絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 151:Hey家族

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《ダンプボール》汎用重牽引機体ブルータスK79系をカレイジシェルズ独自のSmNAを組み込んで、外科的改造を施した機体。機動力に欠けるが素体となった機体の持久力と耐久力を底上げし、多くの器官を新しく設計したシステムに組み替えることで、稼働のコストを削減し、自立式にはない操作性を獲得することで、運用の自由度を広げた。敵陣に飛び込んでは物理的脅威となり、質量で相手の防衛を突破することも可能。ただし、激しい運動は燃費を食う上、速度に難があり、おおよそ物資輸送と陣地作成や防御に使われている。











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 イサクと仲間はダンプボールの間を駆け足で過ぎ去る。しかし、敵の銃口を察知して、一歩引く。彼らが踏み出そうとした空間を貫いた弾丸はダンプボールに直撃し、甲殻に火花を作った。
 自警軍へ射撃をしでかしたシェルズは最後まで抵抗の意思を示し、駆け寄ってくるスロウスを迎え撃つ。
 同胞の撤退のため、踏みとどまった戦士への手向たむけは、同胞が忘れていった兜による殴打で、その一撃にシェルズは倒れた。
 最後の歩兵を失ったダンプボールたちはスロウスに対し、たじろぐ気配を見せ、少しずつ引き下がる。
 逆にイサクと追撃に出ていた仲間複数人がスロウスのそばつどう、そして、ゲートから身を乗り出す自警軍の仲間と目が合う。
 追撃に出た仲間の一人が、敵歩兵は逃げて行った! と報告した。
 なら次は中を頼む! とゲート側の仲間が声を上げる。
 イサクは置いてきたソーニャ達の方へ振り向くが、ダムに突入するそぶりを見せる。しかし、スロウスがついてくる気配はない。
 戦意の見えな虫たちを相手に立ち止まるスロウスを見て、イサクは眉間にしわを寄せる。

「主がいなければ従順に動ごいてくれないか……」

 攻める気もないダンプボールは脅威に背中を向けられず少しずつ後退あとずさる。
 イサクはダムに戻った自警軍の仲間に、援軍を呼んでくる! と告げた。
 ゲートの内側では、ソフトベビーが自警軍の面々を追い回す。そうやって現場を引っ掻き回し、同胞へ敵が接近することを阻んで、ゲート付近を占領し、敵の連携れんけいくじいていた。ところがそこへスロウスが登場し、事態は一変する。
 今まで2体まとめて相手をしていた人間とは比べ物にならない力に抑え込まれてしまう。
 逆にスロウス1体によって、損耗が目立つソフトベビーが2体同時に抑え込まれ、その間に自警軍の面々は横転した車の影や、土嚢どのうの影、または壁の上からダムの奥へ急ぐ。その中にはミゲルもいた。
 ダムの上にいた提督ていとくひきいるシェルズは、背後からの襲撃にさらされた。もちろん、事前に甲羅の盾で前後左右を守っていたので弾丸の直撃こそなかったが、それだけで耐えしのげる保証などなく、ダムの指揮所へ向けていた戦力を背後へ引き返させるほかなかった。
 提督ていとく! と部下に呼ばれた指揮官は決断する。

「撤退だぁああ!」

 シェルズは大きな甲羅の盾を掲げ、密集したところで一斉いっせいに屈んだ。そうして生まれた甲羅の丘をソフトベビーが駆け抜け乗り越え、ダムの端に陣取る自警軍に襲い掛かる。
 完成体のビィシィに殿しんがりを任せたシェルズたちは、甲羅の盾に守られた状態で走り出した。
 ソフトベビーが跳躍ちょうやくし、体当たりで自警軍を押し返し、強引に退路を確保する。
 人の身で巨大な虫を阻むことなどできなかったし、続く盾の集団が濁流となって迫ってくる。その圧力に身がすくむ自警軍の面々はそれでも射撃をするが、堅牢な守りは崩れないし、被害も与えられない。
 盾の集団は反撃もそこそこに、ソフトベビー2体とたわむれるスロウスを素通りすると、ほかの敵を押し退け、ゲートをくぐり出た。
 甲羅の盾で包んだ隊列は巨大なワラジムシやダンゴムシのような動きで外へ逃げるが、常に防御に穴が出ないように注意を払って盾を構えていたため、射撃を完全に防ぐ。
 自警軍各員のもとに無線が入る。

