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第2章 魔術学院受験専門塾

48 屍

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 魔力暴走の苦しみで集合墓地の地面をのたうち回るミングルに、ユキナガは歩み寄ると右手をかざした。

 脳裏にミングルの体内を走る魔術経脈けいみゃくの構造がおぼろげに浮かび、ユキナガは治癒魔術を行使した。

 魔術経脈をほとばしる魔力はユキナガが発した治癒魔術の影響でその勢いを弱め、ミングルの唸り声は次第に小さくなっていく。


 異世界エデュケイオンは魔術のことわりに支配される世界であり、人間族が行使できる魔術は大まかに分けて戦闘魔術・創造魔術・治癒魔術の3つに分類される。

 治癒魔術は亜人族も含めた人類や動植物を負傷や疾病から回復させるものだが、その原理は魔術学の専門用語で「再生」と呼ばれる。

 例えば剣で斬られた傷口を塞ぐための治癒魔術は科学界の言葉で言うところの「創傷」「出血」「炎症」といった現象を解決している訳ではなく、実際には創部の状態を負傷する前の状態に戻している。


 このように治癒魔術は一定の期間に生体に生じた現象を巻き戻すものであり、仮に負傷から回復したばかりの人間に治癒魔術を施せばその人間は負傷を再び身に受けることになる。

 ユキナガはミングルの体内を走る魔術経脈の状態を数時間前に戻すことにより、ミングルを魔力暴走から救おうとしていたのだった。


「これは……とてつもない魔力だ。どうにか間に合えばいいが……」

 曲がりなりにも魔術学生として長い時間を過ごしてきたミングルの体内には魔術師と比べれば少ないとはいえ常人を凌駕する魔力が宿っており、ミングルの体内にある魔術経脈では暴走する魔力とその流れを打ち消そうとする治癒魔術がせめぎ合っていた。

 それでもユキナガは全力で治癒魔術を行使し、ミングルはやがて意識を取り戻した。


「……先生、俺を助けてくれたんですか? 俺は先生を殺そうとしたのに……」
「私は魔術師ではないが、魔術を行使できる以上はそれに準ずる義務がある。それ以前に塾講師である私たちが社会に送り出した教え子の命を救うのは当たり前のことだ」
「本当にありがとうございます。……先生、今すぐこの場から逃げましょう!」
「えっ?」

 命を救われた感動に打ち震えていたミングルだが、彼は表情を一変させるとユキナガにこの場から逃げるよう促した。

 彼の視線の先に振り返ったユキナガは、


「ウウーッ!!」
「危ない! 何だ、これはしかばねではないか!?」
「魔獣です! 俺がこんな場所で攻撃魔術を使ったから、屍型魔獣を呼び出してしまったんです……」
「何だって……」

 異世界エデュケイオンにおける人類の天敵である魔獣についてはユキナガもこの10年間で知識を得ていた。

 この中央ヤイラムの地も含めて中央都市オイコットは大陸各地の魔裂まれつから最も遠い地域を選んで建設されており、新聞や雑誌の記事で大陸各地に様々な魔獣が現れていることは知っていたがユキナガが魔獣をその目で見るのは今が初めてだった。


 ユキナガは1体の魔獣の攻撃をかわし、背後から火焔かえんを放って屍の身体を焼き尽くした。

 しかし周囲の地面からは次々に屍が現れ、ユキナガとミングルを包囲していく。


 目の前に群れなす魔獣は屍型魔獣と呼ばれ、土葬された人間族や亜人族の屍が強い魔力の影響を受けて蘇ったものである。

 蘇ったといっても既に思考能力は失われており、骨だけの姿になった屍は目につく生命あるものを襲い、まだ腐肉が残っている屍は生命あるものを殺して喰らう。


 屍型魔獣は通常では竜をはじめとする強い魔力を持つ魔獣の襲来に伴って地中から現れるが、今この場所においてはミングルが起こした魔力暴走の影響で現れたのだろう。
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