絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第01章――飛翔延髄編

Phase 78:内科に

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《Sm破骨組織》Smが体内の骨組織を解体するために構築する組織器官。時に骨の内部に構築されたり、あるいは骨そのものを覆い、それ自体が支持組織として機能する。骨の素材となった物質を分解し、それらを機体全体に分配する役目もある。Smの中には消化胃嚢に類似の組織を形成し、摂取物の分解を果たしている製品も存在する。














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 投薬を施されたゴブリンは、体表に、形状の緩やかな菱形構造を無数に隆起させ、それらが心臓の如く拍動を始め、膨張収縮を繰り返す。
 伸びた首を反り返らせ頭を持ち上げたゴブリンは天へと吠えた。
 体中から白い棘が捻じれながら生える。背中に刻まれた深い溝から白い花畑が溢れ出る。 
 リックは地上に広がる影から、トラックを後退させる。
 アーサーがバイクを反転させると、その後ろに飛び乗るジャーマンD7。
 ちょっと! と文句が出る。
 早く発進セヨ! と号令が飛ぶ。
 不満を噛み締めるアーサーはアクセル全開でウィリー気味にバイクを一迅の風にした。
 三者それぞれに等しく落ちた影はゴブリンの巨体と言う実体の下敷きになり、後に残すのは、舞い上がった粉塵と大地の揺れ。
 バイクをドリフトで停車させたアーサーは、流れ来る粉塵の波を全身で浴びる。
 少し遅れて急停止したトラックの中ではリックが目を見開く。
 砂埃の帳は早々に色を失い、開かれた巨大な口が見えてくる。
 サイドミラーでの状況確認を終えたリックは、窓から頭を出し、目視に切り替えて青ざめた。
 ゴブリンが並べる歯列は一向に動かない。
 それどころか巨体は痙攣けいれんを絶え間なく引き起こして、能動的な活動が伺えなかった。
 すべての塵が地面へ降下しきると。全容がはっきりした。

「なんだよこりゃ……」

 目を皿にするアーサーの声に震えが宿る。
 バイクから離脱したジャーマンD7は、恐る恐る手を伸ばし、ゴブリンの体から生える白く捻じれた棘を触って、擦れた音を鳴らす。
 金属の指先は、乾いた硬質な音を鈍く響かせながら、棘の先端を捩じって折ってしまう。
 機械の手のひらで転がされる白い欠片の内側は、立体的な編み目がうかがえ、内部から薄黄色の液体が流れ出る。

「コレハ……骨カ?」

 ジャーマンD7が摘み取った骨。それが樹林のごとくゴブリンの体から無分別に生えていた。体を守るためではなく、むしろ、一本一本が戒めとして、苦痛を与え、責め苛むために穿たれた杭のようである。そして、アンドロイドが抉って切り開いた頭頂部から背中にかけての溝は、溢れ出す骨の棘が埋め尽くし、針の地獄と化していた。
 近づいてくるトラックにアーサーが振り向き、何が起こったんだ? と問いただす。
 リック曰く。

「人間に例えるなら骨軟骨種あるいはFOPと呼ばれる病状だ」

 ジャーマンD7は手中にある白亜の結晶を見つめ老人の言葉を拝聴するつもりだったが、アーサーが発言する。

「それって、骨の病気だよな。骨の異常発達を伴ったり、予期せぬ場所に骨が生まれる」

「ああ、そうだ。FOPは筋肉が骨に変異しちまう病気だな。人なら稀にみる病気だが、Smだとよくある症状で、こうやって薬の分量を間違えたり、外的負荷によって発生する」

 体を突き破る骨にまみれたゴブリンを改めて見上げ、アーサーは、苦しみに共感したのか肩を抱く。

「はあ……おっかねぇ」

 巨体から飛び出す骨の一本を撫でるジャーマンD7は。

「ナルホド、私ガ投与した薬は、たしかSmの骨形成に関与するモノだったな。つまり、投薬が引き金となって、この状態に……」

「ああ、そういうこった。俺たちもSmの骨の修復や強度を増したり、あるいは骨格自体を変えたりするのにゲイボルマムを使うが、大量に投薬する時にはSmNAの発現を制御したり、熱心に経過観察して慎重な投薬を必要とする。それをこんな異常状態のときに入れられた。結果、ただでさえ性急だった発達のバランスが崩壊して、すべてが骨の形成に収斂しゅうれんした、ってわけだ」

