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10.万里生は恐怖に震える
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ファビアンが重大なことを言った気がする。ビジネスホテルで泣いていたので動揺していた万里生は聞き逃しそうになっていたが、それを聞き返した。
「それじゃ、あんた、その顔と体で、初めてなのか?」
「そうだよ。誰でも最初は初めてでしょう。おかしいことじゃないよ。マリオも初めてでしょう?」
友達も碌にいなかった万里生がそういう関係の相手がいなかったのは理解できるが、いかにも格好よくて、誰でも抱かれたいと思うような体格と容姿のファビアンが経験がないなんてことを、万里生は考えたこともなかった。
何なら、周囲の美形はみんな抱いているくらいの感覚でいた。
我に帰ると、自分も当然初めてだと言われていることに気付いて、万里生は耳まで熱くなる。
「そ、そんなこと聞くな!」
「初めて同士なら同じで安心だね」
何が安心なのか分からないが、にっこりと笑って言ってくるファビアンの股間のものを思い出して、万里生は全く安心できなかった。初めてで慣れていない相手からあんな凶悪なブツを捩じ込まれたら平気でいられるはずがない。
「俺は、あんたに抱かれたりしない! 俺はもっと違う……違う相手と……」
「マリオ、好きなひとがいるの?」
恐怖に身を縮こめながら言うのだが、万里生の頭の中にはもうファビアンのことしか入っていなかった。運命の相手としてファビアンを認めたわけではないが、離れていた間はずっとファビアンに会いたかった。
ファビアンに守られているのを実感して、ファビアンの作ってくれる居心地のいい場所に暮らしたいと思っていた。
もうファビアンは万里生の心の柔らかい場所に住み着いてしまって、出て行ってくれないのだ。
万里生の好きな相手はファビアンに違いなかった。
それを言うわけにもいかず、万里生は必死に誤魔化す。
「す、好きなやつなんて、い、いない」
「好きな相手がいてもいいよ。僕はマリオを口説き落とせるように頑張るだけだからね」
「俺があんた以外を好きになってもいいのかよ?」
「ひとの気持ちは止められないからね。でも、僕もマリオに好かれるように頑張るよ」
万里生に好きな相手がいると勘違いしてファビアンが慌てるかと思えば、ファビアンは落ち着いていた。万里生に好きな相手がいても好かれるように努力すると言っている。
好きな相手がいても平気というのは面白くなかったので、万里生はファビアンを試すようなことを口にした。
「俺に好きな相手がいてもいいとか、俺のこと好きなんじゃないんじゃないか?」
「いや、愛してるよ?」
返事が意外に重みのある真摯なもので、万里生は自分が聞いたのに動揺してしまう。
「な、なに恥ずかしいこと言ってるんだよ」
逃げるようにシンクに食器を持って行って、食べ終わった食器を洗った。
これまでは完全にファビアンに甘えていたが、自分はファビアンに頼りすぎていたのではないだろうか。ファビアンがいなければ生活できないほど万里生はファビアンに依存していた。
ファビアンは万里生を愛してくれている。
万里生もまだファビアンに告げることはできないが、ファビアンのことを想っている。
それならば万里生はファビアンと同等になりたかった。
ファビアンに甘やかされて生きるのは居心地がよかったが、ファビアンも万里生と一緒にいて居心地がいいと思ってくれるようにしなければいけない。そうでなければ、万里生とファビアンの仲が壊れてしまうような気がしたのだ。
万里生はシャワーを浴びたら必ずバスルームを掃除してから出るようになった。トイレを使ったらトイレは必ず掃除する。洗濯は洗濯機がやってくれるので、干すのと畳むのはファビアンと交代でする。食事の後は、料理はファビアンが作ってくれているので、食器は万里生が食洗機に入れて洗うようにした。
リビングや廊下などの共有部分は掃除機をかけるようにしたし、玄関も掃除するようにした。
