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第02章――帰着脳幹編
Phase 242:不測の事態
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《ノーライフ・ファニーショー》子供向けカートゥーンアニメ作品。登場人物は、ゾンビとミイラの二人組で、毎回二人が敵愾心をむき出しにする様々な聖職者とバトルというより逃亡劇を繰り広げる。
Now Loading……
廃棄物倉庫にて。
顔を上げソーニャはレントンに尋ねた。
「元の依頼主の家族、つまり、逃がす予定だった人たちと会えたの?」
「ああ、依頼主の手紙を届け先の親族に渡すことができた。ただ、今の状態で逃げるかどうか、まだ迷ってる」
「そうだね。刻一刻と事情は変わるし」
「それに……本当は逃げたくないだろうしな」
ソーニャは、ああ、と頷いた。
大勢が共有するであろう思いを再認識したところで、レントンは軽く手を挙げ。
「そんじゃ、挨拶もできたし、作業の邪魔もしたくないし失敗や事故にまきこまれたくないから。今日はこの辺で、また今度」
どこか行くの? とソーニャが。
立ち止まるレントンは。
「情報を集めに人のいるところにな。飛行機乗りの募集もあるみたいだし……。いやぁ、シャロンさんの紹介状は役に立つ。それと、ソーニャの噂もな」
噂? と少女は小首を傾げた。
レントン曰く。
「ああ、人型汎用Smを操って、襲い来る敵を片っ端から叩き潰すダイナミックガールってことで名が轟いてるぞ」
ソーニャ有名人? と当人は口をすぼめ目を斜め上へと向けている。
嬉しそうに語るレントンは。
「お前の話をすると、どこに行っても快く迎え入れてもらえる。お陰で初対面の町人とも早く打ち解けられたし、お前を送ってきたことを明かしたら飯と酒を奢ってもらえた」
ソーニャを肴に飲み歩いてるみたいだねぇ、と勘繰る笑みを見せるソーニャ。
レントンは肩をすくめ苦笑い。
「そう言うな。俺たち飛行機乗りは今のところ、みんな自由に飛べないから地上にくすぶってるしかない。できることといえば酒場や同業の飲み仲間の間を行ったり来たりするくらいなんだよ」
「そうか。大変だねぇ。じゃあ機体が治ったら。早速飛んでいくの?」
「どうだろうな。依頼主しだい、かな。主体性がないって思われるかもしれないが、約束を勝手に破るのは気が引けるし。もし、飛ぶとなったら祈ってくれ」
うん、と少女が即答してくれたので。レントンは気持ちが楽になった面持ちで、その場を後にした。
ソーニャが見送る中、Bデベロッパーの1つがベルを甲高く鳴らした。
停止した機械へ駆け寄るマシューは顔を離しつつも、蓋の金具を外して慎重に開ける。
中では巨大な泡みたいな塊が拍動する。すかさずソーニャが空の盥をすぐそばに運んで、自身は目的の場所に行き、ずっと放置されていた板の上で震える臙脂に着色されたクラゲみたいなものに着手する。
マシューはBデベロッパーを横倒しにして、おたまを使って盥に中身を掻き出す。
「手伝ってもらってるが。お前も機会があれば帰るつもりなんだろ? 飛行機の修理が終わったら即出るのか? いや、そうするべきだろうなぁ……」
とマシューの顔につられて、ソーニャはクラゲに入れていたメスを止める。
「そこはマイラと要相談だねぇ……」
あまり力のない口ぶりで回答してから、再び作業に集中するソーニャは、その後も廃棄場と工場をいったりきたり、充実した時間を過ごす。
そんな中、ロブスターガレージの敷地には、時折スクールバスがやってきた。車内の前方には天井から釣り下がるスクリーンに映像が流されている。今回は子供向けのアニメーションで、墓から蘇ったゾンビが、知り合いのミイラと合流して、そこから牧師に追い回されるという話だ。老牧師は今まさに、教会に追い詰めた化け物を亡き者にしようと? 墓場から持ってきた墓石を掲げて鬼の形相で突撃する。恐怖にかられ、助けを求めて抱き合う化け物たちは、盛大に叫んで逃げようと足掻く。