 よく思いついたなこんな芸当、などとアーサーは芳しくない面持ちのまま感心する。
 リックは渋い表情で顎を撫でた。

「あわよくば関節の動きを損なおうと思ったんだ。これだけ形態変化が亢進こうしんしてるなら、組織形成の方向性を少しいじるだけで、あとは勝手に、こっちの望む形成をしてくれると、7割程度確信してたんだ。
 が、ここまでの変化が起こるとは。あの量では想定外だ」

「暴走を止メルためとはいえ。ひどいことをスルものだな」

 とのたまうジャーマンD7をリックは鼻であしらう。

「暴走する工業製品相手に感傷的になれってか? そもそも、実行したのも、ワシに解決策を求めてきたのも、お前さんだろうが」

「工業製品か……」

 ジャーマンD7はその場にしゃがみ込み、動きたくても動けぬソリドゥスマトンの肌に触れた。
 ゴブリンのうめき声は、喉に詰まった骨の棘で、か細い呼吸音となり、目や鼻から流れる赤紫の液が細い筋を描く。

「血も涙もあり、体温もあるが。生命とは認められぬのか……」

 
 リックとアーサーはアンドロイドの言葉を胸の内で反芻はんすうし、黙って瞬きをすると、顔を見合わせる。
 それからアンドロイドに注目するが。何かを覚る前にジャーマンD7は立ち上がって、二人に向き直り、佇まいを直した。

「リック・ヒギンボサム」

 なんだ? 名を呼ばれた老人は腕を組み、険しい表情を向ける。

「このゴブリンが、コレ以上暴れる危険がないのか専門家の視点から調査してほしい。それが終わり次第、貴殿の目的を果たしてクレ」

 アーサーが人差し指を強調する挙手をするので上官は、発言ヲ許可スル、と告げた。

「もう十分働いてくれたんだし。ゴブリンだって、見るからにもう動かないでしょ」

 とアーサーが述べる。一方でリックはトラックに向かった。
 ジャーマンD7は、確かにソレは一理アル、と答える。

「ですよね! え?」

 不出来な愛想笑いを浮かべていたアーサーは賛同に肯定を重ねたくせに驚きを隠せない。
 ナンダ? とジャーマンD7は鉄面皮で問い詰める。
 首を横に振るアーサー。

「いえいえ! 何の反論もありません! ということでリック! 今すぐ飛行場に行け!」

 コノ機械の気が変わらないうちに! と小声で叫ぶ。
 聞コエテイルゾ、の声はあえて無視した。
 運転席から出てきたリックは、みっちり詰まった鞄を抱えて保安兵とその上官の前を通り過ぎる。
 アーサーは当惑した。

「おいリック。急がないとソーニャが……」

 リックはいろいろ器具を取り出し準備を始めた。

「まあ待て、ちょっと調べるだけだ」

「……ゴブリンの停止及び機能不全は見る限り明らかダガ。やはり、何か懸念があるノカ?」

 リックは引っ張り出したタブレットの画面を見つめて、端末とコードで接続している銃のような器具でゴブリンの肌をなぞっていく。

「詳しく検査しないと断言できんが。この調子だとゴブリンの全身は筋肉も関節も無駄に増えた骨に阻まれて、ともすると内臓もいかれただろう。破骨組織で骨を削っていく可能性もあるが……。そうなると、今度は復活する危険がある」

 ジャーマンD7はエナジーエッジを起動し、脚ノ切断ヲ今のウチに、と宣う。
 リックはゴブリンから生えた骨の棘が成長するのを目で見て指先で触れて確認する。

「ただ、この骨の発達を見る限り、破骨組織が造骨作用に勝つのは当分先らしい」

「デハ、危険はもうないノカ?」

「この造骨作用が続けばな。それと足の切断は今はやめておこう。大きく切り取った組織が痙縮反応けいしゅくはんのうを起こすかもしれん。解体するなら筋肉の活動を停止させてからだ。そのためにまず、観察できる体制を整え、必要な投薬を始めたい」

