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第02章――帰着脳幹編
Phase 240:招き
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《Sm廃棄物保管庫》Sm製品から出る様々な廃棄物は、完成品から組織片に至るまで厳重な管理が求められる。まっとうな業者であれば、製品を扱う施設の排水処理も管理して然るべきだが、管理を怠った場合、度々、問題が発生する。特に多いのが、下水管内でSm細胞が増殖し、配管を詰まらせる事態だ。
Now Loading……
作業終わったのか? とマシューがダートゴートに注目する。
うん、と頷くソーニャは機体の各所に包帯を巻き終わっていた。
だが彼女は、芳しくない表情を見せ、腕を組んでダートゴートを見据える。
マシューが伺う。
「どうした? 何か懸念でも?」
「うん……。処置自体はできる限りしたはずなんだけど」
「さっき、ウェンディに聞いたが、ステロイドの障害が起こったんだって? となると自己修復機能が正常の値に戻るには、ステロイドが抜けるまで待たないとな。だいたい、早くても12時間か。背中は見た限り、今日にでも一次癒着が完了しそうだが……」
「マイラに用意してもらった代謝機能活性剤と必要な栄養点滴もするから少しだけ時間は短縮できる。その前に一度試運転をして術後を調べて」
結局2日掛かりになりそうだな、とロブは言ってダートゴートの背中に顔を近づけた。
「リールはいったん溶剤を染み込ませたものを使ったって聞いた。あっちで”うちのもん”が騒いでたぞ」
新しい点滴パックを用意し始めるソーニャは微笑んで、うん、と答える。
しかし、ロブの関心は少女ではなく少女の仕事に注がれていた。
縫い付けられたリールが隠された毛皮を優しく撫でる。
「均一な仕上がりだな。浸透させたリールは脆いから大変だった……」
だろう、という断定の未然形であり推量の終止形の助動詞は尻すぼみとなり、ロブの手は丁寧に押し込むような動きに変わり機体の施術箇所を探った。
どうしたんだ? とマシューが異変に気付いて近づく。
「押し込んでも、結び目の感触がほぼ、いや全くないんだ」
「お前の手は分厚いからな、気づかないだけじゃないのか?」
「そんなわけないだろ。縫合個所の玉結びの場所はわかるんだ。だが、他に結び目が確認できない。つまり、この縫合は短い仮止めの連続じゃないんだ。全部の糸が1つ繋ぎになってる……。しかも、ある程度の柔軟性を確保するために、縫い方も緩くしつつ、それでいて組織が離れすぎないように調整されてる」
それを聞いてマシューも目を大きくし、促されるまま同じ場所を手で撫でる。
「普通のリールでも、不自然な弛みや歪みを出さずに皮膚を張り合わせるのは難儀する。それを脆いリールでこなしたってわけだ」
マシューは脳裏に浮かべた毛皮の下で、整然と並んで、波打つように通された糸を想像し、思わず笑みが出た。
あんまり触るとリールが切れるよ、と新たな点滴パックを持ち出すソーニャが苦言を呈する。
ああすまん、と慌てて手を引いたマシュー。
ソーニャは2人の大人を見比べて、それでソーニャに何用ですか? と尋ねる。
マシューは。
「お前に実験の手伝いを頼みたくてな。来てくれるか?」
ソーニャは笑顔で、もちろん! と言ってマシューについて行く勢いで2歩進むが、後ろ髪が引かれる思いのままに振り返り、でもダートゴートがぁ、と嘆く。
するとロブは作業スペースの片隅にある棚に近づき、通路に向く面に張り付けられたボードの透明なカバーに指を添え、収まっていた書類の文字に注目した。
「担当者は……ラモン・コーリーじゃないか。あいつどうしたんだ? なんでお嬢ちゃんが処置してる」
ラモン! とロブが声を上げる。
マシューは。
「ここを任せるから、ソーニャを連れていっていいか?」
