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第8節 断罪の巨神
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後になって観測衛星の映像記録で知った当時の状況は、以下の通りだった。
戦艦を沈める威力を持つ光弾の直撃を受けたアンノウンは、流石に無事では済まなかった。
巨大な身体の胸部には大穴が空き、全身を覆っていたバリアが消えたからか、鈍い白色の装甲は色あせていた。
しかし、その状況に至っても、アンノウンは生きていた。
再び動き始めたアンノウンは、不可解な行動を取り始めた。
メテオバスター発射の反動で吹き飛ばされた〈エレクトラ・セカンド〉を巨大な手で掴むと、胸に空いた大穴から、自らの体内に放り込んだのだ。
それが終わると、アンノウンはそのまま動かなくなった。
夢を見ているような気分の中、俺はあの事件のことを思い出していた。
ナドック隊長がまだ生きていて、部隊が7人体制だった頃。
頼れる隊長のオスカー・ナドック少佐に、それを補佐する俺。
カザコの狙撃は百発百中で、ゼネックの連撃から逃れられる敵機は数少なく、さらにはジャストとカティーニの名コンビ。
新人のセルディも隊に慣れてきて、ナドック小隊はいよいよエース部隊として勇名を轟かせ始めていた。
そんな中、俺たちはその評判を受け、軍の上層部から極秘任務を託された。
リーザス宇宙軍の古株、トーマス・ゴレム大将による前線視察。
それに伴う、高速戦艦イクシーの護衛。
そう難しい任務ではない。
通るルートは主戦場から遠く離れた地域にあり、万が一奇襲を受けたとしても、エースの駆る7機のメテオムーバーを退けて戦艦を撃破するのは至難の業。近隣の友軍基地からの支援も受けられる。
いとも容易く成功するはずだった任務の情報は、何故か敵に筒抜けになっていた。
ルート上には幾重にも敵の攻撃網が張り巡らされ、近隣にあった複数の友軍基地には一斉に攻撃が開始された。
最終防衛線であるナドック小隊の前には、レディン・ノージェの〈サンダーフェザー〉が現れた。
俺たちは奮戦し、たった一度の戦闘で、合計23機ものメテオムーバーを撃墜した。
予想外の被害を受け、ノージェは戦艦イクシーへの攻撃を部下に任せ、自らはナドック小隊への攪乱へと移っていた。
激戦の中、〈サンダーフェザー〉の放った一筋のレーザーは流れ弾となり、密かに脱出を試みていたゴレム大将の小型艇を偶然にも撃ち抜いた。
敵軍と内通して利益を得ていた将軍がその相手から命を狙われ、一体どこに逃げようとしていたのかは分からないが、その辺りの事情はセルディが墓場まで持っていってしまった。
そうして、俺たちは作戦に失敗した。
ナドック隊長は大破寸前の戦艦イクシーに肉迫する敵機を3機連続で撃ち落とした所を、ノージェに撃たれて死んだ。
俺は激昂してノージェに斬りかかり、〈サンダーフェザー〉のコクピット付近にレーザーソードを刺し入れ、奴の左腕を奪った。
作戦終了後、俺たちは軍法会議にかけられた。
この作戦について知らされていたのは、軍の上層部と戦艦イクシーの艦橋スタッフを除いては、俺たちしかいない。
スパイの嫌疑をかけられるのは当然のことではあった。
セルディの体内に仕込まれたデバイスはよほど高性能だったのか、数週間に及ぶ尋問と身体検査を経ても、スパイの存在を示唆する証拠は一つも挙がらなかった。
だからといって、スパイの疑いがある人間を軍に置いておく訳にはいかない。
その一方で、救国のエース部隊を根拠もなくスパイ容疑で処刑したとなれば、世論の反発は目に見えている。
上層部は一計を案じた。
俺たちを外界から隔離し、常に戦いの場に置く。
最前線に出し続け、戦死すればそれでいいし、戦死しなければ敵の戦力を削いでくれる。
上手いやり口を考えたものだ。
俺たちはそのまま部隊ごと戦艦ウォークルに配属され、地獄の日々に身を置くこととなった。
後は、これまで話した通りだ。
目を覚ました時、俺は〈エレクトラ・セカンド〉のコクピットにいた。
内部の様子は何も変わっていないが周囲は宙域ではなく、機体ごと屋内にいるらしいということは分かった。
「ここは、どこだ……?」
メテオバスターの一撃でエナジーを使い果たしたのか、モニターは死んでいた。
周囲の状況は分からないが、衝撃で装甲のどこかに穴が空いたらしく、機内の気圧センサーは赤色を示している。
コクピット内に空気はない。宙域を漂流することになるとしても、エナジーが尽きた機体ではどうしようもない。
そう思い立ち、俺はスーツの酸素残量を確認した。
予備ボンベを2つ背負い、非常パックを腰部に装着。
