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第02章――帰着脳幹編
Phase 175:イサクとミゲル
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《バール》それ以上でもそれ以下でもない一品。使い手が手にすれば非常に役に立つ。
Now Loading……
前見ろ! とイサクに叱責され、反射的に応じたミゲルは、正面を向いてバイクのハンドルを制御し樹木を回避する。しかし、別の事態によって表情筋は驚愕と焦燥に固定され、サイドミラーから目が離せない。
ダインスレイブが振り回す巨大な口から生えた蔦のような舌は、ソーニャの胴回りに巻き付いて命綱の代わりを果たし、少女の手が握り締めるバールも舌と並ぶ触手が絡み合っていた。
状況は分かったが混乱は止まないミゲルは、イサクに怒鳴った。
「どういうことなんだよ! お前ッ、まさか、ソーニャを生贄に捧げて自分だけ生き残ろうとしたのか! それとも特殊召喚でもするつもりだったのか!?」
「ふざけるな! そんなお前みたいなことする訳ないだろ! 不意を突かれたんだ! そうでなきゃ、お前を生贄に捧げたって子供は守る!」
ミゲルはそれを聞いて生唾を飲み込む。
「どうしよう……ッ。マイラに殺される!」
その言葉を聞いて、イサクはより一層表情を険しくした。
バイカー2人を追いかけるダインスレイブが頭を垂れ、静まると、マスクをつけたソーニャは宙吊りのまま一息つき、仲間に気づく。
「おおミゲル! 戻ってきたんだね!」
「ソーニャ! 大丈夫か!? 今助ける……方法はあるかッ?」
ミゲルは、ミラーは勿論、周囲や仲間の気配に目配せして打開策を探すが、樹木は回答をくれず、聞こえてくるのは妙案ではなく喧噪だけだ。
役立つ閃きが来る前に少女が告げる。
「ソーニャは大丈夫! Smと向き合う心構えが脊髄反射でマスクの装備を可能にし! 飲み込まれる途中で、バールを舌に絡ませたからね!」
思い出すのはついさっきのこと、ダインスレイブによって頭を咥えられる直前、顔面に装備したマスクを片手で抑え、離脱を是が非でも防いだ。そして、長い雄蕊舌に巻き付かれ、なおかつ窄まった口腔内でそれら触手めいた舌がまとめて後ろに下がり、いわば注射器がピストンを引き下げて薬剤を充填する要領で喉へと送られた。最初は死すら覚悟していたが、持っていたバールが途中途中で口腔内に引っ掛かり、手探りでバールを回転させて交差していた雄蕊舌と呼ばれる細長い器官を巻き込むことに成功し、喉の途中で留まれた。周辺部位による圧迫と舌による押し込みに対しては、横にして両端を壁面に突き立てたバールにしがみ付き、喉の入り口に開いた両足を置いて堪え続けた。結果、長い間、喉の手前に居座る獲物を邪魔に感じたのか、ダインスレイブは逆にソーニャを吐き出そうとして今に至る。
「胃酸が出てくるのが怖かったけど、機能的か機械的か嚥下能力も嘔吐機能も失ってるみたいだし、雄蕊舌にもワーム系特有の牙が形成されてない。きっとウォールマッシャーの組織を接続するために邪魔な器官や組織、それに機能自体を阻害してるんだろうね。となると、こうした器官は栄養補給のために活用されてたかもしれない! ただそうなるとこの執着性と捕食行動の理由が説明できないな……。いや、そうか! この捕食性は食事させるためではなく、ウォールマッシャーの組織を物理的に吸引させるために活用し、接続を補強してたんだよ! うぉおお、こうなったら中身も気になってきちまったぜぇ。いっそのこと中に入ってやろうか? いやでもなぁ、さすがに今の装備で体内に侵入するのはリスクがあるか……。よし、まずは雄蕊舌に何らかの処置の痕跡がないか探してみよう!」
ミゲルは状況の切迫度合いを誤魔化すため、また自己の精神を穏やかにするつもりで笑みを作ろうと試みるが、結局引き攣った顔になる。
「そ、そうか! 元気そうで何よりだ! いや何言ってんだ俺は! イサク! ソーニャを助けんぞ! 手伝え!」
どうするつもりだ? とイサクが問いただす。
ミゲルは足首に巻いた鞘からナイフを引き抜き。
「あいつに飛びついてナイフであの触手をぶった切るんだ!」
イサクは頷いた。
ところがソーニャが物申す。
「待って! 今触手を切られたらソーニャが危ない!」
ミゲルは状況を鑑みる。現状、バイクとSmは平均的に時速40キロほどしか速度を出してはいない。ただ、時に巨体は加速するし、ただいまダインスレイブが再開したヘッドバンキングめいた行動と舌の切断が重なった場合、ソーニャが飛んでいくことが容易に想像された。
「考えるならもっとましなことを考えろバカ!」
イサクが平然と侮辱するのでミゲルが声を荒げる。
「お前だって頷いただろうがッ!」
「お前がバカだってことを再確認したんだよ!
