やんのかステップの子猫ちゃんとスパダリは運命でした

秋月真鳥

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4.万里生は気を許さない

 夜中に眠れなくて布団の中でスマホを見るのが万里生の習慣になっていた。
 ふかふかの布団もスプリングのきいたベッドも、万里生にとってはとても贅沢なものだ。こんないいベッドに眠れるのも全部ファビアンのおかげと分かっているが、万里生はファビアンに心を許すつもりはなかった。

 ファビアンは運命だから万里生に執着しているだけで、そうでなければ万里生のことなど放り出してしまう。偶然遺伝子配列の相性がよかっただけで、万里生のことを愛そうとするファビアンの気持ちが万里生には全く理解できなかった。

 結婚なんてすぐ壊れてしまうものだと万里生は知っている。
 両親は運命ではなかったが、二人は結婚して万里生が生まれた後で、お互いに運命に出会った。
 まだ乳児だった万里生を放り出して二人は自分の運命の元に行ってしまった。

 子どもを作って生んだのだから、責任が伴うはずなのだが、万里生の両親はそんなものは完全に無視していた。施設で育った万里生は両親の温かさも優しさも知らない。
 誰かに甘えたことも心を許したこともない。
 施設の職員で頼れる相手はいたが、それも施設を出るまでの期間限定の仲だった。

 万里生の部屋に夜中にファビアンが入って来たとき、万里生は驚いてスマホを取り落としそうになった。
 ついにファビアンは我慢ができなくなって万里生を抱くことにしたのか。

 抱かれるのは正直怖い。
 男性同士の行為でどこを使うのか知識として知っていたが、自分が妊娠してお腹を切って子どもを生まなければいけないとなると、万里生はひたすらに怖かった。
 それでも、子どもを生まないとファビアンが援助をやめてしまうというのならば従わなければいけない。
 万里生は自分を売って大学の学費と住む場所を手に入れているも同然なのだ。

「だ、抱くんなら、金払えよ?」

 ベッドから飛び起きてファビアンを威嚇すると、ファビアンは苦笑している。
 淡い金色の髪がきらきらと輝いて、緑の目が宝石のように煌めいている。こんなに顔がよく生まれたら万里生も人生が違っていたかもしれないと思わなくもない。
 見惚れているとファビアンが手を伸ばして万里生の髪を撫でる。

「なんだよ!? 触るなら金払え!」
「はいはい、寝る前にスマホ見てると目がさえちゃうよ」
「うるさいな」

 逃れようとしても撫でられる心地よさに万里生は動けなくなる。
 こんな風に優しく撫でられたことがあっただろうか。これまでの人生でこんな風に優しくされたことがあっただろうか。
 絶対に心を許さないと決めているのに、それが揺らぎそうになって万里生はファビアンに背中を向けて寝たふりをする。寝たふりをしていると、本当に眠くなって、万里生はそのまま眠ってしまった。

 翌朝、万里生が起きたときにはファビアンはキッチンにいなかった。
 いつもならばキッチンで朝食を作っているのに珍しいと思いつつ、大学に出かける準備をしていると、ファビアンがパジャマのままでファビアンの部屋から駆け出してくる。
 いつも部屋着を着ているのでパジャマ姿は初めてで、髪も整っていなくてふわふわとしていて、ちょっと可愛いとか思ってしまってから、必死に万里生はその感情を消そうとした。

 寝坊したというファビアンはチーズトーストを作ってくれて、それとミルクティーで朝ご飯を済ませた万里生に、お弁当を作って届けてくれるという。
 実のところファビアンのお弁当がなければ昼は抜いてお金を節約している万里生なので、その申し出はあり難かったが、大学にファビアンが来るというのは少し気まずい。

 大学の同級生たちと交流しなければ、万里生は講義で単位を取れない。
 そのために最低限の友人のような存在はいるが、彼らには一緒に住んでいるファビアンのことを、「治験で運命の相手と分かったから無理やり一緒に住まされている」などと話しているのだ。
 そういう話をしているので、ファビアンが大学に来るのは万里生にとっては少しバツが悪かった。
 それでも来るというファビアンをそれ以上止めることができず、万里生は大学に行った。

 大学では同級生と講義の合間に食堂で集まって課題をする。バイトがあるので大学にいる間に課題は終わらせておくのが万里生のやり方だった。

 課題を終えて休んでいるとスマホにメッセージが入る。ファビアンから「どこにいるの?」と聞かれて、短く「食堂」と答えた。そのまま眠くてテーブルに突っ伏してうとうとしていると、食堂がざわめきに包まれる。

「あのかっこいいひと誰?」
「めちゃくちゃ綺麗なひとが来てる」
「誰の保護者かな?」

 ファビアンのことだと理解すると、チリッと胸が焼け付いたような気がした。憎まれ口を周囲には振りまいておいて、結局は万里生はファビアンを誰にも見せたくなかったのではないか。