え? とロブは眉間にしわを寄せるが直ぐに頷き。
「ああ、分かった。こっちのことは俺の領分だからな。ただし、寄り道せず廃棄場に行けよ?」
了解ありがとさん、とマシューは適当な感謝を述べ。行こう、と少女に追従を求めて手を翻した。
その後ろでは、少年が急ぎ駆けつける。
ロブは少年より年上の作業員に目を止め、お前もこっち来い! と荒っぽい口調で手招きした。
ソーニャとマシューがやってきたのは、外観だけなら厩舎や倉庫に見える建物だったが、荷物を置く棚などは見当たらず、傾斜する床を区切るように、コンクリートの仕切りが並んでいた。
ソーニャは感心する。
「流石、大きな工場は廃棄物の処理も厳重だね」
「屑肉も再利用する業者がいるから全部無駄にならない。むしろ宝の山だ。デスタルトはどうなんだ?」
「もちろん、再利用はするけど。けど、生産のほうが多いから。どちらかというとリユースより、リサイクルがメインかな? もちろん不法投棄は厳しく処罰されるから大きな生産拠点なんかだと、ちゃんとした処分施設を抱えてる。中は見たことないけど。ソーニャのガレージみたいなリペアとカスタムがメインの工場は、ワンオフのガレージほどに部材の消費は多くないし、出てくる廃棄物も少ない方だから、廃品は業者に一括で持って行ってもらってる」
「うちと一緒だな。まあ、こっちは再利用業者に渡してるが。まだ生きてる組織は増殖するだろ。使えない奴は、分解して次の部品製造の栄養に変える」
「無駄がない仕事が一番素晴らしいんだ、ってリックも言ってた」
とソーニャが述懐する。
マシューは強い頷きでそれに応えた。
一番奥の仕切りで足を止める。
裏手にあるシャッターに近い場所では、コンクリートで区切られた空間に、まるで自転車をこいでいるような動きでクランクを回すSmエンジンのゴブリンがいた。クランクに連動するギアは鉄パイプの台座で支えられた円筒形の機械と接続し、そこから伸びるケーブルがデベロッパーを稼働する電力を供給している。
ソーニャは、おお、と驚きを表現し、実験設備の管理をしていたロブスターガレージ社員に会釈する。すると、相手も快く会釈を返し、持っていたタブレット端末をマシューに渡してくれた。
マシューは、助かった。もう戻ってかまわない、と労う。
分かりましたくれぐれも気を付けて、と言い残して社員は我が身の作業服を少し手で払い、その場を後にする。
ソーニャは並べられた機器を見比べて、周りのコンクリートの仕切りに付着する肉片やら、隅に落っこちている跳ねる切り身に目を見張った。
流石に、跳ねる切り身に関してはマシューが即座に回収して、スチール製の容器に入れたが。
ソーニャは聞いた。
「ここを実験のために借りられたの? それとも不法占拠?」
「仕事に手を貸す報酬の1つだ。占拠するならこの工場全体を掌握した方が効率いいぞ? 力を貸してくれるか?」
「……むしろその企みを報告したら、ソーニャの望む要求が引き出せるかも……」
悪い笑みを浮かべて考え込む少女に対し、苦笑いを浮かべるマシューは、うちの娘以上の大物だな、と称賛した。それから一度脱線した話をもとの軌道に戻し、Bデベロッパーの1つ、容器が回転しないタイプを軽く叩いた。
「ここ数日の治験のおかげでこいつや組織の扱いも向上してる。もしかすると、作成物が実戦に投入できる日も近い、かもしれない」
ソーニャは目を瞬いた。
「あの寄生体の組織を使って戦うつもりみたいだけど、具体的にはどうやって?」
「あのでかいSm覚えてるだろ? 腕に対Sm兵装を組み込んだ」
「ああ、ソーニャが二度もボコボコにした機体、サッカーフィストだっけ?」
少女は今度も悪い笑みを浮かべて、勝利の記憶を反芻した。
マシューは笑う。
「ああ、そいつと戦った時、実験で生まれたあの円錐触手が思索の参考になったし、実際に役に立ってくれた。俺が今考えてるのは……あの円錐触手をもっとブラッシュアップした機体を大量生産して、敵の物量に勝利するって作戦だ」
