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第01章――飛翔延髄編
Phase 105:飛び出すぞ天使
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《ニューロラリー順応》Smのグレーボックスをニューロジャンクで操縦する際に必要な措置。Smが発する動きのシグナルは、必ずしも決まっておらず、機体ごとに違う。そのため、この順応を経ずに機体を動かそうとすると、意図せぬ動きを再現してしまう恐れがある。順応には主に、実地稼働方式と安臥瞑想方式があり、前者は機体を動かしながら順応させ、後者はニューロジャンクの機能を使い、両者に疑似的な行動の想像を提案し、それに沿って体の動きとシグナルをマッピングする。前者は順応が早く済むが、その分機体の暴走を招きかねず、自他の破壊につながり、後者は順応に時間がかかる一方で、機体の損耗は皆無である。因みに、いったん順応が完成された場合、そのデータをもとに機体の継承は簡略化される。
Now Loading……
ミニッツグラウスの気まぐれな挙動により、擦り潰された機体の顛末を見せつけられたソーニャ御一行は、真顔に固定され、瞬き以外できなかった。
メイは粛々と述べる。
『ナスが一機、潰された。このままミニッツグラウスの背中に飛びつくのは危険だ。スロウスを遠隔で操作できないか、一度試してくれないだろうか。町の範囲内だから通信はできると思うが……』
メイ・グライアの要請に従い、やってみる、と答えたソーニャはトランシーバーに呼びかける。
「スロウス! ミニッツグラウスの背中に登って、上の機体を支えて……」
しかし、巨躯は機体の横腹にぶら下がったまま。
少女は目にした現実に、むむむ動かない、と明言する。
メイは無線連絡で機長と連絡を試みる。
『クラウドウェーブのケラーマン機長に告ぐ。現場の状況は把握しているつもりだが、いったん重力牽引の出力を下げて暴走機体から離れてもらえないだろうか』
『無理だ。今重力機関室にトラブルが発生している。重力作用空間が不安定なうえに機関室の重量計測によれば、機体同士が離れれば重力牽引の作用が弱まってミニッツグラウスとの連結を維持できない」
悲痛な返答をイヤホンで盗み聞いたソーニャは、イヤホンのマイクで、メイとケラーマンの会話に割り込んだ。
「それじゃあ、車両のロープの牽引で支えれば?」
ベンジャミンもアレサンドロも耳を疑う。メイとケラーマンが、なんだって? と声を揃えた。
少女は発言内容を洗練させる。
「えっと、機体に直接縄をかけて、ほかの飛行機で引っ張るの。ミニッツグラウスが薬で弱くなったうえ重さも軽くなった今ならできるんじゃない? もしかして、ソーニャの重力牽引の理解間違ってる?」
何を言っている、とケラーマンは返すつもりだったが途中で思考に突入して穏やかに言葉をなくす。
考え込む大人たちの中で真っ先にベンジャミンが口を開いた。
「あながち悪くないと思う。非常識だが……2機の航空機で吊り下げた縄を機体の下に渡して、重力牽引で重量を軽くした機体を縄で持ち上げる。ミニッツグラウスが機能を失っても、高度を維持して、うまくすれば外まで追い出せる」
少し言葉の選択に不備があったと自戒したベンジャミンは、アレサンドロと目が合い、言い加えた。
「かなり乱暴な作戦だが。墜落回避のオプションが増える。そしてソーニャが直接乗り込んで、スロウスに命令すれば……」
『しかし、危険が大きすぎる。大前提として縄を維持する高い飛行技術を求められる』
ナスならできるんじゃ、とソーニャは伺うが。
「あの機体を支えるほどの縄を担いで飛行するのはナスでも重労働だ。そして、もし縄が落下すれば」