シートの背部にある隠しレバーを引くと、勢いよくハッチが開く。
機体の損傷の程度は分からないが、データを無駄にすることはない。モニターの下部に差し込まれたOSチップは取り出しておいた。
そのままコクピットを飛び出そうとしたが、出撃前に手渡されたレーザーピストルが気になった。
再びシートに腰かけ、コクピット内に据えられたガンラックを開ける。
「……」
中身はどうせ空だが、ナヴィ曰くの「御守り代わり」らしい。
細かいことは考えず、持っていくことにした。
コクピットを飛び出し、無重力空間に身体を浮かせつつ、周囲の状況を確認する。
〈エレクトラ・セカンド〉はメテオバスター発射の衝撃で中破しており、やはり動ける状態ではなさそうだった。
機体は変形を解いた状態で、平らな地面の上に腰を下ろしている。
辺りを見渡すと、そこは異質としか言いようがない空間だった。
あちこちに謎の計器が散乱しているかと思えば、空白地帯のごとく何も置かれていない壁面もある。
空間全体は縦に長いが、その表現だけでは説明のつかない複雑な構造をしている。
まるで、人体の内部に入ったかのような。
それを示すかのように、天井には何かの衝撃で破壊されたらしい大穴があった。
「まさか、な……」
大穴から外部に出ようかとも考えたが、パイロットスーツだけで宇宙空間に飛び出すほど、俺は無重力空間でのサバイバル術について無学ではない。
要するに、今は動きようがない。
これからどうするか……
(まさか、ではないよ。アティグス君)
その時、脳内に直接声が響いた。
「何者だ!?」
(驚くことはない。私は君との交渉を望む者だ)
「交渉? 何のことだ」
その声はまさしく脳内に直接響いていた。
声は声として伝わっているが、本当に音声として出力されているのかは分からない。
簡単に説明できるものではないが、科学的な理論を超越したような、言ってみればテレパシーのようなものとしか感じられなかった。
(ひとまず、君を私のもとへお連れしたい。落ち着いて私の指示に従って欲しい)
「あ、ああ。……よろしく頼む」
何が何だか分からないまま、俺は謎の声の指示に従い、仄暗い空間の中を進んでいった。
推論に基づいても直感に基づいても、ここはアンノウンの体内に違いない。
俺は既に確信していた。
不思議な空間だった。
あれほど強力な機動兵器の体内だというのに、機械らしきものは多くなく、かといって有機体のようなものもない。
全体的にシリコンのような材質で出来ていて、内部の形状はどこもかしこも球面的だった。
道順は大して複雑ではなく、大まかに言って人体の胃から心臓に行くぐらいの移動をして、俺は謎の声が示す場所にたどり着いた。
(ようこそ、アティグス君。君を歓迎しよう)
ここに至るまで道を区切るものは無かったが、その部屋の入り口には隔壁があって、俺が近づくと自動的に開いた。
アンノウンにとって重要な部位なのだろう。
病院の手術室のような雰囲気だが、中にはほとんど何もない。
中央に置かれた透明な円柱を除いては、取ってつけたかのように椅子が置かれているだけだった。
円柱の内部には金属製らしき黒い箱が安置されているが、それだけだ。
本当にそれだけの部屋で、俺は謎の声と交渉をしようというのだ。
(楽に座ってくれたまえ。人間の好むようなものは出せないが、室内には空気を充満させておいたから、ヘルメットは外してくれても大丈夫だ。どのみち君の声は聞こえるから、外さなくても構わんがね)
アンノウンに促されて椅子に座り、ヘルメットは被ったままで口を開いた。
「最初に聞くが、交渉とはどういうことだ? それから、お前の正体は何だ? 相手が何者かも分からずに話すのは気分が悪い」
(ははは、もっともな要望だね)
率直に伝えると、謎の声は笑い声を上げてから、少し申し訳なさそうに答えた。
(私の正体についてだが……私は、この巨人そのものだ。君たちが「アンノウン」と呼ぶ存在は、それ自体が意思を持っていたのだよ。驚いたかね)
「そうだったのか……」
アンノウンに意思があるのではないかという議論は、軍の内部でも行われていた。
何らかの勢力が操っているにしては、アンノウンの攻撃には恣意性が感じられない。だからといって自動的に兵器を破壊するマシンなのかと考えても違和感が残る。
そういった議論の答えを、俺は人類として初めて知った存在になった。
(交渉の内容についてだが、まずは私たちの種族が何者かについて説明させて頂きたいと思う)
無言で頷くと、アンノウンはそのまま語り始めた。
「私たちの種族」という言葉からすると、アンノウンはこの宇宙に唯一無二の存在という訳ではないのだろう。
(いきなりの質問で恐縮だが、君は、人類の上位存在が居るという話を信じるかな?)
