後宮小説家、佐野伝達

秋月真鳥

文字の大きさ
20 / 30
第一部

20.三つの小説

しおりを挟む
 お茶会を開くにあたって、私は皇帝陛下にお願いをした。

「高貴な方が集まるお茶会で中途半端なものは見せられません。やはりちゃんとした物語を書き直させてください」
「中途半端なものなどではない! 伝達の物語は全て素晴らしいものだ! 私はこれを皆に見せたいのだ!」
「いいえ、その物語は見るものが見れば、自分の身内がモデルになっていることが分かるものです。それではお身内の方を不快にさせてしまいます」
「モデルになったものは栄誉ではないか! 私を楽しませたのだぞ?」
「そうはいきません。何より、毒殺事件に関わっていたイフサーン様を書いた物語が二つもあります」

 この点だけは私は譲れなかった。
 前世でも編集さんに重々言われていた。

「ナマモノは絶対にいけません! 実際にいる方をモデルにすると、その方を傷付けることになりかねませんし、その方のファンや身内から批判が出て先生が炎上してしまいます!」

 最初にアズハル様をモデルにしたのは私だったが、それを皇帝陛下が気に入ってしまって、その後でイフサーン様とイフラース様、ニキアス様、ジェレミア様の小説を書いて、再びイフサーン様とイフラース様の小説を書いて、イフラース様とデメトリオの小説まで書くことになるとは思わなかった。
 これが月の帝国で流行ってしまったら、私は恥ずかしくて申し訳なくて生きていけなくなってしまう。

「その物語は皇帝陛下だけに捧げたものとして、胸に留めておいてくださいませ。新しい作品をお茶会までに必ず仕上げます」
「お茶会で皆で読むのだ、一つの物語では足りぬぞ?」
「何作品必要ですか?」
「最低でも三つの物語を書き上げよ。そして、それを一番に読むのは、私とシャムス。その後で書き写す期間も考えて書き上げるのだぞ?」

 お茶会が開かれるまでは二週間ほどしか時間がない。その間に最低でも三つの物語を書き上げないといけない。
 時間は限られているが、私にはバシレオスという力強い味方がいたし、これまでは毎日一話の物語を書き上げていたのだ。
 一人で手で書いていたときには、一日に四千字くらいの短編に結ばれるまでの課程からエッチまでをぎゅうぎゅう詰めにしたり、イフサーン様とイフラース様の視点を二千字ずつ書いたりしていたが、バシレオスが書いてくれるようになってから六千字から八千字の小説を一日に考えることができていた。
 これも全てバシレオスが美しい文字で、大量の情報を書き写すことができるという特技があるからだった。

 バシレオスがいるのならば、三つの小説を書くのは一週間もかからないだろう。

「期限には間に合わせます。ただ、毎日皇帝陛下にお届けするのは難しくなってしまいますが、よろしいですか?」
「それも仕方がない。ただし、全ての物語を新作にするのだぞ?」

 ネタの使い回しは許されないと皇帝陛下から言われてしまった。
 最初に書いた後宮に送られる貴族と従者との恋の小説はモデルがいないので使いまわそうと思っていたのが当てが外れてしまう。
 それでも、三作品ならば書けないこともないと私は考えていた。

 千里様の部屋を下がるときに、シャムス様が私に声をかけた。

「少しの間、万里殿下を抱っこしていてもらえないか? ハウラ殿下の靴が脱げてしまったのだ」
「よろしいですよ」

 乳母の元へ万里殿下とハウラ殿下を送り届ける任務のあるシャムス様は、万里殿下を抱いて、ハウラ殿下の手を引いて歩いていた。万里殿下を受け取ると、ずっしりと重い。
 抱っこしていると、万里殿下から髪を隠す布を引っ張られた。
 しっかりと留めていなかった私が悪いのだが、万里殿下から引っ張られて髪を隠す布が外れてしまう。

「伝達殿!」
「申し訳ありません!」

 ハウラ殿下に靴を履かせたシャムス様が、素早く布を拾って、私の頭に巻き付けてくれた。

「気にすることはない。私は既に伝達殿の裸も見ている」
「そ、そうでした」

 髪を見られることはこの月の帝国においては、妻となる人物以外にしてはいけないことなのだが、シャムス様は冷たい冬の海に落ちた私を裸で温めてくれた。あのときに私はシャムス様に裸も見られている。

