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第5部 天然女子高生のための真そーかつ

第130話 富の再分配

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 東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は今時珍しい革新系の学校で、在学生にはリベラルアーツ精神と左派系の思想が叩き込まれている。


『人類の犯した罪は、このラフティーがただす! イクシーザンタム出撃!!』

「はぁぁぁ、かっこいいわぁ……」

 ある日の放課後、私、野掘のぼり真奈まなは書道部所属の2年生である金原かねはら真希まき先輩に誘われて映画を見に来ていた。

 金原先輩は小学生の頃からロボットアニメの有名作品群である「ザンタム」シリーズのファンであるらしく、今見ている映画はかなり昔に刊行された小説作品『機甲戦陣ザンタム 閃輝せんきのキャサレイ』をアニメ映画化したものだった。


「いやー、イクシーザンタムの活躍が現代の作画力で見られるなんて大感動! 野掘さんはファーストザンタムは見たことがあったのかしら?」
「ええ、前に弟と一緒に映画版を見ました。今回も予習として『アシャー逆襲』は見ておきましたよ」

 スクリーンを出た金原先輩は興奮冷めやらぬ様子で私に感想を語り、映画は実際面白かったので私も関連作品を見ておいてよかったと思った。

「閃キャサは腐敗した政治体制に対するテロリズムが話の根幹にあるから今の世の中じゃ再現しにくいかなって思ってたけど、予想してたより上手に再現されててよかったわ。富の再分配の重要性を訴えるラフティーの描写も説教っぽくなかったし」
「確かに結構大胆なストーリーでしたよね。原作小説も読んでみたくなりました」
「やあ、野掘さんと金原先輩。こんな所でお会いするなんて奇遇ですね」

 通路の後ろから話しかけてきたのは同じクラスの1年生である石北いしきた香衣かいさんで、彼女は先ほど別の映画を見ていたらしい。

「お疲れー。石北さんは何を見てたの?」
「言わずと知れた名作『華氏551』がリバイバル上映されてたから、早速見てきたんだよ。大昔の洋画だけど、やっぱり自宅のテレビで見るのとは違うね。先輩たちは何を?」
「私たちはザンタムの『閃輝のキャサレイ』を見てたの。作画もシナリオも神がかってて素晴らしかったわよ」
「あー、ボクはアニメ映画ってあんまり見ないんですよね。興味はあるんですけど、あれって初期のザンタムシリーズを大体見てないと話が分からないんでしょう? 昔のアニメって作画が古くて話数が多いので、ちょっと食指が動かないんですよね」

 石北さんは聞きかじりらしい知識をぺらぺらと語り、要するに話題のアニメ映画を見たいもののいきなり映画本編を見る勇気がないので言い訳をしているらしかった。

「あなたねえ、ザンタムシリーズはそんな古いからって敬遠したり過去作を見てないからってスルーしたりするのはもったいない名作なの! アニメ映画だからって馬鹿にしてるみたいだけど、『閃輝のキャサレイ』は格差社会や富の再分配っていうテーマを描きつつダイナミックなロボットアクションを見せつける傑作なのよ!? 偉そうに語るならせめてファーストザンタムは見なさい!!」
「わ、分かりましたよ。ボクも名作アニメは教養として見ておきたいですし、今から帰ってサブスクで見ますね」

 金原先輩はザンタムシリーズを敬遠する石北さんをオタク特有の早口で叱りつけたが、言っていることは特に間違っていないので石北さんも初代作品である『機甲戦陣ザンタム』を見ることにしたようだった。


 その翌週……

「石北さん、何も部活入ってないって聞いたんだけど、よかったら茶道部に入らない? 活動は週1回しかなくて、部室でゆったり話しながらお茶を飲めるのよ」

 石北さんは先日イギリスへの短期留学から日本に帰ってきたばかりだが、附属中学の頃から部活には入っていなかったので噂を聞きつけた他のクラスの茶道部員が勧誘に来ていた。

「それは分かるよ! でも、ボクは今ある課題を見える化しないと。課題を見えるちからが欲しいから……」
「えっ?」
「そういう反応をする? いいさ、今日は帰ったら『幻闘士テンバイン』を見るんだ。それで?」
「あの、忙しいみたいだからまた今度声かけるね……」
「君の気づかい、YESだね!!」

 ファーストザンタムを見て以来同じ監督の作品を追いかけるようになった石北さんに茶道部員はドン引きして去っていき、私は彼女が金原先輩から富野を再分配されたのは果たして幸せなのかなあと思った。


 (続く)
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