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第01章――飛翔延髄編

Phase 68:迫る手

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《マービン・ウィリアムのエマージェンシーアワー》子供からお年寄りまで誰もが知る0-OX(ゼロ-オックス)のテレビ番組。さまざまな危機的状況に対処する方法を自称不死身の大元帥マービン・ウィリアム(91)が教えてくれる。特に『原子力潜水艦奪還プログラム』の回は、視聴率42.19%の記録をたたき出し、伝説となった。しかし、後に中央政府の最高機密を番組内で放送していたことが発覚し、番組のプロデューサーが国家反逆罪と猥褻物陳列罪並びに風紀紊乱罪で懲役462年を言い渡された。その後、番組が刷新されてから放送された『プロデューサー脱獄プログラム』の回は視聴率の記録を破り、その年の優れた番組に贈られる賞を受賞するに至る。













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 アレサンドロに銃口を向けるマクシムは怒鳴る。

「何が起こってやがる⁈」

「知るもんか!」

 パイロットの思わぬ強気の回答にマクシムは歯噛みし、眼光を少女へ向けた。

「何をしやがったんだ! 答えねェとぶっ殺す!」

 暗闇の中でスロウスが口を開き、蒸気を吐く。
 マクシムは吠えた。

「黙ってないで……ッ」

 声を荒げた瞬間、垂れ下がった肉が明確に躍動し、マクシムは思わず銃撃した。残り一発。
 弾丸を浴びた肉は、動きを止める。マクシムはしばらく待ってから確定した沈黙に、笑みをこぼした。
 その瞬間、肉に刻まれた弾痕を内部から突き破って、骨を張り合わせた手が顕現し、小銃を握り締め、引き寄せる。
 訳も分からないマクシムだが銃を手放してはいけないことは体が理解していた。
 ソーニャがロッシュを背後に、一歩引く。
 ピートとアレサンドロも後退り。
 肉から生える腕は、付け根からさらに指を生み出すと、それが穴を拡張し、ついに骸の形相を暴き出す。

「何なんだ!」

 その叫びを連呼するしかないマクシム。
 肉を引き裂き登場するスロウスは足を床に降ろす。握った銃の先端が頭蓋を晒す己の頭部を狙っていることなど気に留めない。
 マクシムが引き金を引いた。
 弾丸は剥き出しの頭蓋骨を直撃し、床に転がる。
 屈んだ体勢から背筋を伸ばすスロウスは、機械的に目の前の男を見下ろした。
 暗い眼窩に覗かれるマクシムは小銃を引っ張るが動かない。ついには体重をかけて足を浮かせるも、スロウスに握られた銃は上下すらしなかった。
 一瞬の沈黙を挟んでマクシムが右手でレバーアクションを実行。スロウスが支えてくれたおかげで逆に難なく成功した。それが嬉しかったのか、嘲う。いや、むしろ混乱で頭がいかれたと考えるべきか。
 マクシムが引き金を引く。
 笑っていたソーニャは銃声で表情を失う。

「5発込めてたの!?」

 弾丸はスロウスのコートの襟に当たる。着弾地点から飛び出す影が笑みを作るマクシムの頬をかすめ、壁を跳ねて最後はピートの足元で火花を散らす。
 盛大におののいたピートはバランスを崩し、尻から転倒。結末を予想したアレサンドロは床から突き出ていたドリルビットが太った尻の下敷きになるのを確認した。
 仰向けに作業していたベンジャミンは突然、眼前の床が陥没して慌てふためく。
 隠匿されていた5発目の弾丸は、空しく転がり、ソーニャの元にたどり着く。
 ピートの野太い絶叫にマクシムは振り返る。睨まれたアレサンドロは、俺じゃない! と片手を挙げた。
 そのすきに、ソーニャが身振り手振りでレバーアクションを実演。

「スロウス! その銃を……その銃のレバーを、ガチャガチャして! 弾丸を出して!」

 スロウスはしばし小銃を見下ろす。
 赤い視界に並ぶ文字の羅列の中で『W0>e……+R@C山』が強調された。
 武器に見切りをつけたマクシムは自前のナイフを腰から引き抜き、突撃する。
 犯人の接近とその手に握る刃を知って、両腕を盾にするソーニャ。
 スロウスは懐から引き抜いたものを投擲した。
 刃を振り上げたマクシムは少女を殺傷圏内に捉える。
 しかし、ロッシュがソーニャを引き寄せて、犯人から遠ざけた。
 だが、もうあと一歩あれば届く。確信するマクシムは、その一歩が踏み出せない。足が動かない。崩れる膝が地面に打ち据えられ、体が横転する。床の硬さに身をやつし、やっと感じる痛みは高熱を帯びて右膝の内部から発生する。

