やんのかステップの子猫ちゃんとスパダリは運命でした

秋月真鳥

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12.万里生が聞くファビアンの決意

 バイトから帰ると好物のコロッケをファビアンが作ってくれていたが、万里生は頭がいっぱいになっていた。
 ファビアンに捨てられるかもしれない。
 ファビアンは万里生を捨てないと言っても、ファビアンの両親は抱かれないで子どもを生まない万里生とは別れるように言うかもしれない。
 そうなったら万里生はファビアンのそばを離れなければいけない。

 ファビアンが好きだ。

 強くそう自覚した。
 自分の酷い態度にも呆れず、嫌わず、ずっと真摯に向き合ってくれるファビアンが好きだ。万里生の好きな相手などファビアンしかいない。

 夕食を食べ終えると、何か言いたそうなファビアンを置いて、食器を片付けて万里生はバスルームに入った。

 男性同士の行為で使う場所は知っていた。
 そこにシャワーのノズルを当てて洗うが、気持ち悪さに中に触れることはできない。中も綺麗にしなければいけないと分かっているのに、指で周囲を撫でるだけで、怖気づいてしまう。
 バスルームのタイルの上に座り込んで半泣きになっていたが、万里生は自分を鼓舞して立ち上がった。

 バスタオルを腰に巻いてバスルームから出る。
 リビングのソファではファビアンが食後の紅茶を飲んでいた。万里生の姿を見るとティーカップをソーサーの上に置いて、ローテーブルに置く。

「だ、抱けよ」
「マリオ、どうしたの?」
「抱きたいんだろう? 抱けばいいじゃないか!」

 押し倒そうとファビアンの胸を押しても、びくとも動かない。万里生が全身の力を使ってもぴくりともしないファビアンに、万里生は自分がどれだけ甘やかされていたのかを知る。
 抱こうと思えばファビアンはいつでも万里生を抱くことができた。
 それをファビアンはせずに、ずっと待っていてくれた。

「俺……どうすればファビアンに捨てられないのか分からない。捨てられたくないんだよ」

 もういいではないか。
 ファビアンが抱いてくれたら、万里生はファビアンのものになれたと安心できる。

 自棄になっている万里生にファビアンは優しく万里生を抱き締めた。いつの間にか万里生はぼろぼろと涙を零して泣いていた。ファビアンの大きな手が万里生の涙を暖かく拭う。

「マリオは僕に抱かれたいの?」
「それは……いいから、抱けよ!」
「落ち着いて。僕はマリオの気持ちを聞いているんだよ。マリオは抱かれたいの?」

 バスタオル一枚の万里生を見ても乱暴に押し倒すようなことはせず、どこまでも紳士に抱き締めて背中を撫でて宥めてくれるファビアンに、万里生は涙が止まらない。

「ここに来て、こんなに居心地のいい場所があるって知った。俺はここを離れたくない。俺は、ファビアンが好きなんだ」
「僕のことが好き?」
「だけど、抱かれるのは怖い。妊娠するのも、子どもを生むのも、怖い。そんなこと絶対にできない」

 好きだと告白するとファビアンは驚いているようだ。
 多分初めて会ったときから惹かれていた。それを否定するために必死になって抵抗していたが、それももうやめた。

 抱かれるのも妊娠するのも怖いので、ファビアンに奪って欲しい。
 万里生の願いをファビアンは叶えてくれなかった。

「セックスしない夫婦だっているよ? 子どもを持たない夫婦だっている。マリオがそんなに怖いなら、僕はマリオを傷付けてまで抱こうとは思ってないよ」

 怖がる万里生を無理矢理に抱いたりしない。
 そんなファビアンの優しさが好きだったが、今はそんなことを言っている場合ではない。
 ファビアンの両親がドイツから来てしまうのだ。
 そのときに万里生とファビアンの間に何もなかったと知られたら、どうなるだろう。

「俺は確証が欲しい。ファビアンがどこにも行かない確証が」
「それなら、僕の両親に会って。セックスが確証になるとは僕は思ってない。マリオに好きって言われて僕はすごく嬉しいよ」
「ファビアン……」
「マリオの好きなひとって、僕だったんだね」

 戦々恐々とする万里生にファビアンはしみじみと、まず万里生の「好き」を受け止めてくれた。泣きながら必死になっている万里生の心がファビアンの穏やかな声に落ち着いてくる。

 ファビアンの唇が万里生の頬に、瞼に、唇に触れるだけのキスをする。キスをされて、万里生は夢見心地になっていた。

「ファビアン以外、好きになるわけ、ないだろ!」

 照れ隠しに声が大きくなってしまったが、それもファビアンは穏やかに受け止めてくれる。
 ファビアンが万里生を立たせて部屋に連れて行く。

「パジャマを着ておいで」

 促されて、万里生は部屋でパジャマを着てリビングに戻った。その間にファビアンはバスルームに入ったようだ。水音に胸を高鳴らせていると、ほかほかになったファビアンがパジャマ姿で出て来る。
 ソファで脚の間に座らせられて、後ろから抱き締められているような格好で、万里生は落ち着かない気分になる。

「僕の両親は女性同士のカップルなんだ」
「え!? そうなのか?」
「そうだよ。社長の座には二人でついている」

 ファビアンの両親のことを聞くのは初めてだった。万里生の両親は男女のカップルだったらしいし、男女のカップルの方が妊娠出産がスムーズなので、この世界でも男女のカップルの方がメジャーではある。
 女性同士のカップルというと、片方の女性が女性器の一部を男性器のようにして妊娠させたということになる。

