やんのかステップの子猫ちゃんとスパダリは運命でした

秋月真鳥

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29.ファビアンは妊娠する

 何となく予感があった。
 薬を飲んで万里生と交わってから二週間後に、ファビアンは自分が妊娠しているのではないかと考えていた。
 一応男性用の市販の妊娠検査薬で調べてみると、陽性に線が出ている。
 これだけでは確かではなく、妊娠検査薬で妊娠を示す線が出たら病院に行くように妊娠検査薬の箱にも書かれている。

 週末の大学も会社も休みの日に、ファビアンは朝食を食べてから万里生を脚の間に抱いてソファに座った。脚の間で寛いでいる万里生に切り出す。

「病院に一緒に行ってくれないかな?」
「ファビアン、どこか悪いのか?」
「もしかすると、なんだけど、妊娠してるんじゃないかと思って」

 男性用の妊娠検査薬は使って結果は出ているのだが、そのことはファビアンは万里生に伝えなかった。妊娠検査薬も間違っていることがあって、万里生をがっかりさせたくなかったのだ。
 妊娠の二文字がファビアンの口から出ると、万里生は裏返った声で問いかけて来る。

「ほ、本当に?」
「あまり期待させたくないんだけど、もしかすると、だから」
「う、うん。一緒に行くよ! 俺、お父さんだからな!」

 気合を入れて拳を握り締めているのが子猫のようで可愛くてファビアンは微笑んでしまう。万里生に父親の自覚があるのはとてもありがたいことだった。
 施設育ちで両親を知らないので、万里生には父親というものが分からない可能性がある。そのときにはファビアンが一緒に寄り添って行こうと思っていたが、万里生は父親になる気満々であった。

 ファビアンが車を出して万里生を乗せて病院に行くと、検査室に招かれる。検査をして検査結果が出るまでの少しの間、待合室に戻ると、万里生が目を輝かせている。

「ど、どうかな?」
「まだ分からないよ」
「ファビアン、大丈夫だからな! 俺がついてる!」
「ありがとう、万里生」

 父親になることにネガティブなイメージを万里生が全く持っていないことに安心しつつ、ファビアンは万里生と手を繋いでいた。万里生の手は震えていたが温かかった。
 名前を呼ばれて診察室に万里生と入ると、医者が告げる。

「ウーレンフートさん、おめでとうございます。妊娠していますよ」
「本当ですか?」
「悪阻が来たらどうすればいいんですか? 車は運転しても大丈夫ですか? 赤ちゃんは?」

 先走る万里生を止めようとする前に、医者が大丈夫だというように頷いてくれる。こういう父親も多いのだろう。

「旦那さんですね。初めての奥さんの妊娠に戸惑っているかもしれませんが、心構えは十分ですね。運転はお腹が大きくなるまでは大丈夫ですよ。悪阻は様子を見て対処していきましょうね。まだ、ウーレンフートさんには悪阻は出ていません。赤ちゃんはまだ豆粒ほどですが、心音が確認されていますよ」

 慣れた様子で説明する医者に、万里生は目を大きく見開きながら一生懸命話を聞いていた。

「ファビアン、車の運転、俺がするからな」
「今は平気だよ」
「いや、無理はして欲しくないんだ。悪阻で食べられるものも探そう」
「まだ悪阻は来てないんだけどなぁ」
「料理も家事も俺が全部する。ファビアンは体を休めてくれ」
「動いた方が赤ちゃんの発育にいいんだけど」

 どうしても先走ってしまう万里生を止めようとしても、ファビアンには無理そうだ。それだけ万里生がファビアンの妊娠を喜んでくれて、父親になることに期待しているのだと思えば嬉しいことでもあった。

