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ツンド君はどう生きてきたのか

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 ツンド君の脳内には情報を処理する機械がある。仮にそれを読解マシンと呼ぼう。

 脳内には読解マシンを動かす3人の作業員がいる。ツンド君が勉強している時に働くマナビート、小説を書いている時に働くノベリン、そして読書をしている時に働くヨミコムである。

 大学生のツンド君は勉強が忙しく、それでいて小説を書くのも読書をするのも好きなので彼らに出番のない日はない。

 ただし勉強と文筆と読書を同時にできる人は少なく、ツンド君もその1人である。ゆえに読解マシンを操作する席は1つしかない。

 ツンド君が大学で授業を受けている時はマナビートが、家で小説を書いている時はノベリンが、電子書籍を読んでいる時はヨミコムが席に座り読解マシンを操作している。


 このマシンには一つだけ大きな欠点がある。3人の誰かが長時間マシンを操作すると、しばらくは他の操作を受け付けなくなるのだ。

 試験期間中ツンド君が必死で勉強していると、試験後しばらくは文筆も読書もできなくなる。文筆をしている時は読書をする気にならないし、読書中は本の世界に入り込み勉強をする気になない。

 ツンド君は勉強も文筆も読書もすべて楽しみたいと思っている人間なので自分のアタマの性質には薄々気付いている。だが読解マシンの不具合はそう簡単に治せるものではない。

 大学の2回生になり以前より勉強が忙しくなってきたツンド君はここの所、新たな小説を書いたりゆっくり読書をしたりする時間も取れなくなっていた。

 
 こうなると困るのはマナビートである。大学の授業は平日の夕方まであるし、帰宅後は自学自習をして試験前は勉強漬けにならざるを得ない。勉強に働けば働くほど読解マシンは文筆や読書に働きにくくなる。ノベリンとヨミコムが休んでいる間もマナビートは昼夜を問わず働くのだ。

 とはいえツンド君も勉強と文筆と読書しかしていない訳ではない。読解マシンが酷使され機能不全になった時はツンド君も自己回復を始める。

 その手段とは電子ゲームをすることである。襲い来るモンスターをひたすら狩猟したりアニメに出てくるロボット同士を戦わせたりしている時は読解マシンはほとんど働く必要がなく、機能を回復させることができる。

 それも自然に直っていくのではなく、また専門の作業員がいる。ゲームノーという修理工はゲーム中に読解マシンの動きが鈍ったのを見計らって読解マシンを修復する。

 そうして修復が終わったら、マナビートたちは再び仕事に戻れるのだ。


 ここからはツンド君の日常生活の様子である。

「ツンド君って、文芸部に入ってるの?」

 授業が終わり、荷物をカバンにしまって帰ろうとしたツンド君に話しかけたのは同級生の女の子であるフミコちゃんだ。

「え、あ、うん。1回生の頃からずっとね」

 女の子の知り合いが片手の指で数えるほどしかいない陰キャラのツンド君は顔面偏差値が中の上ぐらいのフミコちゃんに話しかけられると驚いてしまう。

「わたし新入生の時に入ろうかと思ったんだけど、他の部活が忙しくて。でも運動部は練習がきつくて少し前に辞めちゃった」
「へー、そうなんだ……」

 ツンド君にはコミュ力がないのでだから何だという感想が最初に出てしまっていた。ここで話題を広げられないのが非リア充という人種である。

「だから今更だけど文芸部に入ってみようかなって。よかったら部長さんのアカウントを教えてくれない?」
「いいよ。ちょっと待ってね……」

 ツンド君はスマホを取り出してフミコちゃんに文芸部の部長のアカウントを教えた。ついでにフミコちゃんのアカウントと友達になった。ちょっと嬉しく思ったようである。

 フミコちゃんは文芸部に入部し、とても無難な短編小説を書くようになった。部誌に掲載されたフミコちゃんの短編小説には何というか面白みがないが、それとなく彼女を意識するようになったツンド君の目にはそれはとても素晴らしい作品に見えた。


 ではツンド君が書いてきた小説はどんなものか。これがまた非リア充全開である。

 SFと銘打ってはいるがその実は煩雑な設定のオタク小説。登場人物は無駄に多く、戦闘シーンばかりなせいでキャラクターの掘り下げも足りない。要するに自己満足のカタマリのようなものだ。

 これではいけないと2回生の後半にもなって気付いたツンド君。フミコちゃんのように短編小説を書いてみようとするが、作品をまともに完結させたこともない自称文筆家にとってそれは至難のわざであった。

