絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 124:雇われ仕事人

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《ゼッテンMk-9S》ゼータプライム社が販売していたニューロジャンクアシストヘッドギアの第9世代の後継機。未成年者の脳にも負荷が少ないうえ、内蔵するセミグレーボックスの思考補助範囲も広く、機能の拡張性も高く、素人から玄人にまで幅広い需要がある。シャッフル社にゼータプライム社が吸収合併された後は、長らく次世代機の発表がなく、期待の声は多い。一方で、他社によって競合機が続々と販売される中、ゼッテンシリーズが今なお店頭に並んでいることは、その品質をかえって宣伝する結果となっている。











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「お目覚めですか? アンドリューくん」

 となおざりな口調で尋ねるボニーは低い背格好に繋ぎを着用し、頭にはアンドリューとは別種のヘッドギアを被っていた。被り物の外観はテントウムシの頭に見えるが、生物的ではなく、あくまでも機械的で白い室内に見合ったモダンなデザインだ。
 寝台にて起き上がるアンドリューには、視界の端で一歩引きさがったボニーが、尋常じんじょうじゃなく小さく見えた。
 伸ばした脚は太く短く、表皮の色は緑にしては土気色があり、岩を荒く削ったような質感である。そして、彼自身の目線の高さは見上げてくるボニーの2倍以上は優にある。

「目標は? あとどれくらいで到着できる?」

 暗い空間で横たわったままのアンドリューは手を伸ばして据え置きのスピーカーのまみをひねる。するとスピーカーから延びるケーブルが情報を伝達し。10キロ先だよ、とボニーの声をアンドリューのヘッドギアへ届けた。
 なら直ぐに行って潰そうかな、とアンドリューが宣言する。
 嘆息するボニーは。

『冗談だって分かってるけど、ボスマートの援軍が来てから出撃してね』

 必要ない、と言ってのける相手にいよいよボニーは反応が顕著けんちょとなり、アンドリューの視界の真ん中で自身の存在とテントウムシめいた装備を主張する。

「ちょっと待ってよ! まさか単騎で出撃するつもり? そんなことして、もし……」

『おいおい、僕の機体をなめんなよ。武装だって部品を新調したし、整備もばっちりだ。バイタルだって……』

 アンドリューは、異質な手足を見比べる。
 太い脚を上ったボニーは、被っていたヘッドギアでアンドリューの視界を占領する。

「そう言うことじゃないでしょ! この機体の防御力は否定しないけど。下手に突っ込んで、もしも大破したら大損になる。それに雇い主の都合だってある! あと少し待てば戦艦が連れてきた一団がノルンを確保して、そこからかれた部隊が到着するって話だから、もう少し待って」

 視界に広がる場所とは違う個室に体を横たえるアンドリューは渋面した。

「じゃあ、うちの車に追いついたら一緒に作戦を決行する。けど、もし遅れるようなら直ぐにでも出撃する。もちろん、今からこっちの速度を落とすなよ? そんなことしたら今すぐ整備トレーラーを破壊して飛び出すぞ」

「何を考えてるの? 雇い主の要望に従わないと怒られる上に、次の仕事がなくなっちゃうよ!?」

「いつも言ってるけど逆だよ。力を示せばその分認められて、活躍を求められる。そして、ボスマートに限らない顧客を得られるんだ。従順にみんなで仲良く横並びになって戦っても、その他大勢の戦力に紛れる結果になって見向きもされない。頭一つ飛び出さなきゃ役立たずの烙印らくいんを押される。そうなるくらいなら危険に身を置いて成果を掴み取る。それとも? 拠点制圧以外の要求があったの? 要人の確保とか」

 そうじゃないけど、とボニーの困惑は止まらないがアンドリューは意に返さない。

「だと思った。僕たちに要求するなら破壊活動以外にないよね? じゃあシンプルに行こう」

「だからって独断先行して、許されると思ってるの?」

「何度も企業の依頼をこなしてその度に上手くいったし、ちゃんと支払ってもらっただろ。なんならボーナスだって」

「あんたが勝手なことをするたびにあたしが先方せんぽうに謝ってるって知ってるでしょ!」

「なら今回もそうしろよ、それも含めてお前の仕事だろ」

 ボニーは身を震わせて、なら勝手にして! と怒鳴りつけた。
 もうそろそろ到着だ、と全く別の男の声が通信に割り込み重々しく知らせる。
 しばらく経たないうちに最前列の装甲車が停車し、トレーラーを始めとする車両もそれにならう。
 最後尾の装甲車の上部ハッチから身を乗り出した人物が腕を水平にして掲げると、飛翔していた鳥の影が急降下する。かぎ爪の生えた足で人の前腕ぜんわんを捕まえたのは、翼と胴体こそ猛禽類そのものだったが頭部はカメラ装置に置換されていた獣。止り木として腕を差し出す人物は、ヘルメットからはみ出すコードを引っ張り出し、鳥の後頭部を隠していた古式のかぶとに見られるしころめいたカバーを持ち上げると、虫の腹部の様なプラグから生える触手を接続した。
 しばらくして男の声がアンドリューに届く。