ソーニャは一応、理解を示す頷きをした。思い出される円錐触手は本当に製造から誕生まで恐ろしいほどの短時間で実践に投じられたのである。
少女の胸の内を知ってか知らずか、マシューはBデベロッパーを眺めながら言った。
「本来あれだけの生成を0から果たすには、意図した計画に加え、長い時間と細かい経過観察と徹底した管理が必要だ。だが、それらの手間と労力とプロセスをすっ飛ばしてあの円錐触手は誕生した。効果的だったかはともかく、あの生産能力はこちらの戦力のプラスになるはずだ」
「それは分かるけど、その……。戦いが終わる前に間に合う計画なの? 一般的なSmの作成計画から実用までを考えると、凄く長い道のりになりそうだけど」
「一理あるな。だが、できる限りのことをやり尽くして戦争ってのはやっと完了するんだ。宵越しの物資は部屋の奥にとって置いたら腐るか負けた時に全部敵に持っていかれる」
ソーニャは腰に手を当てて、渋面に陥った。
「無駄な出費は何時何時でも徹底して抑えるべきだ、ってリックが言ってた。デベロッパーを稼働させて、実験して、試作するにも相当な資材が必要だし。もし、マシューの計画を実現するなら、それこそ企業が事業としてやるSmの大量生産に匹敵する資源が必要なんじゃない?」
「失敗したものは、砕いて、また組織作成の栄養として再利用すればいい……」
「でも、失敗した製品はその都度、物質の組成が変化していくから、安定した比較試験はできないでしょ?」
「た、確かに……」
「知見を得るためには均一な材料と経過観察する人の目が必要になる。その分の人員と資源をむしろ既存のSmの修復に使う方が現実的だと思うけど?」
指摘に対し、渋い顔になるマシューは、ロブと同じこと言うな、と言い返す。
ソーニャは。
「ウェンディだって似たようなこと言ってたよ? 主に、実家の工場に対する父親の金銭感覚についてだったけど。今の話にも通じるから、ソーニャは、マシューの意見を素直に歓迎できないよ」
あいつ余計な事言いやがって、とマシューは口走るも、少女ににじり寄って同意を求める。
「でも、今まで手伝ってきただろ? なら、分かるはずだ。あの組織が持つ生産能力の高さを……」
ソーニャはマシューが示すBデベロッパーに振り返り、そして、その1つが今まさに蓋を弾き飛ばして、中から夥しい飛沫と不出来な軟体動物めいた塊を披露する瞬間を目撃する。
だが、それに眉一つ動かさずソーニャは成果物を黙って見つめる。
マシューは顔を少女のほうへ固定したまま、視線を塊と少女に行ったり来たりさせる。
「確かに今はまだ、明確な成果は、あの円錐触手だけだが、これからもっと治験を増やせば……」
「そもそもリソースはどこから持ち込むの? ソーニャも携わったから分かるけど。持ってきた資材だけだと、どんなに切り詰めて規模を小さくしても、有用な知見を得る実験は、あと10回できるかも怪しいんじゃない?」
「リソースのあてはある。この町を含めた同盟町議会の審理を経て認可されれば町全体のリソースを分けてもらえる」
「分けてもらうからには、その分ほかの人たちが資源を奪われるってことなんだよ」
ロブも同じことを言っておりました、とマシューは白状しつつ。
「でも、それでなしえた実験は決して無駄にならないし、なんなら、町の上層部に認められたら、自警軍の助けも借りて、うちの工場に残した資源を優先的に運んでもらえるかもしれない。それを使えば誰も文句を言わないはずだ」
ソーニャはさらに考え込み、やがて頷いた。
「ならまずは、目に分かる成果を出さないとね。それとロードマップも。明確な目的と利益を提示して、何をどれくらい消費し、どのような効果があるのかを計算しないと。それがなかったら支援者も現れないし、出資者の興味は引けない」