「うぅうぅッ……グアぁぁああああああッ」

 膝裏を襲う激痛は最初、発熱の類と感じたが、膝の奥に覚えた感触で異物の存在を理解する。頭は混乱と苦痛が踊り狂う舞台となって事態の解決策はおろか最低限の理性も失せる。
 何とか身を捩って患部である膝裏を目にすると、刃が突き刺さっていると分かった。
 一枚の鉄板の先端を研いだようなナイフは、刃と持ち手の境界がない。それと同じものをスロウスは使うことなく懐にしまう。
 刃のせいで正常な呼吸すら続かない。過呼吸気味だったマクシムは、動かない体でなんとか仰け反って、少女をねめつける。
 ソーニャは獣じみた男の目から身を引く。それでも背筋を襲う寒気と皮膚を焼く感覚からは逃れられない。
 最後の意地にナイフを少女へ突きつけるマクシムだったが、凶器を携えた腕に骨を張り合わせた拳が墜落する。
 強烈な衝撃と質量がマクシムの右腕を床に縫い付け、なけなしの絶叫が喉から吹き上がった。
 スロウスが下手人の腕から拳を引き離すと、両者の間で血糊がか細い糸を引く。
 ソーニャはロッシュの目を隠し、顔を背ける。
 床を支えに腰を浮かせたピートは、ひぎッ! と泣いてその場で這いつくばった。
 アレサンドロは向けられた尻を見て非常に嫌な顔になるが、すぐ子供たちに意識を向けなおす。

「大丈夫かロッシュ! それと……お嬢さん」

「大丈夫だよ!」

 ロッシュの元気な応答に胸を撫で下ろすアレサンドロは、荷を下ろした肩を再度いからせ、太っちょのケツを蹴り飛ばす。思い通りに喚いた相手に嗜虐心と勝利の喜びに満たされるが、両足の間の床から、ドリルが飛び出し、生唾を飲み込む。
 ソーニャは、首の無線装置に告げた。

「ベンジャミンもう終わったよ」

『了解! なら予定通りに行動する』

 と返事が来た。
 その瞬間、ドリルが立て続けに穴をあける。泣き喚くピートは這って逃げた。
 アレサンドロは床の作業を警戒しつつ、我が子に近づく。ついに親子は抱擁を交わせた。

「よく頑張ったなロッシュ!」

 ロッシュは父の腹に顔を埋め、執拗に頷いた。
 親子の再開に笑みがこぼれたソーニャは表情を引き締め直すと、犯人に恐る恐る近づく。
 両腕とも使えないマクシムは、畜生、と吠える。その声の弱弱しさから体力の限界も察せられる。それでも尚、起き上がろうと身を起こす。
 退くソーニャは親子を庇い。

「スロウス! その男を取り押さえておいて」

 スロウスは雑にマクシムの胸を抑える。スロウスにとっては軽い力だったろうが満身創痍で床に押し付けられる犯人は辛そうだった。
 すぐそばでは、床を穿孔するドリルが作った縦長の穴から電動カッターが飛び出し、火花を散らして床を切断する。

「あれで、犯人どもを切り刻めばよかったんだ」

「でも、刃が薄いから折れちゃう」

 父親の残忍な発言に冷静に答える少女。目元を赤くしたロッシュは真顔だったが口だけ愛想笑いを浮かべる。
 気を取り直すソーニャはアレサンドロを見上げ。

「おじさん! 何か縛るものを」

 答えたのはロッシュで、それなら僕が、と告げ後方へと向かっていった。

「なら、おじさんは操縦に戻って飛行機を地上に降ろして」

「……あ、ああ、わかった」

 歯切れの悪い返答を残してアレサンドロは遠ざかる我が子の背を見送り、操縦席には、より険しい眼差しを示して近づいていく。とその前に。
 ぶっ殺してやる、と惨めったらしく宣うピートの尻を思い切り蹴っ飛ばしてやった。
 豚みたいな喚き声。
 動くんじゃないぞ! のアレサンドロの恫喝。
 ソーニャとロッシュは大人のやり取りを茫然と見つめると、不意に、お互い目が合い、不完全な愛想笑いを交わす。
 木箱からロッシュが持ち出したのは荷締めベルト。それを受け取るソーニャは、ありがと、と感謝を述べてから。

