絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 198:選択する女

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《ティデー・バジャー》ザナドゥカのファッションブランド。アウトドア用品を売り出していたが、のちにカジュアルウェアも売り出すようになり、海外展開もしている。












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 ウォールマッシャーから取り外され、今は巨体の後ろに置かれていた蟷螂かまきりの前脚。その影では、敵側に警戒を惜しまないフレデリックが身を潜めていた。
 この前までの強敵は解体され、今や心強い庇護者となっている。
 いっそ土嚢どのうの代わりに利用してもいいか、と思い始めたころ。
 お待たせしました、と少女に言われて振り向く。
 早速フレデリックは要望した。

「ソーニャ、撤退した敵が戻ってきてもいいように、スロウスにあの地点でとどまることを指示してくれ」

「了解……追い返したいなら、吠え声をあげて威嚇いかくでもする?」

「お願いする。すまないな。危ない場所に引っ張り出して……」

「本当にすまなく思うなら、下がっているように説得してよね」

 とマイラが不満を発した。
 ソーニャは一瞥いちべつを向けるだけで、トランシーバーでスロウスに指示を出す。
 脅威がある場所に子供を連れる暴挙で何重にも苦悩しているフレデリックは、痛烈な指摘に、警戒を忘れてまぶたを閉じ、表情を硬くする。
 マイラぁ、とソーニャが隣に並ぶ姉に苦言を呈するが、マイラの意見は変わらない。

「言っておくけど。私はソーニャの力は認める。けど、それでもあんたを危険な目に合わせるのは嫌なの。これは絶対に変わらないからね」

 強情なマイラの横顔に、ソーニャは唇を尖らせ、やがて視線を下げる。

「でも、ソーニャは……、マイラが今後も戦いに出るならついてくよ? 一緒に帰るなら一緒に帰るし……」

 それを聞いて強く反応したのは部隊長で、2人に対し悲痛な面持ちを振りいた。
 私たちを見捨てて逃げるのね……、とミゲルが声色を変えてセリフを添える。その頭に惜しみなく手刀を下すイサクは告げた。

「余計なことを言うな。部隊長もそんな顔するな。それでも男か?」

「だが、この子の力に助けられた身としては惜しむのも仕方がないと思わないか?」

 ソーニャが結んでいた髪をマイラは掴んで揺さぶる。

「こんな子供をこんな物騒な現場で頼るなんて許されると思ってるの?」

 イサクとマイラの厳しい目に追い込まれたフレデリックは自嘲気味に目を伏せ。

「わかっているとも。だからこそ、2人ともよく話し合って今後の方針を決めてくれ。我々は全力でできる限りその決断の支援をするから」

 そうして2人に背中を向けた彼は、状況報告せよ、とそれっぽい命令を傍らの通信機の受話器に発した。
 唸るイサクとマイラは首を引っ込める。
 姉の魔の手から脱出したソーニャは涙目で崩れた髪型を整え、何すんのさぁ、と訴える。
 しかし、弁明すらないマイラは小さな肩を掴んで、正面から向かい合う。

「ソーニャ……このままだと私みたいに抜け出せなくなる。だけど、まだ、あんただけならスロウスの力で包囲を抜け出せる……」

 イサクも頷いた。

「あいつの踏破性能であれば、敵の警戒網の穴をつく険しい地形を越えることもできる。そうすれば、たとえ遠回りになっても家に帰れるはずだ」

 ソーニャは顔を背けた。

「それ昨日も話した。多分敵側だってSmの足腰で地形を越えることを予想してるよ」

 フレデリックは、頭上から飛来する鳥を腕に止め、小さな頭に端子を接続した。
 少女の反応に表情がすぐれないマイラは。

「あんた半分寝ながら食事してたから話の重要な部分とか、細部を聞いてなかったでしょ? それに見なさい」

 マイラは遠くに転がる敵や土嚢の陰で応急手当を受ける自警軍の面々を指さす。
 それらの光景にソーニャが身構え、青ざめたところで、マイラは顔を近づける。

「今だからもう一度聞くの。ソーニャはどうしたい?」

「……言ってるでしょ。マイラと帰る」

「なら、今すぐ帰ろう」

 ミゲルが反応するが、イサクは眉一つ動かさない。
 そしてソーニャは目が泳ぐ。

「でも、それじゃあ……みんなは?」

 マイラは視線を下げた。
 するとイサクが2人の隣に立つ。

「そもそも2人は無関係なんだ。後のことはこっちで何とかする。それに、すでに十分な働きをしてもらったしな」

「そうだな、俺たち3人で一緒に帰るか?」

 そう言ってイサクの前に割り込み、女性2人の肩に手をのせるミゲルに、白い眼差しが集中する。
 今すぐ土に返してやろうか? とイサクは失言をはばからず図々しい仲間を引っ張っていった。
 振り返るフレデリックは。

