絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 171:オレキタデス

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《不完全発達形態》元は著しく破損したSmが残り少ないリソースを用いて機体を形成し、運用する手法。今は予めSmNAの形質発現を誘導することで、破損とその時保有するリソースに応じて自発的な形状の再生を実行する場合もあれば、破損に関わらず人の任意で形状を実際の完成形に至らないように処置する場合も含まれる。デメリットは当然、完成形のポテンシャルを発揮できないことだが、ほかにも処置のため複雑な工程と計画が必要となる。メリットとしてリソースのコストカットと、その分余剰のリソースを別の労力や能力に回すことが可能となる。










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「発射!」

 幾度いくどとなくしげもなく放たれた擲弾てきだんの1つがウォールマッシャーへと迫っていたが、素早くひるがえ蟷螂とうろうの前脚が見慣れた射撃を退しりぞける。そして、もう一方の前脚を支えに体を迅速に移動させる。ムカデらしい下肢はもう無かったが、踏破性を失った代わりに、重量を減らして速度が増したと見える。その証拠に地上を脱し、木の上に乗り上げて新たなルートを開拓するが、その先でも擲弾の射撃が待ち受けていた。
 広範囲に展開する自警軍の隊員たちが、潜んでいた茂みや木の陰から身を乗り出す。それを見越してウォールマッシャーが前脚の鎌で枝葉を薙ぎ払い、地面を引っ掻き、土と下草をばら撒く。木々の間を埋める土煙が掻き雑ぜられ、たまらず伏兵が一歩引く。
 それがあだとなる。樹木から枝葉を払い落し、土煙も薄まれば遮蔽物しゃへいぶつが激減し、その分心置きなく擲弾を発射でき、遠巻きからの攻撃が可能となった。
 木々の合間を抜けてきた擲弾を甲殻で受け止め、前脚であしらうウォールマッシャーだが、反対からも狙いすましていた攻撃が繰り出される。両前脚は防御と体の移動に使われ、丸見えの腹に寄せていた人腕に擲弾が届き、やわらかい組織を破壊した。人にも通じる器官が傷ついて組織片が飛散するので、隊員の中に表情を悪くする者も居たが、囚われの身のスロウスの解放を予感させ、かつ有効打を確信し、大方は喜びに片手を握る。だが、巨大な手はおもちゃを手放さない子供のようにスロウスを掌握し続けた。
 ソーニャがトランシーバーに、スロウス反撃して逃げて! と告げる。
 命令を履行しようとスロウスは、持っていたナイフで自身を拘束する巨大な手を傷つけるが、それを許さぬウォールマッシャーは地表をおろがねの代わりに、手中のスロウスを削ろうとする。
 スロウスの固い表皮を傷つけるには至らないが、しかし、口や目に土が入り込みとがった小石が乾いた肌のしわに突き刺さる。それを防ぐには腕を盾に使わざるを得ない。
 ソーニャがトランシーバーで命じる。

「スロウス! 頭を守って!」

 言われるよりも前にスロウスはかさにした腕で地面を受け止める。
 執拗しつような破壊行動を加えていたウォールマッシャーの目に銃撃が行われて暴虐はいったん終了した。
 ソーニャは告げる。

「スロウス! 攻撃せず自分を守ることに専念して!」
 
 まだ離れないのか! とイサクは不満を口走る。そして、巨体の反撃を避けるためバイクを後退させた。
 ウォールマッシャーは表土を前脚や空いた手ですくい上げ、一帯にばら撒く。しかし、慣れた隊員は巨体の動きと土砂の落下点を予想して、木に隠れてやり過ごし、すぐに身を乗り出し、銃撃を再開する。
 離れて仲間の奮戦を見ていたイサクは。

「このままでは、じり貧だ。せっかく攻撃しても歯が立たない。それに……」

 イサク! と後ろのソーニャが指をさす方角から新たな巨体が迫りくる。それはウォールマッシャーが捨てた下肢。シェルズのいうダインスレイブだ。ムカデの胴体に並ぶ脚を推進力に木々の間も起伏もものともせず自警軍へ迫り、花のように開いた口腔こうくうから黄身色の触手を吐き出してきた。それは、イソギンチャクを思わせる器官を並べ、その合間に複雑なフリルを巻き付けたような構造もあり、触れるものを絡めとる意図が垣間見える。
 新手の脅威が肉薄すると、ソーニャは壮絶な形相を一瞬で輝ける興奮の眼差しに変える。