「オカルトか? そういう話題には詳しくないが」
(当事者たる君たちからすれば、そういう見方にもなるだろう。それでも幸か不幸か、人類にとっての上位存在はこの宇宙に存在した)
「人類の創造主ということか?」
(いや、私たちは人類を創造した存在ではない。君たちの一部が信じるところの神様ではないし、高度な科学に基づいたシードマスターとやらでもない。偶然に生まれた人類という存在を、ただ見守ってきた、さらに上位の存在だ)
アンノウンの話は、その辺に転がっているフィクションの与太話と何ら変わらなかった。
とはいえアンノウンは人類のテクノロジーを超越した力を持っていたし、俺はアンノウンの内部に居て、その超常的な存在性を目の当たりにしている。
以前ならば笑い飛ばしていた所だが、今はアンノウンの言うことを信じざるを得なかった。
「その上位存在とやらが、人類に何の用だ?」
(私たちは人類が生まれてからずっと、君たちを見守ってきた。人類は個性豊かな発達をして、私たちを楽しませてくれた。しかし、人類が母なる星を飛び出して宇宙に進出し、宇宙の隕石を食い潰し始めた段階で、私たちの人類に対する見方は変わった)
「メテオムーバーのことか? 確かに、俺はお前に大怪我を負わせたばかりだが、その程度で動じるような存在ではないだろう」
(その通り。宇宙戦艦やメテオムーバーなどは大した問題ではないのだよ。……君の強さは想定外だったがね。適当に少し遊んでから、後は平和的に君を連れて行くつもりだったのに、あのような怪我を負わされてしまった)
俺と部下たちの死闘も、アンノウンにしてみれば遊び程度の認識だったらしい。
(とはいえ、今の人類の戦力ぐらい、私たちが総力を挙げれば……いや、私一人でさえ、本気を出せばすぐに殲滅できる程度のものでしかない。私たちは人類の力を恐れた訳ではないのだ)
たった一体で二大勢力に甚大な被害をもたらしてきたアンノウンが何千何百体と現れれば、確かに人類に抗う術はないだろう。
奴が言う通り、今回の戦いを含めても、アンノウンはこれまで全力で戦ったことなどないのかも知れない。
「ならば、何を……」
(隕石を食い潰すこと、そのものだよ。確かに隕石には特別な力がある。私たち自身、それを使って自らのエネルギーとしている。メテオ技術は人類だけのものではないんだ)
アンノウンはメテオムーバーの眷属であるという推測は、ある程度正しかったらしい。
黙り込む俺に対し、アンノウンはなおも続ける。
(とはいえ本来、メテオ技術を使っていいのは、絶対数の少ない高度な存在だけだ。実感できないかも知れないが、この世界の万物はそういう仕組みになっている。自然界にしたって、魚が道具を使ったり、猿が電気を使ったりはしない。自らの手に余る技術を獲得するには進化という過程を踏まなければならないのに、人類は突然に高度な技術を手に入れてしまった。どこかで万物の法則が狂ってしまったんだ)
「だから、人類を粛清すると?」
(端的に言ってしまえば、そういうことだろうね)
人類は進化の水準に相応しくないテクノロジーを手に入れてしまった。これは不自然な事態だから、アンノウンは人類を絶滅させて解決する。
そう言いたい訳だ。
「そこまで決めているなら、俺を連れてきた意味が通るまい。黙って殺戮を始めればいい」
(それはその通りだ。人類は際限なく繁殖し、いずれは銀河の全てを食い尽くすだろう。歯車が狂ったまま時代が進めば、恒星を爆弾にするだとか、人為的に新たな銀河を生み出すだとか、さらなる禁忌に手を出すかも知れない。今のうちに処分しておかなければならないのだが……)
「何か問題があるのか?」