『追撃の必要はない! 繰り返す! 追撃の必要はない! 負傷者に手を貸すことを優先しろ!』 

 イサクは構えた銃口を下げ、去っていく行く盾の列を見逃した。 
 ゲートの内側でスロウスを相手にしていたソフトベビーも散々、蹴られ殴られ、踏まれてきたが、うのていで逃亡を始める。しかし、スロウスはそれを許さない。
 誰かアレを止めないのか? と暴れる巨躯きょくを指さす隊員から声が上がるが、誰もスロウスの止め方に覚えがない。 
 結果、逃げ遅れたソフトベビーがスロウスに捕まり、最後まで足掻くのだが、持ち上げられ、地面に叩きつけられ、仰向けになったところで腹を踏みつけられる。相手が動かなくなるまで猛攻を加え、甲殻を砕くスロウスだったが、次の獲物と思われた盾の一団はすでに森へと消えていた。
 残る喧騒けんそうの要因は砲撃だけとなる。
 ネドームの穴を塞ぐぞ! と声を張り上げるマグネティストは、杖から放つ雷撃で星雲の膜と接続する。
 雷撃を釣り糸代わりにし、釣り竿の役割を果たす杖を引っ張るマグネティスト。彼らの動きに合わせ、星雲の薄膜は空隙くうげきふさいでいく。
 飛んでくるザクームの数も減っていた。
 地上戦力を退しりぞけて早々、外敵の気配がないと報告が入るが、哨戒しょうかい任務に部隊が編成される。と同時に負傷者の治療や、スナック菓子の提供が始まる。
 イサクは、目標を変えたスロウスについていき、ゲート付近でシェルズが構築していた土嚢の陰でソーニャ達と再会を果たし、一緒にダムに入る。
 ミゲルもダムからゲートへ舞い戻り、ソーニャと手を振り合う。そして、仲間の案内に誘われ、医食双方の提供を受けることとなる。
 イサクは森へ向かうスロウスを指さした。

「ソーニャ! スロウスを止めてくれ。もう追撃の必要はない」

 了解! とソーニャは大声で、森に向かって打って出るスロウスを呼び寄せた。
 ミゲルの方は、さっそくもらったチョコバーを食べ始めるが、うっわっま、と血の味を覚えていた舌には刺激が強く、頬の傷口に触れる脱脂綿が染みた。
 マイラは自警軍の面々と話をする。
 指揮をする立場の人物が彼女の言葉にうなずく。 

「了解した。今から出る哨戒部隊に事情を説明し、ビル・コーズウェイの部隊を捜索させよう」

「私もついていく。案内が必要でしょ?」

 マイラの申し出に対し、指揮官は首を横に振る。

「杖の燃料もないんだろ? ならまずは補給をしてくれ。聞いた道の場所なら分かる……」

 そう言って励ます素振りで指揮官に肩を叩かれたマイラは、暗い面持ちで頷き、ダムの奥へ向かう。
 ゲートを塞ぐ形で存在する砂山をバイクが越えて出ていく。そのあとブルドーザーが砂山と土嚢を押し出して道を確保し、健全な四輪駆動車が若干乗車人数超過気味で出発した。
 直後、外からもバイクが入ってくる。
 遅いんだよ! と笑顔で文句を言って増援と合流する自警軍の面々。
 指揮官同士も対話する。

