やんのかステップの子猫ちゃんとスパダリは運命でした

秋月真鳥

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7.万里生の誤解

 ドイツに帰っている間に、ファビアンは両親の会社に就職した同級生のグスタフに絡まれていた。両親との時間は邪魔されたくないのだが、仕事の合間を縫ってグスタフはファビアンに話しかけて来る。

「ファビアン、あんな極東に送られて気の毒に。社長と言っても、極東の小さな会社なのだろう? 俺も一緒に行ってファビアンの寂しさを紛らわせようか?」

 何というか、グスタフは幼い頃からファビアンに妙に絡んでくるところがある。その理由をファビアンはよく分かっていなかった。

「君が来ても寂しさが和らぐわけじゃないし、僕は寂しくないよ」
「強がって。君のご両親がどれだけ君を心配していることか」
「両親も僕がそんな子どもだとは思ってないよ」

 運命の相手について話すと面倒だと思っていると、グスタフの口から妙な単語が出て来た。

「俺は君を見たときに運命を感じたんだ。君も分かるだろう? 俺と君は運命なんだ」
「いや、君は僕の運命じゃない。僕は日本で運命に出会ったんだ」

 はっきりと断るとグスタフの表情が歪む。

「それは何かの間違いじゃないのかな。あんな極東に君の運命がいるとは思えない」
「製薬会社の治験で調べたデータで遺伝子配列が一致したんだよ」
「あんな小さな製薬会社のデータを信じられるわけがないよ。君の運命は俺だ」

 言い張るグスタフにファビアンははっきりと告げた。

「申し訳ないけど、君に運命は感じない。彼に会ったときには、電撃に撃たれたように運命を感じたんだ」
「嘘だ! 君は騙されやすいから、極東の奴らに騙されているんだよ!」

 自分が日本に行って証明してみせるなどと言い出すグスタフを放っておいて、ファビアンは両親のいる社長室に向かった。社長室で日本の製薬会社の買収が上手く進んでいることを伝えると両親は満足そうである。

「あの製薬会社は小さいがとても優秀だと聞いています」
「ファビアンならばうまくやると思っていました」
「ありがとうございます」

 穏やかで大らかな両親に育まれて来たファビアン。日本での会社経営も自由にやらせてもらっていた。

「運命と出会ったそうですね」
「運命の相手と暮らしていると聞いています」
「本当は連れて来たかったのですが、旅行に慣れていないので、躊躇うのを無理矢理にしたくなかったのです。すみません」
「いいえ、近々私たちが日本に行きましょうね」
「日本の方なら、私たちが出向くのが道理でしょう」

 理解のある両親にファビアンは感謝する。万里生をドイツにまで行かせるとなると何年かかるか分からない。それならば買収して支社となった製薬会社を見に来るついでにファビアンの両親の方が万里生に会いにくればいい。

「どんなひとなのですか?」
「ファビアンは運命を感じたようですね」
「僕は出会った瞬間に電撃に撃たれたように運命を感じました。ちょっと素直じゃないけど、可愛いひとです。今はまだ警戒されていますが、もっと親しくなれればいいと思っています」

 万里生に「金を払え!」と叫ばれつつも撮った写真を見せて、ファビアンは両親に万里生を見せる。

「アノ・マリオです」
「マリオ……私たちにも呼びやすい名前ですね」
「これからも二人で仲良く暮らしてくださいね」

 この両親ならば、万里生をドイツに連れてくることなく、ファビアンが日本に住んで結婚しても平気なのではないだろうか。施設で育って警戒心の強い万里生がやっと今の環境に慣れてきているのだから、ファビアンは無理はさせたくなかった。

 もっと万里生がファビアンに慣れて心を許してくれるようになったらドイツとの行き来もできるようになるかもしれない。長期休みにはドイツに滞在することもできるかもしれない。
 ファビアンは万里生に無理をさせない方向で考えていた。

 ドイツから帰ると、マンションは酷い状況だった。
 トイレもバスルームも汚れていて、シンクには食器が積み上がっている。部屋は埃っぽく、ゴミ袋がそのまま置かれていて、ゴミ袋の中身は分別されていないコンビニ弁当の空容器とペットボトルが主だった。

「ただいま、マリオ。寂しかったよ」
「触るな! 金とるぞ!」
「ちゃんと食べてた? 美味しいもの食べてなかったんじゃない? ちょっと待っててね」

 軽いハグのつもりだったが万里生は妙に反応している。無理に抱き締めることもないと万里生を放して、ファビアンは部屋を片付けた。ゴミ袋の中身は分別して、シンクの食器類は食洗機に入れて洗って、トイレもバスルームも綺麗に掃除して、部屋にも掃除機をかける。
 部屋が整うと、スーパーで買い物をして、万里生に手作りの肉まんと蒸し野菜の夕食を作った。

