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第02章――帰着脳幹編
Phase 192:今も襲われる巨虫
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《サンドーターIG-74》飛行型Smの一つで、ラー零落種の亜種眷属。見た目は通常のハヤブサと変わりなく、ペット代わりに購入する人も多い。自立型として動作させると、その飛行能力と勝手な振る舞いに戸惑う人も多いが、遠隔制御のための改造が容易なので、自立制御に難色を示す人は、それらの処置をするのが好ましい。軍事目的に使用される場合は、持続飛行時間が凡そ72時間を上回る。
Now Loading……
マイラは一瞬逡巡の気配を見せたが、悩みを断つように目を閉じ、首を振るうと、ソーニャに明確に問う。
「何をすればいい?」
「スロウスを使ってウォールマッシャーに接近して投薬する。そのために手足を拘束してほしいの」
モーティマーが口を開く。
「そんなことしても無駄だ! ウォールマッシャーは完璧な……」
「スロウスそのおっさんを放して」
とソーニャに命じられた巨躯のSmは腕を開く。
話しの途中だったモーティマーは雑多に地面に転がされた。
「具体的な計画を教えるので集まってぇ」
とソーニャが場所を移動するとマグネティスト2名を始めとして数人の自警軍隊員が駆け寄った。
手足を結束帯で拘束されるモーティマーは土から顔面を持ち上げると、舌に障る砂利を唾で飛ばし、ゆっくりと尺取虫のように這いずり始める。その後頭部に銃口が押し当てられると、今度はゆっくり体を回し、振り返る。
逃げようとした捕虜の兜の下に小銃を押し込んだミゲルは語り掛ける。
「冷えたビールよりも冷たい銃口と、ステーキより熱い弾丸はいらんかね?」
モーティマーは強気な苦笑いとなる。
捕虜に対する盾としてスロウスを立たせ、団子となっていた自警軍を主体とする集団は、話が終わった途端に立ち上がって、輪を広げる。
中心にいた少女がそれぞれの顔を見比べ、どう? ねえどう? と連呼する。
渋い表情のマイラはイサクと目が合う。そして、遠くから巨体が生み出す轟音がやってくる。
迷ってる時間はないぞ、と隊員の1人が声を震わせる。
「マイラ……」
ソーニャに呼ばれた女性は顔を上げ、視線を交わす。お互い笑みも希望も微塵も顔に出ない。ただ不安とそれに抗うための気迫は存分に窺えた。
2人以外は動き出す。彼らには戦う以外の選択肢がないのだ。
姉妹は彼らの背中を目に映してから、もう一度お互いの顔を見合う。
少女から切り出した。
「ソーニャは行くよ。それしかないから……。マイラと一緒に帰るために」
言葉の途中で一度俯いた少女は、しかし、面を上げると表情に覚悟を宿す。
マイラは視線が下がる。だが、瞑目を一つ挟んでから、頷く。
「なら私も手伝う。そして、2人で一緒に帰ろう」
ソーニャは口角が自然と上がるが、まだその時ではないと上の前歯で下唇を噛み締め、強引に表情を引き締めると強く頷いた。
「お前たちでは絶対に勝てない! 絶対にな!」
バギーに積み込まれたモーティマーが戦士たちへ送る餞別の言葉は、むなしく響くばかりだった。
「正面に立つな! 奴の横に回り込め! 着弾のすぐに射撃を加えるな! 弾薬の無駄になる!」
フレデリックが土煙の舞う現場で奔走し、声をかけ続ける。右腕は赤く染まった布により首でぶら下げ、頭も包帯が雑に巻き付いていた。
自慢の巨体で荒ぶるウォールマッシャーは、蟷螂の前脚を支えに跳躍し、牙で口を固く閉ざすと薄く開いた鞘翅から、気体を噴出して、推進の一助とする。