「じゃあお前も何か策を言ってみろ!」
「……最初の計画を実行する! それしか方法はない」
息を詰まらせたミゲルは、正気かよッ、と声高に疑問を飛ばす。
しかしイサクも苦渋に満ちた顔で。
「あの虫を止めなきゃ、どうしたってソーニャを助けられないッ。ほかの仲間も危険に晒すことになる! ならいっそ、やってしまったほうが早いッ」
唸るミゲルだったが、サイドミラーから後方を睨んでも有益な反論が思い浮かばない。
「もし、マイラにばれたらお前は絶対に死ぬより酷い目に遭わされるぞ? 最悪ソーニャだって……」
「その時は責任をお前に擦り付ける。それに……」
凶悪な企みを聞いたミゲルは、しかめっ面を向けるが、目が合うイサクは険しき眼差しでも、笑みを作る。
「信用できる仲間がいる……。そうだろ?」
言葉を受け止めたミゲルは即答せず、無言で視線を前に戻すと、渋面のまま鼻を鳴らした。
「ああ、そうだな! お前を除けば皆信用できる仲間だ。仕方ない。やるんだったら急ぐぞ! ソーニャもそれまで持ち堪えてくれ!」
分かった! とソーニャは体を揺さぶられても返事をする。
イサクは。
「あまり返事させるな! 舌を噛むことになる!」
イサクが慮って指摘すれば。ソーニャが、分かった! と元気に回答した。当人が分かってないことを確信した男2人はバイクを走らせ、緩やかに旋回した。
その途中でミゲルが、仲間に説明してくる! と告げ。さっきと同じようにイサクが後ろについて囮となる。
追跡者の興味から自分は外れたと信じるミゲルは、横へと逸れて、十分巨体から離れたことを確認してから、待機していた仲間に合流した。
「今、イサクが作戦を決行する! 準備してくれ」
分かった、の言葉で応じる仲間だが。すでに彼らは準備を終えていつでも擲弾筒TRPGを発射できる。
ミゲルは話を続ける。
「それと絶対に胴体以外を狙うんじゃないぞッ?」
忠告する彼の顔には強い感情がありありと表現されており、対峙する仲間たちに息を飲ませた。そのうち1人が、来たぞ! と言って近づく巨体を指さす。
振り返ると、イサクのバイクが斜めの軌道でやってくる。そのまま直進すれば、彼らとぶつかることもなく過ぎ去っていくだろう。だが、ミゲルたちは、直接ぶつかり合う気迫で待ち構えた。
まもなく、イサクは木と木の間に意識を集中する。追ってくる巨体が通るのに十分な幅を選んで抜ける。しかし、続いて通過した木の間はより狭くなる。その先の合間も更に狭い。イサクはそれに比して速度を落とす。巨体が近づいてくる予感がする。
だが。
「さあこっちへ来い! 俺を飲み込んでみろよ! それとも子供だけで十分か!?」
イサクは柄にもなくあからさまに挑発した。
それに答えるのは空気を読まないソーニャ。
「そんなことないはずだよ! この反応を見る限りワーム系の貪食性が強調されてるみたいだから! とりあえず口いっぱいに詰め込んで一気に飲み込みたいんじゃないかな! 昔聞いた、喉に引っかかる骨をライスで流し込む戦法だよ! ちなみにこの場合はソーニャが骨でイサクがライス! けどあのライス戦法って骨がさらに刺さる危険があるからやっちゃだめだよ!」
雄蕊舌によって左右上下に振られてもなお解説するソーニャ。だがダインスレイブが進む度に左右に並ぶ木の合間が狭まると、その動きも制限されていく。と同時、少女の考察が男の行動に正当性を与え、我が身を釣り餌として扱うことを継続させる。いよいよ、木と木の間が巨体の横幅に合わなくなる。だがバイクは難なく進む。ダインスレイブは巨体を傾け、無数の足で木を踏みつけた。
ちゃんと木の間隔を選べよぉ、とミゲルは願う。
待機する射手が今にも引き金を弾きそうなほど緊張が満ち、撃つか? と誰かが問う。同じ火器で標的を狙うミゲルは彼らに手を伸ばし。
「待て! あと少し! もう少しだ!」
「だが早くしないとイサクが食われちまうぞ! 嬢ちゃんだって……」
