孤独の王と後宮の青葉

秋月真鳥

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後日談

王の視察

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 青葉の飾りのついたブローチで布を留め、下着を履いてサンダルを履き、顔が見えないように薄布を被ってそれもピンで留めた。旅支度を終えたルカは後宮の王の寝室で、ジャファルが来るのを待っていた。
 王にしか許されない純白の衣を纏って、純白のズボンを履いて、サンダルを履いたジャファルの褐色の肌と衣の白さに、ルカは目が眩む思いだった。こんなにもこのひとは美しい。
 国民に愛される立派な王で、アルファと信じられている逞しい体躯に精悍な顔立ち、艶のある黒い髪と理知的な黒い目も、ルカには何よりも美しく見えた。
 かつてこの国は戦乱の中にあった。他国に攻め入り、領土を奪い、女性やオメガを蹂躙し、踏みにじった歴史がこの国にはある。ジャファルが王となってからは戦争は一度も起きていないが、他国から奪った領土で内乱が起き、国は荒れ果てていた。
 奪った富で国は豊かになったように錯覚するが、兵士として駆り出された男たちが働けなかった期間、農地は痩せて水は枯渇し、ジャファルが王位に就いたときには国民は戦争に疲弊しきっていた。
 領土を戻し、自分たちだけの国の守りを強固にすると共に、地下水路建設に力を入れて農地を豊かに取り戻したジャファルは、戦を望む領主から臆病者の王だと罵られようとも、決して挑発には乗らなかった。
 結果として、元々あった地下資源の採掘にも人手が回るようになって、農業も発展して、国は豊かになり、ジャファルは絶大な国民の支持を受ける王となった。
 そのジャファルが定期的に視察を自ら行うのは、王都以外の領地でジャファルへの反乱の兆しがないか、各領主たちが王に従わず私腹を肥やしているようなことがないかを、その目で確かめると共に、牽制する狙いがあった。
 特にこの夏の視察は、王が正妃を持ってから初めて王都を離れるということで、愛しい正妃を置いてはいけないと片時も離れぬように連れて行くと言えば、誰の反対もなかった。何より、ルカとジャファルは運命の番。離れられることができないのは、理解されている。
 薄布から伸びる白い手を取り、ジャファルが馬車にルカを乗せてくれる。後から乗り込んだジャファルは、これ見よがしにルカの肩を抱いてくる。睦まじい様子を見せれば、供をする側近たちも安心する。
「来るときにも見ました。用水路の通っている上は、薄っすら草が生えるのですね」
 暑さを和らげるために開け放した窓から、薄布を押さえて外を覗くルカの目には、乾いた大地に通る草の道が見える。地下水を汲み上げて地下水路に流し、農地の用水路に繋げるその道は、土の下、僅かに出る水蒸気で逞しく伸びる草が生えている。
「私の宰相が教えてくれた。民が望むのは戦ではないと」
 幼い頃には、ジャファルだけでは国の政治を回せなかった。その時期からいてくれる宰相は、ジャファルよりもずっと年上だが、未だ現役でジャファルの良き指南者であると教えてもらった。
「いつか、お会いしたいものです」
「可愛いルカを会わせるのは不安だな」
「僕はジャファル様しか目に入っていませんよ」
 互いに運命なのだから、離れることがつらいほどに二人は惹かれ合っている。乾いた荒野を抜けた馬車が農地を通る道に入る。整備されていない土の道に揺れる馬車。飛び跳ねそうになるルカを、ジャファルが抱き締めてくれる。
「ジャファル様は、馬にも乗れるのですか?」
「馬にも、駱駝にも乗れるぞ」
「すごいです。僕は、どちらも乗ったことがありません」
 駱駝など実物を見たことがないとルカが言えば、「砂漠を超える視察のときには見るだろう」とジャファルが答えてくれる。
 農地を抜ければ、城壁に囲まれた領地に入った。重い跳ね橋は降りていて、王を歓迎して兵士たちの敬礼する姿が見える。
 この領地は王命に従っているように見せているが、領主が領民のオメガを無理やり屋敷に奪い去っているという噂が立っていた。姉妹を攫われたという女性から、内密に情報が入ったのだ。