「ミゲル! お前も敵の追撃に迎え、こっちの部隊撤退時の殿しんがりは任せたぞ」

「え、それって前線も前線じゃないですか?」

「いいから、軍法会議にかけられたくなかったら命令に従え」

 そんなぁ、と言いながらえた顔をぶら下げるミゲル。
 その重い尻をイサクが膝で軽く小突き、ほら行ってこい、と促した。
 帰ってこいよぉ~、とソーニャは若い兵に手を振って見送る。

「で、どうするの?」

 とマイラは横から詰問した。
 一気に消沈するソーニャは。

「……マイラが帰るって言うなら……帰る」

「分かった。なら、帰ろう。スロウスを呼び戻して、支度をしよう……。長い旅になるだろうし。車だって」

 ソーニャは顔を上げた。

「そういえば、ソーニャが来るときに一緒だった人たちがいるの」

「ああ、言ってたパイロット2人だね。その2人にもお礼を言わなきゃ……できるのであれば」

 フレデリックは、腕に止めた鳥から端子を外すと、振り返った。

「出発するなら急いだほうがいい。今、北側の戦闘が収束したと報告が入った。もしかすると、そこからならボスマートに捕まらないで戦域から抜けるルートが確保されているかも」

 本当に? とマイラが一歩近づく。
 頷くフレデリックは考え込んだ。

「となれば、に行くといい。あそこはSmの整備もできるし、拠点にするにはもってこいだ。昨日セマフォに送ったNFT証明書があれば、とりあえず街には入れてもらえるだろうし、一定の支援も受けられる」

 イサク、と部隊長に呼ばれた隊員は拝命する。

「お前はミゲルを連れて2人の護衛を頼む。ただし、ミゲルがこれから戻ってこなかったら、1人で護衛を頼みたい」

 了解、とイサクは頷く。



 ダムを襲撃していた連中は、森の中を走っていた。背後からは散発的に銃声がとどろく。そして、吠え声も。
 その様子を見ていたのは、また別の集団であった。
 ライダースーツに似た服装は黒に統一しており、背中にしがみ付く蜻蛉とんぼは、彼らが装備するヘルメットとケーブルで接続しあっている。
 どうする助けるか? それとも襲うか? と樹木の陰に身を潜めて話し合う。

「襲うのはダメだ。機を見計みはからって手を差し伸べよう。いろいろ聞きたいしな。あの声の主とか……」

 そう言って1人は、木々の向こう側に居るであろう吠え声の発生源へ目を向けた。

 騒音の元凶であるスロウスは甲羅の盾を構えて空へと喚いていたが首輪のスピーカーから、もういいよ黙って、とソーニャの声が発せられると途端に静まり返る。



 巨大な蟷螂の前脚の陰では、フレデリックが周囲に目を配っていた。

「今ここの一帯には敵の傭兵部隊が散開している。車は目立つから、2人はスロウスに背負ってもらって移動したほうがいい。特にマイラ、君は注目されていることを留意してくれ」

 美人だもんね、とソーニャが確信を述べるが部隊長は。

「確かに。だがそれ以上に彼女はマグネティストとして活躍している。しかも、パーソナルロッドも持っているからな。ボスマートの懸賞金も高いだろう」

 マイラは頷いた。

「顔は隠すよ。まあ、どれくらいの効果があるか分からないし、襲われれば結局正体を明かすことになるけど」

「だから追跡にも気を付けてくれ。君は多大なリソースを払う価値があると判明しているはずだしな」

 そうだね、とソーニャが確信し大きく頷いた。
 イサクは。

「それじゃあ、2人とも急いで支度をしてくれ」

 わかった、とマライは頭を下げ、きびすを返し、身を低くくしながら土嚢の間を駆け抜けた。
 ソーニャは。

「ウォールマッシャーの撤去はどうするの?」

「昨日話し合った結果。内臓以外は爆破による破壊で小さくすると決まった。そうなれば、あとはこちらで何とかする。君に、手順を書いてもらったし」

「深夜遅くまで手伝った買いがあったよ。でも……」

 部隊長は少女の肩を掴んだ。
 笑みはない、しかし、負の感情もない面持ちには、誠意が溢れる。

「今までありがとうソーニャ。君のおかげで大勢が助かった。だから、今度は、君の家族を助けるために、全力を出せ」

 率直に言われたソーニャは、目を伏せ頷く。
 早く来て! と催促するマイラの後を追った。
 部隊長は少女の背中を見送るとイサクに告げる。

「今から、電文を入力するから、少し見張ってくれ」

 わかりました、と答えたイサクは、敵が逃げた方向へ視線を配り、時に小銃のスコープを覗く。
 巨大な蟷螂の前脚に頭を隠したフレデリックは、さっき使った端子とは別の端子を腕の鳥に接続して目を閉じた。
 目視での警戒をするイサクは、不意に尋ねる。