「だが俺はまだ撃たないぞ! 勝手なことして失敗したら、あいつらの決死の覚悟も無駄になる!」
振り返るミゲルの言葉に反論の口が閉じる。
再び標的へ目を向けたミゲルも、しかし、どうしたって引き金に触れる指に力が入る。
「お前らだったらできるもんなッ……俺を助けられたんだから」
ついさっき捕虜になり、そして人質交換を成功させて、救い出してくれた。それ以外にも、多くの借りがある。
木の間を緩い蛇行で掻い潜るイサク。その足跡を丁寧に辿るように巨体も体を曲げていく。
本来、木だって自分たちが日の光を浴びるために、他よりも有利な場所で成長する。ただイサクが通り過ぎたそこだけは兄弟のように都合5本の木が狭い間隔で並んでいた。そこから拳銃の有効射程距離の位置には『r』ないしは『h』の形に折れた木の周りで、ミゲルを含めた自警軍の面々が擲弾筒を担いでじっとしていた。
兄弟の木々の合間を強引に抜けようとしたダインスレイブは長く扁平な体を横に倒す。あと少しで獲物を追加で捕食できる。バイクの速度は急激に減じ、ついに停車する。ダインスレイブが首を伸ばせばイサクは直ぐにでも噛みつかれ、飲み込まれる。実際に口が開かれ、少女と再会を果たすことになった。
イサクは足に巻いた鞘からナイフを引き抜く。しかし、少女よりも先に、牙を並べた口先が迫りくる。咀嚼の役には立たない歯牙だが、獲物を挟んで絡めとる一助にはなる。蠢く洞窟の陰に飲み込まれる。伸びきった首の奥にあるであろう喉はあふれ出す触手と闇に満たされて、絶望しか見えなかった。
イサクは声を上げた。
「今だッ!」
「発射ッ!」
号令にミゲルが応え、TRPGが吠える。一気に発射された4発の擲弾の行方は、ダインスレイブの胴体。しかし、硬い甲殻によって守られた背中ではなく、今まで地面に密着し隠されていた腹の下。ダインスレイブは強く大地に根を張る木々の狭間を通り過ぎるために体を横倒しにするしかなかった。そして、5本の木に挟まれる格好になっていた。妄執にかられた結果、直撃した擲弾によって苛烈な衝撃を腹どころか全身で浴び、脚も数本爆発に刈り取られ、飛散する。
この作戦の一番の功労者である5人兄弟の木も余波を免れない。解き放たれた粉塵は、射手から巨体を隠すに十分なほど立ち上る。
そして、肉の花弁の中央に宿る喉笛から悲鳴が噴出した。
ダインスレイブの首は支える力を失い、今まで激しく自由に動いていた頭が地に重々しく下ると、捕らわれていた少女も地面に墜落する。
ぐぼッ、と声を上げたソーニャだが立ち上がるのは早く。バイクから飛び出すイサクがナイフで切断しにかかる雄蕊舌を急ぎ腰から外し、バールを捻って絡みを解消して撤退した。
迎え入れるつもりのイサクがナイフを引っ込め、無事か?! と問い質すが。
ソーニャは答える前にバイクの後ろに飛び乗る。
「うん! それよりも早く出して!」
なんだって? とイサクは思わず口走る。その横を高速で影が翻る。凝視するまでもなく、黄色い鞭にも見えるそれは雄蕊舌だと分かった。逃がした獲物を再び捕まえようと、無数の触手が振り回される。
だがバイクの発進のほうが早かった。
瞬きの間にバイクに跨ったイサクは、今度こそ少女を連れて巨体から離れる。
※作者の言葉※
次の投稿は8月23日の金曜日に予定変更いたします。
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前見ろ! とイサクに叱責され、反射的に応じたミゲルは、正面を向いてバイクのハンドルを制御し樹木を回避する。しかし、別の事態によって表情筋は驚愕と焦燥に固定され、サイドミラーから目が離せない。
ダインスレイブが振り回す巨大な口から生えた蔦のような舌は、ソーニャの胴回りに巻き付いて命綱の代わりを果たし、少女の手が握り締めるバールも舌と並ぶ触手が絡み合っていた。
状況は分かったが混乱は止まないミゲルは、イサクに怒鳴った。