それによって巻き上げられた土埃が目に入ることもいとわない自警軍の隊員たちは、擲弾筒TRPGを巨体へ向けて発射する。
しかし、地面から浮き上がった巨体が突き出す蟷螂の前脚に、擲弾は阻まれ、巨体の動きは止められない。どころか、巨体の着地と同時に細い木々がなぎ倒され、多くの枝が払い落され飛び交い、それらが道を塞ぐと、車両の通行が阻まれてしまった。
だからこそ、部隊は相手の動きを予想して先回りするのだが、ウォールマッシャーに高い視点から枝葉の間を見透かされ、逃げられてしまう。
追跡する隊員たちは、真新しい倒木のために遠回りを余儀なくされる。
「我々もSmを配備すべきだったかな……」
と用意の不足を呪うフレデリック。その横に影が迫った。
最初は脅威を覚えたが、実態を目にした瞬間、隊員たちの顔に生気が戻る。
スロウス! と誰かが声を上げる。
全速力で倒木の上を駆け抜ける巨躯。それに途中まで追従したバイクから、ソーニャが手を振って、隊長ただいま帰還しました! と敬礼する。
部隊長フレデリックは笑った。
「よく戻ってきてくれた! ウォールマッシャーの動きがさらに機敏に、しかも目がよくなって抑え込めなくなってる!」
マグネティストは!? とバギーの後ろからカネロスが質問する。
フレデリックはダムの方角を指さし。
「先回りした地点で補給してもらってる!」
了解した! とカネロスは少女と頷き合ってから、バギーの運転手に同僚のもとへ向かうよう頼み、出発する。
停車したバイクからソーニャが考察する。
「もしかすると、ニューロジャンクの繋がりが綿密になってる? 同調率が上がってるのだとすると、操縦者の負担も決して低くないはずだけど……」
ひとり呟くソーニャに対し、彼女が乗るバイクの運転手を務めるイサクは。
「それは重要なことなのか? そうじゃなきゃ、さっさと行かないと間に合わないんだが?」
トランシーバーを持ったソーニャは。
「そうだね。スロウス! あの巨体に突撃せよ! 目標は頭部の破壊! 絶対に捕まってはいけません! 分かったらとっとと行けい!」
仰せのままに従うスロウスは倒木を踏み台に跳躍し、茂みを突き破って進撃した。
見えてきたウォールマッシャーも、立ち並ぶ樹木によって進路を妨害されており、全速力の熊並みに早い追跡者を撒けなかった。
猛進したスロウスは、巨体の便宜上下半身の尾部に飛びついた。
異物の接触を敏感に感じ取ったウォールマッシャーは立ち止まり、急速に反転する。
「スロウスを攻撃に巻き込まないように注意してほしいであります隊長!」
ソーニャがそう告げると、フレデリックは首肯した。
「了解だ! ほかに要望があるならなんでも言ってくれ!」
スロウスには援護のこと伝えたか? とイサクが問いただす。
ソーニャは。
「大丈夫、そのことも事前に口を酸っぱくして耳に叩き込んだから。周りの人を攻撃しないことも含めて。そして、もしウォールマッシャーから人が出てきた場合、捕まえることも命令した。あとは……」
狭い森の隙間を何とか仲間に追いつくミゲルが口を開ける。
「というかスロウスに手榴弾の1つや2つ持たせたほうがよかったんじゃないのか?」
後ろに乗るマイラ曰く。
「自立型Smには基本的に自立型専用の遠隔操作で起爆できる爆破物しか持たせられない。それ以外の場合は、原則として爆破物の起動時の最終持ち主か、あるいは委任された人がSmを直接見て監督していないとダメなの! つまり、現状持たせるのは難しい!」
