絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 173:迫る危険

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《マグネティック・アーツ》メスメル野に感応したピクシーパウダーを触媒にして形成された電磁場が実現する現象。断続的な電磁場の変異と電圧と電流の違い、ピクシーパウダーの化学反応も加わることで性質を自由に変えることができる。




 









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 つい先刻まで、荒ぶる大渦として、マイラを追跡し、猛威を振るい、最後には主を収める防具とされた暗雲は、しなびた紡錘形ぼうすいけいを不安定に維持しようとするどろになり果てていた。その下からはしずくのように暗雲の一部がしたたり落ちる。まるで今まで固体を維持していたアイスが解けかかったような姿に、マイラは半笑いとなった。

「結構、本気だったんだけど、それでも芯が残ったか……けど……」

 暗雲の一番下からまた違う形が現れる。それが暗雲とは別物であり、ブーツだと判明するころには、すねて、ひざまで露呈ろていし、暗雲の飛沫と一緒に全身が地面へ落下した。
 片膝を土に置く羽目になったモーティマーは、今まで矢面に立たせていた暗雲にかられる。

「おのれぇ……このモーティマー様が、お前のような小娘に……」
 
「〈ラムベイゴ〉」

 小娘認定されたマイラは杖から手刀で星雲の砲弾を発射する。
 モーティマーがかにノ爪を突き出すと、星雲はあともう少しで命中する、というところで稲光の網目に阻まれ、霧散した。
 マイラが二撃目を放つと。

「〈プロング〉!」

 と唱えるモーティマーの目の前で凝集する暗雲が稲光の縄で縛りあげられ爪を形成し、放電を推進力にしたのか、敵に向かって発射される。
 暗雲の爪は、マイラが放った星雲弾を突き破り、そのまま直進した。
 とっさに避けるマイラが残した星屑ほしくずの残像を暗雲の爪は切り裂き、そのまま樹木に激突して爆散し、木っ端を散らす。
 マイラは体勢を立て直して、身構える。

「あの状況下でアーツを構築してたとか。やっぱり戦闘に慣れてると違うね……」

 モーティマーも両足で体を支え、蟹ノ爪を構えた。

「これくらい、戦いに身を置くなら出来て当然。あらゆる事態を想定し策を練り、様々な予防線を張って、迎え撃つ。だが、今のアーツも、clubキャンサーも、お前の攻撃を防ぐためのものじゃないッ」

 言葉の真意を測りかねたマイラは眉をひそめた。そして、すぐに表情を緊張に刷新さっしんし。

「〈ウィップスラッシュボルテージッ!〉」 

 と唱えて杖を振るう。
 猫の髑髏どくろを囲っていた星雲が逆巻き、尖がらせた頂上が雷撃の蛇に変じると、空中を蛇行し、急速にモーティマーへと向かう。
 その結果。

「無駄だ! もうすべて完了した!」

 掲げられた蟹ノ爪に滞留する雷雲の渦は、鮮烈な稲光を主の背中にある暗雲へと注ぎ込む。
 振るわれる稲光の蛇は、モーティマーの背中から激流となって広がる暗雲に阻まれた。
 マイラは舌打ちした。

「まさか、まだアーツを準備してたなんて……ッ。失念、というか完全に予想しきれなかった」

 モーティマーは蟹ノ爪で暗雲を前に引き伸ばし、身を隠す。

「ははは! 気づくのが遅かったな! いや半人前とはいえ、最後は理解できたんだ誉めてやろう。そして思い知るがいい! 本当の戦いの勝敗は戦う前の準備を土台に、二手三手先に何を作るかで決まるのだ!」

 黒い対流と接続した稲光は踊るように主の周りを旋回し、それに引きずられる暗雲は、マイラが間髪かんぱつ入れずに差し向ける光の蛇の体当たりを阻む。
 流れる暗雲は竜巻となってモーティマーを包み隠す。そして暗雲の表面に雷鳴を発し、波立つように爪の造形を見せびらかす。

「これがもう一つの必殺の造形! 〈キャンサー・キャンサー〉だ!」

 黒く捻じれる雷雲の竜巻は樹高を超えて直立し、表面に生やした対流の爪を拡大し、触れた枝葉を貪り砕き、空気を粉塵で汚す。
 分別なく放たれる風圧と火花に肌がひりつくマイラは、急ぎ撤退する。その際に稲光の蛇は途切れて消え、代わりに杖頭から生まれた星雲の塊が杖から射出されると、雷撃となって空間を屈曲し、雷雲の竜巻へ衝突するが、流れる乱流の爪にあっけなく切り裂かれた。
 腰を折るように竜巻の上部が傾斜し、台風の目、ならぬ竜巻の目の奥にモーティマーが現れる。