「とりあえず、菜摘に連絡して、産休と育休の間の仕事の振り分けとか考えないといけないな」
「帝王切開だから、産休も育休も長めに取ってくれよな」
「分かってるよ」

 万里生を落ち着かせて、ファビアンは医者に向き直った。

「先生、今後ともよろしくお願いします。定期健診に伺います」
「それ以外でも、何か不安なことがあればいつでも相談してください」

 目の前で家族会議を始められるのも医者は慣れているのだろう。落ち着いた対応にファビアンは感謝していた。

 ファビアンが妊娠してから、万里生は食事の用意も全部してくれたし、会社への送り迎えも車でしてくれるようになった。

「車で送ってから、一度戻って大学に行くのは大変だよね。僕、自分で運転するよ?」
「いや、ファビアンに万が一のことがあったら困るから、傍にいたいんだ」

 移動中に事故に遭ったり、体調不良になったときに、万里生が傍にいてくれれば確かにすぐに対処できる。
 そこまで考えてくれているのならとファビアンも万里生に甘えることにした。

 お風呂で体を洗われるとくすぐったくて笑ってしまうが、万里生は真剣だった。

「赤ちゃんって首が据わってないんだよな。最初はどうやってお風呂に入れるんだろう?」
「赤ちゃん教室っていうのがあるって先生は言ってたね。行ってみる?」
「行こう!」

 意欲的な万里生に促されて、ファビアンは地域で助産師がやっている赤ちゃん教室に通うことにした。
 ベビーバスで新生児の首を支えながら体を洗う方法や、離乳食の作り方などを赤ちゃん教室では教えてくれる。

 体験学習では、万里生は妊娠したのと同じ状態の重りを付けたベストを着て教室内を歩き回っていた。

「これは、膝にくるな。かなりきついんじゃないか?」
「僕はまだお腹が大きくなってないし、元の体が大きいから増える比重が違うんだけどね」
「ファビアンがこんなに頑張って赤ちゃんを産んでくれるなら、俺はいい父親にならないと。ファビアン、俺、頑張るからな!」

 ますます気合の入っていく万里生が暴走しないかファビアンは少し心配だった。

 ファビアンのお腹が大きくなってくると、万里生は真剣に休学を考え始めていた。

「赤ちゃんが生まれたら、ファビアン一人で日中見るのは大変だろう? 俺、休学して、赤ちゃんの面倒を見るよ」

 それに関しては、ファビアンは万里生とは意識が全然違った。

「日本ではベビーシッターは雇わないの?」
「え? 聞いたことない!?」
「育児が大変だと、ドイツではベビーシッターを雇うのが普通なんだけど」

 親だけが出かけるときや、新生児で育児が大変なときには、ドイツではベビーシッターを雇うという制度が確立されている。ファビアンは当然ベビーシッターを雇うつもりだったが、万里生にはそういう感覚はないようだった。

「ベビーシッター? そんなの、日本にいるのか?」
「いないの?」

 驚いている万里生に、ファビアンが調べてみると、制度としては確立していないが、ベビーシッター自体は紹介所のようなものがあって個人的に雇えるということだった。
 ファビアンは製薬会社の社長でお金には全く困っていない。ベビーシッターが祖国よりも割高であっても、日本という国は面倒だと思うくらいで、払えないわけではなかった。

「ベビーシッターさんとの相性もあるから、早めに会わせてもらおうね。家事も手伝ってくれるって書いてあるよ」
「ベビーシッターを雇うとか全く頭になかった……」

 日本で生まれ育った万里生にとってはベビーシッターの存在は縁遠いもののようだった。
 両親が男性なので、ベビーシッターも男性を選んでファビアンはお願いした。

 体の大きな熊のような男性がやってきて、ファビアンに頭を下げる。

「ウーレンフートさんと阿納さんの御夫婦ですね? 私を選んでくださって嬉しいです。男性のベビーシッターはあまり選ばれなくて……」
「なんでですか? 僕とマリオは男性同士なので、赤ちゃんも男性の方が見てくださる方が安心かと思ったのですが」
「男女のカップルの方が多いので、女性の母親と二人きりにしたくないとか、赤ん坊を性的な目で見ているのではないかとか、偏見がつきまとうんです」

 項垂れるベビーシッターにファビアンは片手を差し出した。握手かと思って手を握って来たベビーシッターの体をファビアンは軽々と押さえ付けてしまう。

「僕の方があなたより強いですね。これをマリオも見たはずです。安心してうちに通って来てください」
「ありがとうございます。でも、ちょっと手加減してください」

 押さえ付けられたベビーシッターは苦笑しながら頭を下げた。
 ベビーシッターも決まってファビアンは出産を見据えて準備を始めていた。
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