「どういうことなんだよ! お前ッ、まさか、ソーニャを生贄に捧げて自分だけ生き残ろうとしたのか! それとも特殊召喚でもするつもりだったのか!?」
「ふざけるな! そんなお前みたいなことする訳ないだろ! 不意を突かれたんだ! そうでなきゃ、お前を生贄に捧げたって子供は守る!」
ミゲルはそれを聞いて生唾を飲み込む。
「どうしよう……ッ。マイラに殺される!」
その言葉を聞いて、イサクはより一層表情を険しくした。
バイカー2人を追いかけるダインスレイブが頭を垂れ、静まると、マスクをつけたソーニャは宙吊りのまま一息つき、仲間に気づく。
「おおミゲル! 戻ってきたんだね!」
「ソーニャ! 大丈夫か!? 今助ける……方法はあるかッ?」
ミゲルは、ミラーは勿論、周囲や仲間の気配に目配せして打開策を探すが、樹木は回答をくれず、聞こえてくるのは妙案ではなく喧噪だけだ。
役立つ閃きが来る前に少女が告げる。
「ソーニャは大丈夫! Smと向き合う心構えが脊髄反射でマスクの装備を可能にし! 飲み込まれる途中で、バールを舌に絡ませたからね!」
思い出すのはついさっきのこと、ダインスレイブによって頭を咥えられる直前、顔面に装備したマスクを片手で抑え、離脱を是が非でも防いだ。そして、長い雄蕊舌に巻き付かれ、なおかつ窄まった口腔内でそれら触手めいた舌がまとめて後ろに下がり、いわば注射器がピストンを引き下げて薬剤を充填する要領で喉へと送られた。最初は死すら覚悟していたが、持っていたバールが途中途中で口腔内に引っ掛かり、手探りでバールを回転させて交差していた雄蕊舌と呼ばれる細長い器官を巻き込むことに成功し、喉の途中で留まれた。周辺部位による圧迫と舌による押し込みに対しては、横にして両端を壁面に突き立てたバールにしがみ付き、喉の入り口に開いた両足を置いて堪え続けた。結果、長い間、喉の手前に居座る獲物を邪魔に感じたのか、ダインスレイブは逆にソーニャを吐き出そうとして今に至る。
「胃酸が出てくるのが怖かったけど、機能的か機械的か嚥下能力も嘔吐機能も失ってるみたいだし、雄蕊舌にもワーム系特有の牙が形成されてない。きっとウォールマッシャーの組織を接続するために邪魔な器官や組織、それに機能自体を阻害してるんだろうね。となると、こうした器官は栄養補給のために活用されてたかもしれない! ただそうなるとこの執着性と捕食行動の理由が説明できないな……。いや、そうか! この捕食性は食事させるためではなく、ウォールマッシャーの組織を物理的に吸引させるために活用し、接続を補強してたんだよ! うぉおお、こうなったら中身も気になってきちまったぜぇ。いっそのこと中に入ってやろうか? いやでもなぁ、さすがに今の装備で体内に侵入するのはリスクがあるか……。よし、まずは雄蕊舌に何らかの処置の痕跡がないか探してみよう!」
ミゲルは状況の切迫度合いを誤魔化すため、また自己の精神を穏やかにするつもりで笑みを作ろうと試みるが、結局引き攣った顔になる。
「そ、そうか! 元気そうで何よりだ! いや何言ってんだ俺は! イサク! ソーニャを助けんぞ! 手伝え!」
どうするつもりだ? とイサクが問いただす。
ミゲルは足首に巻いた鞘からナイフを引き抜き。
「あいつに飛びついてナイフであの触手をぶった切るんだ!」
イサクは頷いた。
ところがソーニャが物申す。
「待って! 今触手を切られたらソーニャが危ない!」
ミゲルは状況を鑑みる。現状、バイクとSmは平均的に時速40キロほどしか速度を出してはいない。ただ、時に巨体は加速するし、ただいまダインスレイブが再開したヘッドバンキングめいた行動と舌の切断が重なった場合、ソーニャが飛んでいくことが容易に想像された。
「考えるならもっとましなことを考えろバカ!」
イサクが平然と侮辱するのでミゲルが声を荒げる。
「お前だって頷いただろうがッ!」
「お前がバカだってことを再確認したんだよ!
