やんのかステップの子猫ちゃんとスパダリは運命でした

秋月真鳥

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3.ファビアンは懐かない子猫を撫でる

 ファビアンのマンションで暮らすようになっても、万里生はなかなか打ち解けなかった。最初は慣れてくれなくても、徐々に関係性を築いて行って、いつかは運命の相手と結ばれたい。運命に憧れるファビアンはそう思っていたが、大学の授業が終わると万里生はバイトを入れているし、朝も朝食を食べて弁当を持つとさっさと出て行ってしまう。

 一応、朝食と弁当には感謝しているようで、食べる前には手を合わせて「いただきます」と言ってくれるし、お弁当箱は洗って水切り籠に返してくれて、「美味かった」とぼそりと言って「ありがとう」と言うこともある。

 それ以外ほとんど交流のない万里生にファビアンはもどかしさを覚えていた。

 製薬会社を買収してすぐなので、ファビアンも仕事は忙しい。
 万里生だけに構っていることはできない。
 それでもバイトで疲れて帰って来て、夕飯も食べていないという万里生に、ファビアンは簡単な食事を作ってやることもあった。

 体は細いが万里生はよく食べるので、ファビアンは夕食に大盛りの炒飯と自分の夕食の残りの角煮や、大きなお好み焼き、大盛り焼きそば、ちゃんぽん、ラーメンと野菜炒めと替え玉などを作っていた。
 食べ物を前にすると万里生の眼鏡の奥の黒い目に光が宿るのが分かる。嬉しそうに手を合わせて「いただきます」を言って掻き込む姿に、ファビアンは目を細める。

 施設で育ったという万里生は眠りが浅いようだった。
 眠れていないのか、朝はリビングでぐったりとしていて、夜は眠そうに帰ってくる。
 気になったファビアンは、万里生の部屋に行ってみた。

 ベッドで万里生はスマホの画面を見ている。
 ドアを開けると万里生がベッドから飛び起きた。

「だ、抱くんなら、金払えよ?」

 全身の毛を逆立てている子猫のように万里生が見えて来たファビアンは、苦笑しながら万里生の髪を撫でる。

「なんだよ!? 触るなら金払え!」
「はいはい、寝る前にスマホ見てると目がさえちゃうよ」
「うるさいな」

 抵抗している万里生も、しばらく撫でていると、とろんと瞼が落ちて来る。布団をかけ直して、もう少し万里生を撫でてから、ファビアンは眠りに落ちたのを見届けて自分の部屋に帰った。
 部屋では仕事が残っていたので片付けて、眠る頃には午前二時を過ぎていたが、ファビアンは万里生のことを考えながらぐっすりと眠った。

 万里生の寝顔。
 愛らしい子猫のような威嚇。
 十歳年上のファビアンにとっては万里生の反抗は子猫が爪を立てて、必死に威嚇のステップを踏んでいるようにしか見えなかった。

 目を覚ますといつもより部屋が明るくてファビアンは慌てた。
 寝過ごしてしまったようだ。
 起きてリビングに行くと、万里生は既に出かける準備を終えていた。

「ごめん、寝坊しちゃった。お弁当、大学に届けるよ」
「え!? いらないよ!」
「いや、どうせ作るから、届ける」

 お弁当を届けなければ万里生は容易に昼食を抜いてしまう。それだけお金が欲しいのかもしれないが、体のためには昼食を抜くことは避けてほしいとファビアンは思っていた。
 必死になっているバイトの給料も、万里生は全然使っていないようだ。
 何のためにバイトをしているのか分からないが、万里生はお金を貯めたがっている。

 ファビアンは会社に午前休を取ると連絡して、万里生のためにチーズトーストだけでも作って食べさせて、送り出した。
 午前中が休みになったのでゆっくりとお弁当は作れる。
 万里生の好きなミニハンバーグとエビフライを入れて、彩りにトマトとチーズのグラタンを入れて、ほうれん草のお浸しも入れる。おにぎりは万里生が好きな佃煮海苔と鮭だ。
 出来上がったお弁当を持って、ファビアンは大学に行った。