『ロビンからの報告だ。一帯に敵部隊なし、ただし、少数の伏兵と飛行型Smが道路沿いに散見された。しかも、この先は町側の自立飛行Smが身構えてて、近づけなかった。なんならボスマのドローンも落とされてたようだ。しかし、どれもこちらの機体の脅威にはならない、と判断される』

 言葉を吟味ぎんみしてうなずくアンドリューは。

「ということは……のこのこ集団で行って感づかれるよりも、単騎で迅速に乗り込んだほうが、リスク以上のメリットがある……」

『そのメリットがあんた以外のみんなにも有益になればいいけどね……』

 ボニーの指摘に鼻を鳴らすアンドリューは。

「……まあ、みんなは、一人のためにってね。了解、報告ありがとう。それじゃあ起動しよう」

 本当に待たないのか? と先頭車両の助手席にいた男が有線の受話器で伺い、後ろに帰還するロビンの奏者を手を挙げて見送った。
 アンドリューは、へそを曲げて腕を組むボニーの背中を視界に捉えつつ。

「起きた直ぐに戦闘は無理だよ。軽いウォームアップをさせてもらう」

 上体を起こしたアンドリューがまたがる席は、変貌を遂げる。
 席自体が垂直となり、股下で立ち上がる座面の一部がサドルとなる。背後から左右を塞ぐように出てきたアームは、給仕が皿を出すように、筒状の器具を差し出す。それに腕を突っ込むアンドリューは、手首を捻って筒の内側のハンドルを回し、後ろへ引っ張って、アームのレールの上で器具そのものを前後させる。床からせりあがる回転ペダル、それとフットレバーの二つを、ステップを踏む感覚で足蹴にする。

「OK、運用支援ユニットも好調だ……」

 嬉しそうに呟くアンドリューに、ヘッドギアに内蔵した無線装置から、男の思慮を感じる声が発せられる。

『それじゃあ、扉を開ける。ボニー聞こえてるな?』

 聞こえてるよ、とボニーは鬱屈うっくつした物言いで返答する。 
 すると、アンドリューの視線の先であり、ボニーが背にしていたゲートが、両脇にある油圧式のピストンによって持ち上げられた。
 ボニーは空間の端にある金網の上に登って場所を譲ると、アンドリューは光へ向かう。
 で結局目標は? とアンドリューが男に問いただす。
 
『目標は検問所とその奥の町だ。ロビンの報告だと、この先にある検問所の人員は事前情報と変わらないと思われ、最低で50人程度、多くても100名ほど。しかし、破壊兵器は充実しているから、おそらくブッシュダンサーを阻止するに十分な力を持っている。もし、足止めされれば、その後ろのエンジンタウンから増援が来て、ボスマの連中はりつぶされる」

「大事な戦艦様で吹っ飛ばせば早いだろうに」

『そのあとの道の修復や物資の運搬に多大なる時間がかかるだろうがな……。負けた後の賠償にも影響する』

「なら……僕たちがさっさと丁寧に掃除して後続が渡れる準備を整えよう」

『止はしないが拠点としての機能を潰すだけで十分だ。ボニーが言っていたように、無茶をしてお前が撃破されたら、こっちの給料にも影響が出る』

「その時は、危ない雇い主に捕まった自分を恨んでくれ。けど実際に、拠点を突破して行って、その向こうの街に侵入出来たら、その分顧客も喜んで財布を開いてくれるはずさ。検問所のさらに奥は、エンジンタウンだっけ?」

 ウナギの寝床めいた空間で、振動を生み出す巨体が過ぎ去るのを待っていたボニーは、金網から離れて口を挟む。

「エンジンタウンはもっと防備が厚い。単騎で行くにはリスクが大きすぎる! 絶対にダメだからね」

 わかったよ、とアンドリューがため息含みに答えた。
 直後、車列の真ん中に位置するトレーラーの上部で扉が開き、中からタワーがせりあがる。端々にパラボナアンテナや、板状の器具を回転させ、配線がその間に絡みつき、頂点に据えた円盤には球体の構造が乗っていた。
 そして、車列の中で、一番幅のあるトレーラーでは、開く扉の縁を中から出てきた手が掴む。それは、人の頭すら包み込めるほど大きくみにくく、トレーラーにいた主の体を引っ張り出す一助となる。
 巨体が外に躍り出るはずみで重厚なトレーラーが揺れ動き、異常に大きな足がコンクリートの舗装を踏み鳴らし、小規模の地震を生む。
 アンドリューは語りかけた。

「それじゃあ、進撃だ……”サッカーフィスト“」

 