 領主の屋敷に通されて、ルカは三十代半ばくらいの領主が愛想よく出迎えるのを、注意深く観察していた。オメガを娶るのは違法ではないが、相手の意志なく無理やりに攫うのは誘拐だ。王には後宮を持つことが義務とされているが、それすらもジャファルはなくそうとしている。
「我が君におかれましては、この度は我が領地においでくださり誠に光栄です。また、正妃様とのご成婚おめでとうございます」
「……すみません、暑さにやられたのか、気分が」
 挨拶を遮るようにして、ルカは口元に手をやった。薄布で隠しているので顔色は分からないだろうが、目を伏せて気分の悪そうなふりをする。
「平気か、私の青葉。すまない、休ませる場所を」
 よろめいたルカを抱き留めるジャファルに、側近がざわめいている。正妃は妊娠しているかもしれないなどという囁きが聞こえれば、領主も慌てずにはいられなかった。
 奥の涼しい部屋に連れて行かれて、ジャファルと二人きりになったルカ。気分の悪いルカがゆっくり休めるよう、人払いがされて、ジャファルは領主と話すために戻って行った。
 誰も周囲にいないことを確かめて、ルカは薄布を外して、身体に巻いていた布を裏返した。表と裏に全然違う模様が描かれ、色も違う布は裏返しただけで全く違う印象に変わる。裏返した布を巻きなおしてブローチで留め、結んでいた長めの金髪も解いて、ルカは窓から木を伝って抜け出した。
 屋敷の庭を歩いていると、屋敷の侍従と会った。
「ここに来たばかりで、迷ってしまって……」
「今日は王様のいらっしゃる大事な日です。そんな日になんてことを」
 弱弱しく侍従に話しかければ、完全に領主の囲っているオメガの一人と勘違いされたのが分かった。話を合わせて、離れの棟に連れて行ってもらう。
 離れの棟には憔悴した様子の美しい男女が閉じ込められていた。
 扉を閉められる前に、耳から外した耳飾りを外に投げて、ルカはそのまま棟の部屋を開け放っていく。
「王様の命であなたたちに話を伺いに来ました。どうか、真実を教えてください」
 部屋から出て来た男女が口々に訴える。
「領主様に無理やりここに連れて来られました」
「言うことを聞かなければ、家族を領地から追い出すと」
「発情期に領主様を誘ったと言えと、言われて……」
 アルファを誘う淫魔のように思われたり、優秀な子を産む胎としてしか認識されたりしかしていないオメガ。あまりにも軽んじられるその存在を、ジャファルは憂いていた。
「大丈夫です、王様がすぐに助けに来てくれます」
 話していると、棟の外が騒がしくなった。争う声が聞こえて、扉が開かれる。扉が開いた先には、ジャファルが立っていて、領主と数名の兵士が倒れていた。
「私の正妃が行方不明で、ここに正妃の耳飾りが落ちているのに、中が見せられぬなどとふざけたことを言いおった」
「殴り倒したのですか?」
「そなたを救い出すために仕方がなかったのだ」
 それだけの理由ではなく、この領主に痛い目を見せたかったのだと分かっているが、ルカはジャファルに合わせてその胸に飛び付いた。
「この屋敷のオメガと間違えられたようです。話を聞けば、酷い手口で連れて来られたものばかりで」
「それは由々しき問題だ」
 薄布をルカに被せながら、ジャファルが目を回している領主を爪先で蹴飛ばしたのを、ルカは怯えているふりをしながら、舌を出して見ていた。
 結局、その領主は弟に座を譲って隠居させられて、屋敷に囚われていたオメガたちは開放された。
「正妃様の勇気のおかげです」
 感謝されて擽ったい気もしたが、オメガと思われているルカが活躍したとなれば、国の重鎮もオメガに目を向けなくてはいけなくなる。ただアルファの添え物ではなく、一人の人間としてオメガが尊重されるように。


 帰りの馬車の中で、ルカはジャファルに説教をされていた。
「仕方なかったのは分かるが、ルカの美しい顔を他のものに晒したのは、正直妬ける」
「申し訳ありません……」
「いや、ルカを後宮の外に出そうと決めたのは私だ。それでも、妬ける」
 独占欲と王としてオメガの地位向上のための活動との間で、揺れ動くジャファルの真面目さも、ルカには愛しい。
「後宮に戻れば、二人きりになれます」
「たっぷり可愛がってくれよう」
 それはオメガで抱かれる方のセリフではないのかもしれないが、ジャファルには似合いの言葉で、ルカは頬を染めて「はい、楽しみにしております」と答えたのだった。
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