『通信の割り込み謝罪スル。こちら保安兵のジャーマンD7だ。今、暴走機体の周回路直下の住民たちの避難が完了した。落下物などの危険から住民を守るコトは十分可能ダ』
メイ以外は少し困惑し互いに目配せするが、ソーニャはそれを差し置いて、メイが操るナスに毅然とした態度で臨む。
「いま、スロウスは待機状態になってる。多分、八方塞がりな状態でソーニャもいないから自己防衛機能が強く働いてるんだと思う。だけどそんな無駄なことをしてる暇はない」
『破壊なら、我々創空隊でも十分可能だ。爆弾も用意がある』
「でも、今まで使わなかった、ということは。リスクが大きいんじゃない? ベンジャミンの指摘の通り」
少女の言葉にメイが口籠った。そこにベンジャミンが話に加わる。
「爆破物つっても、今のミニッツグラウスは見たところ重力牽引で飛行を維持してるようなもんなんだろ? そんな状態で爆破の衝撃に耐えて飛行を維持できるか疑問だ。加えて、牽引を担うクラウドウェーブに爆破の衝撃を波及させずに済ませるのも難しいだろう。それにだ、爆破が安全にできるのは変化の乏しい相手だけ。内容を精査することなく力づくで破壊すれば、まだ発見できてない有毒物質が拡散する可能性だってある」
「より静かに確実に脊柱の切断を決行するならスロウスのほうがいい。ソーニャが直接対応できるから」
アレサンドロが口をはさむ。
「でも、ナスの操縦士だって腕は確かだし、知識もあるんじゃないのか?」
突然の援護を追い風にメイは開示した。
『ああ、我々の中にも外科的知見を持った隊員がいる』
部下からの応答が補足した。
『ああ、隊長。その技能者の機体なんですが、さっきすり身になって、翼で殴られて……』
まだいるはず、とメイが断じる。
『もう一機も、その前にガムにされました』
思い出されるのは、ミニツッツグラウスに噛みつかれたナスの姿。
痛痒に言葉が出ない司令官に代わって、アレサンドロが提案する。
「機体はともかく、隊員は無事だから、健全な機体を交代できないのか?」
『できますよ。操縦だけなら……。ベテランですし、投薬もお手の物ですが……。しかし、かなり高度な処置となると、機体の癖を熟知しないで操作すれば、機体の誤作動はもちろんパイロットの負担も相当なものとなります』
ソーニャは言う。
「いくら高品質の通信を使っているとはいえ、ニューロジャンクとの連携を、新しい機体で最大のパフォーマンスまで実現するには、少なくとも1時間以上は順応に費やす必要があるはずだよ。待てる?」
誰も、うん、とは答えられない質問だった。
しかし、アレサンドロは。
「なら、ほかの隊員が作業に当たって、その人が見る映像を見せてもらえばいいんじゃないか?」
ソーニャは腕を組む。
「昔、ソーニャがまだぺえぺえだったころ。早く技術を学びたくて、ソーニャがSmを実際に修理するから、リックが横から見て何をすればいいか教えて、って言ったことがある」
「それで?」
「リックが言ってた。たとえ隣に名医が立っていても、素人に手術させる患者はいない、って……。そもそも、ナスの腕力で、ミニッツグラウスの体当たりを止められる?」
『こちらクラウドウェーブ機長のケラーマンだ。いきなり申し訳ないが、責任長からの応答はないか? 管制からの応答にも答えなくて』
メイは部下に対し、通信をつなげろ、と命令するが。
つながりません、と回答が来た。
クラウドウェーブの副機長は一瞬コンソールを殴るそぶりを見せるも、思いとどまり声を荒げた。
「畜生! あの豚野郎がッ。好き勝手言いやがって人を散々振り回した挙句雲隠れかよ!」
「ヘリコプターはまだ見えるんだ。居留守っていうべきだろ」
ならなおのこと腹立つ、と憤懣やるかたない副機長に対し。
「怒る気持ちは分かるが責任長が応答しないからと言って通信を聞いてないとは限らないからな? こっちの通信機の主導権は向こうにあるから……」
