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第1部 天然女子高生のためのそーかつ

第4話 搾取

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 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生にはリベラルアーツ精神と左派系の思想が叩き込まれている。


「おはようハムリン。あ、ノミが付いてる」
『地球人の少女よ、私の声に耳を傾けてくれ!!』
「ファッ!?」

 月曜日の朝、飼っているハムスターの餌を交換しようとした私、野掘のぼり真奈まなはハムスターの身体に付いていたノミに話しかけられた。

『テレパシーが通じたようだな。私は外宇宙よりこの星に訪れたブラッキ星人で』
「さっさと取ってトイレに流してあげるね、ハムリン」
『虫だけに無視しないでくれたまえ!!』

 幻聴だと思ってスルーしようとしたが、目の前のノミには確かに宇宙人が憑依しているようだった。


「それで、外宇宙の異星人が何の用ですか?」

 ノミをティッシュペーパーで包んで勉強机まで移動させると、私は宇宙人に話しかけた。

『私の母星は同じ恒星系のローキ星と延々戦争を続けているのだが、戦争が長引きすぎて最近では兵士の特別手当や遺族年金を支払う余裕がないのだ。この地球という惑星の日本という国には定額でいくらでも働いてくれる人民がいると聞き、その理由を探りに来た』
「何というか協力する気にならない理由ですけど、怒って地球侵略とかされても困るので手伝いますよ。居酒屋チェーンとか見学します?」
『いや、我々は事前調査で君の身の回りにそういった人民がいると把握している。いつも通りの生活に私を連れて行ってくれたまえ』
「はあ……」

 全体的に態度のでかい宇宙人(が憑依したノミ)をカバンに嫌々忍ばせ、私はいつも通り朝食を食べてから登校した。


 そのまま普通に1日を過ごしていると、宇宙人は6限目の授業が終わったタイミングでちょうどテレパシーを送ってきた。

『分かったぞ、あの女は我々のサンプルになる人材だ! すぐに後を追うんだ!!』
金坂かなさか先生がですか? 職員室でお話できますけど……」

 6限目の現代文の授業を担当された国語科の金坂先生は硬式テニス部の顧問でもあり、私とは顔見知りなので職員室に行けば簡単に話せる間柄だった。


 宇宙人に促されて金坂先生を追いかけ、私は職員室で先生にインタビューを始めた。

「私が毎日19時までは大抵残業してる理由? どうして気になったの?」
「詳しくは知らないんですけど、学校の先生って残業してもほとんど残業代が出ないそうじゃないですか。テニス部の練習がある時は20時過ぎても残業されてたりする先生の姿を見て、学校の先生がそれでも働けるのにはどんな理由があるのかなって」

 宇宙人からのテレパシーによる指示に従って尋ねると、金坂先生は微笑みを浮かべて質問に答え始めた。


「確かに教師の仕事は大変だし、私も夫には残業を減らすよういつも言われてるわ。だけど、生徒からの勉強の質問や人生相談に答えてあげたり、部活の顧問の仕事をしていたりすると定時に帰っている余裕なんてないし、仮に帰っていいって言われても私は残業すると思う。それは、私が教師の仕事が大好きだから。生徒たちの笑顔を見られるやりがいがあれば、残業代がほとんど出ないことなんて気にならないわ。それに他の職業に比べて年金の額は結構多いから、人生全体で見れば教師も損な仕事じゃないと思うわよ。これでどう?」

「ありがとうございます。私、将来は教師の道も考えてるので、先生のお話を聞けてためになりました」

 教師になりたいというのは完全にリップサービスだが、金坂先生は私の言葉に喜んでくれた。


『今日は協力してくれてありがとう。これで母星の問題も解決できそうだ』
「金坂先生のお話は勉強になりましたけど、あの話を戦争に応用できるんですか?」

 自宅に帰った私は、ノミを再び勉強机に置いて宇宙人と話していた。

『つまるところ、被用者をタダ働きさせるにはやりがいがあればいいんだ。まずはマスメディアを通じてローキ星人の戦争犯罪を針小棒大に報道し、人民のローキ星への敵対心を煽る。ローキ星人は悪逆非道の侵略者であると人民が信じ込めば、戦争自体にやりがいが生じるはずでうわなにをするやめくぁwせdrftgyふじこlp;@:』

 今後の方針を正直に話した宇宙人に対し、私はノミをティッシュペーパーで包むと部屋から持ち出してそのままトイレに流した。

 戦乱の種は早めに摘んでおくのが世のためだろう。


 (続く)
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