私はビブリオテカ ―― 終わりなき博物誌編纂の過程で泣いて足掻いて食べて笑って、生きる姿に幸あれ ――

屑歯九十九

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第壱章 ―― 不愚対天 ――

第032話 ―― 交わり渉る

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【前回のあらすじ――。大学校の教員ヴァサンタがレクラウスとバニスを連れて大学校の奥へ引き、ノックはゴブリン達に散乱した宝飾品の回収を手伝ってもらい。ルブトンは同室の青年に命じられてノックを呼びに行く。そして、とある会議場の席に、レクラウスとヴァサンタを囲むように人々が集まった】










 肉付きのいい手が扉を叩く。

「ルブトンにございます」

 扉の奥から青年の声が、どうぞ……、と端的に告げた。
 失礼します……、と言ってからルブトンは入室し、高慢な態度に切り替えて、さあ早く入れ……、と催促する。
 言われるまま従うノックが入室し、ルブトンは廊下を確認してから扉を閉めた。

 真っ先に初めて見る部屋を不安そうに見渡すノックは、ルブトンにそでを引っ張られ、ご挨拶しろ……ッ、と説教まで受ける。
 言葉遣いに顔をしかめるノックだったが、窓を背に座る青年にお辞儀した。
 
「どうも……」

 若造の不調法な所作にルブトンは一層表情を険しくして追及する。

「お前は目上の方に対する最低限の礼儀も知らんのか? いいか、この方は……」

 青年は静かに、机に置いていた手を挙げた。
 それが沈黙を求める合図だと察してルブトンは口を結ぶ。
 青年は微笑み会釈した。

「ご足労かたじけない。私はロルキオ・オッソ・ヴァッツァレ・バルモッサ……。西域のバルモッサ公国の者だ」
 
「バルモッサ公国の……バルモッサ、さん? つまり……」

 相手の氏素性を察してノックは目を大きくし、たじろぐ。
 一方ロルキオは微笑み、視線をいったん外した。

「バルモッサ公国元首、バルモッサ公の一子だ。強引な招きをいとい、事前の明言を避けたのだが、かえって混乱を助長しただけのようだ。申し訳ない」

「あ、いえ、こちらこそ。その、すみません……」

 恐縮するノックの隣から、ルブトンは射貫くような視線を送る。
 一方ロルキオは首を横に振った。

「いいや、こちらこそ事前に氏名を隠し呼び出したことを許してもらいたい。何分なにぶん、内密な話をしようと思ってね」

「と、言いますと?」

「その前にどうぞ、お掛けになってくれ」

 言われてノックは椅子を探すが、少し離れた位置に1脚だけあったので、目の前を通ることになるルブトンに、いいですか? と断りを入れた。
 椅子を一瞥いちべつしたルブトンは、ああ好きにしろ、と言い終わる前に。ロルキオの鋭い目を受け。逡巡の気配を見せるも、椅子を手にして机の前に置いた。
 自分で運ぶつもりだったノックはこれまた恐縮して、ありがとうございます……、とルブトンに感謝を述べてから着席し、脇に抱えていた小箱を膝に乗せる。
 ロルキオは柔和な笑みを浮かべていた。

「何から何まで用意を忘れてすまない。この部屋は業務のために必要最小限のものに止め、客人を招くには不適格だった。今後招くときは賓客ひんきゃくとして礼節にのっとり遇することを約束する」

「いや、そんなとんでもない。むしろ、格式ばったのは慣れませんので……」

 鼻を鳴らしたルブトンは、ロルキオに酷薄ともいえる眼差しを配られ、委縮した。
 空気が凍りついた気がしたノックは慌てて口を開く。

「それで、俺に何の用ですか?」

「ああ、そうだった。わざわざ呼んだのは、これについてだ」

 そう言ってロルキオは、上等な羊皮紙を1枚めくって、これまた上等な羊皮紙に乗せた古びた推薦状をノックの前に押し出す。
 ノックは腰を浮かせたが、すぐに座面に引き下がる。相手の顔を窺いつつ、これって……、と口を開くもその先はロルキオが微笑んで語り出す。

「君の紅推薦状くれないすいせんじょうだ。これをぜひ譲ってもらいたい」

「譲るって……でも、それじゃあ」

「勿論、君が入学できなくなるようなことは起こらない。これがあれば……」

 ロルキオはすでに解錠した机の引き出しを開け、箱を取り出す。
 その中から出てきたのは、布団とも形容できる絹の緩衝材に今まで守られていた推薦状だった。
 ノックは、相手が提示する荘厳な紙面を見つめて、これは……、と驚きを示す。
 ロルキオは微笑みを絶やさない。

「これは銀糸推薦状ぎんしすいせんじょう。紅推薦状と同じく、大学校の入学受験を認める資格証明書だ」

 それは銀の箔によって、整然と奥まで並ぶ列柱に荘厳な破風を乗せた神殿を表し。豊かな顔料で、瑞々しい果実や色の良い穀物の絵が、縁取っていた。
 バニスが引き裂いた推薦状と同じ正確な鵝毛がもう書体の文章が、神殿の列柱が囲う空間を埋めている。
 ロルキオは。