(私たちは人類を危険な存在だと断定し、処分しようとしているが、私たちも何か上位の存在に無言の支配を受けている存在なのかも知れない。仮にそうだとすれば、私たちが人類を滅ぼすという行為は、その上位存在にとっては閾値を超える行為になるのではないかとの危惧が生まれてきた)
「はあ、なるほど……」
アンノウンの種族は自らを最上位の存在と考え、人類を粛清しようとしていた。
その一方で、彼らに対してさらに上位の存在が居た場合、その行為もボーダーラインに抵触する可能性がある。
その場合は人類を滅ぼすと同時に、アンノウンの一族も上位存在に滅ぼされてしまうことだろう。
「上位存在を名乗る割に、意外と度胸が無いんだな」
(何とでも罵ってくれていい。ただ、一方的に人類を滅ぼすのは禁忌に当たるとしても、人類の同意を得られた場合はそうでないかも知れない。そういう結論に至って、私たちは最終的な決断を一人に託すことにした。それが、君だ)
「つまり、俺に人類を滅ぼせというのか」
(そこまでのことを要求するつもりはないが、君と私が協力すれば、総力戦を続けている二大勢力の上層部や、メテオ機関を大量生産している企業を破壊し、人類の持つメテオ技術の進化を一時的に止めることができる。その間に我々も策を講じる。その決断だけでも、君にお願いしたいんだ)
「言いたいことは分からないでもないな」
アンノウンは俺に決断を迫っていた。
自分に協力し、人類のあるべき姿を取り戻せと。
(人類の行方を左右する人物として君を選んだのには理由がある。君は純粋な憧れから兵士になったのに、無実の罪でスパイの嫌疑をかけられ、過酷な戦場で生き抜いてきた。今回の戦いも、事実上は新兵器の実験台にされたようなものだ。軍に復讐する理由は十分にあるが、人類を見放している訳でもない)
「……」
(私に協力すれば、君には平穏な生活を約束しよう。私たちは人類の上位存在だ。限定的にはなるが、そちらの社会に干渉することもできる。大手を振って世間を歩けるようにもするし、妻子とも共に暮らせる生活を保証しよう)
「そうか……」
(人類をあるべき姿に戻すだけのことだ。もう一度頼む。私たちに協力してくれ)
アンノウンの話を聞き終えると、俺は席を立ち、目の前の黒い箱に相対した。
戦艦を沈める威力を持つ光弾の直撃を受けたアンノウンは、流石に無事では済まなかった。
巨大な身体の胸部には大穴が空き、全身を覆っていたバリアが消えたからか、鈍い白色の装甲は色あせていた。
しかし、その状況に至っても、アンノウンは生きていた。
再び動き始めたアンノウンは、不可解な行動を取り始めた。
メテオバスター発射の反動で吹き飛ばされた〈エレクトラ・セカンド〉を巨大な手で掴むと、胸に空いた大穴から、自らの体内に放り込んだのだ。
それが終わると、アンノウンはそのまま動かなくなった。
夢を見ているような気分の中、俺はあの事件のことを思い出していた。
ナドック隊長がまだ生きていて、部隊が7人体制だった頃。
頼れる隊長のオスカー・ナドック少佐に、それを補佐する俺。
カザコの狙撃は百発百中で、ゼネックの連撃から逃れられる敵機は数少なく、さらにはジャストとカティーニの名コンビ。
新人のセルディも隊に慣れてきて、ナドック小隊はいよいよエース部隊として勇名を轟かせ始めていた。
そんな中、俺たちはその評判を受け、軍の上層部から極秘任務を託された。
リーザス宇宙軍の古株、トーマス・ゴレム大将による前線視察。
それに伴う、高速戦艦イクシーの護衛。
そう難しい任務ではない。
通るルートは主戦場から遠く離れた地域にあり、万が一奇襲を受けたとしても、エースの駆る7機のメテオムーバーを退けて戦艦を撃破するのは至難の業。近隣の友軍基地からの支援も受けられる。
いとも容易く成功するはずだった任務の情報は、何故か敵に筒抜けになっていた。