「戦いでそんなルールとか気にする必要あるのか? 敵だって爆発する虫を飛ばしてきただろ?」
疑問を口走るミゲルの頬を後ろに乗るマイラが引っ張った。
「私たちは中央政権にライセンスを貰う身の上だから、中央の決まりは守らなきゃならないの。たぶんボスマートもそれは同じだからね? ザクームを飛ばしてきたやつらは、きっと中央に責められたときに見捨てるつもりだよ」
図らずも似た解説をしていたソーニャはイサクに補足説明する。
「それと! 遠隔起動型の爆弾の場合。通信をジャックして誘爆させることも可能だから、正直、高級通信を使ったやつじゃないと戦いの役に立ちません! つまりお高い! それに手榴弾とかでも、Smは人と違って味方の誤爆に恐怖しないから、こちらの意図しない方向へ投げる可能性もあるし。ああ、けど自爆させるならありかも……」
「自爆が失敗したら。それこそ打つ手がなくなるが……」
とイサクは吐露した。
現地に展開する部隊がほぼ合流を果たしたところで、既に離れていたウォールマッシャーは、まっすぐ空へ伸ばした体を激しく揺さぶっていた。
周りからくるTRPGの脅威には、前脚で地面を抉って土をお見舞いし、空いた両手で持った倒木を投擲する。下手な爆破物よりそっちのほうがよっぽど脅威となり、発射されたTRPGも、飛んでくる樹木の破砕に意図せず消費される。
一方で、暗雲が垂れ込める下半身では、表皮を包む柔らかい甲殻に走る亀裂に、スロウスが指をかけた。
異物を引き離そうと、巨体は体を左右に揺さぶり、遠心力を生み出すが。
その前にスロウスが振り下ろした斧が、健全な甲殻の表面に食い込む。しがみ付く巨躯はより密着すると、今度は鞘翅に手を伸ばした。
しかし、逆に鞘翅が開き、その硬い表面でスロウスの顔面を押し退け、握られていた斧の刃も亀裂から離脱する。
これで異物の排除に成功した、と思ったであろうウォールマッシャーだったが、しかし、今度は鞘翅が閉じない。
それどころか、違和感が背中を襲う。
なぜなら、いま、スロウスが鞘翅の内側に手を入れ、巨体の背中を足場に挟まっていたからだ。
大地に横を晒す体勢となったスロウスは全身を伸ばして片手で鞘翅を押し返し、片手の斧を遊ばせる、ようなことはしなかった。もう一方の鞘翅に対して、斧でもって凶悪な一撃をお見舞いする。
裏面を殴打され縁を砕かれた鞘翅の危機。それを察したウォールマッシャーは、今度は鞘翅を開いた。
撃ち込めぇええ! とソーニャが声を張り上げ拳を振り翳す。
放てぇえ! とフレデリックも乗せられて言い放ったが直ぐに目を大きくする。
「待て! スロウスはどうするんだ!?」
相手の甲殻が開いた好機に、思慮を失ったことを自覚したフレデリック。
しかし、射手には命令しか届いていない。部隊長の気づきも虚しく、容赦なく発射された擲弾は、開きっぱなしの鞘翅の中に吸い込まれ、爆発が花開く。
立ち上る爆発の煙に伴って出てきたのはスロウス。自身とウォールマッシャーが共同で作った鞘翅の隙間から爆風を背に受けて飛翔を果たす。
しぶとい野郎だッ、と悪役めいたセリフを吐くソーニャに反し。フレデリックは胸を撫で下ろす。
一方叫び狂ったウォ-ルマッシャーは、そのまま進撃を始めた。
鞘翅を閉ざすが、完全には至らず、半開きの背中から、煙と赤紫の液体を絶えず零す。さりとて機動力は変わらない。立ち止まっていた自警軍の運転手たちは、擲弾筒の射手を回収すると車両の向きを変える。
まだ動くのかよ、とミゲルは不満げである。
ソーニャは分析した。