「僕を生んだ母は、異性愛者だった。でも、もう一人の母に出会って、運命を感じて結婚した。もう一人の母は、最初から同性愛者で、女性の運命を探していた」
「そういうこともあるんだな」
「マリオは同性愛者なの? 異性愛者なの?」
「考えたことがなかった。恋愛とか俺には関係ないもんだと思ってたし、結婚するつもりもなかったから」

 異性愛者か同性愛者か聞かれて、万里生は答えることができなかった。好きになったのはファビアンだが、それは人間性を好きになったのであって、性別が女性でも万里生はファビアンを好きになっていた自信がある。
 性別など関係ないくらい、万里生はファビアンが好きだった。

「ファビアンと出会わなければひとを愛することもなかっただろうし、ファビアンに愛されなかったら、一人でずっと暮らしてたと思う」
「こんな話がしたかったんだ」
「え?」
「マリオとはずっとこういう話がしたかった。抱く、抱かないはどうでもよかったんだよ」

 素直に愛する相手はファビアン一人だと伝えると、ファビアンは嬉しそうに話してくれる。ずっとこんな話がしたかったと言われて、万里生はどれだけ自分がファビアンに対して酷い態度を取り続けて、話も全く聞いていなかったのかと思い知らされた。

「どれだけ愛し合っても、子どもができないカップルなんていくらでもいるよ。うちの両親も運命で愛し合っているのに、生まれた子どもは一人だけ。二人目を欲しがっていたけれど、どうしても無理だった」
「ファビアンは一人っ子なんだ」
「そうだよ。マリオと体の関係を持っても赤ん坊が生まれないことなんて当然あるわけだし、どれだけ相性がいいと言っても、子どもが生まれるかどうかは分からないんだ。だから、マリオは体の関係に拘らなくていいんだよ」
「でも、ファビアンとの子どもなら、俺は欲しい……」

 ファビアンとの子どもを生まなければ万里生は価値がないと言われて引き離されるのではないだろうか。運命の相手として妊娠出産するくらいしか価値のない万里生にとっては、ファビアンに抱かれることは死活問題だった。

「子どもが生まれなければ、養子をもらえばいいだけだよ。マリオのいた施設から養子をもらってもいい。きっと可愛いよ」
「ファビアンは自分の血が残らなくてもいいのか?」
「僕は血統主義じゃないよ。血が繋がってなくても、心を通い合わせれば、繋がっていくものはあると信じている」

 けれど、あっさりとそれすらもファビアンは覆して行く。
 抱かれなくてもいいのかもしれない。
 このまま心地よい場所にいて、ファビアンとずっと一緒にいられるかもしれない。
 その安心感が万里生に眠気をもたらした。
 ファビアンに後ろから抱き締められたままうとうとし始めた万里生を、ファビアンは抱き締めて髪を撫でてくれる。撫でられながら万里生は眠ってしまった。

「ファビアン、すき……」

 眠りに落ちる寸前に言った言葉がファビアンに届いたかどうかは分からない。万里生はそのままぐっすりと眠って、目が覚めたときには自分の部屋のベッドの上だった。

 ファビアンは万里生をどうにでもできたはずなのに何もしなかった。
 これがファビアンの答えなのだ。

 万里生はファビアンの両親に会う覚悟を決めた。

 日本に来たファビアンの両親を空港に迎えに行って、ホテルまで送り届けるファビアン。万里生も同行して、ホテルのレストランで一緒に食事をした。

「私がカルラ。ファビアンを生んだ母です」
「私はレオナ。カルラにファビアンを生んでもらった方の母です」

 流暢な日本語で話してくれるカルラとレオナに、万里生は安心して日本語で挨拶をすることができた。

「俺は阿納万里生です。ファビアンとは、一緒に暮らしてて……ファビアンのことが好きです」
「ファビアンは私たちに似ていたら子どもができにくいかもしれません」
「運命の相手でもそういうことがあるので、悩まないでくださいね」

 カルラとレオナに言われて、万里生はやはりその話になるのかと身を強張らせる。ファビアンに抱かれていないことを知られたら、万里生は引き離されるかもしれないという思いに、泣きそうになった。

「お、俺は……」

 震えながら口を開いた瞬間、それを遮るようにファビアンが言う。

「実は、僕が生もうと思っているんです」
「まぁ、ファビアンが」
「ファビアンなら体も頑丈だし、安心ですね」
「そうなんです。マリオは妊娠や出産を怖がっているようだし、無理をさせたくない。僕なら、妊娠にも出産にも耐えられると思います」
「レオナは心配したけど、私が生もうと決めたときに賛成してくれました」
「ファビアンもマリオとよく話し合ったのですね。素晴らしいことだと思います」

 ファビアンが生むなどと言うとは思わず、万里生は呆然としたまま話を聞いていた。カルラとレオナとファビアンの間では、もうファビアンが生むことで話は決まってしまっているようだ。

「い、いいのか?」

 ずっと自分が抱かれるのだと怖がっていた。妊娠や出産には耐えられないと怯えていた。それをファビアンが全部背負ってくれようとしている。

「僕もマリオとの子どもなら欲しい。どっちが生んでもいいんだから、僕が生む方でも構わないでしょう?」

 ファビアンの決意に、万里生は涙ながらに何度も頷いて、ファビアンに抱き付いていた。
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