「すまない。敵の攻撃に阻まれてな。4分の1が戦闘不能に追い込まれて遅れてしまった。だが、残った連中はまだ戦う気力がある。それと、頼まれていた荷物を届けに来たぞ」

 ブルドーザーがゲートの砂山を完全に排除するとトラックが招き入れられ、荷台のクレートが降ろされる。一つを開ければ、中には衝撃吸収剤につつまれた擲弾てきだんが詰まっており、次々に各部隊の砲手へ分配される。

「ちょうど、全部使い切ったところだったんだ」

「そうか。なら今度はこれで砲撃してるやつらを叩こう」

 憂さ晴らしにちょうどいい相手だ、と指揮官2人はダムの指揮所へ向かう。
 一方で、荷物に続いて新たに負傷者が運び込まれた。
 ダムの上に行くと、大勢の怪我人が手当てを受けている中、複数のシェルズが拘束されている。
 ソーニャとマイラは治療を終えたミゲルと再会を果たした。
 怪我人ばっかり、と呟くソーニャに案内も務めるイサクは語り掛ける。

「だが、勝てた。それだけで十分怪我の元は取れた。君たちに感謝する」

 同意するようにミゲルは微笑み、姉妹の背後にいる巨躯を見上げた。

「ただ、スロウスとソーニャに大きな借りを作っちまった……」

 主の傍にはべるスロウスは、立ち止まっていることもあり、彫像のような威容を誇る。 
 ソーニャは棒立ちの巨躯の膝裏に回り、ズボンの破れを指で拡張し、ペンライトで照らして見せた。
 すると、えりを隊員の一人に掴まれ 危ないから下がってろ! と引っ張られる。
 おーい子供がいるぞ! 保護してやれ! などと呼びかけられる。
 さらにはスロウスが主を略取した隊員に迫って、ソーニャが止まるように告げる一幕を挟み、軽い騒ぎになった。
 
「それ、私の連れです!」

 そう答えたのはマイラ。
 彼女に怪訝けげんな顔を向ける自警軍の面々だったが、腰に下げた杖に目を留め、マグネティストが現れた。

「マイラ・ラヴォーさんでしたっけ? たしか、エドウィンの友人の……」

 あなたは? とマイラは問い返す。
 応対した年嵩としかさのマグネティストは。

「私は、エドウィンの友人でしてミッドヒル大学脳形成教室所属のカネロス・イリアスです。このダムの防衛を任されて……」

 話の途中でザクームが飛んできて、カネロスは杖に滞留していた星雲の塊を放り投げる。火花を飛び散らせる星雲は粘着質な動きでザクームを包み込んで内部で激しく放電し、はねの動きを奪って地面に転がす。
 襲撃の勢いが強かったころの名残としてダムのいたるところでは、コンクリートにほころびが生じ、それを黒い放射状のすすが囲って強調している。
 マグネティストの集団は、散会して、それぞれが杖から発する稲光で星雲の薄膜を波打たせ、色の濃淡を均一にしていく。
 襲う数は減ったザクームだが、それでも彷徨さまよい出たようにダムへ近づいてくる個体が散見された。ただ、連携もなく無策なので小銃での狙撃で容易に駆除される。
 砲弾は防げるのに何で虫は止められないんだ? と星雲の薄膜の機能に隊員の一人が疑問を呈する。
 薄膜から降り注ぐ細い稲光を杖で受け止める若いマグネティストは。

「構造上、高速で迫ってくるものに対しては強固に反応して防ぐけど、そうじゃないものには寛容にしてるんだよ。じゃないと、風や逃げる鳥、最悪守るべき人間なんかに一々星雲が反応して、リソースがすぐに枯渇する」

 あの虫は撃って平気か? と地上に転がる自爆犯の再起動や誤爆を懸念する隊員に仲間は言う。

「雷管を潰さない限り爆発しない。つまり……腹以外を狙えばいい」

 そう言われた隊員は、尾部だと思った虫の腹部を射抜く。黄色の内容物で膨らんだ腹は鉛弾を埋め込まれ、差し込まれた雷管を破壊されて、盛大に爆発を引き起こした。
 こうなったら地上に降りてくる前に撃ってしまえ! と短絡的な命令が飛んだ。
 安心はできないが少しばかり事態が落ち着いたので、マイラはカネロスとの会話を再開する。