「シャムス様はあのようなことを、誰にでもするのですか?」
「皇帝陛下の妾となる方を死なせるわけにはいかなかった。あのとき、伝達殿は体が冷えていて、死んでいるかと思った」

 万里殿下を私から抱き取りながらしみじみと言うシャムス様に、それだけ緊急事態だったのだと理解する。
 あのときに命を救われなければ、私はここで生きていない。

「イフラース殿の神がかりの件、伝達殿しか思い浮かばないであろうな」
「そうですか?」
「神のお告げとすれば、後宮を解体できる。そんなこと、伝達殿以外思い付くはずがない」

 私の思考を褒められている気がして、私は悪い気はしなかった。
 ずっとシャムス様とは取材と称して行動を共にしてきた。その中でシャムス様とは親しくなれたと思っている。

「後宮が解体されたら、シャムス様はどうされますか?」
「後宮が解体されても、私は伝達殿の取材に付き添っていたいな。伝達殿の考えることは私には計り知れなくて、とても面白い。きっと皇帝陛下も後宮が解体されても伝達殿を直属の吟遊詩人から変えないであろう」

 後宮が解体されても私は皇帝陛下の直属の吟遊詩人のままだったら、私はシャムス様と後宮の外にまで取材に行けるのだろうか。

「後宮が解体されたら、私は月の帝国の城下町に行ってみたいのです。連れて行ってくれますか、シャムス様?」
「皇帝陛下に許可をいただきましょう。皇帝陛下はきっとお許しくださるはずだ」

 自分よりも背の高いシャムス様を見上げて問いかけると、シャムス様は大らかに笑って請け負ってくれる。
 後宮が解体されても私は皇帝陛下直属の吟遊詩人として皇帝陛下のおそばにいることになる。そうなると後宮にいるのと変わらないのではないかとも思うが、後宮という枠を飛び出して町に出られるようになるのは嬉しい。

「シャムス、わたし、もうねむい」
「ハウラ殿下、お待たせして申し訳ありません。お部屋に帰りましょうね」
「シャムス、わたしはつよいおんなだから、おとこをまもるの。でんたつを、おへやまでおくってから、おへやにかえる」
「分かりました、ハウラ殿下は本当にお強い女性です」

 眠い目を擦りながらハウラ殿下はシャムス様の横を歩いて私を部屋まで送ってくれた。

「でんたつ、わたしにもものがたりをかいてね」
「心得ました。皇帝陛下に捧げる物語を書き終わりましたら、ハウラ殿下に絵本をお書きしましょう」
「やくそくよ?」

 右手を出すように言われて、私が右手を差し出すと、ハウラ殿下は私の小指に右手の小指を絡めて指切りをした。
 必ず右手で行うのが月の帝国の指切りのようだ。
 約束をしてから、私は部屋に帰って寝台に横になった。

 目を閉じると、小説のネタが浮かんでくる。

 太陽の国で反乱軍の女性の慰み者になっていた男性を助けた男性の兵士の物語。これは若干デメトリオの話が入っているが、はっきりと書かなければデメトリオとバレることはないだろう。

 大浴場で出会う男性同士の話はどうだろう。普段は妻もいて別々の場所に住んでいて会えないのだが、浴場でのみ会うことができる。そのうちに浴場に頻繁に通うようになって、妻に勘繰られて引き裂かれそうになるが、二人で逃げ出す物語でもいいかもしれない。
 これはプラトニックな恋愛でもよさそうだ。
 皇帝陛下は性行為のないボーイズラブもお好きだった。

 前世でよく見た、ロミオとジュリエットのような、対立する家同士の恋も悪くないかもしれない。
 対立する家同士に生まれた男性が、お互いに出会って恋をするが、家のことを知って絶望する。
 皇帝陛下は基本的に悲劇はお好きではないようだから、最終的に二つの家は和解することにしてはどうだろう。

 これで三つの小説が書けそうだ。
 明日起きたら、バシレオスを呼んで相談してみよう。

 三つの小説のめども立って、私は安心して眠りに落ちて行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

星森
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...