「じゃあお前も何か策を言ってみろ!」
「……最初の計画を実行する! それしか方法はない」
息を詰まらせたミゲルは、正気かよッ、と声高に疑問を飛ばす。
しかしイサクも苦渋に満ちた顔で。
「あの虫を止めなきゃ、どうしたってソーニャを助けられないッ。ほかの仲間も危険に晒すことになる! ならいっそ、やってしまったほうが早いッ」
唸るミゲルだったが、サイドミラーから後方を睨んでも有益な反論が思い浮かばない。
「もし、マイラにばれたらお前は絶対に死ぬより酷い目に遭わされるぞ? 最悪ソーニャだって……」
「その時は責任をお前に擦り付ける。それに……」
凶悪な企みを聞いたミゲルは、しかめっ面を向けるが、目が合うイサクは険しき眼差しでも、笑みを作る。
「信用できる仲間がいる……。そうだろ?」
言葉を受け止めたミゲルは即答せず、無言で視線を前に戻すと、渋面のまま鼻を鳴らした。
「ああ、そうだな! お前を除けば皆信用できる仲間だ。仕方ない。やるんだったら急ぐぞ! ソーニャもそれまで持ち堪えてくれ!」
分かった! とソーニャは体を揺さぶられても返事をする。
イサクは。
「あまり返事させるな! 舌を噛むことになる!」
イサクが慮って指摘すれば。ソーニャが、分かった! と元気に回答した。当人が分かってないことを確信した男2人はバイクを走らせ、緩やかに旋回した。
その途中でミゲルが、仲間に説明してくる! と告げ。さっきと同じようにイサクが後ろについて囮となる。
追跡者の興味から自分は外れたと信じるミゲルは、横へと逸れて、十分巨体から離れたことを確認してから、待機していた仲間に合流した。
「今、イサクが作戦を決行する! 準備してくれ」
分かった、の言葉で応じる仲間だが。すでに彼らは準備を終えていつでも擲弾筒TRPGを発射できる。
ミゲルは話を続ける。
「それと絶対に胴体以外を狙うんじゃないぞッ?」
忠告する彼の顔には強い感情がありありと表現されており、対峙する仲間たちに息を飲ませた。そのうち1人が、来たぞ! と言って近づく巨体を指さす。
振り返ると、イサクのバイクが斜めの軌道でやってくる。そのまま直進すれば、彼らとぶつかることもなく過ぎ去っていくだろう。だが、ミゲルたちは、直接ぶつかり合う気迫で待ち構えた。
まもなく、イサクは木と木の間に意識を集中する。追ってくる巨体が通るのに十分な幅を選んで抜ける。しかし、続いて通過した木の間はより狭くなる。その先の合間も更に狭い。イサクはそれに比して速度を落とす。巨体が近づいてくる予感がする。
だが。
「さあこっちへ来い! 俺を飲み込んでみろよ! それとも子供だけで十分か!?」
イサクは柄にもなくあからさまに挑発した。
それに答えるのは空気を読まないソーニャ。
「そんなことないはずだよ! この反応を見る限りワーム系の貪食性が強調されてるみたいだから! とりあえず口いっぱいに詰め込んで一気に飲み込みたいんじゃないかな! 昔聞いた、喉に引っかかる骨をライスで流し込む戦法だよ! ちなみにこの場合はソーニャが骨でイサクがライス! けどあのライス戦法って骨がさらに刺さる危険があるからやっちゃだめだよ!」
雄蕊舌によって左右上下に振られてもなお解説するソーニャ。だがダインスレイブが進む度に左右に並ぶ木の合間が狭まると、その動きも制限されていく。と同時、少女の考察が男の行動に正当性を与え、我が身を釣り餌として扱うことを継続させる。いよいよ、木と木の間が巨体の横幅に合わなくなる。だがバイクは難なく進む。ダインスレイブは巨体を傾け、無数の足で木を踏みつけた。
ちゃんと木の間隔を選べよぉ、とミゲルは願う。