「けど呼吸器系にダメージを与えられたと思うよ。通常のカドモスの設計である前提の考察だけど。共鳴型心肺以外にも、副次的な心肺循環器系が搭載されてる可能性は高いから、パフォーマンスの低下は緩やかになるはず。それでも時間が経つほど効果が見えてくる。あの巨体ならなおのこと、酸素の供給の低下は致命的だろうから」
隣にいるフレデリックは。
「時間をかける間に、あいつがダムに近づくほうが早いだろう。ほかに有効な手段はないか?」
「うんとねぇ……できれば後ろ脚を攻撃してほしいの。胴体じゃなくて」
ソーニャに続いてイサクがフレデリックに説明する。
「前脚はマグネティストが、人腕はソーニャとスロウスが受け持つ。それ以外はどこでも攻撃してくれ。特に頭」
分かったそれも全部伝える、とフレデリックは仲間のバギーに乗せてもらい伝令の仕事を果たすため、無事な左腕から鳥を放つ。
「スロウス! ウォールマッシャーを追いかけて! 今、背中の開閉能力が機能不全を起こしているはずだから、羽に沿って背中を登って」
とソーニャがトランシーバーを介して告げるが。スロウスは既に標的の追跡に出ていた。
しかし、ウォールマッシャーはやけに左右へ体を動かす。飛び掛かったスロウスは、巨体の下半身に生え揃う細長い脚に激突し、しがみ付こうとして振り払われる。
双眼鏡で現状を察したソーニャは、斧は腰に差して、と告げる。
今度は両手を使うスロウスだったがウォールマッシャーは下半身を浮かせることで高さを稼ぎ、尾部を定期的に上限させる。
一方でフレデリックを通じて、一部の集団が、もたらされた情報を仲間に伝播させる。
行くぞ! ついてこい! 了解! と言葉を掛け合う隊員たち。
自警軍の面々が巨体の後ろ脚と頭への攻撃に集中する。
断続的な攻撃を回避するため、ウォールマッシャーは方向転換をした。
それに合わせてスロウスは身構え、向かってきた無数の脚を分厚い胸で受け止め、脚の1本を掴む。ところが、他の脚が巨躯を足蹴にして引き離そうとする。
それを逆手にとって、蹴りの予備動作として引っ込められようとする脚をスロウスは捕まえ、自分を巨体へと引き寄せてもらうことに成功し、その勢いに乗って、再び下半身の上に乗り移ると、今度は迅速に立ち上がった。
Now Loading……
マイラは一瞬逡巡の気配を見せたが、悩みを断つように目を閉じ、首を振るうと、ソーニャに明確に問う。
「何をすればいい?」
「スロウスを使ってウォールマッシャーに接近して投薬する。そのために手足を拘束してほしいの」
モーティマーが口を開く。
「そんなことしても無駄だ! ウォールマッシャーは完璧な……」
「スロウスそのおっさんを放して」
とソーニャに命じられた巨躯のSmは腕を開く。
話しの途中だったモーティマーは雑多に地面に転がされた。
「具体的な計画を教えるので集まってぇ」
とソーニャが場所を移動するとマグネティスト2名を始めとして数人の自警軍隊員が駆け寄った。
手足を結束帯で拘束されるモーティマーは土から顔面を持ち上げると、舌に障る砂利を唾で飛ばし、ゆっくりと尺取虫のように這いずり始める。その後頭部に銃口が押し当てられると、今度はゆっくり体を回し、振り返る。
逃げようとした捕虜の兜の下に小銃を押し込んだミゲルは語り掛ける。
「冷えたビールよりも冷たい銃口と、ステーキより熱い弾丸はいらんかね?」
モーティマーは強気な苦笑いとなる。
捕虜に対する盾としてスロウスを立たせ、団子となっていた自警軍を主体とする集団は、話が終わった途端に立ち上がって、輪を広げる。
中心にいた少女がそれぞれの顔を見比べ、どう? ねえどう? と連呼する。
渋い表情のマイラはイサクと目が合う。そして、遠くから巨体が生み出す轟音がやってくる。
