疾風の蒼鉄 Rise and fall of Blue Iron -伯爵公子、激動の時代を駆け抜ける-

有坂総一郎

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野戦演習<Ⅱ>

厳しい野戦実習-8-

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 塹壕の一角で無人銃座に苦戦しつつも抵抗拠点を築いていた俺たちだが、手詰まり感を感じずにはいられない状況が続いていた。そんなまさにそのときのことだった。

「アシュモア卿、向こうの高台に手旗信号が――我らの敵はあなた方に非ず、休戦せよ――休戦の申し込みを繰り返し送っていますわ。あれはセリーナ、第3分隊ですね」

「休戦? それに第3分隊の敵は俺たちではない?」

 リリーが確認した手旗信号は俺を混乱させる。だが、現状の打開に一つの可能性を示すことにはなっていただけに無視は出来なかった。

「今の俺たちには手詰まりだからな、大将、俺は休戦の申し込みを受け入れるべきだと思うぜ」

「アイザックはこう言っているけれど、リリーは?」

 アイザックは既に重傷判定で攻撃参加しても殆ど無人銃座相手にも手榴弾投擲くらいしか出来ない扱いになっている。つまり、戦力としては換算出来ない状態となっている。彼だけでなく、俺もリリーも実は軽傷判定で部隊全滅も時間の問題であったと言えるだけにアイザックの判断は適切ではあった。

「そうですね。アイザックが重傷判定で戦力にならない以上は渡りに船でしょう。いったん、この橋頭堡を捨てて安全圏で休戦受諾を連絡するべきと考えます」

「じゃあ、決まりだな。撤退だ」

 俺たちは総崩れになる前に元来たルートで塹壕群から退却を始める。いずれ、再び踏み入れるときに備えて足場を確保すべくスコップで斜面を切り崩しておくのも忘れない。

 ◇◆◇

 第1分隊が撤退しつつあった頃、第2分隊は第1分隊とは別のルートで橋頭堡を作っていた。彼らは第1分隊を後ろから刺すつもりで塹壕へ踏み込んだのだが、塹壕の第一層を突破して第二層に入った途端に第1分隊を追撃する無人銃座と鉢合わせしてしまい銃撃戦を行う羽目になっていたのだ。

「なんなんだ、アレは」

「あんなの聞いてないよ。第1分隊が交戦していたのは第3分隊ではなく、コイツらだったんだね」

 オリヴァーとフェリクスは塹壕第一層に逃げこみ物陰に隠れながら遭遇した敵の正体に悪態を吐いていた。さすがに想定外の存在に対しての攻撃までは考えていなかった。

「フェリクス、君の判定は?」

「少し食らってしまった。軽傷判定。まぁ、まだ大丈夫だよ。でも、演習弾とは言っても機関銃相手だと結構痛いもんだね」

「実弾はもっと痛いぞ」

「そりゃそうだね」

 状況は悪くない。いくらか傷を負った判定とはいえども、殆ど無傷状態だ。戦闘に支障が出てはいない。出鼻を挫かれたが、相手の正体がわかったことで対策もとれる。なにせ、こっちにはエレノアがいるのだとオリヴァーは考えていた。

「エレノアは?」

「あぁ、今こっちに向かっている。そのうち到着するねって、なんか藪の方向で手旗信号が」

「手旗信号?」

「我らの敵はあなた方に非ず、休戦せよ――そう繰り返している。あれはセリーナだね」

「第3分隊はあっちだったのか」

「どうやらそうみたいだ。で、どうする? 無視してこのまま第1分隊の首を狙う?」

「フェリクス、君は思っていた以上に好戦的だな」

 オリヴァーは呆れた様子を見せるが、フェリクスはにこりと笑みを浮かべるだけだった。

「オリヴァー、僕は君に状況分析した提案を二つ出せる。それを選択するのは君だ。僕たちのリーダーは君なんだからね」

「わかった。その提案を聞こうじゃないか」

「さて、一つは第1分隊の首を獲ること。恐らく、彼らは僕らと違って交戦時間が長い。その分だけ損耗している。恐らく誰かが重傷判定になっているだろう。なら、彼らを無人銃座と挟み撃ちにして討ち取ってしまうことも難しいことじゃないと思う。そして、恐らく、無人銃座は何らかの条件で行動しているだろう」

「何らかの条件で行動している?」

 オリヴァーはフェリクスが先の戦闘で何か観察しているのは気付いていたが、それほど長い時間ではないのに気付いた情報があるとは思ってもいなかった。

「あぁ、さすがに観察出来ていた時間が少ないから明確ではないけれど、恐らくは守備範囲みたいなものが設定されているか、重点監視ポイントに接近した存在を排除するか、そんな仕組みなんだろうと思う」

