絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 237:新たな仕事場

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《ミッドヒル》アネッシー州の中部に位置する自治都市。大学も備えており、基幹産業であるSm技術も高い水準を誇り、生産力はザナドゥカ国内でも一二を争うとされ、特許出願数も年々増加している。











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 ソーニャたちがようやく訪れたミッドヒルは、大きさこそデスタルトシティーより小さく、高層ビルも町の中心にこじんまりと集まり、地上の人々から空を隠すほどではない。しかしながら、散見される煉瓦造りの重厚な建造物は敷地を十分活用し、視覚的印象を誇張するに十分だ。
 そんな街並みに対するソーニャの感想は。

「メルヘンチックパンク!」

 という率直な形容だった。
 煉瓦と石材が目立つ町並みには随所に太い配管や煙を上げる管が空に向かっては地中に潜るように生え、給水塔やアンテナなどが適度に存在を主張する。
 いい町だね、とソーニャは笑顔になり。
 マイラも微笑んで、だね、と答えた。
 ソーニャは姉の顔を覗く。

「そういえば、マイラの友達がいるんだよね?」

「そうだよ。セイレムフォート大学の創磁超人学部の同級生がね。彼もここでマグネティスト技術を研究してる」

「その人に子供ができたお祝いに来たんだもんねぇ」

「それが、こんなことになるなんて……。思ってもみなかったけど」

 一行を乗せるムカデが向かったのは町の西にある工業地帯のような場所、というより、1つの工場の敷地に突入した、と言ったほうが端的に表現できる現状だ。コンクリートとアスファルトの舗装を進めば、石造りと煉瓦の建物が随所にうかがえるが、それ以上に空を覆わんばかりに生えた配管と工業機械の煙突が目立ち、通行を妨げないが、鉄製の樹林を形成していた。
 その光景にソーニャは興味深そうに目を配り、時折すれ違う巨大な芋虫を見送り、ナックルウォークで歩くトカゲのうなじに乗る人物と会釈を交わす。

「ずいぶん大きな工場だね。さっきから大型Smが通行してるけど、大型Smやその部品を製造してるの?」

 広い道においてマシューが操るムカデは、対向Smであるイグアナが牽引けんいんするトレーラーの邪魔をしないようにすれ違う。
 ウェンディは少し考えこんだ顔になる。

「大型Smを製造してるのは確かだけど……。今いるのは区域の道路であって工場じゃないの。実際は、複数の工場が密集して、そんで仲間同士で配管やら機材やらを共有してこのありさまになったって感じでさ」

「へえ、みんな仲がいいんだね」

 とソーニャが感心する。
 マシュー曰く。

「昔、大企業の誘致騒動が起こってよ。それが現実になったら扱えるSmがより安い製品に統一されて制作する自由を奪われ、しまいには企業がSmに関わる業種すべてを独占するって思った先人たちが血迷った……もとい、団結して知恵を出し合った結果、区域1つが巨大な工場みたいになったって訳だ」

「へぇ。デスタルトシティーだと一部のインフラ以外は、完全に隣の工場と隔絶してるけど、面白いね」

「そう思うか? まあ結局、大企業の誘致も工事に着手したくせに肝心の用地買収でひと悶着あって、その結果、工場建設はご破算になったんだけどな」

 とマシューが続ける説明をウェンディが引き継いだ。

「その後、企業側がミッドヒルの技術者と工場で製造を引き受けてくれないか? ってことになって、お互い合意できる条件でライセンス契約を正式に結んで。それとは別に特許が切れた大型のSmの製造もしたり。その実績が認められたのか、ドワーフやゴブリンの製造下請けもやってる。ソーニャ達の使ってる製品のSmNAを調べたら、『Made in Midhill』を意味する塩基配列があるかもね」

 へぇ、とソーニャは感心し、最初とは違う意識で改めて地区を見渡した。
 少女が景色を見飽きるよりも先に、一行は大きなガレージの前に来る。
 ムカデの脚を止めたマシューが皆に言う。