「私……のことは、知ってるようなので自己紹介は省きます。それで、この子はソーニャ。私の家族です。いきなりで申し訳ありませんが、どこか安全な場所にかくまってもらえないですか?」

 マイラ、とソーニャが訴える口ぶりで声を上げるも。
 マイラの手がソーニャの頭を抑え込み発言の機会を奪う。

「この子は見ての通り子供なんで……」

 少女の赤毛を掻き回すマイラに、はぁ、と反応に困るカネロス。
 ソーニャは何とか姉の手を退けて、豪語した。

「ソーニャは大丈夫! このスロウスを使って、襲い来る敵すべてを八つ裂きにして日干しにしてやる!」

 シュッシュ、などとシャドーボクシングまで始め、闘志とやる気をあらわにするソーニャだったが。
 マイラは明確な疑いの目を近づける。

「ふざけないで。ここは戦場なの! 今回はたまたま無事で済んだけど、一歩間違えれば怪我だけじゃすまない。最悪死ぬんだよ?」

 そうはっきり言われると、ソーニャも口籠くちごもる。
 マイラは前のめりになって。

「あんたは大人しく家に帰る。その準備が整うまでミッドヒルとか、安全な場所で待機してなさい」

 ソーニャはボクシングの姿勢の延長で、脇を締め上目遣うわめづかいで聞いた。

「マイラは? 一緒に帰る?」

 少女の眼差しに射抜かれ、顔を背けるマイラは目をつむり、言葉を吟味した。

「私は、もう少しここに残る」

 だったら! と声を張るソーニャをマイラは見下ろして告げた。

「すべてが解決したら帰る。だから、お願いだから大人しく帰って」

 ミゲルも口を挟む。

「まあ、マイラちゃんの言い分も確かだ。いくらスロウスが最強だからって……」

「嫌だ!」

 ソーニャはかたくなで激しい一言を発し、無我夢中でマイラに抱き着く。

「一緒に帰らないなら! ソーニャも帰らない! 何ならリックもここに呼ぶ! あとアーサーも……」

 マイラはソーニャの背中に手を伸ばすが、思いとどまり肩を掴む。

「リックならまだしも、いや、リックを呼ぶのもダメ! だからアーサーも呼ばないの。もしや来てないよね?」

 不安視するマイラの顔を見上げたソーニャ。

「でも、アーサー意外と運がいいから前線に送り出したら飛んでくる弾をことごとらしてくれると思うよ。それに、リックだって、ずっとマイラのことを心配してたんだよ?」

 マイラは。

「それは、分かってる。でも、ここに家族がいたら、私が不安になるの」

 そう言ってソーニャを離そうとするが、是が非でも離れようとしないソーニャは、いや! という。
 ソーニャ……、と懇願こんがんするマイラ。
 いや! と。 ソーニャ! の応酬が続く中、引き離し合戦は熾烈しれつを極める。マイラも力が入り、ついには相手の頭を掴みにかかる。
 マイラの手が掴む前髪へと顔面が引っ張られるソーニャは、鬼も目を背ける形相となるが、しかし、その腕力はマイラを上回り、強固にしがみつく勢いで片膝が崩れ、マイラの鼠径部そけいぶに顔を埋める。

「絶対に嫌だ! 一緒に帰る! じゃなきゃ残ってソーニャも戦うの!」

 譲れないマイラも力を込めた面持ちでついには少女の束ねた髪を掴み、持ち上げるつもりで引っ張る。

「冗談じゃない! こっちは遊びじゃないの! いつ終わるか分からない戦いに、子供を巻き込めるか!」

 それが嘘偽らざる思いだった。









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