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第2章 魔術学院受験専門塾

20 融合樹脂

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 冷たい石の台の上で目覚めたユキナガは、自分が置かれている状況を確認した。

 身なりはみすぼらしい布の服の上下、身体の軽さや皮膚の様子からは自分が20代の若者であることが推察でき、ここが異世界からの転生者を迎え入れる施設であるということも直感的に理解できた。

 ここに至るまでの記憶はないが、自分はこれからこの世界で教育者として生きていくという使命は強く脳裏に刻まれている。


「やれやれ、この仕事も久しぶりだ……おっと」

 一つだけの扉の向こうから誰かが近づいてくる音が聞こえ、声の主は扉をノックするつもりが開いていた扉をそのまま押し開けてしまった。

 そこには厚い外套がいとうを着た中年男性が立っていて、ユキナガは彼に無言で会釈をした。

「失礼します、中央ヤイラム転生者事務局の局長、ミッターと申します。この度はご転生おめでとうございます」
「はじめまして、私は転生者のユキナガと申します。この施設の責任者様ですか?」
「ええ、ちょうど有給を取っている職員が多くて局長自らお迎えに上がりました。それにしても……」

 ミッターはそう言うと首をかしげ、ユキナガの顔をまじまじと見た。

「ユキナガさんと仰いましたか、どこかでお会いしたことがあるような気がします。そんなはずはないのですけどね」
「自分と似ている人間は世の中のどこかに必ずいると言いますから、そういうこともあるでしょう。この度はよろしくお願い致します」
「こちらこそ。ユキナガさんを迎え入れる団体についてですが、責任者の方の到着が遅れており少しだけ集会所でお待ち頂く必要があります。まずはお着替えをお願いします」

 ミッターに促されて召喚の間を出るとユキナガは更衣室に通された。

 そこには高級そうな衣服と歩きやすそうな靴に加えて手持ちカバンが用意されていて、カバンの中には生活必需品らしきものが収められていた。

 それらを身に付けて更衣室を出たユキナガはミッターの指示を受けて転生者事務局に併設された集会所に通された。

 集会所のテーブルは木でも石でもない硬い材質でできていて、テーブルを囲んで置かれている椅子も同様だった。

 ミッターが去る前に、ユキナガはこのテーブルや椅子の材質について尋ねることにした。


「局長さん、このテーブルは木でも石でもないようですがどういった材料で作られているのですか?」
「ああ、それに着目されるとはお目が高い。そちらのテーブルは融合樹脂という素材から作られておりまして、創造魔術の研究成果が民生品に応用されたものです。近年になって量産化が進みまして、ここのような郊外の役所でも仕入れられるようになったのです」
「なるほど……」

 この世界の文明のレベルはまだ知らなかったが、工業製品に相当するものが普及し始めているらしい。


 ミッターに礼を言って融合樹脂の椅子に腰かけたユキナガは集会所の窓から周辺の様子を確認した。

 ミッターは中央ヤイラムというらしいこの地域を郊外と言っていたが寒冷期にあるらしい現在でも周辺には人通りが多く、商業施設らしきものも多く立ち並んでいた。

 この異世界あるいはこの国家がどういう状況なのかはほとんど知らないが、少なくとも自分が都市部の近くにいることは間違いないと思われた。
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