「ついたぞ。ここが新しい拠点”ロブスターガレージ”だ」

 門の次に目に入ったのは鉄塔が掲げる巨大な看板で、星の紋章が目立つチャンピオンベルトを腰に巻いたロブスターが、ポージングで強調した二の腕の筋肉で甲殻を砕いて力を誇示し、その下にはメタリックな色彩で『LOBSTER GARAGE』と綴られていた。
 敷地面積ではマシューの工場と同等だが、建屋は一回り大きいと見える。
 門の管理をしていた守衛がマシューの顔を見た瞬間、お疲れ様です、と会釈した。
 マシューがそれに応じると遮断機をなすSmがバーを支える腕を上げて地面から出る上半身を仰け反らせ、入場を許す。
 守衛がトランシーバーで連絡を入れれば、しばらくせず出迎えがガレージから走ってくる。
 彼らは皆ウェンディのガレージの従業員だった。エプロンや作業着、そして頬にあるマスクの跡で直前まで作業していたことが分かった。
 お前ら元気だったか? とマシューが尋ねる。
 すると、従業員の1人が応対した。

「ええ、むしろそっちのほうこそ心配でした。その……逃げてきたってことは、もう限界だったんですか?」

 もしや占領されたとか? と別の従業員もセントエイリアンの末路を不安視する。
 それに対し、マシューは険しい表情を見せ、横に並ぶ娘と目が合い、とりあえず説明した。

「まだ占領されちゃいないが、そろそろきな臭くなってきた……」

 歯切れの悪い答弁に、従業員の不安がより強まる。
 するとそこへ。

「なんだ、辛気臭い空気がすると思ったら、やっぱりお前だったかマシュー」

 気さくな物言いでガレージからやってきたのは、体格のいい黒人男性だった。アロハシャツにジーンズ。そしてサンダル。指輪は銀色のものが薬指に一つ。金色の鎖のネックレスが成金趣味、あるいはストリート風な気配を醸し出す。
 マシューはあざける笑みを見せつけた。

「お前が来るまでは風通しが良かったんだがなロブ」

 二人は近づき笑顔のまま結構な勢いで拳をぶつけ合わせ、満面の笑みで、拳を後ろに隠す。
 先に口を開いたマシュー。

「今回は助かった。従業員の面倒を見てもらった上に、たくさん飯を恵んでもらったらしいな。前見た時よりも太ってんじゃないのか?」

 ロブは苦笑いを浮かべる避難者をいぶかしげに見た。

「本当か? ならその分仕事を割り振ってシェイプアップしないとな。男はスリムなほうがモテる。俺みたいに」


 笑顔で豪語するロブは、自慢のお腹の肉をつまんでゆすって見せた。
 冗談だと分かっている若い衆は愛想笑いに終始した。
 マシューは仕事仲間に微笑む。

「出迎えはもう大丈夫だ。とっとと仕事に戻れ。また娘がガレージを再開するって時に、ただ飯喰らいに慣れた奴なんざ雇いたくないからな」

 わかりました、と従業員は持ち場へと帰っていく。
 それじゃお前たちも、とロブは来客に対し、手で工場を指示した。

一先ひとまず虫は裏手のほうに連れて行ってくれ。いつもの待機場だ。分るよな? 寝床は宿舎に行けばフロントで部屋を案内してくれるはずだ。もし手狭なら地区の共同住宅をあっせんするぞ? 割高でも部屋は広いはずだ。おまけに工場から少し離れて静かだし」

 しかしマシューは首を横に振る。

「いや、地獄の端だって分かってるがここで我慢するさ。仕事もあるだろうし」

 連れは皆、顔色に困る。
 ウェンディはしかめ面を父に向ける。
 相手の生意気な態度を鼻で笑うロブは。

「言ってくれる。流石はゴミ箱生まれ便所育ちだ。そうだ、荷物を置いた後でいいからマシューは事務所に来てくれ。向こうでの話を聞きたいからな。いや、こっちから行くとしよう」
 
