孤独の王と後宮の青葉

秋月真鳥

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後日談

後宮の一大事

 後宮に入った妃は原則的にそこから出ることはない。出るときには他の相手に譲渡されるか、不義が発覚したか、里帰りを申し出たときである。その場合には二度と後宮に戻ることはない。
 難しい問題に直面して、眉間に皺の寄っているジャファルに、ソファで膝の上に抱き上げられて、ルカは手を伸ばしてジャファルの眉間の皺を解した。黒い理知的な目と目が合って、ぽぅっと頬を赤らめる。
 彫りの深い精悍な顔立ちと鍛え上げられた体付き。華奢でこの部屋の庭くらいしか走り回ったことのないルカは、自分にはない立派な体躯と男らしい顔立ちに滑らかな感触の褐色の肌のジャファルを美しいと思っていた。こんなに美しいひとは見たことがない。
「どうした……私は、妙な顔をしていたか?」
「お困りなのでしょう?」
 問いかけに問いかけで返すのはよくないと分かっているが、ルカはジャファルをこのような顔にしている原因を知っていた。正妃になってから、後宮の全てはルカの管理下になり、新しい妃はジャファルが望まないので断っていて、他の妃も別の相手のところに行きたいのならそうさせてやるつもりだったが、それよりも先に問題が起きてしまった。
 後宮の妃の一人が妊娠が発覚したのだ。
 ジャファルは女性やオメガを抱くことができないし、望まないので、ジャファルの胤ではないことは確かで、そうなると後宮に妃目当てで通っていた不心得者がいるという結論になる。側仕えの兵士ですら屈強な女性なのに、入ってはならない後宮に入って妃を孕ませたものがいる。
 そうでなければ。
「気にはなっていたのだ。この後宮には、男女が入り乱れておる」
 後宮に入れられたオメガの男性が手を出した可能性があると、ジャファルは考えていた。
「孕んだ妃はオメガの男性と聞きました。私が話を聞いてきましょうか?」
「そなたの仕事を増やしてすまない」
「ジャファル様のせいではありません」
「いや、私が他の妃を愛せぬままに放っているから」
 責任感の強いジャファルは、己の精通が来て後宮が開かれてから10年間、どの妃の元にも通わず、部屋にも呼ばなかった。初めて部屋に入れたのがルカで、10年待ち望んだ寵愛を受ける妃に国民も側近も浮足立って、あっという間にルカは正妃にさせられていた。ジャファルのことは愛しているので正妃になって後宮を管理して、役に立てるのならば嬉しいが、15歳のルカで本当にそれができるのだろうか。
 今回の事件はそれを試されているような気がしていた。
 ジャファルと抱き締め合って眠って、ルカが動き出したのは、朝食をジャファルと共に部屋で食べ終えてジャファルを政務に送り出してからだった。


