絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 200: 壁のある風景

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《セントエイリアン》ミッドヒルの東、ノルンの西北西に位置する都市。ミッドヒルに収まりきらなかったSm関連の整備場が多く拠点を構える。ミッドヒルが町全体でSmの生産や事業者向けのSm修理に重きを置いている一方、セントエイリアンは民間のSmの修理や街にある滑走路を利用して、航空型Smの受け入れに重点を置いている。












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 少女のかたわらに静かにしたスロウスは皆の注目を奪ってしまう。
 ソーニャも巨躯きょくが着るコートをめくり、手足をくまなく確認した。

「損傷はしてないみたいだね。これなら走れるし、車も牽引できる……けど」
 
 少女の表情の機微にミゲルは不穏なものを感じたが、追求せず、銃を肩にかけた。

「無事ならいいが……でもどうする? 迷わず今すぐセントエイリアンに向かうか?」

 すると、通りすがろうとした隊員が振り返り。

「セントエイリアンって……ああ、そのSmの整備か? なら、ミッドヒルのほうがいいぞ。セントエイリアンの職人も大勢そっちに移ってる」

「いや、そこを中継して北に行くつもりだ」

 とイサクが答えた。
 ソーニャは。

「エイリアンのこと知ってるの? マーキュリーとレントンっていう整備士のこと知らない?」

「マーキュリー、あ、レントンの連れの! 包帯人間のことだよな?」

 ソーニャは目を見開き、そう! と声を上げた。
 隊員は。

「2人なら知ってる。俺も昨日までエイリアンにいたからな。確か2人は、ミッドヒルに行くつもりが、今は機体の整備のために、足止めされてて、自警軍と行動を共にして、運搬とか手伝ってくれてる。今行けば会えるだろう」

 そういって、隊員は他の仲間に手招きされ、立ち去った。
 ソーニャは茫然としたが、笑みが浮かぶ。
 しかし、ミゲルは。

「けど、道中、あの虫脚に襲われたりしないか心配だな。 ったく、なんだって敵の連中は虫ばっかり送ってくるんだ? たまには美人を送れよ……」

 ソーニャいわく、虫型Smは生産コストが安いからねぇ、とのことだった。
 嘆息するミゲルの隣で、考え込んだイサクは。

「だが、確かに防衛圏の中心にあんな機体が歩き回っているとしたらリスクだな……」

「だから言ったんだよ。追いかけて叩き潰そうって。みんながみんなスロウスみたいに頑丈じゃないんだ。不意を突かれたらぺしゃんこにされる。目の前にいるうちに各個撃破したほうがよかっただろ」

「だが、そのスロウスですら逃がすことになった。むしろ、スロウスと防衛設備があったから敵も深追いしなかったんだろう」

 マイラは星雲を霧散させ、敵の逃げた方角を見つめた。

「スロウスのおかげにせよ、あの貧弱な攻撃は何なの? パフォーマンス?」

 イサクが答えた。

「かもしれないな。あるいは、各拠点の戦力を見定めるためかもしれない。あの機動力と攻撃力を利用して、こっちの力量を伺ったのかも……。それか、人員をここに集中させるのが目的か」

 鼻で笑うミゲル。

「憶測ばっかりだな。なら俺は……どっかの馬鹿がこうあせった方に一票だ。お前の予想が正しかったら逆に自分たちの能力が知られるってもんだろ?」

「功を焦るような馬鹿が混ざってるなら俺の予想を実現させる奴も居そうだがな」

「そりゃ、確かにな。ボスマートのやつらは、どこまでも訳が分からん」

 ミゲルの言葉に理解を示すマイラは、3人とそれぞれ目を合わせた。

「敵の狙いはどうあれ、あのアグリーフッドってのが闊歩かっぽしてる以上、大手を振って道を進めば襲撃されかねないね。となると、スロウスを連れて山を越える? 私はいいけど、2人は体力的に持つの?」

 そうだよな、とミゲルは頭をかく。


「ベッドなら無限の体力を発揮する自信があるが、自然の中だとキャンプセットとオフロード向けの車が欲しいな」

 下らない比較対象にマイラは若干うんざりする。
 同じく不快感を抱くイサクも、しかし本題に対しての要望は理解できた。
 するとソーニャが人差し指を上げ、ならソーニャにお任せあれ、と注目を集めた。



「そんでこうなったわけだが……」

 ミゲルはスロウスが差し出す腕にイサクと背中合わせでまたがることになり、もう一方の腕にマイラが腰を下ろす。
 大人たちを運ぶ巨躯が進むのは、道なき道のやぶの中。乾いた印象だが青い葉っぱを付けた木々が影を作っている。
 コートのふところにいるソーニャだけは快活な面持ちで口走った。
 
「これなら安全かつ迅速に静かにどこでも行けるよ」

「乗り物酔いの危険はあるがな……」

 うっぷ、とミゲルは、言葉の最後に込み上げる声を付け加えた。
 イサクもマイラも青ざめている。
 しかし同じ振動を享受しているはずのソーニャだけは、呆れた素振りで首を横に振る。