「ヘクターガンの雄蕊舌ゆうしんぜつだ! おお! 不完全機体なのに完成度が高い! ということはもしや、この前雑誌で見た優先度の低い構造の分類は間違っていたということか!? いや冷静になれ! もしかすると構造的に切除を取りやめた可能性も。そもそも、連結機関として転用していたことも考えられる! さっき、分離した時にカドモスの断面に見えた細長い管が導管だったとすると、比較的に導管が表面に近い雄蕊舌に接続していた可能性もある。あるいは、神経系として受容器官を転用してた可能性も捨てがたい。そうなるとカドモスのほうも気になる!」

「ソーニャ! 考察はいいから打開策を考えてくれ!」

「あ、そうだった! 逃げてください! それっきゃない! でなきゃ破壊して動きを止めるか頭を切り離して感覚器官を奪うか」

 それができれば追われてない! とイサクは苦言を呈する。
 デスヨネー、とソーニャは分かり切った問答に生返事だ。
 TRPGを構える隊員の正面をイサクのバイクが過ぎた瞬間、引き金が引かれた。発射された擲弾は、ダインスレイブにくぐられ、その向こうにあった樹皮を打ち砕く。
 それをミラーで確認したイサクは。

「素早い上に細い隙間を掻い潜ってくるからTRPGで狙い難い」

 さらにダインスレイブには機動力もある。バギーやバイクが難なく通れる木の間なら口を閉じれば突入できるし、胴体は捻って横向きにし、腹を晒して、木を足場に無数の脚をうごめかせながら潜り抜ける。背中への銃撃は硬い甲殻が弾丸を通さない。だからTRPGの一撃を贈るが、こんどは素早く立ち回って、樹木の合間を駆け回って人へと迫る。射撃に仲間を巻き込むわけにはいかないと、攻撃の選択肢は制限され、追われる者は仲間に反撃を頼むしかない。けれど狙いを定めず牽制がてらに射撃して外せば樹木に当たるか、仲間へ着弾する。先回りしても標的の動きは早いし、近づけば今度は反撃される。実際。
 こっちに来るな! と自動小銃で抗戦する隊員へ頭を低くしたダインスレイブが迫り、口を広げた。その後方で控えていた仲間は、今がチャンスだ、と止まった的に擲弾を発射する。弾頭は弾丸ほど早くないが真っすぐ、拡大した頭に向かった。ダインスレイブの頭に並ぶ眼にもそれが映る。すると、巨体は一気に口をすぼめた。擲弾は闘牛の牛よろしく、さっと空間を譲ったSmの口を横切り、巨体に背を向け逃げていた隊員を追い越し、その先の樹木に激突して爆発した。爆心地から離れていたとはいえ、逃げていた仲間は衝撃に押され、地面の凹凸につまづく。そこに、巨体が迫る。逃げ損ねた隊員は、胸の収納に収めた手榴弾を引っ張り出し、ピンを抜いた。差し違える気概、あるいは追い込まれたことで激情に支配された顔だ。意図を察せないSmは大きく口を開く、その真ん中に手榴弾が投じられた。喉から無数に生える触手の1本が爆弾を絡み取って先端の葉っぱほど広がっていた構造で包んでしまう。そして、触手1本が爆発の犠牲となって黄色い残骸が飛び散った。しかし、巨体自体は全くの無傷。
 隊員は小銃の射撃と叫び声で相対するが、それには何の配慮もせず暗い口腔が突っ込んでくる。最初に影が迫り、次に実体が隊員を襲った。
 両者の横からバギーが2台突撃する。ダインスレイブは急ぎ鎌首を持ち上げて、顎の下をバギーが通過し、途中で停止したもう1台に、襲われた隊員が飛び乗る。刹那せつなも止まらないバギーにしがみ付く隊員は両足を地面に引きずり、両手で運転手に捕まっている危うい状態だ。ダインスレイブにしてみれば、急げば捕食できる。しかし、背後から襲う擲弾に回避を強いられた。
 それらの様子を停車するバイクから見ていたソーニャ。

「雄蕊舌による捕食検査行動も顕在けんざいか……。となると、離脱した後の生存能力を保持する設計だったか。それに学習機能も残してるらしいね。あの自立性と状況判断能力は、エゴテストに引っかかるやつだよ。制御を外れた場合を想定して爆弾を仕込んでないと……」