 布を身体に巻いてブローチで留めると、頭から薄布を被って、ルカは件のオメガのところに向かった。侍従から聞いた話では、ジャファルの後宮が開かれてすぐに連れて来られたオメガで長く放っておかれたことは確からしい。
 発情期の来る体で、誰の相手もされず苦しんでいた姿は、ジャファルと重なる。
 側仕えの兵士を扉のところで待たせて部屋に入ると、寝台で泣き濡れていたオメガの男性の妃は、慌てて身づくろいをしてルカの前に深々と頭を下げた。
「許されるとは思っておりません。ですが、腹の子どもだけは、どうか、恩情を。産んだ後に、わたくしは八つ裂きにされても構いません」
「罪を暴くために来たわけではありません。話を聞きたかったのです」
「話を……? 腹の子の親は、絶対に言えません」
 発情期に無理やりだったのかとも考えていたが、庇う様子からそうでもなさそうだとルカは判断する。薄い腹を庇うように必死に抱き締めるそのオメガが、幸せになれる方法はないものか。
「僕は王様を独り占めするつもりです。誰にもあの方に触れることを許すつもりはありません。ですから、あなたがここからいなくなると好都合なのです」
 悪い正妃を演じてみよう。
 懸命に冷酷な声を出してみせるルカを、オメガの男性は震えながら見つめている。
「相手を教えなさい。その相手にあなたを押し付けて、ここから出て行ってもらいます。僕には一人のライバルも減った方が嬉しいですからね」
 怖い顔をしているつもりなのに、ルカの思惑を察したのだろう、オメガ男性の表情が緩んで大粒の涙を流しだす。両手で顔を覆って、嗚咽を漏らすオメガ男性の背中を、ルカは摩った。
 背骨が数えられそうなくらいに痩せている。食べ物は潤沢に与えられているが、悪阻が酷いのか、それとも長年の満たされない発情期に身体が悲鳴を上げたのか。
「王様はお渡りにならないから、知らないのです……隣りの部屋の妃は、アルファです」
「え!?」
 女性とオメガしか後宮は受け入れていないという情報は誤りだった。驚くルカに、オメガの男性は蚊の鳴くような声で告げた。
「女性のアルファだったから、誰も疑うことなくここに入れられてしまったと……わたくしの発情期がつらいと泣くのが可哀そうだと言ってくれて……」
 密かにずっと愛し合っていた。子どもができないように気を付けていたのだが、オメガの発情期は激しい。何年も隠し通して付き合いを続けていたのに、遂に妊娠して二人の付き合いが発覚してしまった。
「アルファが、後宮に」
 心の底からそのアルファ女性とジャファルが愛し合わなかったこと、ジャファルがそのアルファ女性に気付いて求めなかったことを、ルカは神に感謝していた。発情期の直前だったからルカはジャファルの甘い香りに誘われたし、追いかけて発情期のジャファルと体を交わしたが、後宮にアルファ女性がいたとジャファルが知っていれば、そちらの方に関心が向かないという保証はなかったわけである。
「アルファ女性を後宮に置くわけにはいきませんね。王様に報告します。二人でどこへでも行けばいい」
 できるだけ冷淡に言ったつもりなのに、深々と頭を下げたオメガ男性は「ありがとうございます」と感謝して、涙まで流していた。


 ことの顛末を夜に訪れたジャファルに告げると、物凄く驚いていた。
「アルファがいたなんて思いもしなかった。私は全く彼女に関心がなかった故」
「僕も驚きました。……ジャファル様を取られるんじゃないかと思いました」
「私はルカ以外愛することはない。私たちは『運命の番』だ」
 答えは分かっていたが、ルカは最近後宮に来て、ジャファルは長くその女性アルファを知らないままに後宮に置いていた。全く興味がなかったのだろうということは分かっているが、妬かないわけではない。
「その二人には後宮から出てもらって、アルファの故郷に帰ってもらうとして……ルカ、私は本当に、そのアルファには全く気付きもしなかったし、ルカは見た瞬間に少女だと思ったのに欲しいと思ったくらい運命を感じたのだぞ?」
 むくれて頬を膨らませているルカに、ジャファルがその頬を指で突く。その指をぱくりと口で咥えて舌でねっとりと舐めると、ジャファルの身体がびくびくと震えた。
「あっ……ルカ……」
「早く、ジャファル様を孕ませてしまわないと」
「んっ……まだ、発情期ではないから……」
「嫌ですか?」
「いや、じゃない……キて」
 後継者さえ生まれれば、後宮を閉鎖してしまってルカ一人にしてしまうことができる。そのためには、ジャファルの妊娠と出産をどうやってオメガと発覚せずに内密に行うかが問題で、まだそこまで至っていないのだが、それはそれとして、ルカはジャファルとの身体の交わりを求めていた。
 運命の番であるせいか、唇を重ねて身体をまさぐっていると、ジャファルの後孔は発情期でなくても女性のように濡れるようになってしまっていた。ソファで服を脱がせ合う。
 胸に触れるとジャファルが感じるのを知っているので、片方の乳首を唇で吸い、もう片方を指で捏ねていると、ジャファルが耐えられなくなったのか、ルカを抱き上げてしまった。
 寝台に運ばれて、敷布の上に寝かされる。押し付けるようにしてくる胸を可愛がっていると、ジャファルの手がルカの中心を握った。手で扱かれて、快感に咥えていた乳首に歯を立ててしまうと、ジャファルが仰け反る。
「ふぁっ! あぁっ!」
「ジャファルさま、もう……」
「私も、もう欲しい」
 口付けてジャファルがルカの中心を後孔に宛がい、腰を落としていく。ずぶずぶと飲み込まれる感覚に、気持ちよくてルカはすぐに高みに上ってしまいそうになる。
「あっ! あぁっ! でるぅっ!」
「たっぷり出してもらわねば、私が孕めない」
「うぁぁっ!」
 最奥まで飲み込まれて、きゅうっと締め付けられると、呆気なくルカは達してしまった。どくどくと注ぎ込む白濁に、ジャファルの中も歓喜しているのが分かる。
「ごめんなさい、僕、早くて……」
「悦かったぞ? それに、ルカは復活も早い」
「あっ!? ひんっ!」
 締め付けながら腰を動かされて、中心がまた芯を持ってくる。達したばかりなのにその余韻に浸る間もなく責め立てられて、ルカは過ぎた快感に涙を零していた。濡れた頬をジャファルが口付けで涙を吸い取ってくれる。
「ジャファルさまぁ……あぁっ!」
 たっぷりと搾り取られながらも、ルカは快感の中で意識を手放した。