「つまり、フェリクス、君はそれを把握すれば第1分隊をそこに誘導して挟み撃ちにしてしまえると踏んでいるんだな?」

「そういうことになるね。あとは、そういった条件を分析していけば、被害少なくフラッグに到達出来ると考えている。ただし、時間はかかるね。なにせ、僕たちは3人しかいないのだから。あと、条件を把握する前に戦力がすり減ってしまう可能性がある」

 フェリクスはあの短い時間でそこまで考察していたのだとオリヴァーは感心した。元々、技術者の家系で、彼自身もいくつかの発明や実験をしていることをオリヴァーは知っていたが、そういった経験と勘がフェリクスの戦場での分析に役立っていと驚くと同時に頼もしさを感じたのであった。

「それでは、もう一つの提案は?」

「ヴィクトリアの提案を受け入れることさ。第1分隊の首を獲れないけれど、代わりに級友すべてを味方にして9人小隊として行動出来るようになる。まぁ、第1分隊はさっき伝えた通り、重軽傷判定だろうからそのまま戦力勘定出来ないかも知れないが、僕たちが把握していない知見を持っているはずだ。これは違う意味で武器になる」

「なるほどな・・・・・・で、君はどうするべきだと考えている?」

「僕個人としては第一案にこだわりたい。なにせ、戦力比で圧倒的優位の第1分隊を打ち破ったとなれば大きな自信になるからね。そうだね、科学的教養は軍事的教養を上回る成果を出せるという証明になる。それは発明家、技術者にとっては一種の名誉とも言えるだろうからね」

「ということは第二案が第2分隊としては採るべき道だという判断なのだな?」

「そうなるね。今ここで求められているのは、僕たちがフラッグを奪取することであって、僕個人のこだわりや名声の問題ではないからね」

 オリヴァーはフェリクスに対する見方を少し変えた。こいつはとんでもない欲張りで、見栄っ張りで、そして同時に最終的に目的を見失わないのだと。

「君は本当に強欲だな」

「そうかな、僕はなすべきことのついでに得られるものを全て得ておきたいと思うだけさ。あぁ、コレクターの性だね。これでも僕はオタクなのでね」

「それは知っているし、気付いていないと思っていたのか、機械変態メカフェチどもめ。なんだって俺の分隊には変態オタクが揃っているんだろうな?」

「その機械変態メカフェチの片割れが到着したよ」

 悪態を吐くオリヴァーに追い打ちを掛けるようにフェリクスはエレノアの到着を伝える。

「何の話をしていたのですか?」

「あぁ、俺の分隊には変態オタクが揃っていると嘆いていたんだ」

「それって私のことですか?」

 キョトンとした表情をするエレノア。

「あぁ、そしてコイツも同類で、手に負えないと話していたんだ」

「ちょっと待ってください。私は変態オタクではありません。私はただ、自分が好きなことをしているだけです」

 フェリクスはエレノアの肩に手を置いて首を横に振った。

「ようこそ、兄弟姉妹、変態オタクの世界へ、君は深淵を覗き込んでしまった同じ穴の狢さ、さぁ、果てしなき深淵の世界へともに歩んでいこうじゃないか」

「そんな、私は違います」

「一緒だ、変態オタクどもめ。さて、エレノア、折角ここまで急いできてもらったのだが、俺たちはここを放棄して撤退する。第3分隊から休戦の申し込みがあった。俺はこれを受けようと思う。君は一足早く第3分隊と合流して彼らと一緒に警報装置を全部回収してくれ。あとで必要になる。俺たちはこの上、塹壕第三層にいるだろう第1分隊と合流してから撤退する」

「わかりました。お気をつけて」

 変態オタク扱いを撤回してくれなかったことに肩を落としながらも、エレノアは自身の役割を理解して即座に来た道を戻り第3分隊へと向かっていく。

「さて、変態オタクの片割れは仕事を始めてくれたことだし、俺たちも仕事をしにいくぞ、第1分隊を支援してやろう。信号弾を使おう赤白1発ずつだ」

「了解。違う道の変態オタクさん」

「俺は違うぞ」

「この紀行文を書いたのはどちら様で?」

 にたぁっとした表情を浮かべるフェリクス。彼はとある本を取り出す。その本の表紙を見たオリヴァーは一瞬で青ざめる。

「き、貴様、どこでその本を!」

「本性を現したね。まさか、名門貴族の御曹司が、鉄道変態鉄オタでその中でも崇拝されるような伝道師だなんて、僕なんて変態オタクの階級ではとてもとても及びませんよ、ねぇ、バニヤン師」

 とても悪い笑みでオリヴァーを手玉にとるフェリクスであった。
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