「最後に一つ、なんでソーニャを引き留めるようなことを言ったんですか?」

 空しく微笑むフレデリックは。

「責めるなよ……。何も、あの子を利用したかったからじゃない。あの子の気持ちが分かるからだよ。ガキだからって理由で現場から遠ざけられるのは、当事者として辛いはずだ。俺と違って、あの子は無力じゃないから余計にな。手出しできないまま誰かが傷つくのはなおさら苦しいだろう。否定された気分にもなるし。だから、この前だって、姉さんに反発して飛び出して、結果、俺たちを救ってくれたわけだ」
 
 相手の無表情に懊悩おうのうが見えてくるイサク。
 それに本当に戦力としてあてにしてたしな、とフレデリックが最後に付け加える。
 イサクは上官に向けた射貫く眼差しを敵へと移行させた。

 数分後。

 終わった、の一言を発したフレデリックは腕を振り上げ鳥を放つ。そして、セマフォでミゲルを呼び出した。

「フレデリックだ……ああ、戻ってこい」

「無線傍受の心配はなくなったんですか?」

 とイサクに尋ねられたフレデリックはセマフォを操作する。

「いや、場合によってはアイツが狙われるかもしれない。そうなったら、ソーニャたちが逃げるまでのおとりになってもらおう」

「そうですか……。あいつもきっと浮かばれるでしょうね」

 だな、とフレデリックが生返事をしたところで、ソーニャとマイラが戻ってきた。
 ソーニャは変わり映えがしない。
 マイラはスカーフで頭を隠し、蜜色のコートをまとっていた。
 それで誤魔化したつもりか? と部隊長は女性の衣装を見ていぶかしむが。

「着ぐるみでも着たほうがよかった? これ以上の衣装は目立つでしょ」

 フランチェスカに感謝だね、とソーニャは笑みを浮かべる。
 餞別せんべつなんて言われたら大事にしないとね、とマイラは頷く。

「そうだね。本人は捨てるつもりだった、とか言ってたけど絶対違うよ」

「ああ、そう考えると受け取るのが心苦しい。けど、フランチェスカのいい匂いもするから今更手放したくない」

 マイラおっさんの魂が出てるよ、とソーニャに白い目で苦言を呈されても。マイラはしばしの間、コートの襟を引き寄せ鼻に押し付ける。
 戦闘服の予備があったんじゃないか? とフレデリック。

「趣味に合わない」

 それがマイラの答えだった。
 まじめな表情で決然と答える女性を見て、少女と部隊長はお互い視線だけが合う。
 敵影はなし、とスコープから目を離したイサクが告げる。
 マイラは。

「今すぐスロウスを連れて行くのはまずいかな? 作戦と士気に支障が出ない?」

「それなら、マグネティストが出てきてくれるから安心してくれ。それで戦力を補填できる。そして、子供に守られなくなった分、士気も上がるだろう」

 表情を悪くしたソーニャににらまれても、部隊長は笑みを浮かべ、男どもに告げる。

「それじゃあ、レディーのエスコートを頼んだぞ」



「そんで、俺たち2人で護衛か」

 そう言ってミゲルは森の中を抜ける。
 平坦な道とは言えないが部隊長の言葉を真に受ければ、広い道は危険が伴う。

「まあ、殿しんがりを任されるよりはだいぶましだよな」

 どっちが護衛なんだか、とイサクは呟いた。
 確かにな、とミゲルは答える。
 2人は一行の前後を担う。
 前から2番目にマイラ。その背後に胸の膨らんだスロウスがいた。
 襟元えりもとが開くと、ソーニャが顔を出す。

「そうだね。マイラがいれば、とりあえず巨大なSmが襲ってこない限りは問題ないよね」

「むしろ、襲ってくる奴らに注意を促してやりたいね。こんなんだったら平坦な道を堂々といけるんじゃないのか?」

 マイラは。

「銃撃されたら、たまったもんじゃないでしょ? 私はともかくソーニャは……」

 振り返ると、少女はスロウスの防弾コートに潜り込む。
 前に向き直ったマイラは。

「私はともかく、2人は襲撃されたら防ぐ手段がない。違う?」

 ミゲルは生ぬるい笑い声をあげる。

「ははは、そうですね。なら俺たちは何のために来たんだろうか? 肉の盾? 囮?」

「優秀な道案内だと思ってる。それに、人数がいればその分心強いのは確かだし」

「そりゃうれしいな。おかげで盾になる覚悟が決まったよ。なイサク」

「俺はお前と違って生きてるほうが役に立つ。だから、盾役はお前に任せる」

「はは、俺はぜってえ、お前の背中から離れないからな……」

 じゃあ俺がお前を撃つ、そのイサクの宣言を最後に一行は黙って森を進んだ。












※作者の言葉※
次の投稿は明日10月23日の水曜日を予定しております。

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