やんのかステップの子猫ちゃんとスパダリは運命でした

秋月真鳥

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8.逃げ出した万里生

 ドイツから帰って来たファビアンがインターフォン越しにドイツ語で誰かと話している。
 話の内容はよく分からなかったが、ファビアンがその相手を親し気に呼んでいるような気が万里生はしたのだ。

 よく考えてみればファビアンは日本で買収した製薬会社の社長で、ドイツの製薬会社の社長夫婦の息子だ。大学に行く学費がなくてファビアンに身売りするような形でマンションに転がり込んできた万里生とは全く違う。
 生まれも育ちも違うのに、万里生は運命というだけでファビアンを操れるような気がしていたのだ。

 本当はファビアンには追い払わなければいけないほど愛人が大量にいて、ドイツにも残して来た恋人がいて、運命の相手には子どもを生ませるだけが目的だったのではないだろうか。
 運命の相手との子どもはとても優秀だと聞いている。
 万里生に子どもを生ませるだけ生ませて、その子どもを取り上げてドイツに帰ってしまわれたら、万里生はどうすることもできない。

 愕然としてリビングに出て来た万里生に、ファビアンも気付いたようだった。

「あのひと、誰? ドイツ語で喋ってたよな。何を話してたんだ?」

 インターフォンは鳴り続けている。それだけその相手はファビアンに執着しているのだろう。執着させるだけのことをファビアンがしたのかもしれない。
 行き場のない万里生にファビアンは優しくして懐かせようとしていた。それくらいのことは簡単にできる男なのかもしれない。

 万里生の胸の中を猜疑心がぐるぐると渦巻いて止まらない。

「ただの高校と大学の同級生だよ。僕を運命と勘違いしてるんだ」
「本当に運命なんじゃないのか?」
「運命が二人いるなんてないよ」

 ファビアンの答えに、万里生は全く納得できなかった。
 血液検査だけで導き出された運命という細い糸が、見知らぬ誰かの出現によって引き千切られそうになっている気がしたのだ。
 高校と大学を一緒に過ごしてもその相手には運命を感じなかったとファビアンが言っているが、それが本当か分からない。何より、万里生はファビアンに運命を感じたことが一度もなかった。
 そばにいたら心地いいと感じる瞬間はあった。抱かれるとなると怖くて仕方がなかったが、ファビアンの紳士的な行動に心を開きかけていた矢先だったのに、見知らぬファビアンの恋人の陰に、万里生は動揺していた。

「俺はあんたに運命なんて感じてない。あっちが感じたんなら、運命なんじゃないのか?」
「違うよ。万里生と出会ったときに僕は運命を感じたよ?」
「俺は感じてない……何も」

 ファビアンは運命を感じたと言ってくれるが、万里生は感じていない。
 一方的に感じる運命が本物ならば、その相手の運命も本物なのではないだろうか。
 運命が二人もいるなんて聞いたことはないけれど、もしそうならば万里生は誰にも勝てる気がしなかった。万里生には何もない。温かい家庭も、守ってくれる家族も。

「マリオ、僕は君に運命を感じているし、君のことを愛しているよ。もう少し僕を見て欲しい」
「が、学生時代は遊んでたんじゃないのか? 男女問わず抱いたりして」
「僕は遊びでひとを抱いたりしないよ」

 引き留めて欲しい。
 強引にでも万里生を抱き締めて止めて欲しい。
 それなのに、ファビアンはどこまでも紳士的に万里生に接する。
 それは万里生がファビアンにとって本当は性的な興味関心がないことを示しているのではないだろうか。
 猜疑心でいっぱいになってしまった万里生はもう止まれない。

「どうせ、そいつも抱いてたんだろう! 俺は運命の相手として子どもを生ませるだけの対象で、子どもを生めば子どもだけ奪ってドイツに帰って、たくさんの男女を侍らせるんだろう」
「マリオ、僕はそんなことはしないよ」
「うるさい! 信用できない!」

 部屋から荷物を持ってきて逃げようとする万里生をファビアンは最小限の接触で止めようとする。もっと強く止めてくれたら、万里生はどこにも行かなくて済むのに。
 全部ファビアンのせいにしてこの部屋に閉じ込められているのに。