前向きで具体的な話にマシューは顔色を悪くする。
「またロブと同じことを言うなよ。というか、俺たちの会話を聞いてたのか? 本当にソーニャ、お前子供か?」
その言葉に目を輝かせる少女、ソーニャ大人に見える? とあからさまに胸を弾ませ詰問する。
ああ子供だ、と再確認したマシューは落ち着きを取り戻すのであった。
Now Loading……
作業終わったのか? とマシューがダートゴートに注目する。
うん、と頷くソーニャは機体の各所に包帯を巻き終わっていた。
だが彼女は、芳しくない表情を見せ、腕を組んでダートゴートを見据える。
マシューが伺う。
「どうした? 何か懸念でも?」
「うん……。処置自体はできる限りしたはずなんだけど」
「さっき、ウェンディに聞いたが、ステロイドの障害が起こったんだって? となると自己修復機能が正常の値に戻るには、ステロイドが抜けるまで待たないとな。だいたい、早くても12時間か。背中は見た限り、今日にでも一次癒着が完了しそうだが……」
「マイラに用意してもらった代謝機能活性剤と必要な栄養点滴もするから少しだけ時間は短縮できる。その前に一度試運転をして術後を調べて」
結局2日掛かりになりそうだな、とロブは言ってダートゴートの背中に顔を近づけた。
「リールはいったん溶剤を染み込ませたものを使ったって聞いた。あっちで”うちのもん”が騒いでたぞ」
新しい点滴パックを用意し始めるソーニャは微笑んで、うん、と答える。
しかし、ロブの関心は少女ではなく少女の仕事に注がれていた。
縫い付けられたリールが隠された毛皮を優しく撫でる。
「均一な仕上がりだな。浸透させたリールは脆いから大変だった……」
だろう、という断定の未然形であり推量の終止形の助動詞は尻すぼみとなり、ロブの手は丁寧に押し込むような動きに変わり機体の施術箇所を探った。
どうしたんだ? とマシューが異変に気付いて近づく。
「押し込んでも、結び目の感触がほぼ、いや全くないんだ」
「お前の手は分厚いからな、気づかないだけじゃないのか?」
「そんなわけないだろ。縫合個所の玉結びの場所はわかるんだ。だが、他に結び目が確認できない。つまり、この縫合は短い仮止めの連続じゃないんだ。全部の糸が1つ繋ぎになってる……。しかも、ある程度の柔軟性を確保するために、縫い方も緩くしつつ、それでいて組織が離れすぎないように調整されてる」
それを聞いてマシューも目を大きくし、促されるまま同じ場所を手で撫でる。
「普通のリールでも、不自然な弛みや歪みを出さずに皮膚を張り合わせるのは難儀する。それを脆いリールでこなしたってわけだ」
マシューは脳裏に浮かべた毛皮の下で、整然と並んで、波打つように通された糸を想像し、思わず笑みが出た。
あんまり触るとリールが切れるよ、と新たな点滴パックを持ち出すソーニャが苦言を呈する。
ああすまん、と慌てて手を引いたマシュー。
ソーニャは2人の大人を見比べて、それでソーニャに何用ですか? と尋ねる。
マシューは。
「お前に実験の手伝いを頼みたくてな。来てくれるか?」
ソーニャは笑顔で、もちろん! と言ってマシューについて行く勢いで2歩進むが、後ろ髪が引かれる思いのままに振り返り、でもダートゴートがぁ、と嘆く。
するとロブは作業スペースの片隅にある棚に近づき、通路に向く面に張り付けられたボードの透明なカバーに指を添え、収まっていた書類の文字に注目した。
「担当者は……ラモン・コーリーじゃないか。あいつどうしたんだ? なんでお嬢ちゃんが処置してる」
ラモン! とロブが声を上げる。
マシューは。
「ここを任せるから、ソーニャを連れていっていいか?」
え? とロブは眉間にしわを寄せるが直ぐに頷き。
「ああ、分かった。こっちのことは俺の領分だからな。ただし、寄り道せず廃棄場に行けよ?」
了解ありがとさん、とマシューは適当な感謝を述べ。行こう、と少女に追従を求めて手を翻した。
