やんのかステップの子猫ちゃんとスパダリは運命でした

秋月真鳥

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17.ファビアンは万里生の宣言を聞く

 結婚式を前にファビアンは一抹の不安を覚えていた。
 結婚するのにファビアンと万里生との間にはまだ肉体関係がないのだ。
 菜摘の結婚式に出席するためのスーツも、結婚式の衣装もファビアンはテーラーでオーダーした。自分と万里生の結婚式なのだ。一日だけの貸衣装ではなく、一流のものを着ていないと満足できない。

 ファビアンと結婚すれば万里生も社交界に出て行くことがあるかもしれない。
 できる限りは万里生が疲れないようにファビアンは守ってやりたかったが、それでも社長の伴侶として公の場に出て行かなくてはならない場面がないとも限らないのだ。
 そのときのためにも、きっちりと盛装は用意しておきたかった。

「マリオは明るい色がいいかな。シャンパンゴールドのタキシードとかどうかな?」
「派手過ぎないかな? 普通に黒でいいよ」
「そう? それなら、シャツをシャンパンゴールドにしよう」

 結婚式だから明るい色でもいいのではないかというファビアンに、万里生はスタンダードな黒でと言い張る。できれば明るい色を着て欲しかったが、万里生の気持ちがそうならば仕方がない。

 菜摘の結婚式のスーツも紺色で細身の体にぴったりと合うものを選んだ。

 菜摘の結婚式ではファビアンは社長として挨拶をしなければいけなかった。社内ではファビアンは日本語ができることは内緒にしている。
 ドイツ語で読み上げるお祝いの挨拶を通訳したのは菜摘だった。

「結婚式なのにいいのかな?」
「社長の言葉を通訳するのが私の仕事ですからね」

 ウエディングドレスではなくてパンツスーツ姿の菜摘はきりりとして美しかった。

「結婚しても仕事は続けます。彼のこと、私が抱いているんです。彼が子どもを妊娠出産は任せてほしいと言ってくれています」

 菜摘の大胆な発言に式場内が沸く。菜摘の方が抱いているということは、結婚相手の男性が子どもを生むということになる。男女共に妊娠できるこの世界では、そういう選択肢も有り得た。

「菜摘らしい挨拶だったね」
「社長のところはどうなんですか?」
「もちろん、僕が生むよ」

 堂々とドイツ語で答えると、新郎新婦席から菜摘が身を乗り出す。

「やっぱりそうなったんですね。社長が生む方が私は似合うと思っていました。妊娠出産しても仕事を続ける姿が、社員の見本となります。ぜひ、産前産後休暇と育児休暇はしっかりと取ってください。上の人材が取らないと取りにくいんです」

 会社全体のことを考えると、上の人材が産休や育休をしっかりとらないと、下に就く部下は取りにくい。ファビアンがきっちりと産休と育休を取ることで社内全体にそういう雰囲気ができることを菜摘は望んでいた。

「私も、彼が生むときと生んだ後は休ませてもらいますからね」
「菜摘も当然休んで欲しいよ。それが会社としての決まりだろう?」
「日本では生まない方の配偶者が休むのはあまり好まれていないんですよ」
「え!? そうなのか?」

 ファビアンは自分が生む方であっても、そうでなくても育児休暇はしっかりと取るべきだと法律で定められているので思っていたが、この国ではそこまで制度が行き渡っていないらしい。

「育児休暇を取った後の社員は帰る部署がなくなっていたり、給料が以前よりも低くなっていたりするのが現状です」
「それは許されないな。僕の経営する会社ではそんなことがないようにしたい」
「系列会社まで隅々にそれが行き渡るようにしてください」
「分かった。必ずそうする」

 結婚式なのに仕事の話をたくさんしてしまったが、こういうときではないと聞けない菜摘の本音が聞けてファビアンはあり難かった。
 自分の会社が産休や育休に賛成的ではないのならば、ファビアンから変えていけばいい。ファビアンには社長としてその権限がある。
 産休と育休の規定をまず見直すことから始めなければいけないとファビアンは思っていた。ドイツでは当然に行われていることなので、日本の会社の規定をよく見ていなかった。