「降伏するなら! 手荒な真似はしないし捕虜保護法に則って扱うぞ?」

 身構えるマイラは、ひきつった笑みで告げた。

「それはこっちのセリフだっての!」

 横ぎに振るわれた杖から放たれる稲光は、真っ直ぐモーティマーの顔へと伸びるが、当たる直前で、雷雲の竜巻が立ち上がる。雷撃の一打は、側面に流れる暗雲の爪に退けられた。
 雷雲の竜巻の奥底では、緩やかに捻じれる暗雲の塊を椅子代わりにして、モーティマーが苦い表情を浮かべる。

「なら容赦はせん! 戦場に並ぶ者として扱ってやる!」

 雷雲の竜巻が完全に垂直に戻ると、周囲の大気に微細な稲光が走り、一部がマイラの全身を覆う稲光の網と触れ合う。
 膨張する雷雲の竜巻は激しく回りながら前進した。
 その先にいるマイラは、背中を向けて逃げ出す。彼女の体に沿って屈曲する雷の骨格が、四肢を細い稲光で連結し、動きを援護して加速させ、雷雲から伸びる稲光から引き離す。
 蟀谷こめかみに稲光を受け取るモーティマーは目を見張った。

「早い! 身体強化か? この反応はオーソティック系アーツだな。だが初歩の応用……小手先の技に過ぎん!」
 
 モーティマーが断じると、雷雲の竜巻も速度を増した。鉛色の激流は立ち塞がる樹木を飲み込み、削ってしまう。被害にあった木は一瞬にして、かじられた末に残る林檎の芯ほどに頼りない姿となって、抉られた箇所をあぶられたように黒くし、そこから折れ、不運にも下手人である竜巻へ傾倒すると、さらに細かく砕かれる。雷雲の竜巻は一応障害物をよける素振りを見せるが、発揮する力に任せて触れるものはとりあえず砕くか押し退けた。
 マイラは背後を振り返り、副次的に飛んでくるつぶての弾丸や枝の矢を回避し、当たりそうなものは稲光の網が勝手に防ぐ。ある程度離れたところで、雷雲の竜巻は首を垂れ、その頂に開いた穴の奥から、モーティマーが視界を確保する。それに合わせて竜巻が左右に向きを変えるので、広範囲の樹木が残忍な切削の犠牲となる。幹が細いものはわずかの間に断ち切られ、多くの木片をき、しのぎ切った太い幹も心細い括れを作り、余生を生命力と回復力に祈らざるを得ない姿となる。
 台風の目から逃亡者の姿を見つけたモーティマーは再び追跡を始める。雷雲の竜巻が放つ稲光の線がマイラの防護となる稲光の網と触れ合った。
 振り返る彼女は倒れこんでくる竜巻から逃れるために横に転がる。捻じれ狂う雷雲と接触した地面は荒らされ、巻き上げられる土砂によって空間が染められる。それを振り払うのはマイラに迫る雷雲の竜巻が生む風。
 口に入った砂利を吐くマイラが、じゃじゃ馬ッ、と侮辱ぶじょくするも純粋な力の奔流ほんりゅうには何一つ痛痒つうように値しない。
 渦に巻き込んでいた岩石の一部が飛来する。それがマイラの稲光の防護をかいくぐり、直接あたり、背中を痛めつける。そしてついに、竜巻そのものが稲光の網をかき分けて肉薄した。マイラは突き出す杖に巻き付けた星雲で雷雲の奔流を受け止める。両者の間で苛烈な閃光と火花が発生し、放電が視界を奪う。溶鉱炉の中心でも巻き込んだような激しいぶつかり合いの結果、マイラの体が弾き飛ばされた。
 竜巻の中、か細い稲光を大量に一心に浴びるモーティマーはあざける。

「力比べでこのキャンサーキャンサーに敵うと思ったか!」

 地面を転がるマイラは背中を木の根にぶつけて、全身から微細な火花を発する。はたから見れば軽い事故で救急車を呼んでもおかしくない事態。しかし、マイラは追突した木を支えに以外にもさっさと立ち上がると、また横へと飛び退く。もし立ち止まっていれば倒れてくる雷雲の竜巻に巻き込まれていた。何度も繰り返される光景にマイラは全力で逃げることを選択した。
 キャンサーキャンサーは自分が生み出した土埃つちぼこりを破って彼女を追う。
 マイラは考える。

