絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 113:非道

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《グットモーニングW5重機関銃》第二次南北戦争時にザナドゥカで300万挺以上も生産された。車両、船舶、航空機、Smのいずれにも搭載され、戦時中に発生した野良Smを駆除する目的で民間にも出回った。軽量で威力も高く何に乗せてもいいし、使う相手も選ばない。という触れ込みで売られ、戦後から今に至っても、武装税がかからない重機関銃に分類されることもあって、当時の品が平気で使用され、流通している。













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 ノルンの街を旋回するディノモウの機内では、操縦を任されたレントンが尋ねた。

「マーキュリー、ほかに敵はいなかったか?」

 副操縦席に今まさに座った人物は、革のフライトジャケットとジーンズに関してはレントンと類似するが、テンガロンハットと素肌を隠す包帯が個性を放つ。

「銃座で360度見渡したが、空からの追手はなかった。それよりも、これからピックアップなんだろ? 真下は直線道路みたいだが……」

 包帯で隠した両目で地上を眺めるマーキュリーに、レントンはうなずいた。

「地上に降りた空賊連中は制圧されたみたいだ。ソーニャも普通に話せてるし。道のほうは長いし幅も十分。障害物もないから降りられるし、離陸もできる。マークがついてないだけで緊急時の発着場かもしれないな、こりゃ」

「ということは……ボスマートの連中もここを狙ってるかも……のを出すくらいだし」

「だから、急いで雇い主を回収するぞ」

 ディノモウは商業地域の端まで向かい、ソーニャのいる道路に向きをそろえて着陸を試みる。
 包帯の人物マーキュリーは不意に計器から顔を上げ、視線を横へ移す。視界の真ん中にとらえた円形の物体は、縁取る炎と煙とともに大きくなる。
 遅れて気づいたレントンは声を荒げた。

「急いだつもりだったんだがな!」

 ソーニャのいる直線道へ侵入しようとしていたディノモウは操縦者の急激な操作で機体を傾ける。地上を目指していた彼らに迫った物体は、横や下から見れば小型のミサイルだとはっきり分かった。
 避けて! とソーニャがトランシーバーに急ぎ叫ぶ。
 ディノモウに比してあまりにも小さい、それこそ人よりも小さい飛翔体は、ディノモウの尾部に直撃し、爆発によって翼の一部を削り、銀色の胴体を抉る。
 炎と黒煙を上げる機体を呆然ぼうぜんと見つめたソーニャは感情を取り戻した瞬間、二人の名前を叫んだ。
 煙を放つ筒を持った人物は成果を見届けると、そのまま建屋の屋上から足を踏み外し、背中で震えるはねの力でゆっくりと降下した。
 そして、コロンビーナは羽搏はばたき始める。
 ソーニャが振り返ると空賊一味はすでに機体に入って、ハッチが口を閉ざす折、中から覗き込んできたジュディが小賢しい笑みを浮かべて手を振った。
 ディノモウの中では、どこがやられた!? とレントンが声を上げる。
 後ろを振り返ったマーキュリーが。

「尻尾をやられた! けど主翼は両方残ってる! このまま着陸させろ!」

「だったら黙ってろ! 舌噛むぞ!」

 ソーニャは空賊を逃したくないという思いと仲間の安否を天秤に乗せて、すぐに仲間へと傾く。
 スロウスGO! と命じたソーニャが高度を下げるディノモウを指させば、スロウスは短距離アスリートのフォームで走り出す。
 ディノモウは尾部の傷口を地面にこすって機体に火花を生け。生き残った補助翼が傾いで空気を掴むと機体は横へ逸れながら速度を失い、意図せぬドリフトターンの途中で止まった。
 追いついたスロウスの肩から飛び降りたソーニャは、自らの足で駆け寄ると、機体から発する熱気にたじろぐ。あと少しでも操縦者の判断が違えば、突き当りの建物に激突して、さらに被害が拡大していた可能性があった。