「みんなだらしないなぁ。今まで危険に立ち向ってきたんだから、それに比べれば乗り物酔いなんて気のせいだよ。でも、袋が欲しいならあげるよ」

 そう言って少女がスロウスの懐から取り出す紙袋は、無料ということもあって即完売となった。
 まだ腹から何かを出すつもりはないが、用意を万全にするマイラは言う。

「橋から離れて今現在、私たちは東に向かってるわけだけど。道なき道を行く都合、案内が重要になる。大丈夫?」

 ミゲルはうなずいた。

「ああ、道じゃなくても地形を見れば、どこにいるのか大体わかる。昔こうした人気ひとけのないところで……いや、何でもない。とりあえず案内は問題ないから……。それと、俺は今まで一度も法に触れるような……。いや、人の尊厳を踏みにじったり、命を奪う真似はしたことがない……。敵に対して以外は……」

「なんで、いきなりそんなことをいうの?」

 とソーニャは眉をひそめる。
 ミゲルは。

「理解してくれれば問題ない。だから、もっと別のことを心配しようぜ。スロウスの乗り心地とかさ」

「スロウスかぁ……。そういえば、なんか、いまいち調子が出ないんだよねぇ」

 ソーニャの言葉に他全員が目を丸くした。
 不調か? それとも損傷か? とイサクが心配する。
 しかしソーニャは。

「不調だねぇ……。損傷にしては骨に異常が見られないし、出血もない。体温は少し全体的高めだけど。けど、まだ許容範囲内だし。しいて言うなら元気が足りないというか」

 ミゲルは眉をひそめた。

「元気が足りないって。さっきの戦いを見る限り、元気が有り余ってるような気がするが」

 そうなんだよ、とソーニャは手を伸ばし、首輪を迂回してスロウスのあごを突いた。

「確かにパフォーマンスは申し分ないんだけど。機体全体の動きが重い気がするんだよね。さっきも出発前に身体検査して固形経口燃料を補給したんだけど。その時、飢餓きが反応にも近い食いつきを見せたのに、摂取量はそれほど多くなかった……。通常より若干少ない気がするくらい」

 あああれか、とミゲルとイサクが思い出すのは。
 ソーニャの命令で、反復横跳び、後方宙返り、シャドーカバディーをさせられるスロウスが、最後に要求されて漫然まんぜんと開けた口に、ハバネロカラーの長方形の物体を突っ込まれた様子。
 巨大な消しゴムにも見えるその物質を高速で咀嚼そしゃくする姿は、一種の裁断機を思い起こさせる。
 ちゃんと燃料の補給と排出してる? とマイラは質問する。
 ソーニャは。

「してるはずなんだけど、意外と排出の量が少ないんだよね。もしかすると、腹に異常があるのかもしれない」

「攻撃で胃に穴が開いて、そこに食べたもの消化したものが流出していたり……」

 とマイラが指摘する。

「それだと、もっと熱が出るはずだよ」

 姉妹の話を聞いて、ただでさえ人相が悪くなっていた顔をより青くするミゲルが。

「お願いだから、頑張ってくれよ? さっき出くわした敵がまた出ないとも限らないからな。そして、何かを腹から出すときは、どうか俺たちにじゃなく敵に向かって吐き出してくれ」

 人を4人積み、鎖を掛け紐にして盾を背負ってなお走るスロウスに揺られ続けて、言葉通り峠を幾度か超え、虫のはねで飛行するドローンをスロウスが投石で撃破し。
 現れたアグリーフットの追跡を樹木や岩に隠れてやり過ごし、巨躯の肩に皆で身を寄せ合い、川を横断し、やがて林の向こう、木々の合間から立ち上る煙を見出した。
 あれって、とソーニャが指さす。
 先を見ていたイサクは、セントエイリアンズの方角だ、と告げる。
 急ごう! と声を上げたソーニャがスロウスの名を発した。
 すかさずミゲルが手のひらを突き出し、待て、と制止する。