それらの寸劇を観る子供たちは笑うが、一番後ろの席にいるソーニャは紙袋から無思慮にポップコーンを口へと運ぶだけである。
子供たちは無邪気にキャラクターの一挙手一投足に反応する。
その時、バスの真後ろのドアが開き、入ってきたマイラがソーニャの隣に座った。
お仕事終わったの? と小声で尋ねるソーニャがポップコーンを差し出す。
マイラは一摘みを口に入れて話し出す。
「うん、一応、今グレーボックス反応測定を待ってる機体はなくなったし、グレーボックスを調整した機体もないからエゴ度が変化する懸念もない。次の機体が来るまではのんびりできる。なので、もう一度大学に足を運ぼうと思ってさ。一緒に来る」
ソーニャは口にものを詰め込みつつ頷いた。ちなみに、ドアを出たすぐ近くには膝を抱えて座るスロウスが、子供たちの遊具にされていた。
「うわお……」
ミッドヒルの街を歩いたソーニャは、たどり着いた建物に抱いた印象を言語化したが、実に間抜けな声でしかない。
それが微笑ましくて仕方ないマイラは、少女を驚かせた城のような建物を示す。
「あれが、町立ミッドヒル独立大学の本校舎」
星形要塞の壁から巨大な錠剤のカプセルが乱立する外観、とでもいえばいいのか、丸天蓋を乗せた石造りの塔が中央に建っていた。実際に大学が擁する広い敷地を区切って視覚化する塀も、一般住宅のそれと比して高く、黄色系のレンガは趣がある一方で、大学の校舎を守る要塞の壁と比べて貧相に思えてしまう。しかし、塀に備わる門は厳重で、銃を持った警備が人の出入りを具に確認している。
マイラと警備は面識があるらしく。形ばかりの身分証の提示と笑顔、それと引き連れるSmの通行許可書を見せることで、中に入れてもらえた。
「持ち主のソーニャが直接頼んでないのに、マイラだけでよくスロウスの許可が下りたね」
「こういう時、交友関係がものをいうんだね」
と言ってのけるマイラと一緒に歩く遊歩道は石で舗装され、両側は芝生だ。進むほどに校舎の細部が見えてくる。中世から近世にかけて増改築を続けた城を模倣しながら第二次世界大戦以後のコンクリートによる防御理念が混合した建屋の様相は、時代を超えてなにかを存続させようとする人の願いの結晶だ。
広大な芝生の領域には、物々しいトーチカも乱立しており、細い銃眼の奥にある暗がりには、砲身が伺えた。
「あれは、第三次世界終末戦争の名残かな?」
「そうみたいだよ。ここは昔、旧国軍の研究施設があったらしくてね。その跡地を利用して建てられたのが、この大学なんだってさ」
二人は分厚い壁に設けられた短いトンネルをくぐり、中庭に入る。そして、先ほどまで見えていた塔の基壇を目にする。それは多角形が幾重にも重なり、星形要塞の様式が層を為す石造りの建物だった。
ソーニャは迫力満点の本校舎を目を皿にして下から上まで見渡し、若干仰け反る。
マイラも少女と同じものを見上げた。
「立派な建物でしょ? 政府運営から離れてる上に町の規模からしたら、ものすごく大きな大学ってことで有名でね。ついでにマグネティックアーツの研究でも数多くの論文と研究成果を上げている」
「マグネティックアーツの研究でこそ名を馳せてるつもりなんだけどねぇ」
と優しげな男の声が言い添えた。
本校舎を回り込んで中庭を通ってきたであろう人物は、来客に警戒はしていなかったが、追従する巨躯に若干慄いた様子だ。
「なるほど、それが言っていたスロウスだね……」
と言葉遣いと物腰に相応しい穏やかな面立ちで対応する男性。若干、ひ弱な印象の肌色に細い体形、くせ毛に黒縁眼鏡。学生時代はナードという差別的な分類をされていたであろう、なんて想像してしまうソーニャは、こんにちは、と頭を下げる。
男は目を見開き慌てて、会釈を返す。
「これは失敬、挨拶も度外視で。僕の名前はエドウィン・コースターチャイルドです。あなたが、マイラの……」