 奇跡のように自分の前に現れて、自分だけに優しくしてくれる運命の相手。
 運命がなければ万里生など選ばなかったファビアンを、受け入れたくないと思っている万里生の心のどこかが、独占したいとも思っている。

 そんなはずはないと顔を上げたところで、ファビアンの緑の目と目が合った。

「ごめんね、お弁当遅くなっちゃって。その代わり、君の好物を入れておいたから」
「俺の好きなものなんて、なんで知ってるんだよ」
「君、気付いてないの? 好きなものを食べたとき、君は表情が変わるんだよ」

 笑われて恥ずかしくて万里生は素直になれない。

「そんなの見てるんじゃねーよ!」

 憎まれ口を叩いてしまって、一瞬後悔した。ファビアンは会社を休んでまで万里生にお弁当を作って届けてくれたのだ。まずは「ありがとう」ではなかったのだろうか。
 「ありがとう」を言いそびれてしまって気まずい万里生に、隣りに座っていた興味のない女子学生が追い打ちをかける。

「阿納くんに無理させないでください。阿納くん、あなたの家を出るために必死にバイトしてるんですから」
「家を出る……?」

 この話は今したくなかった。
 準備が整ってから、大学も卒業してから、ファビアンに気付かれないようにさっさとファビアンの家を出て逃げるのが万里生の目標だったのだ。
 誤魔化さなければいけない。
 万里生が逃げようとしていると知ったら、ファビアンは大学の学費の援助をやめてしまうかもしれない。

 鬱陶しく肩に手を置く女子学生を振り払って、万里生はできるだけ平静に言う。

「アノ、家を出るつもりなのか?」
「その話は、帰ってする。あんたも仕事だろう?」

 そのままファビアンは会社に出社して行ったが、家に帰るまでずっと万里生はどう言い訳しようかと考えていた。
 女子学生が言ったことは嘘で、自分は家を出ようとしていないと言えばいいのか。それでも警戒されて監視を付けられたら困る。
 正直に言ってしまえばいいのかもしれないが、それで学費の援助を断られると万里生は大学を卒業できない。

 断罪されるつもりでマンションに戻ったら、リビングでファビアンが寝ていた。ソファで寝ているファビアンは整った彫刻のような彫りの深い顔立ちをしている。
 緊張しつつ、手を伸ばして頬に触れると、男性の硬い手触りがした。髪に触れると、ふわふわとして柔らかい。

 撫でてしまってから、こんなことをしている場合ではないと手を引っ込めて、冬眠前の熊のようにうろうろとリビングをうろついて挙動不審になってしまう万里生に気が付かず、ファビアンはぐっすりと眠っていて、起きたときにはもう夕食の時間だった。

「アノ、お帰り。昼間のことだけど……」
「お腹空いた。晩ご飯食べながら話そう」
「分かった」

 お腹が空いていたのは確かなので、気まずい話題は先延ばしにする。
 サーモンサラダとアジフライにたっぷりのタルタルソースとご飯と味噌汁。豪華な夕食に万里生は夢中になって食べてしまった。
 食べ終わるとファビアンが紅茶を入れてくれる。紅茶を飲みながら、本題に入った。

「アノ……」
「万里生でいいよ」
「いいのか?」
「あんたの国では俺の名前は普通なんだろ? あんたは別に俺を名前でからかったりしない」

 少し譲歩を見せておこうと万里生は判断した。名前を呼ばせることでファビアンを油断させられるなら、それくらいのことはする。

「マリオ、家を出ようというのは本気なのか?」

 真剣に聞かれて、万里生は午後中考えていた言い訳を口にした。

「俺の両親は、結婚したけど離婚した。あんたも、いつ俺に飽きるか分からない。今は運命だって分かって浮かれてるから一緒にいてくれるだけで、俺は面白いやつでもないし、そのうち飽きる」
「そんなことはないよ。マリオが運命だって僕には分かったんだ。雷に打たれたような衝撃が走った」
「そう言っていても、結婚生活なんて儚いもんだ。結婚する前に壊れるかもしれない。そのときのことを考えて、俺は一人で暮らす準備をしてただけなんだよ」

 憂い顔で言えばファビアンはすぐに納得してくれた。

「そうだったんだね。マリオを不安にさせてごめん。僕の誠意が足りなかった。これからは今まで以上に万里生のことを愛していくよ」
「それでも、気持ちが変わるときが来るかもしれない。そのときにも、俺の大学の学費は払ってくれるか?」

 縋るような必死の万里生の言葉に、ファビアンが大らかに微笑む。

「気持ちは変わらない。それでも不安なら、マリオの卒業までの学費を、マリオの口座に振り込んでおくよ」

 なんてちょろい。
 ファビアンは万里生がいつでも逃げられるようにしてしまった。
 これで万里生はいつでもこの部屋を飛び出していける。
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