待機する射手が今にも引き金を弾きそうなほど緊張が満ち、撃つか? と誰かが問う。同じ火器で標的を狙うミゲルは彼らに手を伸ばし。
「待て! あと少し! もう少しだ!」
「だが早くしないとイサクが食われちまうぞ! 嬢ちゃんだって……」
「だが俺はまだ撃たないぞ! 勝手なことして失敗したら、あいつらの決死の覚悟も無駄になる!」
振り返るミゲルの言葉に反論の口が閉じる。
再び標的へ目を向けたミゲルも、しかし、どうしたって引き金に触れる指に力が入る。
「お前らだったらできるもんなッ……俺を助けられたんだから」
ついさっき捕虜になり、そして人質交換を成功させて、救い出してくれた。それ以外にも、多くの借りがある。
木の間を緩い蛇行で掻い潜るイサク。その足跡を丁寧に辿るように巨体も体を曲げていく。
本来、木だって自分たちが日の光を浴びるために、他よりも有利な場所で成長する。ただイサクが通り過ぎたそこだけは兄弟のように都合5本の木が狭い間隔で並んでいた。そこから拳銃の有効射程距離の位置には『r』ないしは『h』の形に折れた木の周りで、ミゲルを含めた自警軍の面々が擲弾筒を担いでじっとしていた。
兄弟の木々の合間を強引に抜けようとしたダインスレイブは長く扁平な体を横に倒す。あと少しで獲物を追加で捕食できる。バイクの速度は急激に減じ、ついに停車する。ダインスレイブが首を伸ばせばイサクは直ぐにでも噛みつかれ、飲み込まれる。実際に口が開かれ、少女と再会を果たすことになった。
イサクは足に巻いた鞘からナイフを引き抜く。しかし、少女よりも先に、牙を並べた口先が迫りくる。咀嚼の役には立たない歯牙だが、獲物を挟んで絡めとる一助にはなる。蠢く洞窟の陰に飲み込まれる。伸びきった首の奥にあるであろう喉はあふれ出す触手と闇に満たされて、絶望しか見えなかった。
イサクは声を上げた。
「今だッ!」
「発射ッ!」
号令にミゲルが応え、TRPGが吠える。一気に発射された4発の擲弾の行方は、ダインスレイブの胴体。しかし、硬い甲殻によって守られた背中ではなく、今まで地面に密着し隠されていた腹の下。ダインスレイブは強く大地に根を張る木々の狭間を通り過ぎるために体を横倒しにするしかなかった。そして、5本の木に挟まれる格好になっていた。妄執にかられた結果、直撃した擲弾によって苛烈な衝撃を腹どころか全身で浴び、脚も数本爆発に刈り取られ、飛散する。
この作戦の一番の功労者である5人兄弟の木も余波を免れない。解き放たれた粉塵は、射手から巨体を隠すに十分なほど立ち上る。
そして、肉の花弁の中央に宿る喉笛から悲鳴が噴出した。
ダインスレイブの首は支える力を失い、今まで激しく自由に動いていた頭が地に重々しく下ると、捕らわれていた少女も地面に墜落する。
ぐぼッ、と声を上げたソーニャだが立ち上がるのは早く。バイクから飛び出すイサクがナイフで切断しにかかる雄蕊舌を急ぎ腰から外し、バールを捻って絡みを解消して撤退した。
迎え入れるつもりのイサクがナイフを引っ込め、無事か?! と問い質すが。
ソーニャは答える前にバイクの後ろに飛び乗る。
「うん! それよりも早く出して!」
なんだって? とイサクは思わず口走る。その横を高速で影が翻る。凝視するまでもなく、黄色い鞭にも見えるそれは雄蕊舌だと分かった。逃がした獲物を再び捕まえようと、無数の触手が振り回される。
だがバイクの発進のほうが早かった。
瞬きの間にバイクに跨ったイサクは、今度こそ少女を連れて巨体から離れる。
※作者の言葉※
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