ルート上には幾重にも敵の攻撃網が張り巡らされ、近隣にあった複数の友軍基地には一斉に攻撃が開始された。
最終防衛線であるナドック小隊の前には、レディン・ノージェの〈サンダーフェザー〉が現れた。
俺たちは奮戦し、たった一度の戦闘で、合計23機ものメテオムーバーを撃墜した。
予想外の被害を受け、ノージェは戦艦イクシーへの攻撃を部下に任せ、自らはナドック小隊への攪乱へと移っていた。
激戦の中、〈サンダーフェザー〉の放った一筋のレーザーは流れ弾となり、密かに脱出を試みていたゴレム大将の小型艇を偶然にも撃ち抜いた。
敵軍と内通して利益を得ていた将軍がその相手から命を狙われ、一体どこに逃げようとしていたのかは分からないが、その辺りの事情はセルディが墓場まで持っていってしまった。
そうして、俺たちは作戦に失敗した。
ナドック隊長は大破寸前の戦艦イクシーに肉迫する敵機を3機連続で撃ち落とした所を、ノージェに撃たれて死んだ。
俺は激昂してノージェに斬りかかり、〈サンダーフェザー〉のコクピット付近にレーザーソードを刺し入れ、奴の左腕を奪った。
作戦終了後、俺たちは軍法会議にかけられた。
この作戦について知らされていたのは、軍の上層部と戦艦イクシーの艦橋スタッフを除いては、俺たちしかいない。
スパイの嫌疑をかけられるのは当然のことではあった。
セルディの体内に仕込まれたデバイスはよほど高性能だったのか、数週間に及ぶ尋問と身体検査を経ても、スパイの存在を示唆する証拠は一つも挙がらなかった。
だからといって、スパイの疑いがある人間を軍に置いておく訳にはいかない。
その一方で、救国のエース部隊を根拠もなくスパイ容疑で処刑したとなれば、世論の反発は目に見えている。
上層部は一計を案じた。
俺たちを外界から隔離し、常に戦いの場に置く。
最前線に出し続け、戦死すればそれでいいし、戦死しなければ敵の戦力を削いでくれる。
上手いやり口を考えたものだ。
俺たちはそのまま部隊ごと戦艦ウォークルに配属され、地獄の日々に身を置くこととなった。
後は、これまで話した通りだ。
目を覚ました時、俺は〈エレクトラ・セカンド〉のコクピットにいた。
内部の様子は何も変わっていないが周囲は宙域ではなく、機体ごと屋内にいるらしいということは分かった。
「ここは、どこだ……?」
メテオバスターの一撃でエナジーを使い果たしたのか、モニターは死んでいた。
周囲の状況は分からないが、衝撃で装甲のどこかに穴が空いたらしく、機内の気圧センサーは赤色を示している。
コクピット内に空気はない。宙域を漂流することになるとしても、エナジーが尽きた機体ではどうしようもない。
そう思い立ち、俺はスーツの酸素残量を確認した。
予備ボンベを2つ背負い、非常パックを腰部に装着。
シートの背部にある隠しレバーを引くと、勢いよくハッチが開く。
機体の損傷の程度は分からないが、データを無駄にすることはない。モニターの下部に差し込まれたOSチップは取り出しておいた。
そのままコクピットを飛び出そうとしたが、出撃前に手渡されたレーザーピストルが気になった。
再びシートに腰かけ、コクピット内に据えられたガンラックを開ける。
「……」
中身はどうせ空だが、ナヴィ曰くの「御守り代わり」らしい。
細かいことは考えず、持っていくことにした。
コクピットを飛び出し、無重力空間に身体を浮かせつつ、周囲の状況を確認する。
〈エレクトラ・セカンド〉はメテオバスター発射の衝撃で中破しており、やはり動ける状態ではなさそうだった。
機体は変形を解いた状態で、平らな地面の上に腰を下ろしている。
辺りを見渡すと、そこは異質としか言いようがない空間だった。
あちこちに謎の計器が散乱しているかと思えば、空白地帯のごとく何も置かれていない壁面もある。