自分にできることを始めると、どれだけファビアンが心を配って万里生が暮らしやすいようにしてくれていたかがよく分かる。
ゴミ捨て一つでも、燃えるゴミと燃えないゴミとペットボトルと缶などのリサイクルごみと、細かくファビアンは分別していた。やってみなければ万里生には分からないことだった。
「僕がするからいいのに」
「一緒に暮らしてるのに、一方的に世話になってるってのはよくないからな」
「マリオ、本当にありがとう」
最初は遠慮していたファビアンも、お礼を言って受け入れてくれる。万里生の家事が若干雑でも、ファビアンは大いに褒めてお礼を言ってくれるので、万里生はのびのびと家事ができていた。
夏休みも終わりかけの頃に万里生は勇気を出してファビアンを呼んだ。
「ふぁ、ファビアン……」
名前を呼んだのは初めてなのに、ファビアンは大きなリアクションをしなかったから、万里生は恥ずかしさが薄れて次も呼べる気がした。
「どうしたの?」
「今日は俺がご飯を作る」
「え? マリオが作ってくれるの?」
「俺の料理は食べられないっていうのか?」
「ううん、すごく嬉しいよ」
夕食を作る旨を伝えると、ファビアンは「何を作ってくれるのかな」と嬉しそうに目を細めている。何を作ってもファビアンは食べてくれそうだったが、失敗のないように中学校のときの調理実習で作った三色ご飯を作ることにした。
ふわふわの炒り卵を作って、鶏のミンチも甘辛く味付けしてそぼろにする。サヤインゲンを茹でてご飯の上に乗せた炒り卵と鶏のミンチのそぼろの境界線に切って添えた。
丼を二つ持ってキッチンから出て行くと、ファビアンが目を輝かせている。
「俺だって料理くらいできるんだ」
「すごく美味しいよ。マリオが三色ご飯を作ってくれたから、僕がお茶を淹れるね」
一口食べてファビアンが褒めてくれるのに万里生は得意げな顔になった。万里生だってやればできるのだ。
「これからは俺も料理を作る。お弁当も半々で作ろうな」
「一緒に作っちゃダメなの?」
「い、一緒に!? い、いいけど……」
広くないキッチンに万里生は大柄ではないとはいえ、ファビアンは大柄で、男性が二人入るというのはどうしても密着してしまう。
意識しているのは万里生だけかもしれないが、ファビアンと一緒にキッチンに立つのは胸が騒がしくなりそうだった。
夏休みが終わってから、万里生とファビアンは一緒にキッチンに立って料理をするようになった。
朝の忙しいときには、ファビアンの作ったおかずを万里生がお弁当箱に詰めて、おにぎりを握ってお弁当箱に入れる。意識しているのは万里生だけのようで、ファビアンは大らかに構えている。
朝食の後には万里生が食器を食洗機に入れて、ファビアンがお鍋やフライパンを洗う。
二人での役割分担ができて来たことに万里生は喜びを覚えていた。
「マリオ、行ってらっしゃい」
「行ってきます。ファビアンも行ってらっしゃい」
「帰りには車で迎えに行くよ」
「いいのか?」
大学からバイト先までは少し距離があるので、ファビアンが迎えに来てくれるとすぐに行けて助かる。
家事や料理は分担するようになったが、まだまだ万里生はファビアンに甘やかされていた。
ファビアンに抱かれることなく、このままの暮らしを続けたい。
しかし、運命の相手同士となると、どうしても性的なことが頭をよぎる。
抱かれたいとは全く思わないのだが、ファビアンは万里生を抱いて妊娠させて、子どもを産ませないといけない立場だ。
きっとドイツのファビアンの両親もファビアンにそれを望んでいる。
「今度ドイツから両親が来るんだ。会ってくれる?」
車で迎えに来てくれたファビアンにそう提案されたとき、万里生は心臓が飛び跳ねて口から出そうになっていた。
ファビアンの両親に会うということは、運命を受け入れてファビアンに抱かれるということになるのではないか。
「俺は……抱かれたくない」
「マリオ?」
「俺は、嫌なんだ」
ファビアンの凶悪なブツを後ろに捩じ込まれる恐怖に怯える万里生の背中をファビアンが優しく撫でる。