その後ろでは、少年が急ぎ駆けつける。
ロブは少年より年上の作業員に目を止め、お前もこっち来い! と荒っぽい口調で手招きした。
ソーニャとマシューがやってきたのは、外観だけなら厩舎や倉庫に見える建物だったが、荷物を置く棚などは見当たらず、傾斜する床を区切るように、コンクリートの仕切りが並んでいた。
ソーニャは感心する。
「流石、大きな工場は廃棄物の処理も厳重だね」
「屑肉も再利用する業者がいるから全部無駄にならない。むしろ宝の山だ。デスタルトはどうなんだ?」
「もちろん、再利用はするけど。けど、生産のほうが多いから。どちらかというとリユースより、リサイクルがメインかな? もちろん不法投棄は厳しく処罰されるから大きな生産拠点なんかだと、ちゃんとした処分施設を抱えてる。中は見たことないけど。ソーニャのガレージみたいなリペアとカスタムがメインの工場は、ワンオフのガレージほどに部材の消費は多くないし、出てくる廃棄物も少ない方だから、廃品は業者に一括で持って行ってもらってる」
「うちと一緒だな。まあ、こっちは再利用業者に渡してるが。まだ生きてる組織は増殖するだろ。使えない奴は、分解して次の部品製造の栄養に変える」
「無駄がない仕事が一番素晴らしいんだ、ってリックも言ってた」
とソーニャが述懐する。
マシューは強い頷きでそれに応えた。
一番奥の仕切りで足を止める。
裏手にあるシャッターに近い場所では、コンクリートで区切られた空間に、まるで自転車をこいでいるような動きでクランクを回すSmエンジンのゴブリンがいた。クランクに連動するギアは鉄パイプの台座で支えられた円筒形の機械と接続し、そこから伸びるケーブルがデベロッパーを稼働する電力を供給している。
ソーニャは、おお、と驚きを表現し、実験設備の管理をしていたロブスターガレージ社員に会釈する。すると、相手も快く会釈を返し、持っていたタブレット端末をマシューに渡してくれた。
マシューは、助かった。もう戻ってかまわない、と労う。
分かりましたくれぐれも気を付けて、と言い残して社員は我が身の作業服を少し手で払い、その場を後にする。
ソーニャは並べられた機器を見比べて、周りのコンクリートの仕切りに付着する肉片やら、隅に落っこちている跳ねる切り身に目を見張った。
流石に、跳ねる切り身に関してはマシューが即座に回収して、スチール製の容器に入れたが。
ソーニャは聞いた。
「ここを実験のために借りられたの? それとも不法占拠?」
「仕事に手を貸す報酬の1つだ。占拠するならこの工場全体を掌握した方が効率いいぞ? 力を貸してくれるか?」
「……むしろその企みを報告したら、ソーニャの望む要求が引き出せるかも……」
悪い笑みを浮かべて考え込む少女に対し、苦笑いを浮かべるマシューは、うちの娘以上の大物だな、と称賛した。それから一度脱線した話をもとの軌道に戻し、Bデベロッパーの1つ、容器が回転しないタイプを軽く叩いた。
「ここ数日の治験のおかげでこいつや組織の扱いも向上してる。もしかすると、作成物が実戦に投入できる日も近い、かもしれない」
ソーニャは目を瞬いた。
「あの寄生体の組織を使って戦うつもりみたいだけど、具体的にはどうやって?」
「あのでかいSm覚えてるだろ? 腕に対Sm兵装を組み込んだ」
「ああ、ソーニャが二度もボコボコにした機体、サッカーフィストだっけ?」
少女は今度も悪い笑みを浮かべて、勝利の記憶を反芻した。
マシューは笑う。
「ああ、そいつと戦った時、実験で生まれたあの円錐触手が思索の参考になったし、実際に役に立ってくれた。俺が今考えてるのは……あの円錐触手をもっとブラッシュアップした機体を大量生産して、敵の物量に勝利するって作戦だ」
ソーニャは一応、理解を示す頷きをした。思い出される円錐触手は本当に製造から誕生まで恐ろしいほどの短時間で実践に投じられたのである。