機長に諭され副機長は顔だけ冷静になるも、肌に脂汗が噴出する。
ケラーマンはさらに続ける。
「それに豚に失礼だ。豚はその身でもって人間の役に立ってくれるんだぞ? 肉は食用に、骨はスープに。あとゼラチンは医療薬品だろ。皮はグミになる。それに動物実験でも貢献してる。それに比べてあの責任長からはクソ以外何も生まれない」
「機長、責任長に聞かれますよ?」
閑話休題、ケラーマンは。
「……機関室! 重力牽引の状況は?」
『こちら機関室。今の状況は……高度推移を確認したところ。重力機関でミニッツグラウスの重量を低減して飛行能力を補助してる状態です』
「現状、この機体の力だけでミニッツグラウスを街の外に誘導できないか?」
『現状だと運の要素も絡みます。機関の出力が上がらないので。原因はたぶん、重力機関そのものが古いのもあって衝撃で意図しない反応を起こしてる可能性も……。ただ痙縮などの症状はなく、中枢のVs機関と外部認知器官との連携がうまく取れていないのかもしれません』
燃料補給は順調なのか? と別のことをうかがうケラーマン。
『摂食不良はありません。興奮メーターを見る限り、栄養不足でもないです。ただ、少し設備に不備が見つかってオイルの供給機関の配管をグリースで補強しました。電源系統の不具合も併発して。システムのダウンが起こらないように観察と調整を続けてます』
「わかった。つまり……要点だけ言うと、クラウドウェーブだけで市壁の外に連れ出すのは、難しいんだな?」
『はい……無理をしたら、最悪今の重力牽引の範囲からミニッツグラウスが脱落します。重力分布図を見る限り、飛行する力が弱まってる。ただし、こっちも徐々に降下して、グラウスに加重を与えて地上に降ろす、という手立てもありますが』
「その降下地点の選択はミニッツグラウス次第ってわけか……」
懸念が残るケラーマンに、副機長は逡巡を伺わせる声で発言する。
「でも、もしもの時、事前に高度をある程度まで下げていたほうが、墜落の被害を最小限に留められるんじゃ」
「そうかもしれん。だが、降下の途中で高い建造物に激突したら結局大事故になる」
「けど、周回の経路から一番落下の被害を食い止められる範囲と移動速度と高度を割り出せればいけるんじゃ。管制と連絡して……」
ちょうどその時、こちらメイ・グライア、と通信が入る。
機長と副機長は互いに顔を見合わせる。
「どうした?」
『盗み聞きするつもりはなかったんだが……』
「安心してくれ、聞いてほしかったから通信を継続したんだ」
『なら……一つ提案だ』
そうか、と語られる前にケラーマンはどこか了解した。
声に滲む深い懊悩に副機長も面持ちを暗くする。
防寒具代わりのパイロットコーデ。そして、背中にはもしものための落下傘を背負うソーニャは、ナスに抱えられてミニッツグラウスの背中に降り立った。その顔には不安は伺えない。しかし
「寒い!」
と甲高い声で言って、頭の飛行士帽を押さえつけ、でもあったかい! とヘッドフォンのマイクに声を張る。
どっちだよ、とツッコミを通信で送ってきたベンジャミン。
苦笑いだったソーニャは、背後から聞こえるかすかな羽音に振り返り、目を丸くした。
「ベンジャミン! どうして」
ナスに両肩をホールドされているベンジャミンはミニッツグラウスを足で踏んで確かめた。
「まあ……ヒーローになるチャンスをみすみす逃すのはもったいない、と思ってな。それに……ミニッツグラウスがこうなったのは、俺の投薬にも原因の一端がある」
少しひきつった得意満面で背負う落下傘を弾ませたベンジャミンに対し、ソーニャはふくれっ面になる。
ベンジャミンは続けて言った。
「そんな顔するな、技術者は多いほうがいいだろ?」