空間全体は縦に長いが、その表現だけでは説明のつかない複雑な構造をしている。
まるで、人体の内部に入ったかのような。
それを示すかのように、天井には何かの衝撃で破壊されたらしい大穴があった。
「まさか、な……」
大穴から外部に出ようかとも考えたが、パイロットスーツだけで宇宙空間に飛び出すほど、俺は無重力空間でのサバイバル術について無学ではない。
要するに、今は動きようがない。
これからどうするか……
(まさか、ではないよ。アティグス君)
その時、脳内に直接声が響いた。
「何者だ!?」
(驚くことはない。私は君との交渉を望む者だ)
「交渉? 何のことだ」
その声はまさしく脳内に直接響いていた。
声は声として伝わっているが、本当に音声として出力されているのかは分からない。
簡単に説明できるものではないが、科学的な理論を超越したような、言ってみればテレパシーのようなものとしか感じられなかった。
(ひとまず、君を私のもとへお連れしたい。落ち着いて私の指示に従って欲しい)
「あ、ああ。……よろしく頼む」
何が何だか分からないまま、俺は謎の声の指示に従い、仄暗い空間の中を進んでいった。
推論に基づいても直感に基づいても、ここはアンノウンの体内に違いない。
俺は既に確信していた。
不思議な空間だった。
あれほど強力な機動兵器の体内だというのに、機械らしきものは多くなく、かといって有機体のようなものもない。
全体的にシリコンのような材質で出来ていて、内部の形状はどこもかしこも球面的だった。
道順は大して複雑ではなく、大まかに言って人体の胃から心臓に行くぐらいの移動をして、俺は謎の声が示す場所にたどり着いた。
(ようこそ、アティグス君。君を歓迎しよう)
ここに至るまで道を区切るものは無かったが、その部屋の入り口には隔壁があって、俺が近づくと自動的に開いた。
アンノウンにとって重要な部位なのだろう。
病院の手術室のような雰囲気だが、中にはほとんど何もない。
中央に置かれた透明な円柱を除いては、取ってつけたかのように椅子が置かれているだけだった。
円柱の内部には金属製らしき黒い箱が安置されているが、それだけだ。
本当にそれだけの部屋で、俺は謎の声と交渉をしようというのだ。
(楽に座ってくれたまえ。人間の好むようなものは出せないが、室内には空気を充満させておいたから、ヘルメットは外してくれても大丈夫だ。どのみち君の声は聞こえるから、外さなくても構わんがね)
アンノウンに促されて椅子に座り、ヘルメットは被ったままで口を開いた。
「最初に聞くが、交渉とはどういうことだ? それから、お前の正体は何だ? 相手が何者かも分からずに話すのは気分が悪い」
(ははは、もっともな要望だね)
率直に伝えると、謎の声は笑い声を上げてから、少し申し訳なさそうに答えた。
(私の正体についてだが……私は、この巨人そのものだ。君たちが「アンノウン」と呼ぶ存在は、それ自体が意思を持っていたのだよ。驚いたかね)
「そうだったのか……」
アンノウンに意思があるのではないかという議論は、軍の内部でも行われていた。
何らかの勢力が操っているにしては、アンノウンの攻撃には恣意性が感じられない。だからといって自動的に兵器を破壊するマシンなのかと考えても違和感が残る。
そういった議論の答えを、俺は人類として初めて知った存在になった。
(交渉の内容についてだが、まずは私たちの種族が何者かについて説明させて頂きたいと思う)
無言で頷くと、アンノウンはそのまま語り始めた。
「私たちの種族」という言葉からすると、アンノウンはこの宇宙に唯一無二の存在という訳ではないのだろう。
(いきなりの質問で恐縮だが、君は、人類の上位存在が居るという話を信じるかな?)