「レントン! マーキュリー!」

 名を叫ぶソーニャが傷だらけの機体を見渡すと、窓から二人の姿がうかがえた。手を振って無事を知らせてくれるので、ソーニャは肩から力が抜け、思わず表情が綻ぶ。しかし、背後から迫る風圧と羽音は安堵を許さない。
 振り返れば、コロンビーナが地上に影を落としていた。

『さっきはよくもやってくれたもんだ! お前が壊した俺の機関銃の分を含めて、きっちり落とし前を付けてもらうぞ!』

 滞空するコロンビーナの横腹で開いた口は、両端を虫の脚の関節が支えて固定する。そして、機内から、より大きな虫の脚めいたアームに支えられた銃座が飛び出し、銃口が少女を狙う。
 少女は風にも負けず語る。

「蜂型Smクレオパトラ7000のタイプH……その翅のホバリングかッ。なんて風圧だッ!」

 レントンは急ぎ、操縦席の後ろへ行って懸垂で体を天蓋へと持ち上げると、天蓋内に設置された簡素な座面に跨り、銃座のハンドルを握りしめる。固定された金具を足で蹴ると、天蓋そのものが内包する座席と銃座と一緒に回って、レントンは正面をコロンビーナに向ける。
 やめろレントン! とマーキュリーが声を張り上げた。
 ソーニャを見捨てるつもりか!? と言い返すレントンだが。

「俺たちは今動けない! 自分のケツも拭けないのに火に油を注ぐ気か?!」

 反論が出ないレントンは、畜生ッ、と無念に駆られ機体を足で蹴る。
 さあ命乞いして見せろ! とキャプテンがコロンビーナの拡声器で告げるのが忌々しい。
 冷静な声でライオネルが口を挟む。

「気を付けてくれキャプテン、周りに潜んでいる連中に聞かれてるぞ?」

 ヘッドギアを装着するキャプテンは、覗かせる口元で苦虫を噛み潰した表情になる。
 キャプテンに代わってライオネルは無線でもって、ソーニャが持つトランシーバーから告げる。

『聞こえているかお嬢さん! 我々は今まさに攻撃の準備が整った。そちらに横たわる機体をいつでも射撃できる。もし、彼らを助けてほしいなら、君のスロウスを遠ざけて、一人でこちらに来るんだ。考える時間はないものと思え』

 あいつら、と口を開いたマーキュリーは操縦席から腰を浮かせた。その瞬間通信が入る。

『パイロットも動けば容赦なく攻撃する……』

 ライオネルの声が無線機器から響いた。
 最初に攻撃してればな、とレントンは恨み節を宣う。
 マーキュリー曰く。

「お前が周波数を教えてなきゃ、要らん警告を聞かずに済んだんだがな。そしたらお望み通り蜂の巣だったろうよ。よかったな」

 レントンは渋面したが直ぐに目を大きくして、敵との通信を切れ、と命じる。
 
「ソーニャのセマフォ、いや不用意な行動はさせられない。ならトランシーバーに通信しよう。事前に打ち合わせしてた予備の周波数で通話すれば恐らく、気づかれないはずだ……」

 早くSmを遠ざけろ! とキャプテンの声が轟いた。
 機内ではライオネルが機長に語り掛ける。

「コロンビーナを降ろすのは少女がSmと離れてからのほうがいい」

「野次馬が近づいてきている。一秒が惜しい。それに今なら確実に銃座からの射撃で粉微塵にしてやれる。むしろ、離れたほうが仕留め損ねちまう。ああいう得体のしれないのは確実に消すべきだ。その分金は減るが欲をかいて命を失うのはごめんだしな……。おい小娘! 早くSmを遠ざけろ!」


 大音量の命令に耳も心も痛めるソーニャ。するとトランシーバーから通信が入る。

『聞こえるかソーニャ……』

 ソーニャはスロウスの背後に隠れる。トランシーバーのダイヤルは二つあり、それぞれ別の数値を矢印で指示している。
 下手なマネするな! とキャプテンの声で恫喝するコロンビーナは、都合四本の脚で地面を捉え、中脚で抱えるコンテナは底のタイヤで巨体を支える。
 少女の視線はコロンビーナの頭部にあるコクピットへ向けられたが、やがて別の方向へ移っていく。
 ライオネルも目の端に映った異変に視線が誘導され、大きな通りの交差点から現れた武装集団を視認した。
 おいあれ見ろ、とライオネルに肩を揺さぶられたキャプテンは、腕を回して接触を逃れる。

「わかってる! 周りからぞろぞろ集まってきやがった……ッ」

 隠れ潜む者たちはささやきあう。
 どうする? 敵か? 味方か? 攻撃するか?

