やんのかステップの子猫ちゃんとスパダリは運命でした

秋月真鳥

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25.ファビアンの薬の知識

 車の中で万里生は上機嫌だった。
 嬉しそうに今日の大学での出来事を話してくれる。

「ファビアン、俺、今日、大学で祝ってもらったんだ」
「友達に?」
「俺は友達なんていないと思ってた。でも、一緒に講義を受けて、一年間一緒に過ごした同級生は俺を友達だと思っていてくれた」

 施設で育ったという複雑な時期を過ごしていたために、万里生には友人はいなかったのだという。それが大学で結婚を祝ってくれる友人がいた。
 そのことは万里生にとってとても嬉しかったようだ。
 にこにことしている万里生を見ているとファビアンも自然と微笑んでしまう。

 マンションに帰ってから万里生は持っていた箱を開けてケーキを見せてくれた。
 丸い赤いケーキが二つ入っている。

「ケーキ屋でバイトしてる同級生が、余りだって言ってたけど、同じケーキを二つ揃えてくれたなんて、嬉しくて」
「可愛いケーキだね」

 添えられているメッセージカードには万里生は気付いていないようだ。
 何となくファビアンは警戒しつつも紅茶を入れてケーキを一口食べた。万里生は警戒せずにケーキをパクパクと食べている。

 じっくり味わうとケーキにはスポンジ部分にアルコールがたっぷりと沁み込ませてあるようだった。

「マリオ、待って!」

 食べ続ける万里生をファビアンは止める。

「へ?」
「このケーキ、お酒が入ってる!」
「ふぁー!?」

 全く気付いていなかったのだろうが、万里生の頬は少し赤らんで見えた。

「な、何で、お酒のケーキを!?」

 驚いている万里生がメッセージカードを確認すると、ファビアンが想像していたようなことが書いてあった。

――いい夜を!

 アルコールの勢いでいい夜を過ごさなくても、万里生とファビアンは十分いい夜を過ごしている。余計なお世話だが、ファビアンにもこういう経験はあった。
 高校のときに友人の家のパーティーに招かれて、そこで振舞われたパンチにアルコールが入っていたのだ。友人は好意でパーティーを楽しんで欲しいとアルコールを入れた。

 ドイツではアルコールが飲めるようになる年齢は十八歳だが、実のところビールやスパークリングワインやワインなどアルコール度数の低いお酒は十四歳からは親や親権者が同席の元ならば飲むことができる。
 パンチもその部類で、飲めないわけではなかったが、ファビアンは十八歳になっていなかったし、その場に両親もいなかったので遠慮したのだ。
 遠慮しないで飲んでいた同級生もいたが、それに関してもファビアンは誰にも言わずにいた。
 場をしらけさせるのが嫌だったのだ。

「年頃の男の子らしい応援の仕方だね」
「ファビアンは許すのかよ?」
「こういうこと、僕もされたなと思って」
「ファビアンも経験あるのか?」

 万里生に聞かれてファビアンは説明をする。

「高校のときに、アルコールの入った飲み物を勧められたことがあるよ。受け取らなかったけどね」
「それは、いい友達じゃないな」
「まぁ、そうかな」

 ドイツの法律をはっきりと知らない万里生にとってはよくない友人に思えるかもしれないけれど、親や親権者がいれば飲めるのだから、完全な法律違反とは言えなかった。
 そこまで詳しく話す前に、万里生が決意した顔で拳を握る。

「友達にはなりたい。でも、こんな悪戯は嫌だ」
「マリオ、ちゃんと話してくるといいよ」
「うん、そうする」

 ケーキは二つともファビアンが食べてしまって、万里生は少し酔ったようでそのままソファでうとうとしていたが、夕食までにはアルコールも抜けて、夕食はしっかりと食べられた。

 翌日には万里生は友人に話をしに行ったようだ。
 帰って来た万里生の様子がおかしいことにはファビアンは気付いていた。
 何か言いたそうにしているが、なかなか口を開かない。