「投薬ナドは貴殿か、あるいは技能のある者にしか達成できないノカ?」

「……投薬だけなら、薬を揃えて、ワシが場所と注射針の長さを指示すれば、それこそアーサーにだってできる」

「ナラ霊長類全般に可能ダナ」

 アーサーは無言を貫き、光のない目で上官を見つめた。
 上官もその視線を視認したが気にせずリックに言った。

「デハ、投薬の段取りを決めて。そのあとは、これから来るであろう技術者や我々に任せて目的を果たしに行ったらどうだ。モウ止はしないぞ」

 アーサーも、バイクなら近道できる! と言って愛車を反転する。

「ありがたい申し出だが。気軽に離れるには、こいつにはまだ懸念が多い。例えば、あのタイヤ紛いの瘤……」

 ゴブリンの顎の下に発達した肉の車輪に近づくリック。

「こうした特殊な器官は、どんな機能を有しているか判断がつかん。動きだけ、ということもあるが、内分泌器官としての役割を兼ね備えていたら、その産生物質で予期せぬ変異や活動を起こしかねない。だから、少なくとも局所麻酔などで機能を鎮静させ、さらに生検もして判断したい」

 語った後リックは画面に注目して、なおかつ骨の林に分け入り、ゴブリンの巨体を登り始める。
 アーサーが手を伸ばし、おいおい危ない、と忠告する。

「わかっとる。仕事の邪魔だから素人は黙ってろ」

 ジャーマンD7は首の関節を曲げ軋みを上げる。

「時間ガ差シ迫っていたのではないノカ」

 リックは憤りで鼻を膨らませた。

「ああそうだ。でも、ここまで来たら引き下がれん。職人が仕事を疎かにしたら、なにも残らん。そんな何もない奴に送り出されたところで相手だって困っちまだろうが」

 事情を知るアーサーが。

「かっこつけても何の足しにもならねぇぞ? ソーニャだって、職人の教示うんぬんなんて、まどろっこしいこと考えないさ」

「うるせえ。お前にソーニャの何がわかるってんだ。お前と違ってな。ソーニャはよくものを考えて、道理を弁えてるんだよ」

 ジャーマンD7は部下を指さす。

「このオスのホモサピエンスを比較対象ニ据えれば、たいていノ人間に当テはまるゾ」

「そうだぞ……ですが上官殿、どういうことですか?」

 ジャーマンD7はリックしか相手にしていない。

「何ラカの懸念があるのならそれを説明セヨ」

「その懸念が在るのか無いのか判らないから。今こうして調べてるんだろうが。ワシが手を付けた事案が、ワシがいない間に急変したら、ワシが信用を失うんだよ。理解できたら、しゃべってないで部下を呼び寄せて危険が起こった時のために準備させろ。あるいは企業や町工場から職人をかき集めてくれ。ゴブリンを運ぶにしても、動きを封じるにしても、あるいは、体を切除するときだって、信頼できる知識と経験が必要だ」

「了解シタ。提案を受け入れよう。そして、引き続き貴殿が手を貸してくれるのであれば、今回の暴走の原因究明を手伝ってもらいタイ」

 リックは視線を遠くに逸らし、緩く小刻みに頷いた。

「保安兵の捜査協力か……。どこまで力になれるか、断言はできんが。善処する」

 その時、ゴブリンの体を内側から破って、新しく骨の棘が生み出され、鋭い先端がリックに集中する。
 アーサーが老人の名を叫び。ジャーマンD7が飛び上がった。
 逃げるつもりが、転倒してしまうリックの背中を機械の腕が抱え、後ろへ運び去る。リックのもつれた足は、揃って地上に戻された。
 アーサーが、無事か? と尋ねた。

「ああ問題ない、が。あと少し、組織造成が終わるまで触診はやめた方がいいな」

「コレはどちらの投薬ノ影響ダ?」

 ジャーマンD7に庇われる形でゴブリンから離れたリックは、改めて自身の無事を確認しながら。

「どっちもだよ。そもそも犯人が打った薬が発端でこの事件が起こったんだ。ったく、急いで検査を進めてやろうと思ったが。ちと長丁場になりそうだな」

 そう言って、被るワークキャップの鍔を真後ろに向けた。









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