「妹兼、ディリジェントビーバーガレージの同僚であるソーニャ・ペンタコフスキーです」
「よろしく……。今回は、本当に申し訳ない。我々がマイラを呼ばなければ、こんなことには……」
「いえいえ、悪いのは全部ボスマートですから」
そう言っていただければ幸いです、とエドウィンは頭を下げた。
二人を見比べるマイラは。
「こういう場合、私が率先して紹介しないといけなかったんだろうけど。まあ、話が早くて助かるよ。それじゃあ、中に入って本題に移ろうか」
初対面の2人は頷き、場所は屋内に代わる。
石造りの回廊には明り取りの窓があり、リブヴォールトが連続する天井に沿う配線には、照明が等間隔で吊り下げられているが、それらは現在沈黙して廊下は薄暗い。しかし、前を見通すのに十分な明るさと、スロウスも屈めば歩いてついてこられる高さと幅である。
先頭のエドウィンにソーニャは、マイラは学生時代どんな生徒だったの? と尋ねる。
質問の当事者は目を細めた。
視線を背中で察したエドウィンは、しばし苦笑いになる。
「優秀な学生だったよ。特に、Smのグレーボックスのシグナルとマグネティックの統合分野においては、仲介機器を省略するための画期的アイディアを出したり、斬新な考え方で、生徒も教授も関心させられっ放しだった。同級生の中で頭一つ以上抜きんでてたから、正直、研究者として、あのままセイラムフォートに残ると思ってたけど……」
思ったよりも高評価が出て、別の意味で居心地が悪いマイラは苦笑いになる。
「別にそこまですごくないし、そもそも研究は私1人の成果じゃないでしょ? それに大学に残るっていうなら一目置かれてたエドウィンとアメリアにだって言える。現にこうして大学の研究員になってるわけだし」
「けど自分の興味のある分野に深く携わるには、あそこは狭き門だったよ。その点、君のほうがひく手数多だった気がする」
ソーニャは顔を歪ませる。
「大学に入れてもらえたってことは、2人ともその大学にとって必要な人材だったんじゃないの?」
エドウィンは自嘲気味に笑ったが、そう言ってくれると嬉しいね、と感謝した。
大学の廊下は進むほどに石造りが目立ち、やはり時代錯誤だが、浪漫溢れる要塞の風情もある。
そんな感想を抱くソーニャに、水先案内人であるエドウィンが話し出す。
「成績がよくても、必ずしも自分の望む分野の中心に行けるわけじゃないんだ。まだ若くて実績の乏しい人間だとなおさらね。目指すマグネティックアーツの一般普及技術に関して言うと、大手の征服企業や、もっと優秀な人材が研究機関に集まってるし。僕みたいな三流止まりじゃ……なんというか議論の中心に近づけない、というより……。被害妄想かもしれないけど、自分の発想や発言が軽く見られている気がして、疎外感を感じる場面が多いんだ。だから居場所を求めて故郷に帰ったのさ」
言い分を懐疑的な面持ちで受け止めるマイラは。
「というけど、ミッドヒルだって、その分野で名前が挙がる一流でしょ? 帰ってきただけで、大学がもろ手を挙げて歓迎してくれたってことは、人材として十分高い水準ってことの証明じゃない? 下手に自分を卑下するとまたアメリアに怒られるよ?」
ははは本当だね、とエドウィンは苦笑した。
「さて、話を本題に戻すと、今回はソーニャさんの所有するスロウスの出自を断定することを目的に来てもらったわけだけど……」
ソーニャはマイラと目が合ってから、エドウィンに頷いた。
「そのつもりだけど、本当に何か分かるのでしょうか?」
「精密検査次第かな。というのも、こっちの持ってるデーターベースと照合するわけで、全国の情報を網羅してるわけじゃないから」
「そっか。けど、見つからなくても類似しなかったSmの系統を除外して、調べる範囲を絞り込める可能性はあるよね」
そうだね、と快くエドウィンが返答した瞬間。
サイレンが鳴り響く。
甲高くて間延びした音は短い間隔で繰り返され、廊下にいた人たちが足を止める。
今度は何事だ? と誰かが呟けば。
また航空Smが接近しただけじゃないのか? と答えが返る。
