドイッチを食べる。
「それ、一口くれよ」
「いいよ。お先にどうぞ」
差し出すとリシャールの手にサンドイッチを持たせたままでアリスターが噛り付く。
「美味いな」
「う、うん」
ちらりと見えた赤い舌に動揺するのは、好きな相手と初めて体を繋いだ翌日だからに違いなかった。これまでの相手は欲望を発散させるための遊びでしかなかった。
アリスターはリシャールが初めて好きになった相手である。
好きだと言っても、愛していると言っても反応が薄いのは気付いていたが、それでもリシャールはアリスターを手放すつもりなど全くなかった。リシャールにとってはアリスターが心通わせて抱き合った初めての相手なのだ。
リシャールの体とコマンドで溺れさせて、他の相手では満足できないようにさせてしまいたい。
リシャールの胸の中に仄暗い感情が生まれていた。
ストライキで外出の計画は完全にダメになってしまったので、部屋に戻ったリシャールとアリスターだが、アリスターはそれでも楽しかったようだ。
「モナリザってあんなに小さな絵だったんだな」
「大きいイメージがあった?」
「俺が知ってるのは千ピースのモナリザのパズルで、物凄く大きかったんだ」
ルーブル美術館にある有名なモナリザの絵画が、パズルや複製品になって売っているのはリシャールも知っている。千ピースのパズルならばかなり大きかっただろう。それに比べれば、本物は小さく思えても仕方がない。
モナリザの絵の前も人が多くて一瞬しか見られなかったが、それでもアリスターは満足しているようだった。
「モン・サン・ミシェルに行けないってもっと早く分かってたら、ルーブル美術館にもうちょっと長くいてもよかったのにね。僕の下調べが不十分だったから、ルーブル美術館も中途半端になってしまった」
「気にしてないよ。俺は絵画の良さとかよく分からないし、有名なモナリザが見られただけで満足だよ」
「アリスター……君って、モテるでしょう?」
「はぁ? 世界のリシャール・モンタニエに言われたくないな。世界中でモテモテじゃないか、お前は」
「僕はそういう仕事だから。仕事がなかったら僕のことなんて誰も見ないよ」
飾ってくれて、上手に撮影してくれて、世界中に広めてくれるひとたちがいるからリシャールは世界中で有名になっているだけで、そういうものをどけてしまえばリシャールの影響力などたかが知れている。
モテると言っても、みんな自分の理想をリシャールの中に見ているだけで、本当のリシャールと付き合うと幻滅してしまうことが多いのだ。
「僕は外食もほとんどできないし、着るものにお金はかけても、贅沢なレストランに毎日行ったり、美味しいものを食べ歩きしたりはできないから、今までに付き合った相手も、『自分の思っていたリシャール・モンタニエじゃない』って言って離れて行ってしまった」
努力を認めてくれて、派手な場所に出かけなくても手料理で喜んでくれるアリスターのような相手は初めてなのだ。
「なんだよ、それ。相手の勝手な思い込みじゃないか。リシャールはリシャールなのに」
自分のことのように怒ってくれるアリスターに、リシャールはその肩を抱いて抱き寄せた。
ルーブル美術館には長蛇の列で中に入るまでに三時間近くかかって、次の行程が押していたので中を見るのは三十分くらいしか時間が取れなかった。
モン・サン・ミシェルまでの道は長く遠い。
列車とバスを乗り継いで往復四時間かかる。
それを考えると早く出なければいけなかったのだが、日が悪かった。
鉄道とバス会社のストライキが起きて、リシャールはアリスターと共にパリから出られなくなってしまったのだ。
フランスのストライキは急に起きる。
賃金や報酬、労働条件、人員採用の方針など、会社に納得できないことがあったときには、フランスの労働組合は容赦なくストライキを決行する。
そのストライキで困るものがいればいるほど、ストライキを会社は治めようとするので、社会に影響を与えれば与えるほどストライキは成功すると言われている。
「ごめんね、アリスター。僕、モン・サン・ミシェルは無理みたいだ」
最高の休日にしたかった。
前日にはアリスターと初めて体を交わした。
「初めてなんだ。笑わないでくれ」