「マリオが納得するまで、僕はマリオを抱いたりしないよ」
怖いと思いながらも、そうしなければファビアンを失うかもしれない現実に、万里生は震えていた。
「それじゃ、あんた、その顔と体で、初めてなのか?」
「そうだよ。誰でも最初は初めてでしょう。おかしいことじゃないよ。マリオも初めてでしょう?」
友達も碌にいなかった万里生がそういう関係の相手がいなかったのは理解できるが、いかにも格好よくて、誰でも抱かれたいと思うような体格と容姿のファビアンが経験がないなんてことを、万里生は考えたこともなかった。
何なら、周囲の美形はみんな抱いているくらいの感覚でいた。
我に帰ると、自分も当然初めてだと言われていることに気付いて、万里生は耳まで熱くなる。
「そ、そんなこと聞くな!」
「初めて同士なら同じで安心だね」
何が安心なのか分からないが、にっこりと笑って言ってくるファビアンの股間のものを思い出して、万里生は全く安心できなかった。初めてで慣れていない相手からあんな凶悪なブツを捩じ込まれたら平気でいられるはずがない。
「俺は、あんたに抱かれたりしない! 俺はもっと違う……違う相手と……」
「マリオ、好きなひとがいるの?」
恐怖に身を縮こめながら言うのだが、万里生の頭の中にはもうファビアンのことしか入っていなかった。運命の相手としてファビアンを認めたわけではないが、離れていた間はずっとファビアンに会いたかった。
ファビアンに守られているのを実感して、ファビアンの作ってくれる居心地のいい場所に暮らしたいと思っていた。
もうファビアンは万里生の心の柔らかい場所に住み着いてしまって、出て行ってくれないのだ。
万里生の好きな相手はファビアンに違いなかった。
それを言うわけにもいかず、万里生は必死に誤魔化す。
「す、好きなやつなんて、い、いない」
「好きな相手がいてもいいよ。僕はマリオを口説き落とせるように頑張るだけだからね」
「俺があんた以外を好きになってもいいのかよ?」
「ひとの気持ちは止められないからね。でも、僕もマリオに好かれるように頑張るよ」
万里生に好きな相手がいると勘違いしてファビアンが慌てるかと思えば、ファビアンは落ち着いていた。万里生に好きな相手がいても好かれるように努力すると言っている。
好きな相手がいても平気というのは面白くなかったので、万里生はファビアンを試すようなことを口にした。
「俺に好きな相手がいてもいいとか、俺のこと好きなんじゃないんじゃないか?」
「いや、愛してるよ?」
返事が意外に重みのある真摯なもので、万里生は自分が聞いたのに動揺してしまう。
「な、なに恥ずかしいこと言ってるんだよ」
逃げるようにシンクに食器を持って行って、食べ終わった食器を洗った。
これまでは完全にファビアンに甘えていたが、自分はファビアンに頼りすぎていたのではないだろうか。ファビアンがいなければ生活できないほど万里生はファビアンに依存していた。
ファビアンは万里生を愛してくれている。
万里生もまだファビアンに告げることはできないが、ファビアンのことを想っている。
それならば万里生はファビアンと同等になりたかった。
ファビアンに甘やかされて生きるのは居心地がよかったが、ファビアンも万里生と一緒にいて居心地がいいと思ってくれるようにしなければいけない。そうでなければ、万里生とファビアンの仲が壊れてしまうような気がしたのだ。
万里生はシャワーを浴びたら必ずバスルームを掃除してから出るようになった。トイレを使ったらトイレは必ず掃除する。洗濯は洗濯機がやってくれるので、干すのと畳むのはファビアンと交代でする。食事の後は、料理はファビアンが作ってくれているので、食器は万里生が食洗機に入れて洗うようにした。
リビングや廊下などの共有部分は掃除機をかけるようにしたし、玄関も掃除するようにした。
自分にできることを始めると、どれだけファビアンが心を配って万里生が暮らしやすいようにしてくれていたかがよく分かる。
ゴミ捨て一つでも、燃えるゴミと燃えないゴミとペットボトルと缶などのリサイクルごみと、細かくファビアンは分別していた。やってみなければ万里生には分からないことだった。