安直な予想に聞こえるが声色からして、それで済んでほしい、という願いが伺える。
だが、直後に起こった巨大な爆音と地面の揺れによって、事態の暗転を思い知らされた。
Now Loading……
廃棄物倉庫にて。
顔を上げソーニャはレントンに尋ねた。
「元の依頼主の家族、つまり、逃がす予定だった人たちと会えたの?」
「ああ、依頼主の手紙を届け先の親族に渡すことができた。ただ、今の状態で逃げるかどうか、まだ迷ってる」
「そうだね。刻一刻と事情は変わるし」
「それに……本当は逃げたくないだろうしな」
ソーニャは、ああ、と頷いた。
大勢が共有するであろう思いを再認識したところで、レントンは軽く手を挙げ。
「そんじゃ、挨拶もできたし、作業の邪魔もしたくないし失敗や事故にまきこまれたくないから。今日はこの辺で、また今度」
どこか行くの? とソーニャが。
立ち止まるレントンは。
「情報を集めに人のいるところにな。飛行機乗りの募集もあるみたいだし……。いやぁ、シャロンさんの紹介状は役に立つ。それと、ソーニャの噂もな」
噂? と少女は小首を傾げた。
レントン曰く。
「ああ、人型汎用Smを操って、襲い来る敵を片っ端から叩き潰すダイナミックガールってことで名が轟いてるぞ」
ソーニャ有名人? と当人は口をすぼめ目を斜め上へと向けている。
嬉しそうに語るレントンは。
「お前の話をすると、どこに行っても快く迎え入れてもらえる。お陰で初対面の町人とも早く打ち解けられたし、お前を送ってきたことを明かしたら飯と酒を奢ってもらえた」
ソーニャを肴に飲み歩いてるみたいだねぇ、と勘繰る笑みを見せるソーニャ。
レントンは肩をすくめ苦笑い。
「そう言うな。俺たち飛行機乗りは今のところ、みんな自由に飛べないから地上にくすぶってるしかない。できることといえば酒場や同業の飲み仲間の間を行ったり来たりするくらいなんだよ」
「そうか。大変だねぇ。じゃあ機体が治ったら。早速飛んでいくの?」
「どうだろうな。依頼主しだい、かな。主体性がないって思われるかもしれないが、約束を勝手に破るのは気が引けるし。もし、飛ぶとなったら祈ってくれ」
うん、と少女が即答してくれたので。レントンは気持ちが楽になった面持ちで、その場を後にした。
ソーニャが見送る中、Bデベロッパーの1つがベルを甲高く鳴らした。
停止した機械へ駆け寄るマシューは顔を離しつつも、蓋の金具を外して慎重に開ける。
中では巨大な泡みたいな塊が拍動する。すかさずソーニャが空の盥をすぐそばに運んで、自身は目的の場所に行き、ずっと放置されていた板の上で震える臙脂に着色されたクラゲみたいなものに着手する。
マシューはBデベロッパーを横倒しにして、おたまを使って盥に中身を掻き出す。
「手伝ってもらってるが。お前も機会があれば帰るつもりなんだろ? 飛行機の修理が終わったら即出るのか? いや、そうするべきだろうなぁ……」
とマシューの顔につられて、ソーニャはクラゲに入れていたメスを止める。
「そこはマイラと要相談だねぇ……」
あまり力のない口ぶりで回答してから、再び作業に集中するソーニャは、その後も廃棄場と工場をいったりきたり、充実した時間を過ごす。
そんな中、ロブスターガレージの敷地には、時折スクールバスがやってきた。車内の前方には天井から釣り下がるスクリーンに映像が流されている。今回は子供向けのアニメーションで、墓から蘇ったゾンビが、知り合いのミイラと合流して、そこから牧師に追い回されるという話だ。老牧師は今まさに、教会に追い詰めた化け物を亡き者にしようと? 墓場から持ってきた墓石を掲げて鬼の形相で突撃する。恐怖にかられ、助けを求めて抱き合う化け物たちは、盛大に叫んで逃げようと足掻く。
それらの寸劇を観る子供たちは笑うが、一番後ろの席にいるソーニャは紙袋から無思慮にポップコーンを口へと運ぶだけである。
子供たちは無邪気にキャラクターの一挙手一投足に反応する。