そんなことを言ったアリスターをリシャールは優しく導いた。アリスターを導きつつ抱かれてリシャールは満たされたし、アリスターにもそうであってほしかった。
そんなロマンチックな夜を過ごした翌日がこれである。
「凱旋門なら行けるんじゃないか?」
「予約してみるよ」
凱旋門の予約サイトを開いて予約しようとしたら、今日はデモで封鎖されていると出ている。
格好良くアリスターをエスコートして最高の休日を過ごすつもりだったリシャールは、それもできなくて肩を落とした。
「デモみたいなんだ。封鎖されてて、入れない。ごめんね、せっかく素晴らしい休日にしようと思ったのに」
「デモもストライキもリシャールのせいじゃないだろう。俺はフランス語が分からないから、外食もできなかったんだ。近くのカフェでいいから、何か一緒に食べよう。リシャールは飲み物だけでもいいからさ」
「ありがとう、アリスター。君は優しいんだね。今日はチートデーにしてしまって、明日からもう一度体重制限を頑張ることにするよ」
近くのカフェに入ってアリスターに飲みたいものを聞くと、アリスターが少し考えている。
「ローファットミルクの入ったカフェラテを飲みたいかな」
「わかったよ。僕はアメリカーノにしようかな」
カフェラテはカプチーノをベースにしたミルク入りのコーヒーだ。正確な作り方はたっぷりのミルクにカプチーノを一杯入れるだけ。アメリカーノはカプチーノをお湯で薄めたものだ。
リシャールがフランス語で注文するとアリスターはそれをじっと見ている。小さなころからフランス語を習ってきて、フランスでも活動していたリシャールにとってはフランス語は第二の母国語の気分なのだが、英語圏で育っているアリスターは英語だけで苦労したことはないのだろう。
眺めのいいテラス席は別料金がかかるのでそれも支払ってテラス席に座ると、アリスターが熱いカフェラテを吹き冷まして飲んでいた。そういう仕草一つとってもアリスターは可愛いし格好いい。
リシャールもアメリカーノを飲んでいると、アリスターが聞いてきた。
「リシャールは外国語はフランス語を専攻してたのか?」
「僕は外国語はイタリア語だよ。フランス語は、小さなころから両親に習わされてた」
「俺はフランス語だったんだけど、実際に喋るとなると忘れてて全然喋れないし、現地の喋りは早すぎて何を言っているか分からない」
情けないと呟くアリスターにリシャールはそんなことはないと即座に答えた。
「言葉は慣れだからアリスターが悪いんじゃないよ。アリスターは大学も出てるんだよね。僕は高校卒業後、モデルに専念したから、アリスターの知識とか、仕事をすごく尊敬してるよ」
「俺の仕事は、犯人の残していったものを鑑定するくらいだぞ?」
「そんなの、僕はできないもの。ストーカーがマンションの前に立っていたとき、僕は血の気が引いたよ。そのときにアリスターは僕を保護しに来てくれたじゃないか。すごく嬉しかったし、救われた」
正直な気持ちを口にするとアリスターが照れたようにカフェラテのカップを持ち上げて顔を隠そうとする。アメリカーノを一口飲んでリシャールはアリスターに問いかけた。
「お昼ご飯はどうする? モン・サン・ミシェルで遅めのお昼にするつもりだったんだけど……」
あのふわふわのスフレオムレツをアリスターと一緒に食べたかった。
考えると残念でならないが、アリスターは優しくストライキはリシャールのせいではないと言ってくれた。
エスコートすると思っていた手前、格好が付かなくて落ち込むリシャールにアリスターは気にしていないと答えてくれたのだ。
「フランスと言えばクロワッサンだろ? クロワッサンのサンドイッチが食べたいな」
「そんなものでいいの?」
「リシャールはフランスによく来てるかもしれないけど、俺は初めてなんだよ。フランスらしいものを食べたい」
初めてなんだ。笑わないでくれ。
初めてという言葉に夜の気配を感じ取って、ぞくりとしたリシャールだが、アリスターはそんな気は全くないようでクロワッサンのサンドイッチに気持ちが向いている。今すぐにでも連れて帰ってキスをして抱き締めたい気持ちを抑えて、リシャールはアメリカーノを飲んだ。
飲み終わったカップをテーブルの上に置いて、リシャールとアリスターは店を出た。
