上 下
5 / 5

5 いつか世界を救う日が

しおりを挟む
 意識が戻った時には、俺は体育館の裏に立っていた。時間は歪曲時空に突入した時点と同じ昼過ぎだが、目の前にいたはずの宝田の姿はない。

 俺たちの死闘など全く知らず、エリアスはベッドですやすやと寝息を立てているのだろう。


「とりあえず、助かったか……」

 俺も今すぐにでも帰宅して寝たい所だったが、宝田を失踪扱いにしないためヘトヘトの身体を引きずって職員室へと向かった。何度目になるか分からないが、宝田はお祖父じいさんが危篤になって急遽北海道へと向かったことにしなければならない。


 エリアスはそれからしばらく大人しかったが、2週間ほど経ち宝田も無事に実体を取り戻したある日のこと。

 大塚さんお手製のクッキーをかじりながら生徒会室で宝田と囲碁を指していると、エリアスがいきなり部屋に飛び込んできた。

「みんな聞いて! あたし、よく分からないけどすごそうな数式を思いついちゃったの!」
「へっ?」
「忘れないうちに書くわ! ライチ、その辺のマジック貸して!」

 塩見に渡された黒マーカーのキャップを開けると、エリアスは生徒会室のあちこちに呪文のような数式を書き始めた。

「え、エリアスさん! 床は駄目です! 壁も!」
「優等生みたいなこと言わないの! そうだ、ポカちゃんの身体にも書いちゃえっ!」
「ひえぇ~~」

 エリアスが大塚さんの制服を脱がせにかかったので俺と宝田は対局を放棄し、そそくさと部屋の外へと出た。


「これはひょっとすると大変なことになりましたね」
「何、また歪曲時空か!?」

 宝田が頭を抱えて言ったので俺はとっさに身構えた。

「現時点で時空は安定。私の出番はない」

 いつの間にか一緒に出てきていた塩見がやはり無表情でそう言った。

「ということは……」

 俺が大体の事情を察すると、宝田は微笑みを浮かべて言った。


「エリアスさんはついに自分の歩む歴史まで書き換えようとしているのです。あなたの思い付きの一言が、この世界を本当に救うことになるかも知れません」
「やれやれだな……」

 部屋の中からエリアスの歓声と大塚さんの悲鳴が聞こえる。

 普段ならそろそろ止めに入る所だが、今日はまだいいかと思った。


 (END)
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...