「オカルトか? そういう話題には詳しくないが」
(当事者たる君たちからすれば、そういう見方にもなるだろう。それでも幸か不幸か、人類にとっての上位存在はこの宇宙に存在した)
「人類の創造主ということか?」
(いや、私たちは人類を創造した存在ではない。君たちの一部が信じるところの神様ではないし、高度な科学に基づいたシードマスターとやらでもない。偶然に生まれた人類という存在を、ただ見守ってきた、さらに上位の存在だ)
アンノウンの話は、その辺に転がっているフィクションの与太話と何ら変わらなかった。
とはいえアンノウンは人類のテクノロジーを超越した力を持っていたし、俺はアンノウンの内部に居て、その超常的な存在性を目の当たりにしている。
以前ならば笑い飛ばしていた所だが、今はアンノウンの言うことを信じざるを得なかった。
「その上位存在とやらが、人類に何の用だ?」
(私たちは人類が生まれてからずっと、君たちを見守ってきた。人類は個性豊かな発達をして、私たちを楽しませてくれた。しかし、人類が母なる星を飛び出して宇宙に進出し、宇宙の隕石を食い潰し始めた段階で、私たちの人類に対する見方は変わった)
「メテオムーバーのことか? 確かに、俺はお前に大怪我を負わせたばかりだが、その程度で動じるような存在ではないだろう」
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たった一体で二大勢力に甚大な被害をもたらしてきたアンノウンが何千何百体と現れれば、確かに人類に抗う術はないだろう。
奴が言う通り、今回の戦いを含めても、アンノウンはこれまで全力で戦ったことなどないのかも知れない。
「ならば、何を……」
(隕石を食い潰すこと、そのものだよ。確かに隕石には特別な力がある。私たち自身、それを使って自らのエネルギーとしている。メテオ技術は人類だけのものではないんだ)
アンノウンはメテオムーバーの眷属であるという推測は、ある程度正しかったらしい。
黙り込む俺に対し、アンノウンはなおも続ける。
(とはいえ本来、メテオ技術を使っていいのは、絶対数の少ない高度な存在だけだ。実感できないかも知れないが、この世界の万物はそういう仕組みになっている。自然界にしたって、魚が道具を使ったり、猿が電気を使ったりはしない。自らの手に余る技術を獲得するには進化という過程を踏まなければならないのに、人類は突然に高度な技術を手に入れてしまった。どこかで万物の法則が狂ってしまったんだ)
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(端的に言ってしまえば、そういうことだろうね)
人類は進化の水準に相応しくないテクノロジーを手に入れてしまった。これは不自然な事態だから、アンノウンは人類を絶滅させて解決する。
そう言いたい訳だ。
「そこまで決めているなら、俺を連れてきた意味が通るまい。黙って殺戮を始めればいい」
(それはその通りだ。人類は際限なく繁殖し、いずれは銀河の全てを食い尽くすだろう。歯車が狂ったまま時代が進めば、恒星を爆弾にするだとか、人為的に新たな銀河を生み出すだとか、さらなる禁忌に手を出すかも知れない。今のうちに処分しておかなければならないのだが……)
「何か問題があるのか?」
(私たちは人類を危険な存在だと断定し、処分しようとしているが、私たちも何か上位の存在に無言の支配を受けている存在なのかも知れない。仮にそうだとすれば、私たちが人類を滅ぼすという行為は、その上位存在にとっては閾値を超える行為になるのではないかとの危惧が生まれてきた)
「はあ、なるほど……」
アンノウンの種族は自らを最上位の存在と考え、人類を粛清しようとしていた。
その一方で、彼らに対してさらに上位の存在が居た場合、その行為もボーダーラインに抵触する可能性がある。
その場合は人類を滅ぼすと同時に、アンノウンの一族も上位存在に滅ぼされてしまうことだろう。
「上位存在を名乗る割に、意外と度胸が無いんだな」
(何とでも罵ってくれていい。ただ、一方的に人類を滅ぼすのは禁忌に当たるとしても、人類の同意を得られた場合はそうでないかも知れない。そういう結論に至って、私たちは最終的な決断を一人に託すことにした。それが、君だ)
「つまり、俺に人類を滅ぼせというのか」
(そこまでのことを要求するつもりはないが、君と私が協力すれば、総力戦を続けている二大勢力の上層部や、メテオ機関を大量生産している企業を破壊し、人類の持つメテオ技術の進化を一時的に止めることができる。その間に我々も策を講じる。その決断だけでも、君にお願いしたいんだ)
「言いたいことは分からないでもないな」
アンノウンは俺に決断を迫っていた。
自分に協力し、人類のあるべき姿を取り戻せと。
(人類の行方を左右する人物として君を選んだのには理由がある。君は純粋な憧れから兵士になったのに、無実の罪でスパイの嫌疑をかけられ、過酷な戦場で生き抜いてきた。今回の戦いも、事実上は新兵器の実験台にされたようなものだ。軍に復讐する理由は十分にあるが、人類を見放している訳でもない)
「……」
(私に協力すれば、君には平穏な生活を約束しよう。私たちは人類の上位存在だ。限定的にはなるが、そちらの社会に干渉することもできる。大手を振って世間を歩けるようにもするし、妻子とも共に暮らせる生活を保証しよう)
「そうか……」
(人類をあるべき姿に戻すだけのことだ。もう一度頼む。私たちに協力してくれ)
アンノウンの話を聞き終えると、俺は席を立ち、目の前の黒い箱に相対した。
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他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
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