迷ってる時間はないぞ、と隊員の1人が声を震わせる。
「マイラ……」
ソーニャに呼ばれた女性は顔を上げ、視線を交わす。お互い笑みも希望も微塵も顔に出ない。ただ不安とそれに抗うための気迫は存分に窺えた。
2人以外は動き出す。彼らには戦う以外の選択肢がないのだ。
姉妹は彼らの背中を目に映してから、もう一度お互いの顔を見合う。
少女から切り出した。
「ソーニャは行くよ。それしかないから……。マイラと一緒に帰るために」
言葉の途中で一度俯いた少女は、しかし、面を上げると表情に覚悟を宿す。
マイラは視線が下がる。だが、瞑目を一つ挟んでから、頷く。
「なら私も手伝う。そして、2人で一緒に帰ろう」
ソーニャは口角が自然と上がるが、まだその時ではないと上の前歯で下唇を噛み締め、強引に表情を引き締めると強く頷いた。
「お前たちでは絶対に勝てない! 絶対にな!」
バギーに積み込まれたモーティマーが戦士たちへ送る餞別の言葉は、むなしく響くばかりだった。
「正面に立つな! 奴の横に回り込め! 着弾のすぐに射撃を加えるな! 弾薬の無駄になる!」
フレデリックが土煙の舞う現場で奔走し、声をかけ続ける。右腕は赤く染まった布により首でぶら下げ、頭も包帯が雑に巻き付いていた。
自慢の巨体で荒ぶるウォールマッシャーは、蟷螂の前脚を支えに跳躍し、牙で口を固く閉ざすと薄く開いた鞘翅から、気体を噴出して、推進の一助とする。
それによって巻き上げられた土埃が目に入ることもいとわない自警軍の隊員たちは、擲弾筒TRPGを巨体へ向けて発射する。
しかし、地面から浮き上がった巨体が突き出す蟷螂の前脚に、擲弾は阻まれ、巨体の動きは止められない。どころか、巨体の着地と同時に細い木々がなぎ倒され、多くの枝が払い落され飛び交い、それらが道を塞ぐと、車両の通行が阻まれてしまった。
だからこそ、部隊は相手の動きを予想して先回りするのだが、ウォールマッシャーに高い視点から枝葉の間を見透かされ、逃げられてしまう。
追跡する隊員たちは、真新しい倒木のために遠回りを余儀なくされる。
「我々もSmを配備すべきだったかな……」
と用意の不足を呪うフレデリック。その横に影が迫った。
最初は脅威を覚えたが、実態を目にした瞬間、隊員たちの顔に生気が戻る。
スロウス! と誰かが声を上げる。
全速力で倒木の上を駆け抜ける巨躯。それに途中まで追従したバイクから、ソーニャが手を振って、隊長ただいま帰還しました! と敬礼する。
部隊長フレデリックは笑った。
「よく戻ってきてくれた! ウォールマッシャーの動きがさらに機敏に、しかも目がよくなって抑え込めなくなってる!」
マグネティストは!? とバギーの後ろからカネロスが質問する。
フレデリックはダムの方角を指さし。
「先回りした地点で補給してもらってる!」
了解した! とカネロスは少女と頷き合ってから、バギーの運転手に同僚のもとへ向かうよう頼み、出発する。
停車したバイクからソーニャが考察する。
「もしかすると、ニューロジャンクの繋がりが綿密になってる? 同調率が上がってるのだとすると、操縦者の負担も決して低くないはずだけど……」
ひとり呟くソーニャに対し、彼女が乗るバイクの運転手を務めるイサクは。
「それは重要なことなのか? そうじゃなきゃ、さっさと行かないと間に合わないんだが?」
トランシーバーを持ったソーニャは。
「そうだね。スロウス! あの巨体に突撃せよ! 目標は頭部の破壊! 絶対に捕まってはいけません! 分かったらとっとと行けい!」
仰せのままに従うスロウスは倒木を踏み台に跳躍し、茂みを突き破って進撃した。