 後宮にいたアルファの女性は、責任を取って孕ませたオメガの男性を伴って故郷に戻された。周囲の当たりはきついかもしれないが、赤ん坊のためにきっと頑張って幸せになるだろう。
 執務の後で部屋に来たジャファルに、膝の上に抱き上げられて、報告を聞いているとジャファルがルカに幾つかの箱を渡した。
「開けてみてもいいですか?」
「気に入るかどうか分からないが」
 小さな箱に入っていたのは、緑の宝石で作られた青葉のブローチだった。
「王族や正妃を名前で呼ぶことは許されぬから、そなたは『青葉の君』もしくは『正妃様』と呼ばれることになった」
「これは、僕の名前に因んで作ってくださったのですか?」
「そうだ。青葉萌える国からそなたはやって来たし、緑の目がとても美しい」
 布を巻いて留めるブローチは日常的に使うものなので、それがジャファルからの贈り物で、しかも自分の呼び名に因んでいるとなると、ルカは嬉しくないはずがない。早速布を巻きなおしてブローチをつけようとするルカに、ジャファルは他の箱も取り出した。
 ぺらりと布の入ったそれの使い道が分からずに首を傾げていると、ジャファルが照れ臭そうに言う。
「後宮にいる間はそのままでいいが、外に出るとなると、布の下が全裸というのも……」
「これは?」
「下着だ。ルカの大事なものは、私以外に見せたくない」
 活動的なことはしたことがないので、布を巻いただけで中が見えるようなことはなかったが、外に出るとなると違うとジャファルは言っている。一応促された通りに履いてみれば、ルカの中心が隠れるような造りになっている。
「外にというのは、庭に出るときに履いていた方が良いということですか?」
「いや、これから、国内の視察に出る。そのときに、そなたを伴って行こうと思っておる」
 ジャファルの国ではオメガはアルファを誘惑する淫魔のような扱いや、子どもを産むための優秀な胎としか認識されていないことが多い。そういうオメガの扱いも、ジャファルは変えたいと思っていると話してくれた。
「私の代では無理かもしれないが、私がオメガであることを隠さねばならないのも、国の認識が誤っているからだ。オメガもベータもアルファも、同じ人間。平等に扱われるようにしたい」
「それで、僕を連れて行くのですね」
 世間的にはジャファルがアルファで、ルカはオメガの正妃と思われている。本来ならば妃は後宮から出さないものだが、運命の番であるし、互いにしかフェロモンは作用しないという理由で、オメガと思われているルカをジャファルが表舞台に出す。それが国のオメガへの認識を変える一歩になるのではないかとジャファルは考えているのだ。
「僕でよければ、協力させてください」
 ジャファルの代では無理かもしれないが、子どもの代、孫の代には国は変わるかもしれない。ジャファルや、オメガというだけで無理やり後宮に入れられて発情期を一人で耐えていたあのオメガ男性のように、苦しむものが一人でも少なくなるように。
 ルカは尊敬するジャファルの考えに協力を惜しまないつもりだった。
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