「スロウス! この人の足を押さえておいて」

 マクシムは拘束を避けるため足を無駄に動かすが、スロウスの大きな手は容易く細い足を捕まえ束ねてしまう。
 その間にソーニャは、バックルに帯を通したベルトの輪を犯人の足に潜らせ締め上げる。あとはバックルを閉じて帯を挟めばベルトは拘束者が暴れても緩まなくなる。
 腕も縛る? とロッシュが尋ねる。
 そうだね、と答えたソーニャは追加でベルトを二本受け取った。
 何やら口をもごつかせるマクシムは、近づいた少女に唾を吐きかけた。
 ソーニャは突き出した足裏で唾を防ぐと、吐いた張本人の頬に靴裏の塵もろとも唾を擦り付ける。
 顔面を踏みにじられるマクシムの腹にスロウスの軽い殴打が墜落する。
 ついでにロッシュが足を蹴っ飛ばした。
 ソーニャ曰く。

「昔テレビで見たストックホルム症候群防止プログラムによると、犯人を殴るのが効果的だって言ってた」

 ぶっ殺してやる、とマクシムは踏まれた頬をどうにか動かし何とかうそぶく。
 足裏を奇麗にしたソーニャは姿勢を正す。

「暴れないで、これから腕と足を縛って止血してあげるから」

「うるっせ! 触んじゃねえ!」

「このままだと、血が出すぎて失血性ショック死するよ。それか敗血症で死んじゃう」

「うるせぇて言ってんだろ!」

「死にたいの⁉」

 小娘に怒鳴られてマクシムは、一瞬白目をむき。

「ああそうだ死なせろ!」

 その宣言にソーニャの表情は険しさを強める。

「いまさら何言ってんのさ。さんざん生き恥晒して逃げ延びようとしてたくせに」

「は、こうなりゃ、もう、全部おしまいだ……。なら」

「勝手に終わらせないでよ。まだ何も償ってないのに。それに、心残りとかないわけ?」

 しつこい説得に顔をしかめたマクシムだったが、すぐに嗜虐的な笑みを浮かべる。

「ああ、そうだな。やりたいことならあるぜ。手前ェを切り刻んでやりてぇよ。じっくりと、皮膚を削いで、喉が裂けるほどお前が叫ぶ姿を録画して変態どものおかずにしてやる」

 ソーニャは黙ってマクシムの顔を見たが、すぐに治療に集中した。

「おうおう。そうかそうか。その意気だぞ。山芋木ヤマイモキからっていうし。本当はイモは根菜で地中で育つはずけど。雪山とかの遭難事件で生き残る率を上げる要因に心の状態も関係するらしいから、とりあえず気張っていこ~」
 
 マクシムはせっかく作った笑みを崩し、再び言い返そうと口を開く。
 その瞬間、電動カッターで長方形に切られた床板が、吹っ飛んで機内の空気が更に荒れた。
 前へ移動していたピートは委縮し、誰よりもある体積を精一杯小さくしようと無駄な努力をする。
 犯人と少女は舞い踊る埃に目を細め、長方形にカットされた穴から真っすぐ伸びる足に注目する。
 直後、床下に潜った足と交代でベンジャミンが汗だくになって出てきた。
 騒音の正体が分かったピートは前に向き直り、ぶっ殺してやる、と怨嗟の念を繰り返しながら這いずる。負傷と自重も相まってピートの進みは亀にも負けると思わせるが着実に目的へ忍び寄っていた。
 ソーニャは拘束に専念し、ベンジャミンは水筒からの水分補給に意識が集中する。
 天井まで蹴り飛ばされた床材は、降下して、ピートの後頭部に墜落した。
 無様な悲鳴を一瞥いちべつしたベンジャミンは、なんの危険も見止められず。視線は仲間に注がれる。

「ソーニャ! 無事だったか。ロッシュも」

 ロッシュは怪訝そうな顔になるもソーニャは頷く。

「うん。ベンジャミンも無事、だよね。多分相当暑かったんじゃ」

 顔を拭ったベンジャミンは床に腰を下ろす。

「ああ、まあ。けど、内臓に施した冷却機能に助けられた。あれがなかったら死んでた」

「内臓の温度は活動良好温度に保たれてた、ってかんじだね」

「ああ、熱々の風呂程度をまだ維持してる」
 
 そう、などと呟くソーニャは天井を仰ぎ見て。

「上から入ってよかったぁ」

 と改めて自分が選択した突入経路を思い出すのだった。









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