その時、バスの真後ろのドアが開き、入ってきたマイラがソーニャの隣に座った。
お仕事終わったの? と小声で尋ねるソーニャがポップコーンを差し出す。
マイラは一摘みを口に入れて話し出す。
「うん、一応、今グレーボックス反応測定を待ってる機体はなくなったし、グレーボックスを調整した機体もないからエゴ度が変化する懸念もない。次の機体が来るまではのんびりできる。なので、もう一度大学に足を運ぼうと思ってさ。一緒に来る」
ソーニャは口にものを詰め込みつつ頷いた。ちなみに、ドアを出たすぐ近くには膝を抱えて座るスロウスが、子供たちの遊具にされていた。
「うわお……」
ミッドヒルの街を歩いたソーニャは、たどり着いた建物に抱いた印象を言語化したが、実に間抜けな声でしかない。
それが微笑ましくて仕方ないマイラは、少女を驚かせた城のような建物を示す。
「あれが、町立ミッドヒル独立大学の本校舎」
星形要塞の壁から巨大な錠剤のカプセルが乱立する外観、とでもいえばいいのか、丸天蓋を乗せた石造りの塔が中央に建っていた。実際に大学が擁する広い敷地を区切って視覚化する塀も、一般住宅のそれと比して高く、黄色系のレンガは趣がある一方で、大学の校舎を守る要塞の壁と比べて貧相に思えてしまう。しかし、塀に備わる門は厳重で、銃を持った警備が人の出入りを具に確認している。
マイラと警備は面識があるらしく。形ばかりの身分証の提示と笑顔、それと引き連れるSmの通行許可書を見せることで、中に入れてもらえた。
「持ち主のソーニャが直接頼んでないのに、マイラだけでよくスロウスの許可が下りたね」
「こういう時、交友関係がものをいうんだね」
と言ってのけるマイラと一緒に歩く遊歩道は石で舗装され、両側は芝生だ。進むほどに校舎の細部が見えてくる。中世から近世にかけて増改築を続けた城を模倣しながら第二次世界大戦以後のコンクリートによる防御理念が混合した建屋の様相は、時代を超えてなにかを存続させようとする人の願いの結晶だ。
広大な芝生の領域には、物々しいトーチカも乱立しており、細い銃眼の奥にある暗がりには、砲身が伺えた。
「あれは、第三次世界終末戦争の名残かな?」
「そうみたいだよ。ここは昔、旧国軍の研究施設があったらしくてね。その跡地を利用して建てられたのが、この大学なんだってさ」
二人は分厚い壁に設けられた短いトンネルをくぐり、中庭に入る。そして、先ほどまで見えていた塔の基壇を目にする。それは多角形が幾重にも重なり、星形要塞の様式が層を為す石造りの建物だった。
ソーニャは迫力満点の本校舎を目を皿にして下から上まで見渡し、若干仰け反る。
マイラも少女と同じものを見上げた。
「立派な建物でしょ? 政府運営から離れてる上に町の規模からしたら、ものすごく大きな大学ってことで有名でね。ついでにマグネティックアーツの研究でも数多くの論文と研究成果を上げている」
「マグネティックアーツの研究でこそ名を馳せてるつもりなんだけどねぇ」
と優しげな男の声が言い添えた。
本校舎を回り込んで中庭を通ってきたであろう人物は、来客に警戒はしていなかったが、追従する巨躯に若干慄いた様子だ。
「なるほど、それが言っていたスロウスだね……」
と言葉遣いと物腰に相応しい穏やかな面立ちで対応する男性。若干、ひ弱な印象の肌色に細い体形、くせ毛に黒縁眼鏡。学生時代はナードという差別的な分類をされていたであろう、なんて想像してしまうソーニャは、こんにちは、と頭を下げる。
男は目を見開き慌てて、会釈を返す。
「これは失敬、挨拶も度外視で。僕の名前はエドウィン・コースターチャイルドです。あなたが、マイラの……」
「妹兼、ディリジェントビーバーガレージの同僚であるソーニャ・ペンタコフスキーです」
「よろしく……。今回は、本当に申し訳ない。我々がマイラを呼ばなければ、こんなことには……」
「いえいえ、悪いのは全部ボスマートですから」
そう言っていただければ幸いです、とエドウィンは頭を下げた。
二人を見比べるマイラは。