 爆弾? イサクが復唱するのでソーニャはうなずく。

「スロウスの首輪あるでしょ? あれは自立型に装着が義務付けられてる爆弾なの。ソーニャのトランシーバーで起爆ができる」

 そう言ってソーニャがトランシーバーにある鉄の蓋を開けると、金属の枠に収まるダイヤルとその真ん中にある赤いボタンが現れた。即座に蓋を戻したソーニャは。

「ちなみにセマフォからでもパスワード入力をすれば起爆する。もしかすると、あのヘクターガンにも爆弾を仕込んでる可能性がある。ただ、見た目には分からないから、中心部にあるか……あるいは」

「無い、か? もしあった場合、起爆できればあいつを破壊できるか?」

「簡単じゃないよ。古いタイプの自爆モジュールでも、機体を沈黙させるほどの威力じゃないと外部圧で爆発しないように設計されてるからね」

 大型自立Smに埋め込むオーソドックスな自爆モジュールの大まかな構造は、頂点を切断した四角錐しかくすいが6個合わさり正方形を形作る。その中心に生まれた正方形の空洞には爆薬が仕込まれており、四角錐にそれぞれ最小限通信に必要な装置が通されている。これをさらに合金で被覆すれば、外部からの攻撃には耐えられるが、いったん内部から起爆されれば、爆発の衝撃が機体を内部から破壊する。
 ソーニャの話は続く。

「そもそも、発達したグレーボックスを除外せずにカドモスとくっつけてたのはなんで……?」

 考え始めるソーニャの気を散らせるイサクは、仲間を追い回す巨体をにらむ。

「それは勿論もちろん、ああして暴れさせるためだろ。もしかするとあっちが本命なのかもなッ。背中の装甲は固い上に、あの機動力で木に隠れられたらTRPGを命中させられない」

「特に頭は柔軟な挙動で弾丸も避ける。すごいなぁ……。あれのグレーボックスのシグナルルーチンを読み取ったグレーボックスを量産したら、かなり売れるんじゃないかな?」

 せめて軟らかい個所に攻撃を当てられれば、とイサクは別のことを思案して呟く。
 ソーニャは目を丸くした。

「そうだ! いい方法を思いついた!」

「言っておくが、あいつを商売の道具にするならまず停止に追い込まないといけないぞ?」

「分かってるよ。だから、爆弾を転がして腹を破壊すればいいんだよ! 背中は固いけど、腹部は動きの兼ね合いもあってか、見る限りそれほど固くなかったようだし」

「言っておくが地雷なんてないぞ……いや」

 イサクは少女の提案を否定する険しい顔をしていたが、考えるほどに表情筋が脱力し、鋭い視線を巨体へ向け、再び表情を険しくする。

「なるほど、腹を攻撃するのか。確かに頭ほど動かないから狙いも外さない」

「うん。疲労損耗には強いだろうけど、強力な攻撃には流石に耐えられないはず。けど地雷がないなら何をするつもり? もしかして、爆弾を持たせた人を転がして……」

「それはミゲルがいたら出来ただろうが。俺が思いついたのは……」

 おーい! と若い声が呼びかけるので2人が振り返ると。バイクにまたがるミゲルが手を振っていた。

「……ソーニャの作戦を採用してみるか」

 とつぶやくイサクは冷たい目で仲間を見つめる。
 実は食べさせるってアイディアもあるけど? と少女が付け加えたところでミゲルが到着した。

「お前ら何言ってんだ? まあいいや! それよりマイラが大変なんだ!」

 マイラ!? ソーニャは思わず声を上げ、何があったの! と目を血走らせ詰問する。
 少女の気迫に息を飲むミゲルが口を開いた瞬間、三者の意識を奪ったのは向かってくる巨体だった。

「ダインスレイブ!!」

 ミゲルが発した正式名称を、なにそれ? と冷静に指摘するソーニャ。
 イサクは意に返さずバイクを反転させ、ミゲルが続く。

「多分でっかい虫が下半身にぶら下げてたものの正式名称だ! ちなみにでっかい虫のほうはウォールマッシャーっていうんだ」

「へえそうなんだ! ちなみに止める方法は!」

 ある! とミゲルが断言した。
 ああそう、とソーニャとイサクは全く期待していなかったので用意していた言葉を返し。

「えッ!?」

 直後、2人揃って驚きの声を発した。
 鼓膜に騒音を突っ込まれたミゲルは顔をしかめる。









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