「コンビニのお弁当じゃ、野菜が食べられなかったでしょう。今日のメニューは野菜たっぷりだよ」

 蒸し野菜にポン酢を付けて万里生が無心で食べている。肉まんも蒸し野菜も蒸籠で蒸したので、どちらもふっくらと出来上がっていた。
 美味しかったのか全部食べてシャワーを浴びて寝に行った万里生の背中を見送って、ファビアンは自分の着替えを洗濯して、ついでに溢れていた万里生の着替えも洗濯して干して、シャワーを浴びてベッドに入った。

 夏休みの期間はまだ続いていた。
 日本での夏休みも長いが、ドイツでの夏休みも長い。

 グスタフが日本に来ていると聞いたのは、菜摘からだった。

「グスタフ・イージドール・ホイサー氏が社長と会いたがっているそうです」
「会う理由がないな」
「高校と大学の同級生で、会社も同じだったと言っています」
「できれば会わない方向で」

 仕事の邪魔をされるのも、万里生との生活を邪魔されるのも嫌だったので断っていたが、そうするとグスタフはファビアンの部屋に押しかけて来た。
 インターフォンが鳴って、画面を見るとグスタフが映っていて、ファビアンは冷たく言い放った。

「ストーカーか。帰ってくれ」
「ファビアン、君を愛せるのは俺だけだ。俺は君に抱かれてもいい。いや、抱かれたいんだ!」

 ただの同級生としか思っていない相手からの告白。しかもドイツから日本まで追いかけてきてのものに、ファビアンは感動するどころか恐ろしさを感じていた。

「君の勘違いに僕を巻き込まないでくれ」

 インターフォンを切って、マンションのエントランスのコンシェルジュに連絡して、グスタフを通さないように伝える。
 その後も何度かインターフォンは鳴っていた。

「あのひと、誰? ドイツ語で喋ってたよな。何を話してたんだ?」

 部屋から出て来た万里生が騒ぎに気付いて不機嫌そうな顔で聞いてくる。
 ファビアンの答えは一つだった。

「ただの高校と大学の同級生だよ。僕を運命と勘違いしてるんだ」
「本当に運命なんじゃないのか?」
「運命が二人いるなんてないよ」

 ファビアンの運命は万里生だけで、グスタフのはずはない。グスタフとは高校と大学で同級生として過ごしていたが、全く運命は感じなかった。
 その話をしても万里生は懐疑的な視線をファビアンに向けて来る。

「俺はあんたに運命なんて感じてない。あっちが感じたんなら、運命なんじゃないのか?」
「違うよ。万里生と出会ったときに僕は運命を感じたよ?」
「俺は感じてない……何も」

 グスタフと運命である方がいいようなことを万里生が言うのがファビアンには信じられなかった。万里生との運命をファビアンは確信しているし、それだからこそ万里生に尽くしている。
 万里生が自分を信じてくれないのならば、いつまでも関係は進展しない。

「マリオ、僕は君に運命を感じているし、君のことを愛しているよ。もう少し僕を見て欲しい」

 もっと時間をかけて万里生を口説くつもりだったが、万里生の頬を撫でて囁くと、万里生の体が強張るのが分かる。まだまだ万里生は抱かれることが怖く、妊娠も出産も受け入れられないのだ。

 学生の万里生に無理をさせることはできないし、万里生が心から受け入れてくれたときにしかファビアンは万里生と関係を持つことはしないと決めていた。

「が、学生時代は遊んでたんじゃないのか? 男女問わず抱いたりして」
「僕は遊びでひとを抱いたりしないよ」

 外見で遊んでいると思われているのかもしれないが、ファビアンは運命の相手が見付かるまでは関係を持たないつもりでいたので、どちらの経験もない。そのことをはっきり言おうとした瞬間に、万里生に遮られる。

「どうせ、そいつも抱いてたんだろう! 俺は運命の相手として子どもを生ませるだけの対象で、子どもを生めば子どもだけ奪ってドイツに帰って、たくさんの男女を侍らせるんだろう」
「マリオ、僕はそんなことはしないよ」
「うるさい! 信用できない!」

 ファビアンの腕を振り払って部屋に逃げた万里生が、荷物を持って出て行こうとするのをファビアンは止めた。

「どこに行くつもりなんだ? 行く場所はあるの?」
「うるさい! もうここにはいられない!」

 騒ぎ立てる万里生は半泣きになっているようだ。落ち着いてもらわないと全くコミュニケーションが取れない。
 背中を撫でて宥めている間にも、インターフォンが鳴る。
 一瞬インターフォンに気を取られた隙に、万里生はファビアンの腕を逃れて、逃げ出していた。
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