見えてきたウォールマッシャーも、立ち並ぶ樹木によって進路を妨害されており、全速力の熊並みに早い追跡者を撒けなかった。
猛進したスロウスは、巨体の便宜上下半身の尾部に飛びついた。
異物の接触を敏感に感じ取ったウォールマッシャーは立ち止まり、急速に反転する。
「スロウスを攻撃に巻き込まないように注意してほしいであります隊長!」
ソーニャがそう告げると、フレデリックは首肯した。
「了解だ! ほかに要望があるならなんでも言ってくれ!」
スロウスには援護のこと伝えたか? とイサクが問いただす。
ソーニャは。
「大丈夫、そのことも事前に口を酸っぱくして耳に叩き込んだから。周りの人を攻撃しないことも含めて。そして、もしウォールマッシャーから人が出てきた場合、捕まえることも命令した。あとは……」
狭い森の隙間を何とか仲間に追いつくミゲルが口を開ける。
「というかスロウスに手榴弾の1つや2つ持たせたほうがよかったんじゃないのか?」
後ろに乗るマイラ曰く。
「自立型Smには基本的に自立型専用の遠隔操作で起爆できる爆破物しか持たせられない。それ以外の場合は、原則として爆破物の起動時の最終持ち主か、あるいは委任された人がSmを直接見て監督していないとダメなの! つまり、現状持たせるのは難しい!」
「戦いでそんなルールとか気にする必要あるのか? 敵だって爆発する虫を飛ばしてきただろ?」
疑問を口走るミゲルの頬を後ろに乗るマイラが引っ張った。
「私たちは中央政権にライセンスを貰う身の上だから、中央の決まりは守らなきゃならないの。たぶんボスマートもそれは同じだからね? ザクームを飛ばしてきたやつらは、きっと中央に責められたときに見捨てるつもりだよ」
図らずも似た解説をしていたソーニャはイサクに補足説明する。
「それと! 遠隔起動型の爆弾の場合。通信をジャックして誘爆させることも可能だから、正直、高級通信を使ったやつじゃないと戦いの役に立ちません! つまりお高い! それに手榴弾とかでも、Smは人と違って味方の誤爆に恐怖しないから、こちらの意図しない方向へ投げる可能性もあるし。ああ、けど自爆させるならありかも……」
「自爆が失敗したら。それこそ打つ手がなくなるが……」
とイサクは吐露した。
現地に展開する部隊がほぼ合流を果たしたところで、既に離れていたウォールマッシャーは、まっすぐ空へ伸ばした体を激しく揺さぶっていた。
周りからくるTRPGの脅威には、前脚で地面を抉って土をお見舞いし、空いた両手で持った倒木を投擲する。下手な爆破物よりそっちのほうがよっぽど脅威となり、発射されたTRPGも、飛んでくる樹木の破砕に意図せず消費される。
一方で、暗雲が垂れ込める下半身では、表皮を包む柔らかい甲殻に走る亀裂に、スロウスが指をかけた。
異物を引き離そうと、巨体は体を左右に揺さぶり、遠心力を生み出すが。
その前にスロウスが振り下ろした斧が、健全な甲殻の表面に食い込む。しがみ付く巨躯はより密着すると、今度は鞘翅に手を伸ばした。
しかし、逆に鞘翅が開き、その硬い表面でスロウスの顔面を押し退け、握られていた斧の刃も亀裂から離脱する。
これで異物の排除に成功した、と思ったであろうウォールマッシャーだったが、しかし、今度は鞘翅が閉じない。
それどころか、違和感が背中を襲う。
なぜなら、いま、スロウスが鞘翅の内側に手を入れ、巨体の背中を足場に挟まっていたからだ。
大地に横を晒す体勢となったスロウスは全身を伸ばして片手で鞘翅を押し返し、片手の斧を遊ばせる、ようなことはしなかった。もう一方の鞘翅に対して、斧でもって凶悪な一撃をお見舞いする。