「これに君の名を書いて私が学校に推薦しよう」

「そんな、ことが……」

「できるとも。あ、もし不安ならば私の父上、バルモッサ公爵に掛け合ってこちらに名前を記しても構わない。父上も貴殿が紅推薦状を提供してくれるということなら間違いなく動いてくれるはずだ」

「でも……その……」

「それと、もう1つ。この推薦状に加えて6ミダスを差し出す」

 ルブトンは脳裏で計算する。
 たしかシャレオンでは、1ミダスで500人近くの騎士を1日雇える。
 ルブトンの顔色は一変した。

 ノックに関しては、数人の帝国兵士とテッサ2箱が頭の中で踊っていた。
 男2人がそれぞれ驚愕と茫漠に精神も顔も支配されている中。
 ただ1人提案者のロルキオは前のめりで、どうだろうか? と尋ねる。
 意識を取り戻したノックは目を泳がせた。

「えっと、でも、その……でも、あの……ちょっと、え、え?」

「うん、戸惑うのも無理はない。なにせ、1ミダスで帝国の正規兵を一年雇える、とはいえ、君の提示するものも値千金の代物……ここは、少し考える時間を……」

「いや、その……」

「急ぐ必要はない。といっても入学試験開始までには決めてほしい」

 いえ……、とノックははっきりと告げて頭を下げる。
 その所作の決然とした印象にロルキオは目を細めた。
 ノックは言う。

「ありがたいお話ですが。お断りします」

 何を言っている……ッ、とルブトンが詰め寄るが。ロルキオがてのひらで制し、顔を上げたノックにさらに提示した。

「ならば……9……いや、12ミダスでどうかな? もし、ミダスでは嫌ならば君の望む貨幣で同じ価値の金額を提供する」

 仰天するルブトンが数字を復唱する。
 しかし、ノックは動じることなく首を横に振る。

「いいえ、遠慮させてもらいます」

 ルブトンは両者の顔がはっきり見える位置に移動し、驚愕に造形した顔を振りまく。
 ロルキオは眉一つ動かさず軽く指を組み、伺う。
 
「どうして、そこまで固辞するのだろうか? 確かに、この紅推薦状は類まれなる逸品だが……。こう言っては何だが、君にとって、いや、本質的には誰にとっても、ただの用紙に過ぎないのではないか?」
 
 ルブトンとロルキオは一瞬目を合わせる。
 ノックは一呼吸の後、紅の文面にある赤い記名に目を落とす。

「確かに俺は、あなた方に比べて、この推薦状の価値を知り尽くしてるわけじゃないでしょう……」

 ロルキオは机に肘を置き、前のめりに問い質す。
  
「というと……。これを預けてくださった方は、君にこれの詳しい用法を教えなかったのかな?」

「ああ、まあ。その……。授けてくれた人の孫娘さんからは、非常に貴重なものらしい、とは聞きました。でも、渡してくれた人は……“ただの推薦状でしかない”と……。俺が試練に挑む資格を与えるが、立ちはだかる試練の役には立たない、と言明されました。はっきり言って最低位の推薦状と同じ、と言ってました」

 なんだ……、とルブトンは肩を落とすが、しかし疑念にかられた様子で眉をひそめる。
 ロルキオは一貫した態度を通す。

「ほう……では、なおのこと、こちらの銀糸推薦状と交換するべきではなかろうか。これは入学試験に際し、加点が約束されている。さらにこれは、有効期間が大幅に設定されており、試験期間外の特別編入も可能だ。まあ、普通入学よりもいささか試験は厳しいが。それでも、自分の都合に合わせて試験に備えることができる。勿論、これを受け取ってくれれば私も、いや、我がバルモッサ家が君を全力で支援する。君にとっては好都合だと思うが?」

 ノックは微笑み首を横に振る。

「確かに、俺の夢には、入学は重要な意味を持つ。でも……」

 改めて見る紅の文字を刻んだ紙は、古めかしく、限られた装飾も掠れて、わかるのは赤い顔料で描かれた抽象的な柘榴とそこから流れるような線の縁取りくらい。まるで、いつか見た血のようにも見えた。
 そして、つづられた赤い記名を見て、老爺の姿を思い出す。
 老人扱いするには精悍せいかんで、まっすぐな背筋と軽快な足取り、そして、培われた経験と信念と年相応の愛嬌を兼ね備えた理想的で手本として他にいない老人の姿。
 黒い鎧を身にまとい、可憐な精霊を従える男の背中を思い出す。

 いつの間にか閉じていた眼を開けるノック。

「……これを託してくれた人は。俺がどんな試練でも自分の力で乗り越えられる、そう信じてくれたはずなんです……。俺は入学したい。けど、信じてくれた人を裏切るような真似もできない。そして、俺の夢は……、託された思いを捨てるような馬鹿が背負っていい夢じゃない……。そう思うから……」

 鼻で笑うルブトンが身を乗り出す。

「何を言い出すかと思えば無知蒙昧むちもうまい、いや、誇大妄想にりつかれているとしか思えん世迷言だ」

 口差のない言葉にノックは微妙な顔になって首を引っ込める。









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