――速度と機動力は、最初に追ってきた円盤の形態のほうが上だと思う。ならなんであの形態に戻らないのか。多分、あの竜巻の形態は、威力は円盤よりあるし、使用時間あるいは効果で比較すると燃費がいいのかもしれない。それにさっきの私の攻撃で警戒心が強くなって攻防一体の技で追い詰めようとしているだろうし。何なら、時間を稼いで自分の仲間を呼ぶつもり? そういえば、置いて行かれた敵が2人いたはず。それか、私が自警軍と合流することを阻む気か。お互い野放しにすれば、お互いの仲間を攻撃されるわけだし。けど、ほかの同盟のマグネティストだっているから考え過ぎか? あるいは、そちらは別に対処法があるのか? どちらにせよ私は今目の前のことを処理しないと。

 そうしなければ雷雲の竜巻が飛ばす雷撃に射抜かれる。
 一方で、モーティマーも思慮を巡らせていた。

――長期戦においてキャンサーキャンサーは幾度となく負けを回避してきた。しかし、これも消費は少なくない。出力を調整すれば燃費は抑えられるが相手がどれくらいの技芸を持っているかで対応も変わってくる。それと補給がどれほどか。ミッドヒルはそもそもマグネティック技術が目をつけられて今回の進行を招いたといわれている。ならば、後先考えず突撃すれば、逆にこちらが不利となる。こちらは限られた資源でやりくりしてるんだ。大盤振る舞いはしていられない。それに、俺の本来の職務は闘争ではなくウォールマッシャーの保護だ。一方で、このままあの娘を逃がせば、いずれ我々の障害となるし、ウォールマッシャーにも類が及びかねない。そして、俺自身の損失分を補填できない!

「待て小娘ぇえええ!」

 モーティマーは叫ぶが、マイラに聞き入れるつもりはない。どころか、反撃に打って出る。後ろに杖を差し出し。

「〈アクト・リガメントム〉」

 杖頭を覆っていた星雲の塊は雷を発したと思いきや、生まれた閃光は円を描いて星雲の中心に集約し、強い光を放つ点となってから飛ぶほど素早く左右へ伸び、中心の星雲を引き延ばす。伸びていく雷の枝は木の幹に触れた瞬間、弾けた様に左右へ枝分かれし、本物の樹皮に沿って歪曲し、幹の反対側で雷の先が触れて結合する。
 その雷の表層を辿って星雲が駆け抜け、星雲の帯となって張り詰める。
 進み続ける雷雲の竜巻は星雲の帯と接触した。色の違う雲はまたしても触れた場所から白熱を発し、大気を金切り音で震わせる。
 防御か? とモーティマーは蟹ノ爪をかざし、全身から細い稲光を発した。それらの光の線は竜巻の内径を昇って外へ向かい、今度は降下して空間を撫で回すと、先端が一瞬、手のようになって星雲の帯をいじった。

「障害物、いや! 構造体か? ならばこれを破壊してお前の実力を量ってやろう」

 モーティマーが蟹ノ爪を掲げると、竜巻の内径の空間が激しさを増す稲光に一瞬染め上げられた。
 呼応する竜巻はそのまま進み、星雲の帯を引き伸ばすと簡単に断ち切ってしまう。マイラの作品は、一瞬にして破られた泡沫のごとく消える。何も阻むものがなくなって移動を再開する、かに思われた雷雲の竜巻は再び止まり、稲光の食指を方々に伸ばした。遠目からでも絹糸ほどにも細い光の線は、群れを成すことで実態の確かさを浮き彫りにする。そして雷雲の竜巻も地面に近い箇所から曲がって、頂を横に向けると、再びモーティマーの目視が始まる。竜巻を望遠鏡代わりにして行う索敵さくてきは森林の被害を拡大した。
 どこにいる、と焦燥に身をやつすモーティマー。だが、腰を曲げた竜巻が一回りするまでもなくマイラの姿を補足できた。そして、猫の髑髏から発射された電撃も。

「〈ミクシッド・レイン〉」

 星雲を皮膜のように纏う雷撃は、鋭い雷光のくちばしを誇示し、爆散するように雷の翼が広がった。









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