 フミコちゃんは席が遠いし部活外で意味もなく話しかけてくれることもないのでツンド君は焦りを覚え始めた。人生は恋愛ゲームのようにはいかないのである。フミコちゃんにしてみればツンド君は同級生Aという扱いでしかないかも知れないのだが、そのことはまあ置いておこう。


 ここで脳内の話に戻る。好転しない日常にツンド君が苛立ちを感じるとマナビートたち3人は困ってしまう。脳内の温度が上昇して28度ぐらいになると3人とも働く気力が低下してしまい、読解マシンも上手く働かない。

 勉強も文筆も読書も上手くいかなければフミコちゃんは一向に振り向いてくれない。それでツンド君はさらに苛立ち、読解マシンはますます機能不全に陥る。


 そんなある日、マナビートたち3人はついに熱中症で倒れてしまった。

 いわゆるリア充な運動部員とフミコちゃんが仲良く話しているのを目撃してしまったツンド君は苛立ちで頭がパンクしてしまったのだ。男女が話しているのを即座に恋愛関係と受け取る辺りがやっぱりイケてない大学生の典型である。

 高温地帯と化した脳内で働けるのはゲームノーだけだった。ゲームノーは読解マシンが動かない時に働く人なので、こういう時こそ自分の出番と張り切るのだ。

 ツンド君は勉強も文筆も読書もせずひたすらゲームに打ち込むようになった。ゲームの中の女の子はとても優しくしてくれるので、ツンド君はフミコちゃんへの恋愛感情を次第に忘れていった。遊ぶ側をバーチャルに満足させるのがゲームの良さである。

 こうして読解マシンは修復され、ツンド君の脳内は平熱に戻っていった。


 ようやく熱中症から回復したマナビート、ノベリン、ヨミコムはそろそろ自分の出番が来るかと期待していた。のだが、驚いたことにゲームノーがいつまで経っても席を空けてくれない。

 抗議した3人に対し、ゲームノーは言った。どうせツンド君はフミコちゃんを疑似恋愛の対象としてしか見ていないのだから、このままゲームばかりして暮らせばよいではないか。そうすれば自分もいちいち働かなくて済むのだと。

 大学生のツンド君が勉強をしない訳にはいかないのでマナビートにだけは読解マシンを操作することを許すが、ノベリンとヨミコムにはもはや仕事はない。だって、ツンド君が小説を書かなかろうが本を読まなかろうが別に誰も困らないのだから。

 ノベリンとヨミコムは反論しようとしたが、ツンド君は面白い小説を書く訳でも読書を人生に活かしている訳でもなかったので上手く言い返すことができなかった。

 こうして読解マシンを動かすのはマナビートとゲームノーだけになり、ツンド君は勉強で好成績を叩き出しつつ毎日ゲームの世界を楽しく生きるようになった。めでたしめでたし。


 と終わりたい所なのだが、そんな毎日を過ごす内にツンド君はついに社会人になってしまった。社会人の忙しさは想像を絶するもので、ツンド君は勉強でもゲームでもない仕事という新たな作業を強いられるようになった。

 ここに来てマナビートとゲームノーの出番はなくなり、読解マシンの席には新人のワークマンが常に座っているようになった。

 これまで役目のなかったワークマンがいきなり連日のフルタイム勤務を課されたのだ。当然のように問題は起こり、人間で言えばゆとり社員に近い性格のワークマンは精神的に苦しくなって作業を怠けるようになった。

 ワークマンが怠けていても席は埋まっている状態なので、他の誰も読解マシンに手出しはできない。ツンド君は会社でほうけたように過ごしていることが多くなり、ついに閑職に回されてしまった。


 ツンド君が窓際席で寝ている間に、脳内では作業員たちの緊急会議が開かれていた。

 ワークマンが精神的に追い詰められたのは、ツンド君が社会人になったことでいきなりフルタイムでのマシン操作を強いられたからだ。しかし原因はそれだけだろうか?

 ワークマンは確かにフルタイム作業を強いられていたが、社会人がひたすら仕事に打ち込むのは現代日本では当たり前のことである。本来であれば、ツンド君は大学を出るまでにワークマンをある程度働かせておかねばならなかったのだ。

 思い返せば、ツンド君は大学で課外活動というものをほとんどやっていなかった。アルバイトもせず部活はろくに活動のない文芸部だけで、家では勉強とゲームばかりにのめり込んでいた。これではワークマンに出番があるはずもない。


 ツンド君の人生がこれから上手くいくかどうかは分からないが、これを読んでいるあなたはツンド君のようにならないで欲しい。

 勉強も文筆も読書もゲームも仕事も、あらゆる活動は人が楽しく生きるのを助けてくれる。問題はそのバランスだ。たまには自分の生活を振り返って、何かの活動に偏って生きていないか気を付けてみよう。


 (終)
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