少女は不満げな眼差しをゴーグルの奥に隠しつつ、たしかにぃ、と呟く。
苦笑いになるベンジャミンは不意な気配に背中を摩られた気がして振り返る。そして、こちらを覗いてくる暗い眼窩に凍り付く。
鉈をピッケルの代わりに、羽毛を手掛かりに登って、広い背中に舞い戻ったスロウスは名を呼ぶ主に近づく。
ベンジャミンも天井の代わりにいるクラウドウェーブに生唾を飲んでから、意を決して後に続く。
二名の人間を支えるナスは、その身を重しとして、各人の足が羽毛の群落から離れることを防ぐのであった。
Now Loading……
ミニッツグラウスの気まぐれな挙動により、擦り潰された機体の顛末を見せつけられたソーニャ御一行は、真顔に固定され、瞬き以外できなかった。
メイは粛々と述べる。
『ナスが一機、潰された。このままミニッツグラウスの背中に飛びつくのは危険だ。スロウスを遠隔で操作できないか、一度試してくれないだろうか。町の範囲内だから通信はできると思うが……』
メイ・グライアの要請に従い、やってみる、と答えたソーニャはトランシーバーに呼びかける。
「スロウス! ミニッツグラウスの背中に登って、上の機体を支えて……」
しかし、巨躯は機体の横腹にぶら下がったまま。
少女は目にした現実に、むむむ動かない、と明言する。
メイは無線連絡で機長と連絡を試みる。
『クラウドウェーブのケラーマン機長に告ぐ。現場の状況は把握しているつもりだが、いったん重力牽引の出力を下げて暴走機体から離れてもらえないだろうか』
『無理だ。今重力機関室にトラブルが発生している。重力作用空間が不安定なうえに機関室の重量計測によれば、機体同士が離れれば重力牽引の作用が弱まってミニッツグラウスとの連結を維持できない」
悲痛な返答をイヤホンで盗み聞いたソーニャは、イヤホンのマイクで、メイとケラーマンの会話に割り込んだ。
「それじゃあ、車両のロープの牽引で支えれば?」
ベンジャミンもアレサンドロも耳を疑う。メイとケラーマンが、なんだって? と声を揃えた。
少女は発言内容を洗練させる。
「えっと、機体に直接縄をかけて、ほかの飛行機で引っ張るの。ミニッツグラウスが薬で弱くなったうえ重さも軽くなった今ならできるんじゃない? もしかして、ソーニャの重力牽引の理解間違ってる?」
何を言っている、とケラーマンは返すつもりだったが途中で思考に突入して穏やかに言葉をなくす。
考え込む大人たちの中で真っ先にベンジャミンが口を開いた。
「あながち悪くないと思う。非常識だが……2機の航空機で吊り下げた縄を機体の下に渡して、重力牽引で重量を軽くした機体を縄で持ち上げる。ミニッツグラウスが機能を失っても、高度を維持して、うまくすれば外まで追い出せる」
少し言葉の選択に不備があったと自戒したベンジャミンは、アレサンドロと目が合い、言い加えた。
「かなり乱暴な作戦だが。墜落回避のオプションが増える。そしてソーニャが直接乗り込んで、スロウスに命令すれば……」
『しかし、危険が大きすぎる。大前提として縄を維持する高い飛行技術を求められる』
ナスならできるんじゃ、とソーニャは伺うが。
「あの機体を支えるほどの縄を担いで飛行するのはナスでも重労働だ。そして、もし縄が落下すれば」
『通信の割り込み謝罪スル。こちら保安兵のジャーマンD7だ。今、暴走機体の周回路直下の住民たちの避難が完了した。落下物などの危険から住民を守るコトは十分可能ダ』
メイ以外は少し困惑し互いに目配せするが、ソーニャはそれを差し置いて、メイが操るナスに毅然とした態度で臨む。
「いま、スロウスは待機状態になってる。多分、八方塞がりな状態でソーニャもいないから自己防衛機能が強く働いてるんだと思う。だけどそんな無駄なことをしてる暇はない」
『破壊なら、我々創空隊でも十分可能だ。爆弾も用意がある』