「キャンプファイヤーをやってるだけなんて思えない。なら、いきなり突撃するのは危険だ。慎重に近づいて状況を広く確認する」

 そうして3人はスロウスから降りる。
 ソーニャもならおうとするが。ミゲルはそれにも待ったをかける。

「もしもの時に備えて、お前はまだそこにいろ。そんで、スロウスにお前の身を守るように命じるんだ。いいな」

 分かった、とソーニャは素直に従う。
 スロウスは動ける範疇はんちゅうまで低く屈んで3人に追従した。
 やがて森を抜け、見えてきたのは、巨大な囲壁いへきに点在する塔。
 町の内部は物々しい壁に阻まれ、昇る煙以外は、高い建物の先端しか伺えない。
 しかし、砲撃の音と機関銃の射撃がかすかに傾聴できた。
 胸騒ぎと確実な悪い予感に背中を押されて壁に沿って突き進めば、南へと向かう門が見えた。
 そこに待っていたのは、巨大な人面の牛だった。
 早朝にダムで出くわした襲撃者が操っていたクダンを思い出し、ソーニャは慄然とするが、目の前にする牛は奇抜な装甲はなく、生身の顔は深く抉れ、焦げで縁どった傷口があった。
 味方のじゃないか? とミゲルに聞かれたイサクは厳しい顔つきのまま、たぶんな、と生返事に浅い頷きを添える。
 近づくほどに喧騒けんそうは生々しさを強めた。
 そして、横たわるクダンの陰から、人が銃を差し向けてくる。
 待て! とミゲルが呼びかけるのも虚しく、発砲される。
 おい! と銃撃者をいさめたのは隣の隊員だった。
 発砲したのは若い自警軍の隊員で、その顔は恐慌きょうこうに歪んでいる。
 門の警備にあたる隊員2人は、改めて状況を観察すると、現れた人型Smの背後から、同じ自警軍の装備を身に着ける男二人と女性と子供ににらまれた。
 諫めた隊員が、仲間か? と尋ねる。
 ああそうだよ、とミゲルが不満を含んで告げる。
 若い射手は自分のしでかしたことを理解し、顔面蒼白になったが。ソーニャたちは無事だ。
 スロウスはわずかに顎を開け、噛み締めていた弾丸を落とす。
 若輩を諫めた年長の隊員は、向かってくる巨躯と背後の町からくる騒音に警戒を解けない。
 何が起こっている、とイサクが構わず近づいてきた。
 年長の隊員は振り返り、答える。

「敵襲だ! いきなりSmに襲われて門を突破された。今、仲間が追撃して、エンジンタウンからの応援を待っているところだ」

 一気に身を強張こわばらせたソーニャ。
 彼女に名を呼ばれたスロウスは走り出した。
 ソーニャは、マイラに名を呼ばれても止まらず振り返って言った。

「レントンとマーキュリーを助けに行ってくる!」

 待ってくれ! と年長の隊員が手を伸ばし、門の中にいた仲間が機関銃を向ける。
 そいつは味方だ! 撃つな! とイサクとミゲルが咄嗟に声を上げる。
 守備部隊の面々の混乱を尻目に、スロウスは門を突破し、街に侵入した。
 自分勝手な答弁を残して突撃してしまった少女に対し。
 マイラは、ああもうッ、と不満が口をついて飛び出す。

「私もあの子を追いかける。2人は自分で何をするか判断して。それと、ここまで案内してくれてありがとう! 元気で!」
 
 早口で語る間にも、彼女が振るう杖が星雲を吐き出し、それが空いた手で引っ掴まれて。

「〈オーソテック〉」

 マイラの胸に叩きつけられた一握の星雲は、雷撃の蜘蛛くもの巣を広げ、それが主である女性の全身に絡みついた。
 稲光の具足をまとったマイラは、Smに負けない速度で町に入る。
 ミゲルとイサクは互いに見合う。

「取り合えず、車両を確保しないか? 生身じゃ追いつけない」

「だな」

 ミゲルの言葉にイサクが返答し、2人揃って中に入った。
 困惑が止まない年長の隊員は。

「まさか、エンジンタウンの援軍なのか?」

 二人は立ち止まり、振り返り。

「いいや、さっきの少女の保護者だ」

「むしろ、被保護者だ」

 とイサクに続いてミゲルが述べ、再び町へと歩き出した。
 2人の背中を見つめる年長の隊員は、どっちなんだ? と呟くが答えはない。



「レントン! マーキュリー! いるなら返事を! それからシャロン……さんは、きっとエンジンタウンじゃあぁああ」

 スロウスの懐からソーニャは町を見渡し、声を大にして呼びかける。
 区画化された通りには、商店の代わりに、工場めいた建物が並んでいる。踏み固められた土が剥き出しになった地面を歩いていると、どこからか足音が聞こえてきた。
 ソーニャは、止まって! と命じ。スロウスの懐に文字通り潜り込む。
 音の発生源である曲がり角から身を乗り出すのは。
 ソーニャは襟の間から慎重に顔を出し、目にしたものの名を叫ぶ。

「アグリーフット!?」

 スロウス、と主に呼ばれた巨躯は盾を構えて斧を握っていた。
 曲がり角から長い紡錘形ぼうすいけいの全身が露になる。しかし、どこか変だ。異物が全身にくっついている様子だ。
 目を凝らしたソーニャは首を引っ込める。
 そして、アグリーフットの操縦者が身内に通信する。

「こちらG34……。未確認Smを1機発見。形態は、ヒト型……外見的特徴から確保命令が出された機体と思われる。そして、Smの着衣に少女も確認」

 G34はスロウスとソーニャについて観察を続け、返答を受ける。

『了解、援軍を送る。民間人も無傷で確保したい』

「了解した。まずは、デコーレティブウェイバーを出す」









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