クロワッサンのサンドイッチならば美味しい場所を知っている。テイクアウトだが、近くの公園で食べればいいだろう。
リシャールがアリスターをテイクアウトのお店に連れて行くと、アリスターはサンドイッチの中身に悩んでいるようだった。
「ポテトと卵もいいし、ハムとチーズも食べたい」
「どっちとも食べちゃったら?」
「リシャールはどうするんだ?」
「僕はチーズとトマトにしようかと思ってる」
「あー、それも美味そうだな」
悩んでアリスターはポテトと卵、ハムとチーズの二種類を買って、リシャールはチーズとトマトのクロワッサンのサンドイッチを買った。全部リシャールのカードで支払ったが、アリスターは何も言わなかった。
ついでにペットボトルの水を買って、それも持って公園に行く。
昼時なので公園には散歩に来ているひとたちや、ランチを食べるひとたちがいた。
ベンチが埋まっていたので、階段に腰かけてリシャールとアリスターはクロワッサンのサンドイッチを食べる。
「それ、一口くれよ」
「いいよ。お先にどうぞ」
差し出すとリシャールの手にサンドイッチを持たせたままでアリスターが噛り付く。
「美味いな」
「う、うん」
ちらりと見えた赤い舌に動揺するのは、好きな相手と初めて体を繋いだ翌日だからに違いなかった。これまでの相手は欲望を発散させるための遊びでしかなかった。
アリスターはリシャールが初めて好きになった相手である。
好きだと言っても、愛していると言っても反応が薄いのは気付いていたが、それでもリシャールはアリスターを手放すつもりなど全くなかった。リシャールにとってはアリスターが心通わせて抱き合った初めての相手なのだ。
リシャールの体とコマンドで溺れさせて、他の相手では満足できないようにさせてしまいたい。
リシャールの胸の中に仄暗い感情が生まれていた。
ストライキで外出の計画は完全にダメになってしまったので、部屋に戻ったリシャールとアリスターだが、アリスターはそれでも楽しかったようだ。
「モナリザってあんなに小さな絵だったんだな」
「大きいイメージがあった?」
「俺が知ってるのは千ピースのモナリザのパズルで、物凄く大きかったんだ」
ルーブル美術館にある有名なモナリザの絵画が、パズルや複製品になって売っているのはリシャールも知っている。千ピースのパズルならばかなり大きかっただろう。それに比べれば、本物は小さく思えても仕方がない。
モナリザの絵の前も人が多くて一瞬しか見られなかったが、それでもアリスターは満足しているようだった。
「モン・サン・ミシェルに行けないってもっと早く分かってたら、ルーブル美術館にもうちょっと長くいてもよかったのにね。僕の下調べが不十分だったから、ルーブル美術館も中途半端になってしまった」
「気にしてないよ。俺は絵画の良さとかよく分からないし、有名なモナリザが見られただけで満足だよ」
「アリスター……君って、モテるでしょう?」
「はぁ? 世界のリシャール・モンタニエに言われたくないな。世界中でモテモテじゃないか、お前は」
「僕はそういう仕事だから。仕事がなかったら僕のことなんて誰も見ないよ」
飾ってくれて、上手に撮影してくれて、世界中に広めてくれるひとたちがいるからリシャールは世界中で有名になっているだけで、そういうものをどけてしまえばリシャールの影響力などたかが知れている。
モテると言っても、みんな自分の理想をリシャールの中に見ているだけで、本当のリシャールと付き合うと幻滅してしまうことが多いのだ。
「僕は外食もほとんどできないし、着るものにお金はかけても、贅沢なレストランに毎日行ったり、美味しいものを食べ歩きしたりはできないから、今までに付き合った相手も、『自分の思っていたリシャール・モンタニエじゃない』って言って離れて行ってしまった」
努力を認めてくれて、派手な場所に出かけなくても手料理で喜んでくれるアリスターのような相手は初めてなのだ。
「なんだよ、それ。相手の勝手な思い込みじゃないか。リシャールはリシャールなのに」
自分のことのように怒ってくれるアリスターに、リシャールはその肩を抱いて抱き寄せた。
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