 スマホで確認すると、万里生は食堂にいるようだ。食堂の場所を聞いて長い脚で大股で歩いて行くと、周囲がざわめくのが分かる。
 日本は外国人があまり多くない国で、ファビアンの容姿はとても目立った。淡い金色の髪に緑の目、長身で体付きはがっちりしている。
 食堂に現れたファビアンの耳に、囁き声が聞こえてくる。

「あれが、阿納くんの運命の相手?」
「あんなすごいのに抱かれてたら、阿納くん、壊れちゃうんじゃないの?」
「かっこいい! 私が運命だったらいいのに」

 勝手な囁きは聞かなかったことにして、ファビアンは万里生に歩み寄る。食堂のテーブルに突っ伏して寝ていた万里生を同級生らしき女子学生が揺すって起こしている。

「阿納くん、来たよ」

 親し気に話しかけている女子学生に視線を向けず、ファビアンは万里生だけを見ていた。

「ごめんね、お弁当遅くなっちゃって。その代わり、君の好物を入れておいたから」
「俺の好きなものなんて、なんで知ってるんだよ」
「君、気付いてないの? 好きなものを食べたとき、君は表情が変わるんだよ」

 くすくすと笑いながら告げると、眠そうな万里生が目を見開いて顔を赤くする。

「そんなの見てるんじゃねーよ!」

 噛み付かれた気がしたけれど、子猫に噛み付かれた程度でファビアンは怒らない。
 それよりも隣りで親し気に万里生の肩に手を置いている女子生徒の方が気になる。

「阿納くんに無理させないでください。阿納くん、あなたの家を出るために必死にバイトしてるんですから」
「家を出る……?」

 その言葉が万里生の口から出たのならば納得できたかもしれないが、女子生徒の口から出たことにファビアンは若干の腑に落ちない感覚を覚えた。そういう大事なことをひと伝いには聞きたくなかった。

「アノ、家を出るつもりなのか?」
「その話は、帰ってする。あんたも仕事だろう?」

 気まずそうに顔を反らした万里生に、ファビアンは本気なのだと確信していた。

 将来のためにバイトくらいしておいた方がいいとか、自分の欲しいものは自分で買いたいとか、言い訳していたが、何かおかしいとは思っていたのだ。それでも万里生がファビアンの家を出たいと思っていると気付かなかったのは、運命の存在のファビアンが浮かれ切っていたからなのだろう。

 万里生がそれを望むのならば仕方がない。
 そう考えるファビアンは会社に行っても仕事が手につかなかった。

「社長、こちらの資料に目を通して欲しいということですが」
「分かってる……少し休憩していいか」
「体調がお悪いのでは?」

 午前休ももらっていたし、菜摘はファビアンの体調を心配してくれていた。ファビアンはよく食べてよく寝るタイプだが、昨夜は夜更かしをしてしまったし、少し睡眠が足りなかったのかもしれない。
 眠らないと考えも暗くなってしまう。

 ファビアンは会社を定時で帰って、夕食の仕込みをすると、リビングのソファで少し横になった。リビングのソファは特別大きなベッドにもなるものを買っていて、ファビアンが横になって眠っても充分にスペースがあった。

 眠っていると万里生が帰って来た気配がする。まだ完全に意識が覚醒していなくて動けないでいると、万里生が近付いて来て恐る恐るファビアンに触れる。
 ファビアンの頬に触れて、髪を撫でて、そっと離れていく万里生。
 寝たふりをしばらくしてから、ファビアンは本格的に起き出した。

「アノ、お帰り。昼間のことだけど……」
「お腹空いた。晩ご飯食べながら話そう」
「分かった」

 お腹が空いたと言われたら食べさせないわけにはいかないので、ファビアンは仕込んでおいたサーモンサラダを出して、アジフライを揚げてタルタルソースを出す。
 ご飯と味噌汁も出すと、万里生の眼鏡の奥の目が輝くのが分かる。
 アジフライにたっぷりとタルタルソースをかけて齧り付く万里生はもう夢中だ。一心に夕食を食べた後に、食後の紅茶を飲みながらやっと話す体勢になった。

「アノ……」
「万里生でいいよ」
「いいのか?」
「あんたの国では俺の名前は普通なんだろ?」

 あんたは別に俺を名前でからかったりしない。

 万里生に言われて、ファビアンは笑顔になっていた。
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