「焦るな。敵味方どちらにせよ。手を出して許してくれる相手とは思えんし。何より友軍を襲った時のボスマートの処罰が厄介だ」

 と武装集団内では、それぞれ同胞たちで会議を始める。
 スロウスの陰でしきりにうなずいていた少女はトランシーバーから、できるかソーニャ? とレントンに問われる。
 そんなこと、などと否定的に返答したソーニャだが。
 レントンは強く訴える。

『やるしかないんだ。どっちみち、この機体が壊れた以上、取れる手立ては二つ……。戦って死ぬか、お前だけでも逃げるか。だから、俺たちがオトリになって……』

「嫌。そんなことをするくらいなら……」

 顔を上げるソーニャはスロウスの背中に飛びつく。

「戦って、みんなで逃げる!」

 待ってくれ! というレントンの言葉は遅きに失した。
 
「スロウス! チャ――――――――――――――――ジ突撃!」

 背中にしがみつく主の命に従い突撃を始めるスロウスは、向かってくる弾丸をコートの耐久性を頼りに袖を突き出して防ぐ。甚大な衝撃は、背中のソーニャにも一部到達し、スロウスのベルトから足を踏み外すが、コートの襟を握り締め、脱落を回避する。
 スロウスは引き抜いた鉈すらも弾丸を防ぐ盾にして、ついに、コロンビーナの銃座へ飛び掛かった。
 あいつ弾幕をくぐりやがった! とキャプテンは見えざる何かが触れる自身の腰に手を当てておののく。
 早く上昇しろ! とライオネルが訴える。
 分かってる! キャプテンが反論を発した時には、既にコロンビーナは重々しく上昇を始めて、あと一歩で触れ合えたはずのスロウスを置き去りにした。
 しかし、スロウスは諦めず、限界まで屈した脚で跳躍する。
 銃座を任されていた痩身そうしんの男は急いで銃口を迫る敵に定める。
 だが、地面から離れたコンテナに飛びつき、コロンビーナの中脚を梯子はしご代わりに上ってきたスロウスの 到達が早く。痩身の男は射撃を試みるも、中脚をパートナーにするスロウスの回避という社交ダンスには敵わず、ついに接近を許し、骨を張り合わせた手に胸倉を掴まれ、外へ投げ飛ばされた。そして、スロウスが銃座の機関銃を奪い取り、それを機内に向けた。
 本来は構造上機内に向けられない銃座は、剛腕によって付け根の留め具がねじられ、アームから外され、破壊され、台座ごと反転する。
 ソーニャはスロウスの背中をよじ登り、肩を乗り越え、二の腕にしがみ付くと、機関銃の引き金を握り締める。スロウスが支えたソーニャの掃射は、一斉に伏せた搭乗員には当たらず、機体を内部から破壊する。