 我が儘な万里生の気持ちとは裏腹にファビアンは優しい。

「どこに行くつもりなんだ? 行く場所はあるの?」
「うるさい! もうここにはいられない!」

 背中を撫でられて宥められたが、万里生はもう限界だった。泣き出しそうになって、ファビアンの注意が反れた隙に部屋から飛び出す。
 真夏だったのでサンダルを脚に引っ掛けて、預金通帳と少しの身の回りのものが入ったバッグを抱えて万里生はマンションの外に駆け出していた。

 マンションのエントランスに灰色の髪に灰色の目の背の高い男性がいる。
 ファビアンとインターフォンで言い合っていた相手だと気付いて、万里生は身を縮めて目立たないように横を通り過ぎた。
 遅れてファビアンが出て来るが、ファビアンにその男性は縋り付いている。

 キスをされそうになって、ファビアンがその男性を押し退けたのまでは見届けた。けれどそれ以上見ていられなくて、万里生はその場から逃げ出していた。

 お金は少しはあったから、ビジネスホテルに泊まることくらいはできた。そこを拠点にして住む場所を探そうと思っていたのだが、万里生の前には難関が立ちはだかった。

「賃貸物件を借りるには保証人が必要ですね」

 部屋を借りようと思っても、万里生一人では借りられないのだ。
 保証人になってくれるような相手を万里生は知らない。身寄りのないような状態の万里生には、役所が保証人になってくれるような制度もあるのだろうが、それを調べることも万里生にはできなかった。
 ファビアンに甘やかされて大事にされていた生活が懐かしい。

 ファビアンの部屋を出て三日目で万里生はビジネスホテルから出られなくなって、そこで泣いていた。
 毎日ファビアンからのメッセージは入って来る。
 心配してくれているのだと思うと、ますます涙が出て来る。

「帰りたい……」

 万里生にとってはファビアンの部屋はもう帰る場所になっていた。

 施設で暮らしていた頃は、そこが自分の居場所とは思っていなかった。期限付きの生活で、十八歳になったら施設を出なければいけないのは、年上の子どもの様子でよく分かっていた。
 年上になってくると一人部屋をもらえるのだが、それも年上の子どもが出て行った後の部屋だと分かっているから、そこが万里生の居場所だとは思えなかった。

 ファビアンと暮らすようになって、部屋をもらって、ふかふかの布団とベッドで眠って、座り心地のいい椅子と使いやすい机を使って生活する日々。
 トイレもバスルームも自然とファビアンが掃除してくれていて、リビングも過ごしやすいようにしてくれていた。食事も作ってくれていたし、後片付けもしてくれていた。

 どっぷりと甘やかされて、溺愛されていたことに今更気付いても遅いのかもしれない。

 泣きながら万里生はファビアンにメッセージを打った。

『ここにいる』

 ビジネスホテルの名前とそれだけを送った万里生に、三十分もせずにファビアンは迎えに来てくれた。
 部屋のインターフォンが鳴ると飛び付くようにしてドアを開けた万里生が泣いていることに、ファビアンは気付いていたが見ないふりをしてくれた。真っ赤な目で万里生はファビアンに抱き付いた。

「遅いんだよ! なにしてたんだ!」
「ごめんね、遅くなっちゃって。晩ご飯作るから、一緒に帰ろう」

 万里生の痩せた体を抱き締めて、ファビアンは車の助手席に乗せてマンションに連れて帰ってくれた。
 ファビアンの作ってくれた巨大なお好み焼きを食べながら、万里生は少し落ち着いて泣き止むことができた。

「マリオ、僕は誰とも体の関係は持ったことはない。運命の相手としか体の関係は持たないと思っていたんだ。マリオと心を通じ合わせることができたら、一生マリオのことしか愛さないよ」

 真摯な言葉を、万里生は黙って聞いていた。
 本当にそれを信用していいのか、まだ分からない。
 ただ分かっているのは、万里生にはファビアンが必要だということだけだった。
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