「僕がするからいいのに」
「一緒に暮らしてるのに、一方的に世話になってるってのはよくないからな」
「マリオ、本当にありがとう」
最初は遠慮していたファビアンも、お礼を言って受け入れてくれる。万里生の家事が若干雑でも、ファビアンは大いに褒めてお礼を言ってくれるので、万里生はのびのびと家事ができていた。
夏休みも終わりかけの頃に万里生は勇気を出してファビアンを呼んだ。
「ふぁ、ファビアン……」
名前を呼んだのは初めてなのに、ファビアンは大きなリアクションをしなかったから、万里生は恥ずかしさが薄れて次も呼べる気がした。
「どうしたの?」
「今日は俺がご飯を作る」
「え? マリオが作ってくれるの?」
「俺の料理は食べられないっていうのか?」
「ううん、すごく嬉しいよ」
夕食を作る旨を伝えると、ファビアンは「何を作ってくれるのかな」と嬉しそうに目を細めている。何を作ってもファビアンは食べてくれそうだったが、失敗のないように中学校のときの調理実習で作った三色ご飯を作ることにした。
ふわふわの炒り卵を作って、鶏のミンチも甘辛く味付けしてそぼろにする。サヤインゲンを茹でてご飯の上に乗せた炒り卵と鶏のミンチのそぼろの境界線に切って添えた。
丼を二つ持ってキッチンから出て行くと、ファビアンが目を輝かせている。
「俺だって料理くらいできるんだ」
「すごく美味しいよ。マリオが三色ご飯を作ってくれたから、僕がお茶を淹れるね」
一口食べてファビアンが褒めてくれるのに万里生は得意げな顔になった。万里生だってやればできるのだ。
「これからは俺も料理を作る。お弁当も半々で作ろうな」
「一緒に作っちゃダメなの?」
「い、一緒に!? い、いいけど……」
広くないキッチンに万里生は大柄ではないとはいえ、ファビアンは大柄で、男性が二人入るというのはどうしても密着してしまう。
意識しているのは万里生だけかもしれないが、ファビアンと一緒にキッチンに立つのは胸が騒がしくなりそうだった。
夏休みが終わってから、万里生とファビアンは一緒にキッチンに立って料理をするようになった。
朝の忙しいときには、ファビアンの作ったおかずを万里生がお弁当箱に詰めて、おにぎりを握ってお弁当箱に入れる。意識しているのは万里生だけのようで、ファビアンは大らかに構えている。
朝食の後には万里生が食器を食洗機に入れて、ファビアンがお鍋やフライパンを洗う。
二人での役割分担ができて来たことに万里生は喜びを覚えていた。
「マリオ、行ってらっしゃい」
「行ってきます。ファビアンも行ってらっしゃい」
「帰りには車で迎えに行くよ」
「いいのか?」
大学からバイト先までは少し距離があるので、ファビアンが迎えに来てくれるとすぐに行けて助かる。
家事や料理は分担するようになったが、まだまだ万里生はファビアンに甘やかされていた。
ファビアンに抱かれることなく、このままの暮らしを続けたい。
しかし、運命の相手同士となると、どうしても性的なことが頭をよぎる。
抱かれたいとは全く思わないのだが、ファビアンは万里生を抱いて妊娠させて、子どもを産ませないといけない立場だ。
きっとドイツのファビアンの両親もファビアンにそれを望んでいる。
「今度ドイツから両親が来るんだ。会ってくれる?」
車で迎えに来てくれたファビアンにそう提案されたとき、万里生は心臓が飛び跳ねて口から出そうになっていた。
ファビアンの両親に会うということは、運命を受け入れてファビアンに抱かれるということになるのではないか。
「俺は……抱かれたくない」
「マリオ?」
「俺は、嫌なんだ」
ファビアンの凶悪なブツを後ろに捩じ込まれる恐怖に怯える万里生の背中をファビアンが優しく撫でる。
「マリオが納得するまで、僕はマリオを抱いたりしないよ」
怖いと思いながらも、そうしなければファビアンを失うかもしれない現実に、万里生は震えていた。
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