「何かあったみたいだ! 近づいてみよう!」

 と血気盛んな武装集団は建物の陰から出てきた。
 
「拾えるもんと奪えるもんは確実に手に入れる。そうでなきゃ、恩を売って……」

 走り出す集団の服装は、使い古されていたが、戦闘に役立つ装備で固めてあり、中には片腕が廃材で作ったような機械に置換していたり、あるいは機械的な支持機構によって支える異形の腕をぶら下げるもの、下半身が猫科動物のように細く屈曲している者もいた。 
 一方で通りに面した建物の陰に潜む別の集団は、服装こそ古びれてはいないが戦闘を経験したであろう汚れや傷にまみれており、様子を見るぞ、ということで落ち着く。
 コロンビーナの機内では無我夢中で引き金を引く少女の射撃が継続していた。コロンビーナ自体が体を傾けると、機体を貫通した弾丸が駆け寄ってきた武装集団の連中へ襲う。先頭を走っていた数人の巨漢が盾を構えて横一列に並ぶと、追従する同胞達は即座にその背後に隠れた。弾丸は分厚い鉄板の盾を鳴らし、コンクリートの地面を穿うがつ。
 集団の一人が頭のヘルメットに生まれた真新しい鉛色のくぼみを指で撫でる。そしてやすりめいた感触が残った指を擦り合わせ、空を飛ぶ虫の背中を持つドローンを一瞥いちべつし、コロンビーナに笑みを送った。

「攻撃しやがったな。お前たち喜べ! 獲物は決まった!」

 武装集団は本性を現し、残忍な歓喜の声を上げる。
 コロンビーナではようやくソーニャが手を解き掃射が止まる。そして。

「スロウス! 全員を追い出して占拠するぞ!」

 スロウスは雄叫びをあげる。
 こうなったら! とキャプテンは決断する。
 ヘッドギアから延びるケーブルが指令を送信し、機体の翅を駆動させ、周囲に風を発生させた。
 雇い主がいるからな! とマーキュリーに言われ。天蓋の座面に戻ったレントンは、わかってる! と返答するも機銃に手を伸ばす。
 コロンビーナの銃座にしがみ付くソーニャは背後で開いていた銃座の出口から離れ行く地上を見下ろし、警告した。

「降りろ! さもないと攻撃するぞ!」

「そんなことしたら今度こそ落ちちゃう!」

「みんな死んじゃうよ!」

 ジュディに続き少年が訴える。
 だがソーニャは警告を無視して、引き金に力を入れた。即座に、機内の天井に穴が開く。
 しかし、それは少女の掴む銃によるものではない。
 振り返ったソーニャが見たのは、地上に集まる武装集団であった。彼らは機関銃でスロウスを狙う。大きな体躯たいくは絶好の的で、さらなる追い打ちを画策した一人が爆弾のピンを抜いた。
 灰色がかった緑色の表皮の左腕は形状だけ人で、大きさは膝に届くほど長い。それで手榴弾を持ち、今まさに投擲とうてきしようとする。
 させるかよ、とレントンが機関銃で凶行の芽を摘もうとするが、円蓋のガラスが砕けて左耳を襲う。振り向けば別の集団が迫って、その先頭を走る巨牛が顔面に張り付けた鉄面を誇示して迫り、広い背中にいる射手が機関銃を唸らせる。
 それに対してレントンは銃撃を返し、鉄面と鉛玉が出会い、火花が誕生する。
 コロンビーナを狙う集団では、怪腕の投手が放った手榴弾が、上昇を続けるコロンビーナの戸口に入る。ただし、それをいち早く察知したスロウスは片腕で機関銃を抱え、空いた片手でキャッチした手榴弾をさっさと投げ捨てた。
 武装集団はそれぞれきびすを返して撤退し、その中心で受け取りを拒否された手榴弾が爆発する。
 巨牛はレントンの機関銃を散々浴びるが顔面で防御し、顎のカウキャッチャーめいた構造が脚を守り、鉄面の延長として上に張り出す鉄板が背中の操縦者と射手を庇護する。そのまま銀色の飛行機へ突撃だ、とはならず。上空からの攻撃に牛の横腹を襲われ脚も撃たれ、人面牛は顎から倒れこんだ。
 レントンが顔を上げると、コロンビーナからスロウスが身を乗り出し、破壊された銃座をぶら下げる機関銃によって射撃を実行していた。グリップは人の手に合わせた大きさだが、包み込むようにボタンを押すことで操作を果たしている。
 ソーニャはスロウスの肩にしがみ付き、地上の集団やディノモウを指さす。

「よし、言った通りにちゃんと操作出来たな。そんで、狙うべきは……敵! けどあれは味方! あれは敵! あれは武器! 味方以外は攻撃してよし!」

 
 仰せのままに、スロウスは無慈悲な攻撃を開始する。









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