「でも、今まで使わなかった、ということは。リスクが大きいんじゃない? ベンジャミンの指摘の通り」
少女の言葉にメイが口籠った。そこにベンジャミンが話に加わる。
「爆破物つっても、今のミニッツグラウスは見たところ重力牽引で飛行を維持してるようなもんなんだろ? そんな状態で爆破の衝撃に耐えて飛行を維持できるか疑問だ。加えて、牽引を担うクラウドウェーブに爆破の衝撃を波及させずに済ませるのも難しいだろう。それにだ、爆破が安全にできるのは変化の乏しい相手だけ。内容を精査することなく力づくで破壊すれば、まだ発見できてない有毒物質が拡散する可能性だってある」
「より静かに確実に脊柱の切断を決行するならスロウスのほうがいい。ソーニャが直接対応できるから」
アレサンドロが口をはさむ。
「でも、ナスの操縦士だって腕は確かだし、知識もあるんじゃないのか?」
突然の援護を追い風にメイは開示した。
『ああ、我々の中にも外科的知見を持った隊員がいる』
部下からの応答が補足した。
『ああ、隊長。その技能者の機体なんですが、さっきすり身になって、翼で殴られて……』
まだいるはず、とメイが断じる。
『もう一機も、その前にガムにされました』
思い出されるのは、ミニツッツグラウスに噛みつかれたナスの姿。
痛痒に言葉が出ない司令官に代わって、アレサンドロが提案する。
「機体はともかく、隊員は無事だから、健全な機体を交代できないのか?」
『できますよ。操縦だけなら……。ベテランですし、投薬もお手の物ですが……。しかし、かなり高度な処置となると、機体の癖を熟知しないで操作すれば、機体の誤作動はもちろんパイロットの負担も相当なものとなります』
ソーニャは言う。
「いくら高品質の通信を使っているとはいえ、ニューロジャンクとの連携を、新しい機体で最大のパフォーマンスまで実現するには、少なくとも1時間以上は順応に費やす必要があるはずだよ。待てる?」
誰も、うん、とは答えられない質問だった。
しかし、アレサンドロは。
「なら、ほかの隊員が作業に当たって、その人が見る映像を見せてもらえばいいんじゃないか?」
ソーニャは腕を組む。
「昔、ソーニャがまだぺえぺえだったころ。早く技術を学びたくて、ソーニャがSmを実際に修理するから、リックが横から見て何をすればいいか教えて、って言ったことがある」
「それで?」
「リックが言ってた。たとえ隣に名医が立っていても、素人に手術させる患者はいない、って……。そもそも、ナスの腕力で、ミニッツグラウスの体当たりを止められる?」
『こちらクラウドウェーブ機長のケラーマンだ。いきなり申し訳ないが、責任長からの応答はないか? 管制からの応答にも答えなくて』
メイは部下に対し、通信をつなげろ、と命令するが。
つながりません、と回答が来た。
クラウドウェーブの副機長は一瞬コンソールを殴るそぶりを見せるも、思いとどまり声を荒げた。
「畜生! あの豚野郎がッ。好き勝手言いやがって人を散々振り回した挙句雲隠れかよ!」
「ヘリコプターはまだ見えるんだ。居留守っていうべきだろ」
ならなおのこと腹立つ、と憤懣やるかたない副機長に対し。
「怒る気持ちは分かるが責任長が応答しないからと言って通信を聞いてないとは限らないからな? こっちの通信機の主導権は向こうにあるから……」
機長に諭され副機長は顔だけ冷静になるも、肌に脂汗が噴出する。
ケラーマンはさらに続ける。
「それに豚に失礼だ。豚はその身でもって人間の役に立ってくれるんだぞ? 肉は食用に、骨はスープに。あとゼラチンは医療薬品だろ。皮はグミになる。それに動物実験でも貢献してる。それに比べてあの責任長からはクソ以外何も生まれない」
「機長、責任長に聞かれますよ?」
閑話休題、ケラーマンは。
「……機関室! 重力牽引の状況は?」