 ノルン方面からソーニャたちのいる検問所にかけての道端の茂みに、自警軍の隊員が潜んでいた。欠伸あくびなどして少し緩んだ空気だったが、一人が、遠くからやってくる影に双眼鏡を向けて、あれ見ろ! と仲間を呼び緊張が走る。
 腕に機械化した鳥を乗せた仲間が、敵襲を知らせるッ、と言って、しばし瞑目めいもくしてから鳥を繋ぎ止めていたコードを外し、腕を振るって飛翔を促す。

「このまま橋を突破させるのか?」

 一人が問い質すと仲間の自警軍は。

「単騎のためにこっちのインフラを潰すわけにはいかない……。きっと仲間が仕留めてくれる……はず」

 突き進むアンドリューの視界では、横を飛翔したロビンが隠れ潜む自警軍隊員の頭上まで行って、旋回することで居場所を知らせてくれた。しかし、アンドリューは無視した。

「どうせ近づいたら近づいたで逃げるついでに橋を壊される。小物の相手は後で。むしろ、橋を壊された後のボスマの渡河とかを妨害されないようにするのが、僕の使命だ……。そう、これは必要な行為なのさ」

 軽い口調で吐かれた大儀名分を御旗みはたに巨体は敵地を駆け抜けていった。

 検問所内にサイレンが鳴る。
 プレハブ内では、並ぶ長いテーブルの前でシャロンが急ぎサンドイッチを頬張り、オレンジジュースで流し込む。
 リゾットを食べていたソーニャも高速で咀嚼そしゃくして飲み込み、何があったの! と問う。
 シャロンは銃を担いで、襲撃だ、と短く答えてプレハブを出ていく。
 とりあえず食べながら追従するソーニャだが、出口の前で引き返し、テーブルに忘れていたパンを回収してから外を目指した。
 検問所の中で、より人員が集まったのは、壁の内側にパイプで構築した回廊かいろうだった。工事現場を思わせる足場に設けられた金網の階段を上ると、門前に配置された味方の車両が、積んでいる銃座でもって向かってくる影に応戦する。遠くからでも分かる巨体は、弾丸の直撃も構わずそのまま突進して、突き出した肩の接触でもって、ありあわせの廃材で防護した乗用車をひっくり返す。それだけに留まらず、金属の右手で、晒された車体の底を殴打し、更に反転させ、そこから左手で車体を掴んで、巨体のひねりを加えて別の装甲車へ投擲とうてき派手はでな車両事故を演出する行為は、まさしく力を誇示するためのものだ。
 なんなんだありゃあッ! と銃を構える戦闘員たちは恐慌した声で叫ぶ。
 全幅の信頼を寄せていた装甲車が次々に、まるで空箱のように転がされるのを目の当たりにして、自警軍の多くが絶句した。
 彼らの隣に並んだソーニャは言う。

「あれは……タジカラオ!」

 少女が名を明かした敵は、まるで個別に作った体の部品を重ね合わせたような外観をしていた。
 日に照らされるのは、茶色かがった緑色の表皮で、太い四肢に見合った膨れた胴体をしているが、人の形状を保っている。顔もまさしく人の造形に則している、ただし、形相は壮絶な怒りによって歪められ、短い牙が砕けそうなほど歯を食いしばり、張り出した眉が目に影を作って眉間に谷を作る。それらを総合したおぞましい姿は、いていたオムツじみた着衣を笑う機会を奪う。
 それがサッカーフィストだった。
 シャロンはソーニャに一瞬視線を送った。

「たじからお、ってのは何だい? Smだってのは分かるが……」

皇国こうこく産のSmシリーズで、ヒト型に近い骨格と動きを可能にして、ニューロジャンク通信による受信感度も高く、抜群の操作性能を実現した機体だよ。なんだけど、お値段がお手頃じゃないし、皇国自体が出し渋って、高い輸出税をかけてるからザナドゥカはもちろん、皇国以外ではあまり流通していない。
 そもそも、ザナドゥカで人型機体は、ブレミュアエが市場を独占しているし。完全な人型だと、クリスチャンの抵抗が強いのもあって、なかなかお目にかかれないんだよ」

 話の途中から、目の輝きが車のヘッドライトくらい強まるソーニャは、今にも壁の上から外へ飛び出す勢いで体を伸ばす。
 シャロンは、リゾットを継続して食べる少女の襟を捕まえた。
 自警軍のにらみと銃撃を一身に受けるサッカーフィストは、固い表皮で弾丸を無力化し、巨体からは想像もつかない俊敏しゅんびんな動きで銃へ迫り、右腕の鋼の拳に生えた三対の爪で殴打した。その一撃で装甲車に大きな陥没を作り、車体の向きが変わったところで、銃座の機関銃をもぎ取ってしまう。
 破壊された車両の扉は潰され開かなくなるが、銃座を取り付けたサンルーフから隊員が脱出することはできた。
 サッカーフィストは、哀れな人間たちの逃亡を見届けて、からの車を蹴り飛ばす。









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