「こういう場合、私が率先して紹介しないといけなかったんだろうけど。まあ、話が早くて助かるよ。それじゃあ、中に入って本題に移ろうか」
初対面の2人は頷き、場所は屋内に代わる。
石造りの回廊には明り取りの窓があり、リブヴォールトが連続する天井に沿う配線には、照明が等間隔で吊り下げられているが、それらは現在沈黙して廊下は薄暗い。しかし、前を見通すのに十分な明るさと、スロウスも屈めば歩いてついてこられる高さと幅である。
先頭のエドウィンにソーニャは、マイラは学生時代どんな生徒だったの? と尋ねる。
質問の当事者は目を細めた。
視線を背中で察したエドウィンは、しばし苦笑いになる。
「優秀な学生だったよ。特に、Smのグレーボックスのシグナルとマグネティックの統合分野においては、仲介機器を省略するための画期的アイディアを出したり、斬新な考え方で、生徒も教授も関心させられっ放しだった。同級生の中で頭一つ以上抜きんでてたから、正直、研究者として、あのままセイラムフォートに残ると思ってたけど……」
思ったよりも高評価が出て、別の意味で居心地が悪いマイラは苦笑いになる。
「別にそこまですごくないし、そもそも研究は私1人の成果じゃないでしょ? それに大学に残るっていうなら一目置かれてたエドウィンとアメリアにだって言える。現にこうして大学の研究員になってるわけだし」
「けど自分の興味のある分野に深く携わるには、あそこは狭き門だったよ。その点、君のほうがひく手数多だった気がする」
ソーニャは顔を歪ませる。
「大学に入れてもらえたってことは、2人ともその大学にとって必要な人材だったんじゃないの?」
エドウィンは自嘲気味に笑ったが、そう言ってくれると嬉しいね、と感謝した。
大学の廊下は進むほどに石造りが目立ち、やはり時代錯誤だが、浪漫溢れる要塞の風情もある。
そんな感想を抱くソーニャに、水先案内人であるエドウィンが話し出す。
「成績がよくても、必ずしも自分の望む分野の中心に行けるわけじゃないんだ。まだ若くて実績の乏しい人間だとなおさらね。目指すマグネティックアーツの一般普及技術に関して言うと、大手の征服企業や、もっと優秀な人材が研究機関に集まってるし。僕みたいな三流止まりじゃ……なんというか議論の中心に近づけない、というより……。被害妄想かもしれないけど、自分の発想や発言が軽く見られている気がして、疎外感を感じる場面が多いんだ。だから居場所を求めて故郷に帰ったのさ」
言い分を懐疑的な面持ちで受け止めるマイラは。
「というけど、ミッドヒルだって、その分野で名前が挙がる一流でしょ? 帰ってきただけで、大学がもろ手を挙げて歓迎してくれたってことは、人材として十分高い水準ってことの証明じゃない? 下手に自分を卑下するとまたアメリアに怒られるよ?」
ははは本当だね、とエドウィンは苦笑した。
「さて、話を本題に戻すと、今回はソーニャさんの所有するスロウスの出自を断定することを目的に来てもらったわけだけど……」
ソーニャはマイラと目が合ってから、エドウィンに頷いた。
「そのつもりだけど、本当に何か分かるのでしょうか?」
「精密検査次第かな。というのも、こっちの持ってるデーターベースと照合するわけで、全国の情報を網羅してるわけじゃないから」
「そっか。けど、見つからなくても類似しなかったSmの系統を除外して、調べる範囲を絞り込める可能性はあるよね」
そうだね、と快くエドウィンが返答した瞬間。
サイレンが鳴り響く。
甲高くて間延びした音は短い間隔で繰り返され、廊下にいた人たちが足を止める。
今度は何事だ? と誰かが呟けば。
また航空Smが接近しただけじゃないのか? と答えが返る。
安直な予想に聞こえるが声色からして、それで済んでほしい、という願いが伺える。
だが、直後に起こった巨大な爆音と地面の揺れによって、事態の暗転を思い知らされた。
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