 分かった、とマシューはムカデを起動させ建屋と塀の間にある広い通路を進み、並ぶ柱に支えられたトタン屋根の下に駐機した。
 同じ敷地内では、裏手の門が見える場所で、子供たちがドッチボールをして遊んで、ちゃんと親が数人見守っている。
 のどかだねぇ、とソーニャが何の気なしにしみじみ呟くが、大人たちは鈍い表情で、うん、と答えるしかできない。
 それから、同じ敷地内の裏手の門にほど近い集合住宅に移動し、受付の案内を受ける。

「すみませんね。これから、社員の家族が来る予定で、部屋が足りなくなりそうなんで、差し支えなければ男女ごとでまとまって入室してくれませんか?」

 廊下を歩く中、ソーニャが言う。

「マシューとウェンディは親子だから、2人一緒でいいんじゃない?」

 嫌だ、とウェンディは即答した。
 その後ろに居た父親は真顔に近いが、しかし、厳しい人相である。
 マイラは。

「いいじゃないの、女の子同士仲良くしよう」

 変なことしないから相部屋させてよぉ、とウェンディが少女に頼む。
 しばし無表情だったソーニャは突如、いやらしく狡猾な笑みを浮かべて、いいよぉ、と告げる。
 それを見て逆にウェンディが恐れを抱き、マイラに対処を求める目を向けるが。
 まあ私も注意しておくよ、などと当たり障りのない回答が返ってくる。
 ウェンディは父親にも救いを求める目を向けるが、彼は表情を変えないどころか一瞥いちべつもなく娘の横を通り過ぎて、何があっても自己責任だ、と素気すげ無く告げる。
 笑みを絶やさぬ少女に対しウェンディは、何もしないでね? と伺う。
 ソーニャは、ただ笑みのまま廊下を突き進んだ。
 1名が抱く不安も恐怖もさておき、案内された部屋は1人が住むにはちょうど良く、3人では少し窮屈な広さで、据え置きの椅子は2つ。ロフトがあったことが幸いして、ウェンディが上段を、マイラとソーニャがソファーにもなる寝具を共有することにした。
 気に入ってくれたか? と開けっ放しの扉から声をかけるのはロブで、部屋に首を突っ込み何かを探す。
 女性陣の隣の部屋から出てきたマシューが。

「俺のトラックより狭いが雨風を凌げるから良しとしよう」

 ロブはクレーマーに目を細めた。

「お前には特別に旧宿舎の屋根裏部屋を用意してたのに」

 ここより広いのか? とマシューの問いに、ロブは首を縦に振る。

「ああ広いぞ。それにここと違って、雨漏りと蜘蛛の巣とネズミのコロニーがある。いつでもタダで水が飲めて動物と触れ合えるんだ。野生児のお前にはちょうどいいと思わないか?」

「すまないが、俺は先祖代々文明人の家系でな、お前と違って育ちが悪くないんだよ。真水と野生動物に触れたらたちどころに具合が悪くなる」

「何が文明人だ。ネアンデルタール人みたいな顔しやがって。ガキの頃、博物館でお前の顔を見たぞ」

「ぬかせ。動物園に連行するぞ。それより戦況を知りたいんだろ?」

 ああそうだ、とロブは真顔になって頷き、女性陣に一瞥を向けて。向こうで話そう、と移動を求める。
 その前にマシューは。

「あいつらに、職場を案内してやってくれないか。勝手に行かせてもいいが」

「わざわざ案内なんてウェンディには必要ないだろ。子供じゃあるまいに。それに、あいつはお前と違って人当りもいいし器用だ。直ぐに現場に馴染むはずだ。すでにお前のところの部下が請け負ってる仕事があるから……。ああ、まあ、でも、一日ゆっくりしてくれて構わない」

 言われたウェンディは気さくに微笑み頷くが。

「お言葉に甘えるのはまた今度にするよ。今は……手を動かしたくてさ、ずっとムカデの背中に揺られて窮屈だったの」

 そうか、とロブは視線を下げつつ納得し。なら頼んだ、と言ってマシューと共に去っていった。









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