「マリオ、どうしたの?」

 促すと、意を決したように万里生が鞄から小さな箱を取り出した。黒い箱に赤みがかった金の模様が入っていて、『素晴らしい夜のために』と煽り文句の書いてあるそれを、ファビアンは知っていた。

「ふぁ、ファビアン、これ……」
「なんで、マリオがそれを持ってるの?」
「え!? これ、知ってるのか!?」

 飛び上がるほど驚いている万里生に、ファビアンは苦々しく頷く。

「それ、うちの会社で開発して出してる精力増強剤だよ」
「えぇー!? ファビアンの会社はこういうのも出してたのかー!?」

 全く知らなかったようで、万里生は箱を取り落とすほど驚いていた。落とした箱は下につく前にファビアンがキャッチする。
 製薬会社が出したものなので、原材料もちゃんとしたものだが、それにしても、こういうものはアダルトショップに置かれることが多く、万里生は一人でそんな場所に行けるとは思えない。

「どこで手に入れたの? 通販?」
「俺、通販なんてできないよ? カードとか持ってない」

 言われて初めてファビアンは気付いた。万里生には不自由のない暮らしをさせていると思っていたが、万里生がカードを持っていないなんて気付いていなかった。
 カード社会で生きてきて、両親は幼い頃からカードで何でも支払うのが普通で、ファビアンも年頃になったらカードを持たされて、使い方を習って、両親の監視のもとで使ったものだ。

「マリオがカードを持っていないのは気付いてなかった。すぐに手続きしようね」
「い、いいのか? 俺、調子に乗っていらないものとかどんどん買っちゃうかもしれないよ?」
「カードの使い方も僕が教えるよ。しばらくは僕に許可を取る形でカードを使って行こうね」
「そうだな。間違って変なサイトに登録すると怖いもんな」

 精力増強剤からカードの話になってしまったが、話を戻して精力増強剤についてファビアンと万里生は話し合う。

「これをどうしたかったの?」
「ファビアンに飲ませれば、ファビアンがものすごく感じやすくなって、俺が抱いたら悶えてくれるんじゃないかと思ったんだ」
「うーん、ちょっと違うんだなぁ」
「違うのか!?」

 製薬会社社長の地位のあるファビアンは会社で開発している薬を大抵把握していた。それがファビアンの仕事なのだ。
 精力増強剤は媚薬のようなものとは全く違う。感度がよくなるわけではない。

「逆かな」
「逆?」
「マリオが使ったら、ものすごく興奮して、僕のことを力尽きるまで抱ける、みたいな」
「そうなのかー!? 俺、全然知らなくて、ファビアンに飲ませようとしてたー!」
「そしたら、大惨事だったね。僕が興奮して本気になって万里生に乗ったら……」
「あー! でも、それも魅力的ー!」

 叫んでいる万里生は本当にその薬というか栄養ドリンクに近い分類に入るものがどういうものか知らなかったようだ。細かく説明すると、ものすごく驚いている。

「俺が飲んでファビアンを無茶苦茶に抱くか、ファビアンが飲んで俺に乗ってくれるか……ダメだ、選べない……。感度がよくなるのはないのか!?」
「感度がよくなるっていうか、初めてのときに痛みを緩和させるローションとか、使うと気持ちよくなるローションとかあるらしいけど、どこまで効くかは僕も分からない。結局、大事なのはどんな道具を使うかじゃなくて、誰とするかでしょう?」

 穏やかに言えば、万里生も大人しく頷いている。

「そうだよな……。ファビアンとしてたら、夢中になるくらいいつも気持ちいいもんな。こういうのはいらなかったか」

 箱を置こうとする万里生にファビアンはその手から箱を取って、悪戯心を出して聞いてみた。

「もし使うとすれば、僕が飲むのがいい? 万里生が飲むのがいい?」

 艶っぽい問いかけに万里生は一瞬迷ったが、ファビアンの手の上の箱に手を重ねた。

「ファビアンに飲んで欲しい!」

 力強く答えた万里生にファビアンが微笑む。

「夕食後、シャワーを浴びて、その後に」
「お、おう!」

 今夜は楽しくなりそうだとファビアンは思っていた。
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