裏面を殴打され縁を砕かれた鞘翅の危機。それを察したウォールマッシャーは、今度は鞘翅を開いた。
撃ち込めぇええ! とソーニャが声を張り上げ拳を振り翳す。
放てぇえ! とフレデリックも乗せられて言い放ったが直ぐに目を大きくする。
「待て! スロウスはどうするんだ!?」
相手の甲殻が開いた好機に、思慮を失ったことを自覚したフレデリック。
しかし、射手には命令しか届いていない。部隊長の気づきも虚しく、容赦なく発射された擲弾は、開きっぱなしの鞘翅の中に吸い込まれ、爆発が花開く。
立ち上る爆発の煙に伴って出てきたのはスロウス。自身とウォールマッシャーが共同で作った鞘翅の隙間から爆風を背に受けて飛翔を果たす。
しぶとい野郎だッ、と悪役めいたセリフを吐くソーニャに反し。フレデリックは胸を撫で下ろす。
一方叫び狂ったウォ-ルマッシャーは、そのまま進撃を始めた。
鞘翅を閉ざすが、完全には至らず、半開きの背中から、煙と赤紫の液体を絶えず零す。さりとて機動力は変わらない。立ち止まっていた自警軍の運転手たちは、擲弾筒の射手を回収すると車両の向きを変える。
まだ動くのかよ、とミゲルは不満げである。
ソーニャは分析した。
「けど呼吸器系にダメージを与えられたと思うよ。通常のカドモスの設計である前提の考察だけど。共鳴型心肺以外にも、副次的な心肺循環器系が搭載されてる可能性は高いから、パフォーマンスの低下は緩やかになるはず。それでも時間が経つほど効果が見えてくる。あの巨体ならなおのこと、酸素の供給の低下は致命的だろうから」
隣にいるフレデリックは。
「時間をかける間に、あいつがダムに近づくほうが早いだろう。ほかに有効な手段はないか?」
「うんとねぇ……できれば後ろ脚を攻撃してほしいの。胴体じゃなくて」
ソーニャに続いてイサクがフレデリックに説明する。
「前脚はマグネティストが、人腕はソーニャとスロウスが受け持つ。それ以外はどこでも攻撃してくれ。特に頭」
分かったそれも全部伝える、とフレデリックは仲間のバギーに乗せてもらい伝令の仕事を果たすため、無事な左腕から鳥を放つ。
「スロウス! ウォールマッシャーを追いかけて! 今、背中の開閉能力が機能不全を起こしているはずだから、羽に沿って背中を登って」
とソーニャがトランシーバーを介して告げるが。スロウスは既に標的の追跡に出ていた。
しかし、ウォールマッシャーはやけに左右へ体を動かす。飛び掛かったスロウスは、巨体の下半身に生え揃う細長い脚に激突し、しがみ付こうとして振り払われる。
双眼鏡で現状を察したソーニャは、斧は腰に差して、と告げる。
今度は両手を使うスロウスだったがウォールマッシャーは下半身を浮かせることで高さを稼ぎ、尾部を定期的に上限させる。
一方でフレデリックを通じて、一部の集団が、もたらされた情報を仲間に伝播させる。
行くぞ! ついてこい! 了解! と言葉を掛け合う隊員たち。
自警軍の面々が巨体の後ろ脚と頭への攻撃に集中する。
断続的な攻撃を回避するため、ウォールマッシャーは方向転換をした。
それに合わせてスロウスは身構え、向かってきた無数の脚を分厚い胸で受け止め、脚の1本を掴む。ところが、他の脚が巨躯を足蹴にして引き離そうとする。
それを逆手にとって、蹴りの予備動作として引っ込められようとする脚をスロウスは捕まえ、自分を巨体へと引き寄せてもらうことに成功し、その勢いに乗って、再び下半身の上に乗り移ると、今度は迅速に立ち上がった。
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