「ファビアン、菜摘さんとたくさん喋ってたけど、なんだったんだ?」
「帰ってから話すよ」

 ドイツ語で全部話していたので、聞いていた万里生は不思議そうな顔をしていた。この場では説明しきれないのでファビアンは万里生に帰ってから話す約束をした。

「おめでとうございます。旦那さんとお幸せに」
「私の方が旦那さんなのかもしれないですけれど」
「そうですね」

 万里生も菜摘にお祝いを言っている。万里生のお祝いに菜摘は嬉しそうに笑って、隣りにいる夫も目元を赤く染めていた。

 菜摘の結婚式から帰ってから、ファビアンは万里生に説明した。

「菜摘から聞いて、うちの会社で産休と育休が取りづらい体制になっていることを知ったんだ。それはよくないと思って、これから改革していくつもりだよ」
「ファビアンも産休と育休をとるだろうからな」
「そうだね。上に立つ人物が産休や育休をしっかりとると下で働く部下も取りやすいって言ってたよ」

 説明すると万里生も納得している。

「菜摘さんも旦那さんが妊娠したら休むだろうからね」
「育児休暇も取りやすくしないといけないね」

 社長と社長秘書兼通訳が産休と育休を取るのならば、他の社員も申請しやすくなることは間違いない。ファビアンと菜摘の産休と育休はある意味チャンスだった。

 社内改革は進めつつも、ファビアンは万里生と式場の下見にも出かけていた。
 小さな教会で式を挙げて、近くのホテルのレストランで披露宴代わりに食事をするのがプランだった。

 日本の結婚式場は何だかよく分からない教会を模したような式場があって、そこで神父だか牧師だか分からない謎の老人に愛を誓わされるのだが、ファビアンはそういうのはお断りだった。
 ファビアンは結婚するのならばきっちりと教会で結婚式を挙げたい。

 ファビアンがドイツ人だということも分かっていて、式場のプランナーは近くの教会と交渉してくれて、結婚式を挙げる手配をしてくれた。
 結婚式の後のホテルのレストランでの料理は試食ができるので、ファビアンと万里生は二人でそちらに向かう。

「マリオ、結婚式の後は、レストランで食事をして披露宴代わりにしようね」
「何が出てくるのかな?」
「食事のコースを選べるよ」

 和食のコースは刺身の盛り合わせや茶わん蒸しの後に鉄板焼きで海老や牛肉やアワビを焼いて、フレンチのコースはいわゆるフルコースだったが、万里生はコースに悩んでいるようだった。

「ファビアンのご両親だと、豪華なものは食べ慣れてるだろうし、刺身は好みが分かれるし」

 苦悩する万里生にファビアンが答える。

「ドイツはジャガイモが主食だし、そんなに豪勢なものは食べていないんだよ。和食のコースだったら珍しいし、両親も喜ぶと思う」
「そうなんだ。お刺身とか平気かな?」
「ドイツでも日本料理のお店はあるし、寿司は人気だよ?」

 日本食といえば寿司というくらい、世界中で人気だ。ドイツにも寿司屋があったことを話せば、万里生はコースを和食に決めたようだ。

 結婚式の下見を終えて、マンションに帰ると、万里生が真剣な顔でファビアンに言った。

「ファビアン、俺は初夜でファビアンを抱くよ」

 それはずっとファビアンが聞きたかった言葉だったが、それと同時に不安になる言葉でもあった。

「僕で萎えない?」
「そんなことない! 絶対に!」
「無理はしなくていいんだよ」
「いや、したかったんだ。ずっとしたかった。でも結婚するまではと思っていて」

 ファビアンの方が生むという宣言をしても万里生はずっとファビアンに手を出してこなかったが、それは日本人特有の慎ましやかな心だったようだ。
 結婚するまではファビアンと体の関係を持たない。
 そう思って万里生は我慢してくれていたのだ。
 そう考えるとファビアンは嬉しくて胸がいっぱいになる。

「マリオは結婚するまでは体の関係は持たないつもりだったんだね。僕はてっきり、僕に魅力がないからだと思っていた。マリオはちゃんと考えていてくれたんだ。嬉しいよ」

 思わず万里生を抱き締めると、万里生もしっかりとファビアンの背中に腕を回して抱き付いてきた。

「マリオ、愛しているよ」
「ファビアン、俺も愛してる」

 初夜が楽しみでならない。
 ファビアンの胸は万里生への愛で満ちていた。
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