少女の胸の内を知ってか知らずか、マシューはBデベロッパーを眺めながら言った。
「本来あれだけの生成を0から果たすには、意図した計画に加え、長い時間と細かい経過観察と徹底した管理が必要だ。だが、それらの手間と労力とプロセスをすっ飛ばしてあの円錐触手は誕生した。効果的だったかはともかく、あの生産能力はこちらの戦力のプラスになるはずだ」
「それは分かるけど、その……。戦いが終わる前に間に合う計画なの? 一般的なSmの作成計画から実用までを考えると、凄く長い道のりになりそうだけど」
「一理あるな。だが、できる限りのことをやり尽くして戦争ってのはやっと完了するんだ。宵越しの物資は部屋の奥にとって置いたら腐るか負けた時に全部敵に持っていかれる」
ソーニャは腰に手を当てて、渋面に陥った。
「無駄な出費は何時何時でも徹底して抑えるべきだ、ってリックが言ってた。デベロッパーを稼働させて、実験して、試作するにも相当な資材が必要だし。もし、マシューの計画を実現するなら、それこそ企業が事業としてやるSmの大量生産に匹敵する資源が必要なんじゃない?」
「失敗したものは、砕いて、また組織作成の栄養として再利用すればいい……」
「でも、失敗した製品はその都度、物質の組成が変化していくから、安定した比較試験はできないでしょ?」
「た、確かに……」
「知見を得るためには均一な材料と経過観察する人の目が必要になる。その分の人員と資源をむしろ既存のSmの修復に使う方が現実的だと思うけど?」
指摘に対し、渋い顔になるマシューは、ロブと同じこと言うな、と言い返す。
ソーニャは。
「ウェンディだって似たようなこと言ってたよ? 主に、実家の工場に対する父親の金銭感覚についてだったけど。今の話にも通じるから、ソーニャは、マシューの意見を素直に歓迎できないよ」
あいつ余計な事言いやがって、とマシューは口走るも、少女ににじり寄って同意を求める。
「でも、今まで手伝ってきただろ? なら、分かるはずだ。あの組織が持つ生産能力の高さを……」
ソーニャはマシューが示すBデベロッパーに振り返り、そして、その1つが今まさに蓋を弾き飛ばして、中から夥しい飛沫と不出来な軟体動物めいた塊を披露する瞬間を目撃する。
だが、それに眉一つ動かさずソーニャは成果物を黙って見つめる。
マシューは顔を少女のほうへ固定したまま、視線を塊と少女に行ったり来たりさせる。
「確かに今はまだ、明確な成果は、あの円錐触手だけだが、これからもっと治験を増やせば……」
「そもそもリソースはどこから持ち込むの? ソーニャも携わったから分かるけど。持ってきた資材だけだと、どんなに切り詰めて規模を小さくしても、有用な知見を得る実験は、あと10回できるかも怪しいんじゃない?」
「リソースのあてはある。この町を含めた同盟町議会の審理を経て認可されれば町全体のリソースを分けてもらえる」
「分けてもらうからには、その分ほかの人たちが資源を奪われるってことなんだよ」
ロブも同じことを言っておりました、とマシューは白状しつつ。
「でも、それでなしえた実験は決して無駄にならないし、なんなら、町の上層部に認められたら、自警軍の助けも借りて、うちの工場に残した資源を優先的に運んでもらえるかもしれない。それを使えば誰も文句を言わないはずだ」
ソーニャはさらに考え込み、やがて頷いた。
「ならまずは、目に分かる成果を出さないとね。それとロードマップも。明確な目的と利益を提示して、何をどれくらい消費し、どのような効果があるのかを計算しないと。それがなかったら支援者も現れないし、出資者の興味は引けない」
前向きで具体的な話にマシューは顔色を悪くする。
「またロブと同じことを言うなよ。というか、俺たちの会話を聞いてたのか? 本当にソーニャ、お前子供か?」
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