『こちら機関室。今の状況は……高度推移を確認したところ。重力機関でミニッツグラウスの重量を低減して飛行能力を補助してる状態です』
「現状、この機体の力だけでミニッツグラウスを街の外に誘導できないか?」
『現状だと運の要素も絡みます。機関の出力が上がらないので。原因はたぶん、重力機関そのものが古いのもあって衝撃で意図しない反応を起こしてる可能性も……。ただ痙縮などの症状はなく、中枢のVs機関と外部認知器官との連携がうまく取れていないのかもしれません』
燃料補給は順調なのか? と別のことをうかがうケラーマン。
『摂食不良はありません。興奮メーターを見る限り、栄養不足でもないです。ただ、少し設備に不備が見つかってオイルの供給機関の配管をグリースで補強しました。電源系統の不具合も併発して。システムのダウンが起こらないように観察と調整を続けてます』
「わかった。つまり……要点だけ言うと、クラウドウェーブだけで市壁の外に連れ出すのは、難しいんだな?」
『はい……無理をしたら、最悪今の重力牽引の範囲からミニッツグラウスが脱落します。重力分布図を見る限り、飛行する力が弱まってる。ただし、こっちも徐々に降下して、グラウスに加重を与えて地上に降ろす、という手立てもありますが』
「その降下地点の選択はミニッツグラウス次第ってわけか……」
懸念が残るケラーマンに、副機長は逡巡を伺わせる声で発言する。
「でも、もしもの時、事前に高度をある程度まで下げていたほうが、墜落の被害を最小限に留められるんじゃ」
「そうかもしれん。だが、降下の途中で高い建造物に激突したら結局大事故になる」
「けど、周回の経路から一番落下の被害を食い止められる範囲と移動速度と高度を割り出せればいけるんじゃ。管制と連絡して……」
ちょうどその時、こちらメイ・グライア、と通信が入る。
機長と副機長は互いに顔を見合わせる。
「どうした?」
『盗み聞きするつもりはなかったんだが……』
「安心してくれ、聞いてほしかったから通信を継続したんだ」
『なら……一つ提案だ』
そうか、と語られる前にケラーマンはどこか了解した。
声に滲む深い懊悩に副機長も面持ちを暗くする。
防寒具代わりのパイロットコーデ。そして、背中にはもしものための落下傘を背負うソーニャは、ナスに抱えられてミニッツグラウスの背中に降り立った。その顔には不安は伺えない。しかし
「寒い!」
と甲高い声で言って、頭の飛行士帽を押さえつけ、でもあったかい! とヘッドフォンのマイクに声を張る。
どっちだよ、とツッコミを通信で送ってきたベンジャミン。
苦笑いだったソーニャは、背後から聞こえるかすかな羽音に振り返り、目を丸くした。
「ベンジャミン! どうして」
ナスに両肩をホールドされているベンジャミンはミニッツグラウスを足で踏んで確かめた。
「まあ……ヒーローになるチャンスをみすみす逃すのはもったいない、と思ってな。それに……ミニッツグラウスがこうなったのは、俺の投薬にも原因の一端がある」
少しひきつった得意満面で背負う落下傘を弾ませたベンジャミンに対し、ソーニャはふくれっ面になる。
ベンジャミンは続けて言った。
「そんな顔するな、技術者は多いほうがいいだろ?」
少女は不満げな眼差しをゴーグルの奥に隠しつつ、たしかにぃ、と呟く。
苦笑いになるベンジャミンは不意な気配に背中を摩られた気がして振り返る。そして、こちらを覗いてくる暗い眼窩に凍り付く。
鉈をピッケルの代わりに、羽毛を手掛かりに登って、広い背中に舞い戻ったスロウスは名を呼ぶ主に近づく。
ベンジャミンも天井の代わりにいるクラウドウェーブに生唾を飲んでから、意を決して後に続く。
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