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2019年12月 生理学発展コース
232 明かされる真実
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「……すみません、壬生川です。少しいいですか?」
2階建ての一軒家の1階にある塔也の母の自室を訪ね、恵理はドアを3回ノックしてから呼びかけた。
「あら、彼女ちゃん? どうぞ、入ってきて」
いつものあっけらかんとした態度で返事が届き、恵理は静かにドアノブに手をかけた。
塔也の母はちょうどベッドに入って寝ようとしていた所らしく、恵理が入室するのとほぼ同時に照明のスイッチを入れていた。
「ごめんなさい、こんな時間にお邪魔して。ちょっと杏子さんに聞きたいことがあって……」
「あらー、かわいい彼女ちゃんの頼みなら姑として聞かない訳にはいかないわ。どうぞ、何でも聞いてちょうだい」
ベッドに座り直した杏子に倣い、恵理もセミダブルのベッドに横座りで腰を下ろした。
「昼間、杏子さんが出かけてる間に塔也君からお父さんの話を聞いたんです。生前に他の女性と関係があって、その女性の連帯保証人になってたって……」
「……」
黙って質問を聞いている杏子に恵理は続ける。
「借金はお父さんの遺産と保険金で返済できて、今は家計は何とかなってるって聞きました。私も祖父からの資金援助で大学に通ってますから、そのことで塔也君を嫌いになったり遠ざけたりは絶対にしません。だけど、塔也君は杏子さんが色々な家財を処分されたり土日に働きに出られていたことを知らなかったそうで、彼はすごくショックを受けてました」
静かな口調で伝えると杏子はゆっくりと頷いた。
恵理が聞きたいことを察し、杏子は自ら答え始めた。
「あのね、恵理ちゃん。私が塔也に、家計のことを何も言わなかったのはね」
「……」
「いきなり医学研究の世界に飛び込まされてもがいてる塔也に、せめて大学生活は気兼ねなく楽しんで欲しかったからなの」
恵理が無表情で頷くと、杏子はそのまま言葉を続けた。
「私には研究のことは何も分からないけど、塔也は電話とかメッセージで毎日忙しくて大変だって私に言ってた。でも、あの子の生活は大変なだけじゃないってすぐに分かったわ。頼りがいのある先輩に助けられたり仲のいい友達と遊びに行ったり時には人の悩みを聞いてあげたりしたって聞いて、私はあの子に大学生活を楽しんで欲しいと思った。楽しい大学生活の何よりの証拠が、恵理ちゃんがここまで来てくれたことでしょう?」
「……そう言って頂けると、本当に光栄です」
恵理が目に涙をにじませつつ答えると、杏子は微笑みを浮かべた。
「生活レベルを落としたって言っても全然我慢できる範囲内だし、土日に働くのだって無理なんかしてないわ。夫がいなくなって息子も下宿してる中年の女って驚くほど孤独だから、お金に困ってなくても毎日働くかも知れないぐらい。そういうことは、また塔也にちゃんと伝えるから」
「ありがとうございます。……ごめんなさい、お母さんを責めたくて聞いたんじゃないんです。私は、ただ、塔也君のことが……」
そこまで言うと涙を流し始めた恵理に、杏子は笑顔でその様子を見つめていた。
ようやく落ち着いた恵理は、ベッドに腰かけたままもう一つの質問を投げかけた。
「それと杏子さん、教えて頂ければでいいんですけど、塔也君のお父さんってどんな人だったんですか?」
「全然教えられるけど、どんな感じのことを聞きたいの?」
「塔也君はこれまで私にお父さんの話をしてくれたことがほとんどなくて、皮膚科の開業医をされていたってことしか知らないんです。杏子さんが選んだ男性がそんなにひどい人だとはどうしても思えないので、できれば馴れ初めから聞かせて欲しいです」
「なるほどね。じゃあちょっと長くなるけど、聞いて貰うわね」
袖まくりのジェスチャーをしつつ言った杏子に、恵理は真剣な表情でお願いします、と伝えた。
2階建ての一軒家の1階にある塔也の母の自室を訪ね、恵理はドアを3回ノックしてから呼びかけた。
「あら、彼女ちゃん? どうぞ、入ってきて」
いつものあっけらかんとした態度で返事が届き、恵理は静かにドアノブに手をかけた。
塔也の母はちょうどベッドに入って寝ようとしていた所らしく、恵理が入室するのとほぼ同時に照明のスイッチを入れていた。
「ごめんなさい、こんな時間にお邪魔して。ちょっと杏子さんに聞きたいことがあって……」
「あらー、かわいい彼女ちゃんの頼みなら姑として聞かない訳にはいかないわ。どうぞ、何でも聞いてちょうだい」
ベッドに座り直した杏子に倣い、恵理もセミダブルのベッドに横座りで腰を下ろした。
「昼間、杏子さんが出かけてる間に塔也君からお父さんの話を聞いたんです。生前に他の女性と関係があって、その女性の連帯保証人になってたって……」
「……」
黙って質問を聞いている杏子に恵理は続ける。
「借金はお父さんの遺産と保険金で返済できて、今は家計は何とかなってるって聞きました。私も祖父からの資金援助で大学に通ってますから、そのことで塔也君を嫌いになったり遠ざけたりは絶対にしません。だけど、塔也君は杏子さんが色々な家財を処分されたり土日に働きに出られていたことを知らなかったそうで、彼はすごくショックを受けてました」
静かな口調で伝えると杏子はゆっくりと頷いた。
恵理が聞きたいことを察し、杏子は自ら答え始めた。
「あのね、恵理ちゃん。私が塔也に、家計のことを何も言わなかったのはね」
「……」
「いきなり医学研究の世界に飛び込まされてもがいてる塔也に、せめて大学生活は気兼ねなく楽しんで欲しかったからなの」
恵理が無表情で頷くと、杏子はそのまま言葉を続けた。
「私には研究のことは何も分からないけど、塔也は電話とかメッセージで毎日忙しくて大変だって私に言ってた。でも、あの子の生活は大変なだけじゃないってすぐに分かったわ。頼りがいのある先輩に助けられたり仲のいい友達と遊びに行ったり時には人の悩みを聞いてあげたりしたって聞いて、私はあの子に大学生活を楽しんで欲しいと思った。楽しい大学生活の何よりの証拠が、恵理ちゃんがここまで来てくれたことでしょう?」
「……そう言って頂けると、本当に光栄です」
恵理が目に涙をにじませつつ答えると、杏子は微笑みを浮かべた。
「生活レベルを落としたって言っても全然我慢できる範囲内だし、土日に働くのだって無理なんかしてないわ。夫がいなくなって息子も下宿してる中年の女って驚くほど孤独だから、お金に困ってなくても毎日働くかも知れないぐらい。そういうことは、また塔也にちゃんと伝えるから」
「ありがとうございます。……ごめんなさい、お母さんを責めたくて聞いたんじゃないんです。私は、ただ、塔也君のことが……」
そこまで言うと涙を流し始めた恵理に、杏子は笑顔でその様子を見つめていた。
ようやく落ち着いた恵理は、ベッドに腰かけたままもう一つの質問を投げかけた。
「それと杏子さん、教えて頂ければでいいんですけど、塔也君のお父さんってどんな人だったんですか?」
「全然教えられるけど、どんな感じのことを聞きたいの?」
「塔也君はこれまで私にお父さんの話をしてくれたことがほとんどなくて、皮膚科の開業医をされていたってことしか知らないんです。杏子さんが選んだ男性がそんなにひどい人だとはどうしても思えないので、できれば馴れ初めから聞かせて欲しいです」
「なるほどね。じゃあちょっと長くなるけど、聞いて貰うわね」
袖まくりのジェスチャーをしつつ言った杏子に、恵理は真剣な表情でお願いします、と伝えた。
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